源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 宇治の姉妹の物語(一)

第八段 姫君たちの傷心]

【現代語訳】

 兵部卿宮に対面なさる時は、まずこの姫君たちの御事を話題になさる。

「今はそうはいっても気がねもいらないだろう」とお思いになって、宮は熱心に手紙を差し上げなさるのであった。ちょっとしたお返事も、申し上げにくく気のひける方だと、姫君の方はお思いになっていた。
「世間にとてもたいそう色好みでいらっしゃるというお名前が広まっていて、好ましく心をそそられるとお思いになっているらしいが、このようにひどく埋もれた葎の下のようなところから差し出すお返事もまことに場違いな感じがして、時代後れのものだろう」などとふさいでいらっしゃった。
「それにしても、思いのほかに過ぎ行くものは、月日だこと。このように、頼りにしがたいものだったお命を、昨日今日とも思わず、ただ世の中全体の無常のはかなさばかりを毎日のこととして見聞きしてきたけれど、自分も父宮も後に遺され先立つことに月日の隔たりがあろうか、などと思っていたことよ。過去をいろいろ考えてみても、何の頼りがいのありそうな世でもなかったが、ただいつのまにかのんびりともの思いに時を過ごして来て、何かの恐ろしく気がねするようなこともなく過ごして来ましたが、風の音も荒々しく、いつもは見かけない人の姿が、連れ立って案内を乞うと、まっさきに胸がどきりとして、何となく恐ろしく侘しく思われることまでが加わったのが、ひどく堪え難いことだわ」と、お二方で語り合いながら、涙の乾く間もなくて過ごしていらっしゃるうちに、年も暮れてしまった。

 

《薫は都に帰って匂宮に会うと、いつもこの宇治の姫君たちのことを話していましたので、焚きつけられた形で宮は、だんだんに本気になって来たようです。父宮が亡くなられたので、もう「気がねもいらないだろう」と、熱心に手紙を送ります。

しかし姫たちは、薫にさえも遠慮しながら会っているほどですから、何の縁もない、しかも色好みという世評の高い宮に、田舎娘の分際で返事を書くことなど、とんでもないと、はかばかしい返事もしないでいます。

そしてその一方で思うのは、あまりにもあっけなく亡くなってしまった父のことばかりです。

「思いのほかに過ぎ行」ったのは、父の生前の月日、それまで日ごろ「世の中全体の無常のはかなさ」はよく承知していたのでしたが、まさかそれが父と自分たちの上に降りかかろうとは思いもしないでいたのでした。

その昔を思い返してみても、私たちのまわりはいつも不運なことばかり続いて、本当は安心できるような暮らしではなかったのに、なぜか「のんびりともの思いに時を過ごして来て」、決定的な事態にはならないできたのだったけれど、父宮が亡くなってしまわれると、急に身も知らない人がどかどかとやって来るようになり(いや、本当はしばしばこの邸を訪れていた人なのでしょうが、彼女たちとしては初めてその人たちと向き合わねばならなくなったのです)、事務的に詰めた、彼女たちには意味の分からない話を持ちかけられると、「何となく恐ろしく侘しく」、どうしていいのか分からなくなってしまう、と二人で涙ながらに話しているうちに、年が暮れていきます。》

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第七段 薫、日暮れて帰京

【現代語訳】

 昔の事は、長年このように朝夕に親しくお仕えして心の隔てなく思い申し上げる姫君たちにも一言も申し上げたこともなく、隠して来たけれど、中納言の君は、

「老人の問わず語りは、皆、通例のことなので、誰彼なく軽率に言いふらしたりしないにしても、まことに気のおける姫君たちはお聞きになっていらっしゃるだろう」と自然と推し量られるのが、きまりが悪くも困った事とも思われるので、それもまた

「疎遠にしてはおけない」と、言い寄るきっかけにもなるのであろう。

 今は泊まるのも落ち着かない気がして、お帰りなさる時にも、「これや限りの(もう二度と逢えないだろう)」などとおっしゃったが、どうして、そんなことはあるまいと当てにして、二度とお目に掛からないことになってしまったのだろうか、同じ秋であることも変わりなく、多くの日数も経ていないのに、どこに行っておしまいになったのかも分からず、あっけないことだ。

