源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 薫の物語

第六段 阿闍梨による法事と薫の弔問

【現代語訳】

 阿闍梨は、長年お約束なさっていたことに従って、後のご法事も万事お世話申しあげる。
「せめて、亡き人におなりになってしまわれたというお姿やお顔をもう一度見申しあげたい」とおっしゃるが、
「いまさら、どうしてそのような必要がございましょうか。この日頃も、お会いしてはならないとお諭し申し上げていたので、今はそれ以上に、お互いにご執心なさってはいけないとのお心構えを、お知りになるべきです」とばかり申し上げる。

山籠もりしていらっしゃった時のご様子をお聞きになるにつけても、阿闍梨のあまりに悟り澄ました聖心を、憎く辛いとお思いになるのであった。
 出家のご本願は昔から深くいらっしゃったけれども、このように後をお頼みする人もない姫君たちのご将来の見捨てがたいことを、生きている間は、明け暮れ離れずに面倒を見て上げるのを本当に侘しい暮らしの慰めともお思いになって、思い離れがたく過ごしていらっしゃったのだが、限りある運命の道には、お先立ちになるお心も後を慕いなさるお心も、思うにまかせないことであった。
 中納言殿におかれては、お耳になさって、たいそう気落ちして残念で、もう一度ゆっくりとお話申し上げたいことがたくさん残っている気がして、人の世の無常が思い続けられて、ひどくお泣きになる。

「再びお目にかかることは難しいだろうか」などとおっしゃっていたが、やはり普段のお気持ちとしても、朝夕の間も当てにならない世のはかなさを、人一倍お感じになっていたので、耳馴れて、昨日今日とは思わなかったことを、かえすがえすも諦め切れず悲しくお思いなさる。
 阿闍梨のもとにも、姫君たちのご弔問も、心をこめて差し上げなさる。このようなご弔問など、他に誰も訪れる人さえいないご様子の中では、悲しみにくれている姫君たちにも年来のご厚誼のありがたかったことをお分かりになる。
「世間普通の死別でさえ、その当座は比類なく悲しいようにばかり、誰でも悲しみにくれるようなのに、まして気を慰めようもないお身の上では、どのようにお悲しみになっておられるだろう」と想像なさりながら、後のご法事など、しなければならないことを推し量って、阿闍梨にも挨拶なさる。こちらにも、老女たちにかこつけて、御誦経などのことをご配慮なさる。

 

《この阿闍梨は「後のご法事も万事お世話申しあげる」というのですから、決して悪気があるわけではありません。しかしせめて最後のお顔を見たいという姫の懇願にも、「いまさら、どうしてそのような必要がございましょうか」と、にべもありません。やはり僧侶とはそういうものであったのでしょう。

物語は、そういう僧の前にあっての、宮と姫君たちとの「思うにまかせない」間柄を切々と語り、『評釈』も「八の宮が姫君を残して先だつ事はおこり得ることであるが、この両者の関係が、特別のものであるだけに、その別離に対して何ともいえないやりきれなさが、残る」と言いますが、宮の山籠もりが一週間ほどのものだったらしいのに、どうしてあれほどに思い詰めた話をして行ったのかという曖昧さと、阿闍梨の非人情だけが残って、その事後処理についての「あまりに悟り澄ました聖心」に対する違和感ばかりが印象に残ってしまいます。

少なくとも、父宮の娘への言い方一つで娘は伴侶を得たに違いないところまで来ていたのですから、それを自分の手で仕上げてから山に籠もっても不思議ではないだろうと思われますが、その道を選ばなかった事情は物語には語られませんでしたので、何かこの宮が愚かな父親であったという気さえします。

『光る』が「丸谷・八の宮という人があまり聡明じゃないためにこういう悲劇になったとすれば、八の宮をもっと書かなきゃならない」と言いますが、もっともです。

考えてみると、源氏生前の物語には、魅力的な人物がいろいろいました。紫の上、葵の上、明石に御方、果ては末摘花、近江の君といった女性群は言うに及ばず、明石の入道、明石の巻までの頭中将などまで、それぞれの個性が生き生きと表れていました。

