源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 匂宮の物語

第五段 八の宮、娘たちへの心配

【現代語訳】

何やかやで思うように言いやることもできずじまいだったことを残念に宮はお思いになって、「しるべなくて(手引なしで)」もお手紙は常にあるのだった。宮も、
「やはり、お返事は差し上げなさい。ことさら懸想文のようには扱うまい。かえって気をもむ種になることになるだろう。たいそう好色の親王なので、このような姫がいるとお聞きになると、放っておけないと思うだけの戯れ事なのだろう」とお促しなさる時々は、中の君がお返事申し上げなさる。姫君は、このようなことは冗談事にもご関心のないご思慮深さである。
 いつということもなく常に心細いご様子で、春の日長の所在なさは、ますます過ごしがたく物思いに耽っていらっしゃる。ご成長なさったご容姿器量もますます優れて申し分なく美しいのにつけても、かえっておいたわしく、

「不器量であったら、もったいなく惜しいなどと思うことは少なかったろうに」などと、明け暮れお悩みになる。姉君は二十五歳、中の君は二十三歳におなりであった。

 宮は重く身を慎むべきお年なのであった。何となく心細くお思いになって、ご勤行を例年よりも弛みなくなさる。

この世に執着なさっていないので死出の旅立ちの用意ばかりをお考えで極楽往生も間違いないお方だが、ただこの姫君たちの事に、たいそうお気の毒なことに、この上ない道心の強さだけれども、きっと今が最期とお見捨てなさる時のお気持ちは乱れるだろうとお側の女房もご推察申し上げるのだが、お思いの通りではなくても人並みで、それでも人聞きが悪くなく世間から認めてもらえる身分の人で、真実に後見申し上げようなどと思ってくれる方がいたら知らぬ顔をして黙認しよう、一人一人が人並みに結婚する縁があったらその人に譲って安心もできようが、そこまで深い心で言い寄る人はいない。
 時たまちょっとしたきっかけで、懸想めいたことを言う人は、まだ年若い人の遊び心で、物詣での中宿りやその往来の慰み事にそれらしいことを言っても、やはりこのように落ちぶれた様子などを想像して軽んじて扱うのは心外なので、なおざりの返事をさえおさせにならない。

三の宮は、やはりお会いしないではいられないとのお思いが深いのであった。前世からの因縁がおありだったのであろうか。

 

《匂宮は都に帰ってから、このごろでは薫を通さないで、姫君に便りをするようになりました。父宮は、「戯れ事」だろうとは思いながら、あるいはという期待を抱いているのでしょうか、返事だけはするように言いますが、姉姫は「このようなことは冗談事にもご関心のない思慮深さ」で書こうとせず、妹の中の君が返事をします。妹はまだ子供っぽいということでしょうか。「姉君は二十五歳、中の君は二十三歳」と言います。「これは、貴族の子女の婚期が十五、六歳にある当時にあっては、特殊な年齢」(『評釈』)です。

 そういう娘を持ちながら、宮は「身を慎むべきお年」、つまり厄年を迎えました。「六十一の厄年に当たると見るのが、ほぼ八の宮の年齢に見合う」(『集成』)と思われますが、「重い」ということさらな修飾語が、重大な出来事を予期させています。

次の「この世に」からの宮についての長い一文が逆接と挿入句の連続で読みにくいので、言っている事柄だけを分かりやすいように勝手に私流に言い換えますと、「この世に執着なさっていないので、死出の旅立ちの用意ばかりをお考えで極楽往生も間違いないお方で(あり)、この上ない道心の強さだけれども、たいそうお気の毒なことに、ただこの姫君たちの事に(ついては)、きっと今が最期とお見捨てなさる時のお気持ちは乱れるだろうとお側の女房もご推察申し上げていて、(その一方で、宮としては、)お思いの通りではなくても人並みで、それでも人聞きが悪くなく世間から認めてもらえる身分の人で、真実に後見申し上げようなどと思ってくれる方がいたら知らぬ顔をして黙認しよう、一人一人が人並みに結婚する縁があったらその人に譲って安心もできよう(と思っておられる)が、そこまで深い心で言い寄る人はいない」というようなことになりましょうか。

ただ、そんなふうにまで思い悩むなら、今せっかく匂宮が言い寄ってきているのですから、どうしてそれをもっと進めるように考えないのかという気もしますし、以前薫が二人の後見を引き受けていたこともあり(橋姫の巻第四章第二段)、さらには冷泉院も世話を申し出られたこともある(同第二章第二段)わけで、そうしたことを全く考えないのはなぜだろうかと思ってしまいます。