格別に普通の人のような部屋のご装飾もなく、とても質素になさっていたようだが、いかにも清らかなふうに手入れがしてあって、内外を趣深くなさっていたお住まいも、大徳たちが出入りし、あちら側とこちら側と隔てを設けて、御念誦の道具類なども変わらないままであるが、

「仏像は皆あちらのお寺にお移し申そう」と申しているのをお聞きになるにつけても、こうした僧たちの人影などまでが見えなくなってしまう時、後に残ってお思いになるだろう二方の気持ちをお察し申し上げなさるのも、まことに胸が痛く思い続けられてしまう。
「すっかり日が暮れました」と申し上げるので、物思いを中断してお立ちになると、雁が鳴いて飛んで渡って行く。
「 秋霧のはれぬ雲居にいとどしくこの世をかりと言ひ知らすらむ

(秋霧の晴れない雲居で、どうしてさらにいっそうこの世を仮の世だと鳴いて知らせ

るのだろう)」

 

《実はこの弁の君は、八の宮が信用していたらしいだけあって、立派な心得のある人だったようで、当時の都の女性たちの関心を一身に集めていた薫について彼女が知っている秘密は、特一級の話の種であろうにも関わらず、「長年このように朝夕に親しくお仕えして心の隔てなく思い申し上げる姫君たち」にさえも、「一言も」漏らさずにきちんと守り続けてきた、口の固い信用できる人だったのですが、薫はそうは思いませんでした。

さっきのこの人へのしみじみとした語り口とは裏腹に、胸の内では、自分の秘密はこの老婆から姫たちにはすでに伝わっているのだろうと考えたのです。そう思うと、姫たちの「まことに気のおける(原文・いとはづかしげなめる)」様子(前段)が、まるでそのせいであるかのように見えてきます。『心』(漱石)の「私」の「K」に対する疑心暗鬼を思い出します(下・四十四)。

薫は、そういう姫君を「疎遠にしてはおけない」と、まるでテレビのサスペンスドラマの犯人のようなことを考えました。

『評釈』が「ここで問題になるのは、かような世俗の心を(栄達や世望を否定しているはずの)薫の中に設定した作者の態度である」と言って、この言葉が示すと思われる薫の内面の矛盾をさまざまに考察しています。

しかし、確かに普段の薫を考えると違和感のある不純な心情ではありますが、この心情に繋がる話がこのあとほとんど何も出てこないところを見れば、このときたまたま彼の心を掠めた思いに過ぎないと考える方がいいのではないでしょうか。

ちなみに『光る』は「丸谷・単なる恋ではなくて政略としての結婚という要素を入れて、小説的になかなか面白いところです。ただ、そこをもっと筋として展開するといいなあという気がします」と言います。

いや、もっとひいき目に言えば、薫は大君に近づくことを自分に許すための口実(「言い寄るきっかけ」)なら、何でも欲しかっただけなのだと考えることもできます。

また、この作者は時々、男性の登場人物については人格の統一性を無視して(忘れて)、その場の読者への話題提供のように、こういう男のいやらしさなどをエピソードとして書きたくなる時があるようで、単発的に語ることがあります。例えば、紫の上が悩んだ末に意を決して女三の宮に会いに行く夜に、源氏は朧月夜に会いに出かけたこと(若菜上の巻第八章第二段)などもそうですが、源氏や薫という人を考える時に、こういう単発的な一つのエピソードをあまり大きく考えない方がいいように思います。さすがに近代小説そのものではなくて、昔物語の痕跡が残っていると言えるでしょうか。

一方で実は、女性の登場人物にはそういうことがほとんど見当たらず、おおむね人格の統一が果たされているように思います。

これらのことは、この作者が描こうとしているのは「女性」の悲哀なのであって、そのためには、男性が時によっていろいろな顔をしていることも意に介されていない、ということを示しているように思います。

薫には、同じようなエピソードがずっと後にも、また出てきます。

さて薫は八の宮がいないこの邸に泊まることはならず、帰ろうとしますが、先ほどの不純な気持は消えて、八の宮と最後に話し合った時(第二章第二段)のことを思い出して、ひとえに宮の不在を悲しみ、感慨ひとしおです。