匂兵部卿の巻以後は、ああいった躍動的な人物がいないような気がします。まだ本格的な物語に入っていないせいかもしれませんが、やはり『光る』が「丸谷・よく言えば近代人らしい微妙な綾がついている登場人物がいっぱい出てくるんです。そのせいで、なんだか物語の輪郭がくっきりしないんです。」と言います。尻馬に乗って言えば、物語の輪郭以前に、大君や中の君にしても、人物の輪郭がはっきりしないという気がします。》

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第五段 八月二十日、八の宮、山寺で死去

【現代語訳】

 あの勤行なさる念仏三昧は、今日終わることだろうと、今か今かとお待ち申し上げていらっしゃる夕暮に、使者が参って、
「今朝から気分が悪くなって、参ることができない。風邪かと思ってあれこれと手当てしているところです。それにしても、いつもよりお目にかかりたいのだが」と申し上げなさった。どきりとして、どのようなことでかとお嘆きになり、御法衣類に綿を厚くして、急いで準備させなさって、お届け申し上げなさる。二、三日山をお下りにならない。

「どのようですか、どのようですか」と、使者を差し向けなさるが、
「特にひどく悪いというのではない。どことなく苦しいのです。もう少し好くなったら、じきに我慢してでも」などと、口上で申し上げなさる。

阿闍梨がぴったりと付き添ってお世話申し上げているのであった。
「ちょっとしたご病気と見えるが、最期でいらっしゃるかも知れない。姫君たちのご将来の事は、何のお嘆きになることがありましょうか。人は皆、それぞれ運命というものは別々なので、お心に懸けられるべきことではありません」と、ますます世の執着をお捨てにならなければならないということをお教え申し上げながら、

「今は決して下山なさいますな」と、ご忠告申し上げるのであった。
 八月二十日のころであった。ただでさえ空の様子のひときわ物悲しいころ、姫君たちは、朝夕の霧の晴間もなくお嘆きになりながら物思いに沈んでいらっしゃる。有明の月がたいそう明るく差し出して、川面もはっきりと澄んでいるのを、そちらの側の蔀を上げさせて、外を眺めていらっしゃると、鐘の音がかすかに響いて来て、夜が明けたようだと申し上げるころに、人びとが来て、
「この夜半頃に、お亡くなりになりました」と泣く泣く申し上げる。

心に懸けて、どうしておられるかと絶えずご心配申し上げていらっしゃったが、ちょっとお聞きになると、驚いて真暗な気持ちになって、ましてこのようなことには、涙もどこに行ってしまったのであろうか、ただうつ伏していらっしゃった。
 悲しい死別といっても、目の当たりに立ち会ってはっきり見届けるのが世の常のことであるが、様子が分からないこともあって、お嘆きになることは、もっともなことである。片時の間でも先立たれ申しては、この世に生きていられようとは考えていらっしゃらなかったお二方なので、是非とも後を追いたいと泣き沈んでいらっしゃるが、寿命の定まった旅路であるので、何の効もない。

 

《二人の姫は七日間ほどの辛抱と待っていたのでしたが、その日の夕暮れ、宮は体調を更に崩したということで、帰ってきません。

さらに二、三日が経ちますが、芳しくないようです。姫たちの心配はひととおりではありません。宮も少しでも気分がよくなったら、何とか帰りたいと思ってはおられるようですが、一方で、宮の傍には阿闍梨が付いていて、どうも宮に大変なことを吹き込んでいるようです。

「ちょっとしたご病気と見えるが、最期でいらっしゃるかも知れない」というのも、あまりにアバウトで、理解しがたい言葉ですが、次の「姫たちの…」以下の言葉は、初めに冷泉院に宮の話をしていた時(橋姫の巻第二章第二段)のような思いやりは毛ほどもない、仏道の本道に立ったものとは言え、教条的で冷たく、しかも断固たるものです。

この物語の中で僧侶が大きな役を果たす場面は少なくありませんが、総じて人の情を解さず頑固で独善的かつ教条的というのが相場で、当時の一般的イメージだったのかと思われます。

もちろんこの阿闍梨も悪意で言っているのではなく、「八の宮の妄執をさまそうとする仏者としての配慮」(『集成』)ではあるのですが、あくまでも仏道の側からの言葉であって、仏教者が本当に個々の人間の側に立って救済を考えるようになったのは、二百年後の法然上人以後というようなことになるのでしょうか。

そしてとうとう、中秋の頃、宮はそのまま亡くなってしまいました。物語中、多くの死が秋であり(夕顔、葵の上、六条御息所、紫の上)、宮の場合も秋であったことは、その死が「自然な死」であったと言いたいのではないかと『評釈』が言いますが、春もあり(藤壺、柏木)、夏もある(桐壺更衣)ところを見ると、そうばかりも言えなさそうです。 

ともあれ、その死を看取ることもできず、ただ連絡を受けただけの姫たちの嘆きは言うまでもありません。

途中、「ましてこのようなことには」とあって、この「まして(原文・いとど)」が何と何を比べていっているのか、「このようなこと」とは具体的には何を指すのか、ちょっと困ります。こういう比較の仕方は、以前原文の「まして」を取り上げてみたこともあります(御法の巻第一章第三段)が、どうもよく分かりません。》

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第四段 八の宮、姫君たちに訓戒して山に入る~その2

【現代語訳】2

明日ご入山なさるという日は、いつもと違ってあちらこちらとお歩きになって御覧になる。たいそう質素に仮の宿としてお過ごしになったお住まいの様子を、

「亡くなった後、どのようにして若い姫君たちが世の中と縁を切って籠もってお過ごしになれようか」と、涙ぐみながら念誦なさる様子は、たいそう清らかである。
 年配の女房たちを召し出して、
「心配のないようにお仕えしなさい。何事も、もともと気軽で世間に噂にならないような身分の人は、子孫の零落することもよくあることで、目立ちもしないだろう。このような身分になると、世間の人は何とも思わないだろうが、みじめな有様で流浪するのは、宿縁に対して不面目で、心苦しいことが多いだろう。

物寂しく心細い世の中を送ることは、世の常である。生まれた家の格式やしきたり通りに身を処するというのが、人聞きにも、自分の気持ちとしても、間違いのないように思われるだろう。贅沢な人並みの生活をしようと望んでも、その思う通りにならない時勢であったら、決して決して軽々しく良くない男をお取り持ち申すな」などとおっしゃる。
 まだ夜の明けないうちにお出になろうとして、こちらにお渡りになって、
「いなくなっても、心細くお嘆きなさるな。気持ちだけは明るく持って音楽の遊びなどはなさい。何事も思うに適わない世の中だ。深刻に思い詰めなさるな」などと、振り返りながらお出になった。

お二方は、ますます心細く物思いに閉ざされて、寝ても起きても語り合いながら、
「どちらか一方がいなくなったら、どのようにして暮らしていけましょうか」
「今は、将来もはっきりしないこの世で、もし別れるようなことがあったら」などと、泣いたり笑ったりしながら、遊び事も手仕事も心を合わせて慰め合いながらお過ごしになる。

 

《いよいよ入山の日、八の宮は最後に家をあちこちと歩いてみながら、懐旧の思いと娘たちの将来への不安とで、感慨ひとしお、ひたすら念誦している、というのですが、その姿を、「たいそう清らかである(原文・いときよげなり)」というのは、どういうことでしょうか。『辞典』は「(和歌の言葉づかい・人物などの容姿が)美しいさま」と言いますが、こういうところで容姿の美しさはないのではないでしょうか。

悲劇の人の姿として悪くはない姿ですが、訳した言葉で考えると、外見ではなく精神的な美しさのようで、娘への恩愛の情に堪えながらの念誦の姿がありがたく神々しく見えたというような気持なのでしょうか。