その彼の思いが「格別に普通の人のような…」と、そのまま地の文に繋がって片付けのざわめきとなり、「このような様子の人影などまでが…」と、再び今度は姫君たちへの思いやりのもの思いに流れていき、胸の内の詠嘆が歌となって、もうあの不純な思いはすっかり忘れられていると言っていいでしょう。》

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第六段 薫、弁の君と語る

【現代語訳】

 老女がとんでもないご代役に出て来て、昔や今のあれこれと、悲しいお話を申し上げる。世にも稀な驚くべきことの数々を見て来た人だったので、このようにみすぼらしく落ちぶれた人とお見捨てになられず、たいそう優しくお相手なさる。
「幼かったころに故院に先立たれ申して、ひどく悲しい世の中だと悟ってしまったので、成長して行く年とともに、官位や世の中の栄花も何とも思わなくなって。
 ただ、このようにお静かな生活などがお気持ちに叶っていらっしゃったのに、このようにあっけなく先立ち申されたので、ますます強く無常の世の中が思い知られる心にもなったが、おいたわしい境遇で後に遺されたお二方のことが出家の足かせだなどと申し上げたりするのは懸想めいたように聞こるけれども、この世に永らえることになるにしても、あの遺言を違えずに、お付き合い申したいと思っている。
 実は、思いがけない昔話を聞いてからは、ますますこの世に跡を残そうなどとは思われなくなったのだよ」と泣きながらおっしゃるので、この老女はそれ以上にひどく泣いて、何とも申し上げることができない。ご様子などがまるであの方そっくりに思われなさるので、長年来忘れていた昔の事までを重ね合わせて、申し上げようもなく涙にくれていた。
 この人は、あの大納言の御乳母子で、父親はこの姫君たちの母北の方の叔父であり左中弁で亡くなった、その人の子なのだった。長年、遠い国に流浪して、母君もお亡くなりになって後、あちらの殿には疎遠になり、この宮邸で引き取っておいて下さったのであった。人柄も格別というわけでなく、宮仕えずれもしていたが、気の利かないでもないと宮もお思いになって、姫君たちのご世話役のようになさっていたのであった。

 

《下がって行った美しい姫君に代わって、老女が「とんでもないご代役(原文・こよなき御かはり)」として出てきました。ここで『集成』が「前に『古人召し出てたり(老女を召し出す)』(第四段)とあった弁が、ようやく出て来たのである」と言います。呼ばれて出て来たのに、「とんでもない代役」と言われては、弁も立つ瀬がないように思われて、ひょっとしてここの「こよなき」はいい意味で使われているのではないかという気もします。

 薫はその老婆に、その前では肩肘を張らなくてよい、乳母のような姿を思ったのでしょうか、自分自身のこと、八の宮への思いや自分の姫君たちをお世話しようという決心(というような激しいものではなく、もっと自然な思いのように思われますが)を、しみじみと語りました。

 その様子に弁の君は、昔の柏木の姿が重なるような気がして、涙しながら聞いています。

その懐旧の気持から、彼女の生い立ちが改めて語られて、以前の話(橋姫の巻第四章第四段)にはなかった彼女とこの姫君との繋がりが明らかにされます。それによるとこの人は、姫たちから見ると母方の祖母の弟の娘、つまり大叔父の娘(「従妹違い」、ちなみに弁の君から見た姫君は「又姪」)であって、彼女は甥である八の宮に世話になっていたということになるようです。

「人柄も格別というわけでなく、宮仕えずれもしていた」と言いますが、男にだまされて「西海の果てまで連れて」行かれ、長く辛酸を舐めた挙げ句に「まるで別世界に来た心地で上京」(橋姫の巻同)して来たのであれば、例えばいくらかのこすからさやみみっちさなども身について、改めて宮仕えするにもかつての都人であった当時のような優雅な気持ばかりで勤めることもできなかったでしょうから、都の人に品が無く見られるのもむりはないと思われます。

しかし、普通の都人にはそう見られても、八の宮は、縁者であることもあってなのでしょう、彼女がそれなりに「気の利かないでもない(原文・ここちなからぬ)」者と思って引き取ったのでした。もっとも、彼を現世に引き止める唯一のものであった姫君たちの世話をさせてきていたというのですから、その信用は、案外この言葉以上のものがあったのかも知れません。》