それと、気になるのは「いつものように、静かな場所で、念仏を専心に行おう」と思っての山籠もりだったはずで(第四段)、それなら毎年四季ごとに行い慣れたもので、前回は七日間でした(橋姫の巻第三章第一段)。それにしてはこのあたりの言動は、今生の別れのようで、思い入れが強すぎるように思えて、「重く身を慎むべきお年」(第一章第五段)であることで、季節とともに「ひどく心細くお感じになった」という理由だけでは、私にはちょっと弱いような気がしますが、当時の感覚なのでしょう。

女房たちに「良くない男をお取り持ち申すな」と厳しく言い置き、出立に際して娘の所に行き、「深刻に思い詰めなさるな」と言い置きます。

しかし、こういう言い置きをすればするほど、そんなに人に言うなら、そういうことを自分で引き受けてはどうか思えます。それを人におっかぶせておいて自分は煩悩のない世界に行ってしまうというのでは、どうも虫がいいという感じを拭えませんが、西行の逸話などを思うと、出家とはそのように行われるものだったということなのでしょう。

宮の往った後、二人の姫は「泣いたり笑ったりしながら、遊び事も手仕事も心を合わせて慰め合いながらお過ごしになる」のだったと言います。さもありなんと思われて切ない感じはしますが、それにしてもいささか当たり前すぎて、このことを書くのなら、もう少し具体的なイメージの湧く言葉が欲しい気がします。

更に付け加えると、この父宮の山籠もりは通常一週間ほどのもののようであるのに、この二人が、父自身と同じように、もう二度と父を見ることがないかのような対話をするのも変です。二人から見た父の体調がやはりそれほど悪いものだったということなのでしょうか。

どうもこのあたりは、あえてそういう悲劇的な方向に話をもっていこうとしているという感じが強く、もう一つ入り込めない気がします。》

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第四段 八の宮、姫君たちに訓戒して山に入る~その1

【現代語訳】1

 秋が深まって行くにつれて、宮はひどく心細くお感じになったので、

「いつものように、静かな場所で念仏を専心に行おう」とお思いになって、姫君たちにもしかるべきことを申し上げなさる
「この世の習いとして、永遠の別れを避けることはできないもののようだが、気の慰むようなことがあってこそ、その悲しさも薄らぐもののようだ。他にお世話を託せる人もなく、心細いご様子の二人をうち捨てて行くのはまことに辛いことだ。
 けれども、その程度のことで妨げられて、無明長夜の闇にまで迷うのは無益なことだし、一方でお世話して来た今までさえ執着を断ち切っていたのだから、亡くなった後のことは、どうしようもないことだが、私一人だけのためでなく、お亡くなりになった母君の面目をもつぶさぬよう、軽率な考えをなさるな。
 しっかりと頼りになる人以外には、人の言葉に従ってこの山里を離れなさるな。ただこのように世間の人と違った運命の身とお思いになって、ここで一生を終わるのだとお悟りなさい。一途にその気になれば、何事もなく過ぎてしまう歳月なのだ。まして女性は、女らしくひっそりと閉じ籠もって、ひどくみっともない世間からの非難を受けないのがよいだろう」などとおっしゃる。

どうなるかの将来の身の上のありようまではお考えも及ばず、ただ

「一体どのようにして、先立たれ申して後は、この世に片時も生きていられようか」とお思いになると、このように心細い先の話に、何とも言いようもないお二方の嘆きである。

心の中でこそ執着をお捨てになっていらっしゃるようであるが、明け暮れお側に馴れ親しみなさって急に別れなさるのは、冷淡な心からではないにしても、恨めしく思っても無理もないお身の上なのであった。

 

《八の宮は、自分の体調の優れないことを感じたということなのでしょうか、「ひどく心細く」思って、山寺に籠もることにしました。「いつものように」は「四季毎に割り当ててなさるお念仏」(橋姫の巻第三章第一段)を言うのでしょう。

出かけるに当たって、姫たちに話をするのですが、どうもよく分からない話です。

まず、「気の慰むようなことがあってこそ(原文・思ひなぐさまむかたありてこそ)」ですが、「後事を頼んでおけるような人がいれば」という意味で、そうだったら「永遠の別れ」の「悲しさも薄らぐ」だろうが、そういう人がいないので「まことに辛い」ということでしょうか。とすると、『集成』はここを二文にしていますが、一文として読む方が分かりやすく思えます。

それはそれで分かる気がしますが、しかしそれを、「その程度のことで妨げられて…」と言われたのでは、子供からすると、何か立つ瀬がないような気がします。

次の「一方で(原文・かつ)」は、その、お前たちを置いて山に入るということと、これまでもお前たちへの執着を捨ててきたということを並べているのでしょうか、だから私の死後のお前たちのことを言っても仕方がないが、と続くようです。

そこまで言いながら、自分が死んだ後はどうしてやることもできないが、私や母の面目を潰すようなことはするな、というのも、ずいぶん一方的で身勝手な話に聞こえますし、さらに、そのためには、「しっかりと頼りになる人以外には、人の言葉に従ってこの山里を離れなさるな」というのも、言葉の強さとは反対に曖昧な言い置きです。

「頼りになる」かどうかは、結局姫たちが判断するわけで、当人の責任になるのです。宮が言い残さなくても、世話をしようという人が現れた場合には、「頼りになる」かどうか、当然考えるのですから、こう言われてしまえば、結局姫君には、ここを離れるなということだけが厳命として残ることになるでしょう。

それに、宮自身は薫をその「しっかりと頼りになる人」に入れているのかどうか。彼は薫に自分にもしものことがあった時が心配だと二度も語って、その度に薫が後見を引き受けたのを「嬉しく」思ったのでした(第二章第一段と橋姫の巻第四章第二段)。

また匂宮からの手紙には、「戯れ事」だろうとは言いながら、中の君に返事をさせています(第一章第五段)から、この里から出てはならないというのとは、随分な違いです。

結局、「八の宮は、自分の娘の大君を薫に、中の君を匂宮に、縁づけたいのか縁づけたくないのか」(『光る』)よく分からないことになっています。

『評釈』は「お前たちのことは中将によく頼んであるから安心おし、とも言えはすまい。…(薫には)ただ情義にすがってみたまでのこと」と言いますが、宮の娘たちへの言い方では、娘からすれば、仮に薫から世話の申し出があっても、受けられない気になるしかないように思われます。

ちなみに『評釈』は、宮は、「姫たちがここにひき籠もっているかぎり、薫はこの草庵を見捨てはしないであろう」と考えていたと言いますが、それは薫が最後まで姫との結婚を希望しないことが前提になるはずで、今かりに薫がそう言っているにしても、買い被りというか、見くびりすぎというか、何しろ非現実的と言うべきでしょう。

『光る』は「丸谷・八宮の、娘たちの将来のために薫に託したいと思いながら、娘たちを他の男に預けたくないというアンビバレンツ(反対感情併存)。これは作中人物の問題じゃなくて、作者自身がこのへん、わからなくなっているんじゃないかという気がする」と言います。》

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第三段 薫、弁の君から昔語りを聞き、帰京

【現代語訳】

 こちらであの問わず語りの話を聞かせた老女を召し出して、聞きたいことがたくさん残っている話などをおさせになる。入方の月が翳りなく明るく差し込んで、透影が優美で、姫君たちも奥まった所にいらっしゃる。世の常の懸想人のようではなく、思慮深くお話を静かに申し上げていらっしゃるので、しかるべきお返事などを申し上げなさる。
「三の宮がたいそうご執心でいられるのに」と心中には思い出しながら、