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第五段 薫、大君と和歌を詠み交す

【現代語訳】

 ご自身としても、そうはいってもだんだんと落ち着いて、いろいろと分別がおつきになったので、以前からのご縁にしても、こんなにまで遥か遠い野辺を分け入っていらっしゃったご誠意なども、お分りになったのであろう、少しいざり寄りなさった。
 お嘆きのご心中、またお約束なさったことなどを、たいそうねんごろに優しく話して、嫌な粗野な態度などはお現しにならない方なので、気味悪く居心地悪くなどはないが、他人にこのように声をお聞かせ申し、何となく頼りにしているような具合だったことなどもあった日頃を思い出すのもやはり辛くて気が引けるが、かすかに一言などお返事申し上げなさる様子が、いかにもいろいろと悲しみにぼうっとしている感じなので、まことにお気の毒にとお聞き申し上げなさる。
 黒い几帳の透影がたいそういたいたしげなので、ましてどれほどのご悲嘆でいられるかと、わずかに御覧になった明け方などが思い出されて、
「 色かはる浅茅を見ても墨染にやつるる袖を思ひこそやれ

(秋闌けて色の変わった庭の浅茅を見るにつけても、墨染に身をやつしていらっしゃ

るお姿をお察しいたします)」
と、独り言のようにおっしゃると、
「 色かはる袖をば露の宿りにてわが身ぞさらに置き所なき

(喪服に色の変わった袖に露はおいて、わが身はまったく置き所もありません)
 『はつるる糸は(いつまで経っても涙が涸れることがなくて)」とあとは言いさして、たいそうひどく堪えがたい様子でお入りになってしまったようである。

引き止めてよい場合でもないので、心残りにいたわしくお思いになる。

 

《「少しいざり寄りなさった」ということは、話の続き方からすれば、ここからは女房を介さずに直接話すことにしたということなのでしょうか。

薫はそういう大君に、どんなにお嘆きであるだろうと心を傷めていることとか、父宮があなた方を自分に託されたこととかを「たいそうねんごろに優しく」話して聞かせます。

大君はそういう薫に、「他人にこのように声をお聞かせ申し、何となく頼りにしているような具合だったことなどもあった日頃(「父宮亡きあと、薫の手紙には返事を出していたことをさすのであろう」・『集成』)を思い出すのもやはり辛くて気が引ける」のでしたが、なかなか微妙な気持で、そういうふうに感じること自体、すがる(または、心惹かれる)思いがあるようにも見えます。。

『評釈』は「姫君は、(父の死後)薫をどこかで心のたよりとしてきたのである。しかしそのたよりにしてきた薫が、現実の男の姿をして、あたかも懸想人のように姫君の前に現れたことを驚いている」と言います。ここでいきなり「懸想人」というのは気の廻しすぎのように思いますが、何気なく幾度も手紙をやり取りした人が、実際に会ってみると自分に比べてこんな素晴らしい人だったという改めての驚きと戸惑いがあったというのは、そのとおりでしょう。

気おされるように大君はやっとのことでわずかに言葉を交わします。

それを深い悲しみの脱けやらぬせいだろうとまっすぐに受け取って、「まことにお気の毒に」と思って聞いた、というのは、薫の誠実さ、実直さで、例えば匂宮だったら、全く別のことを思ったことでしょう。

薫もまた、透き影ながら大君の姿を見ると、以前、初めて見た時の「ちょっとほほ笑んでいる様子は、もう少し落ち着いて優雅な感じ」(橋姫の巻第三章第三段)とはあまりに違った「いたいたしげな」感じに、ふと「独り言のように」歌を口にします。

大君は、打てば響くように悲しみを詠み返して、「ひどく堪えがたい様子で(奧に)お入りになって」しまいました。

薫はその様子に、ほとんど後を追いたい思いですが、「引き止めてよい場合」とも思えないで、「心残りに」思いながらも、「いたわしく」後を見送ります。

いや、本当は逆で、「いたわしく」思って、後を見送りながらも、「心残りに」思ったことでしょう。

薫二十三歳、大君二十五歳と言えば、当時ではもう立派な大人でしょうが、まるで少年と少女のような二人の清純な美しい場面です。その分、ちょっと違和感がないとは言えない気もします。》