「我が心ながら、やはり普通の人とは違っていることだ。あれほど宮ご自身がお許しになることを、それほどにも急ぐ気にもなれないことだが、結婚など思いもよらないことだとはさすがに思われない。このようにして言葉をも交わし、季節折々の花や紅葉につけて、その折りの情趣や思いを通じ合うのに、気の利いた振る舞いをなさる方なので、自分と縁がなく他の人と結婚なさるのは、やはり残念に思われるに違いないことだろう」と、自分のもののような気がするのであった。
 まだ夜明けに間のあるうちにお帰りになった。心細く先も長くなさそうにお思いになったご様子を、お思い出し申し上げながら、

「忙しい時期が過ぎてから伺おう」とお思いになる。

兵部卿宮も、今年の秋のころに紅葉を見にいらっしゃりたいと、適当な機会をお考えになる。お手紙は絶えず差し上げなさる。女君は、本気でお考えになっているのだろうとはお思いでないので、厄介にも思わず、何気ない態度で時々ご文通なさる。

 

《八の宮が若者たちのいる部屋から仏間に下がって行かれたところで、薫は弁の君を呼んで話の続きを聞くことにしました。最初に話を聞いた後には「(残りの話は)他人が聞いていない安心な所で聞こう」と言っていたのでした(橋姫の巻第四章第四段)から、隣の部屋に姫君たちがいる場所でとは、ずいぶん大胆ですが、もうここでの話は、本題を語られないままに前提としての、それだけ聞けば普通の昔話としか思えない、些末な部分の話で、その内容については作者も深入りする必要を感じない程度の話というこということなのでしょうか、話題はすぐに別のことに移ります。

 薫は、月明かりに弁の君さえ「優美」に見えて、「奥まった所にいらっしゃる」姫君たちを意識し始めます。匂宮が執心であることを思い出しながら、次第に現実的に心惹かれていき、「他人と結婚なさるのは、やはり残念に思われるに違いないことだろう」と、いかにも遠回りながら、自分の心に気づいていきます。

 一方、匂宮はせっせと便りをします。所詮は「本気でお考えになっているのだろうとはお思いでない」ことと思っていますから、女君(おそらく中の君でしょう)は、父に言われたように、「厄介にも思わず、何気ない態度で時々ご文通なさる」のでした。

 しかし、作者は当人の思いに関わらず、ここですでに「女君(原文・女)」と呼んでいて、すでにそういう関係に絡め取られているのだと言っているようです。

ところで、実は、昨日投稿した後、前段の父宮の、姫に琴を引くように勧めたことと、若い男女を置いて父親が引き下がったことは、前にあった「人並みで、それでも人聞きが悪くなく世間から認めてもらえる身分の人で、真実に後見申し上げようなどと思ってくれる方がいたら知らぬ顔をして黙認しよう」(第一章第五段)という考えとどうつながるのだろうかと考えてしまいました。

そもそも父親があのように振舞うことは、しばしば結婚を承諾しているのと同様な意味があると思われますし、それを薫も「あれほど宮ご自身がお許しになる」(この段)と理解しているのですが、しかし実際には宮は娘を薫の妻にしようと、例えば明石入道のように積極的には働いたことはありません。

そう言えばかつて、「宰相の君が、同じことなら近い縁者としたい方だが、そのようには考えるわけにはいかないようだ」と考えたことがありました(第一章第二段)。

宮からすれば、薫は今の自分たちにはあまりに高貴に過ぎ、また意思堅固な全くの仏道者に見えていて、婿候補の対象に入らなかったということなのでしょうか。とすると、あのような振る舞いも、あたかも薫を若い男性ではなく、頼もしい親族の一人というような扱いで行われたのだと考えられそうで、それならただの後見役だけしか頼めないと考えるのも無理なく思われてきます。

この物語では、宮が薫に娘を娶ってほしいと正式に言っておれば(薫は一応は渋ってみせるような気もしますが)、以下の事件は何一つ起こらないわけで、もしそうだったら、この誤解、思い込みがすべての発端だとも言えるわけです。》

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