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第四段 薫、宇治を訪問

【現代語訳】

 中納言殿へのお返事だけは、あちらからも実直な様子で手紙を差し上げなさるので、こちらからもよそよそしくなくお返事申し上げ続けていらしゃる。ご忌中が終わっても、自分自身でお伺いなさった。東の廂の間の低い所に喪服でいらっしゃるところに、近くお立ち寄りになって、老女を召し出す。
 闇に閉ざされていらっしゃるお側近くに、たいそう眩しいばかりの美しさに満ちてお入りになったので、恥ずかしくなって、お返事などさえもおできになれないので、
「このようにはお扱い下さらないで、故宮のご意向にお従い申しあげなさるのが、お話を承る効があるというものです。なまめいて気取った振る舞いには馴れていませんので、人を介して申し上げますのは、言葉が続きません」と言われるので、
「思いのほかに、今日まで生き永らえておりますようですが、思い覚ましようもない夢の中にいるように思われまして、たまたま空の光を見ますのも遠慮されて、端近くに出ることもできません」と申し上げなさっているので、
「何かといえば、この上ないご思慮の深さです。月日の光は、ご自身から進んで晴れ晴れしくその下にお出になるならば罪にもなりましょうが、どうしてよいか分からず、気が晴れません。またお悩みを少しでもお晴らし申し上げたく思います」と申し上げなさると、
「ほんとうに、たいそう例のないようなご愁傷を、お慰め申し上げなさるお気持ちも並一通りでないこと」などと、女房たちがお諭し申し上げる。

 

《匂宮からの便りにはなかなか返事をしなかった姫君でしたが、薫には受け取るたびに返事を出していたようです。

そして忌みが明け、薫は宇治を訪ねてきました。服喪中は「廂の間の低い所」で過ごすのだそうで、そこに「近くお立ち寄りにな」ります。姫たちが廂の間ですから、薫は簀子にいるということでしょうか。

長く悲しみにくれるばかりで部屋を飾ることもないままのところに、薫が「たいそう眩しいばかりの美しさに満ちてお入りになったので」、姫たちはすっかり恥じ入ってしまいますので、薫はそれをほぐそうと、「故宮のご意向」(橋姫の巻第四章第二段)のように、気軽に親しく直接に話せるように、もっと近くに来てほしいと語りかけます。

それに応じて、「思いのほかに…」と応えます。もちろん中の君ではなくて大君の方でしょう。父宮がいる時はこういう対話は考えられなかったことですが、こういう事態になれば姉君は引っ込んでばかりはいられませんが、彼女としては大変なことだったでしょう。

しかし「端近くに出ることもできません」と言いますから、やはり女房を介しての言葉と思われます。「空の光を見ますのも遠慮されて」というのは、「見事なことわり方」と『評釈』が言います。

薫は、自分から好んで「月日の光」の下に出るなら罪になるかも知れないが、「礼儀として客の自分と応対するのに何の仔細がありましょう」(『集成』)と、「いささか苦しいいい方」(『評釈』)ながら、さらに催促すると、今度は女房たちが、それはそうですよと援護するのでした。宮から「決して決して軽々しく良くない男をお取り持ち申すな」と言われていたのですが(第二章第四段2節)、この人は別だと思っているのでしょう。

初めのところにいくつか分かりにくい所があります。

まず、「ご忌中が終わっても(原文・御忌果てても)」の「も」は、何との並列を意味しているのでしょうか。忌中が明けたからといってそれで縁切りにしないで、ということになりそうですが、変です。薫の心情から言えば、むしろ「とすぐに」とでも言いたい所ですが。『評釈』もそのことを言い、「果ててぞ」、「果てて」の諸本があると言います。

また、姫君のいる場所が母屋ではなくて廂の間だというのがちょっと驚きですが、本格的な寝殿造りではなく、姫たちは母屋ではなくて普通の部屋にいるようです。

その廂の間に「近くお立ち寄りになって(原文・近う立ち寄りたまひて)」は、わざわざ宇治に来たのですから、普通の「立ち寄る」と解するのは変です。「立ち」はあまり意味がないのでしょうか。

また、「老女」(弁の君でしょう)を呼んだとありますが、どういう意味があるのでしょう。あとで「このようにはお扱い下さらないで」と言うのですから、取り次ぎを求めたとも思われない気がしますが、それでも初めの礼儀としてそれをさせたのでしょうか。》

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