 『光る』が「大野・『宇治十帖』は…実験小説だと感じるんです」と言い、『人物論』所収「匂宮の変貌」(伊井春樹著)が「橋姫巻は…内的必然性からの物語化ではなく、初めから枠を設け、その敷かれたレールに沿っての人物の操作がなされる」と言っていますが、八の宮がそういう考慮をしないのも、そういう作者の方針の結果ということでしょうか。

 最後に匂宮の消息をちらりと語って、物語の行方をほのめかします。》

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第四段 匂宮と中の君、和歌を詠み交す

【現代語訳】

 あの宮は、それ以上に気軽に動けないご身分までをも窮屈にお思いであるが、せめてこのような機会にでもとたまらなくお思いになって、美しい花の枝を折らせなさって、お供に控えている殿上童でかわいい子を使いにして差し上げなさる。
「 山桜にほふあたりに訪ね来て同じかざしを折りてけるかな

(山桜が美しく咲いている辺りにやって来て、同じこの地の美しい桜を插頭しに手折

ったことです)
 『野をむつましみ(同じ血につながる親しみの気持から、この宇治に一泊しました・『集成』)」とでもあったのであろうか。

「お返事は、とてもできない」などと、差し上げにくく当惑していらっしゃる。
「このような時のお返事は、特別なふうに考えて時間をかけ過ぎるのも、かえって気の利かぬことです」などと老女房たちが申し上げるので、中の君にお書かせ申し上げなさる。
「 かざし折る花のたよりに山がつの垣根を過ぎぬ春の旅人

(插頭の花を手折るついでに、山里の家は通り過ぎてしまう春の旅人なのでしょう)
 わざわざ野を分けていらっしゃったのでもないでしょう」と、たいそう美しく上手にお書きになっていた。
 なるほど、川風も隔て心をおかずに吹き通う楽の音を面白く合奏なさる。

お迎えに藤大納言が勅命によって参上なさった。人びとが大勢参集して、何かと騒がしくして先を争ってお帰りになる。若い人たちは、物足りなく、ついつい後を振り返ってばかりいた。宮は、「また何かの機会に」とお思いになる。
 花盛りで、四方の霞も眺めやる見所があるので、漢詩や和歌も、作品が多く作られたが、わずらわしいので詳しく尋ねもしないのである。
 

《私たちにとってはまったく思いがけないことですが、匂宮はどうやら川の向こうの夕霧の別荘に残ったままだったようなのです。「気軽に動けないご身分」と言いますが、祖父の弟に当たる宮に会いに行くのもまずいということなのでしょうか。

そう思って前段を読み返すと「中将はお伺いなさる」とあって、確かに匂宮も行ったのであれば、「は」とは言わないように思われます。

彼は、実際に客として宮邸に行って身近に「(姫君の)住んでいらっしゃるご様子を想像」できる「公達」と比べると、まったく想像でしか思い描けませんから、「それ以上に」(彼ら以上に)関心が強まり、「たまらなくお思いになって」歌を贈りました。

「『同じかざし』は血のつながりを意味するから、同じ皇族としての親しみの気持が籠められている」と『集成』が言い、『評釈』はこの歌がうまい挨拶でありながら、また姫への関心を巧みにゆかしく秘めたものであることを、縷々語っています。

そうでなくてもひっそりと暮らしている姫君たちにとって、名高い(であろう)匂宮からの便りとあって返事を尻込みするのですが、古女房に諫められて歌を詠みました。姉君ではなくて中の君が詠んだというのが、二人の間柄を思わせて面白く、またこの人が始めて表に出てくる場面にもなりました。

「なるほど」は匂宮の「をちこちの」の歌(前段)を受けての言葉(『集成』)で、八の宮邸の楽の音が、川のこちらにも楽しく聞こえてくるというのでしょうが、この一文も前後と繋がらない感じで落ち着かない気がします。

藤大納言(柏木の弟)が迎えの使いとしてやって来て、匂宮一行は帰っていきました。匂宮は遂に姫君に会えないままでしたが、きっと機会を見つけてと心に決めます。》

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第三段 薫、迎えを受けて八の宮邸に行く

【現代語訳】

「 山風に霞吹きとく声はあれどへだてて見ゆるをちの白波

(山風に乗って霞を吹き分ける笛の音は聞こえますが、そちらの白波が隔てているようです)」

 草仮名でたいそう美しくお書きなっていた。宮はご関心の所からのと御覧になると、たいそう興味深くお思いになって、

「このお返事は私がしよう」と言って、
「 をちこちの汀に波はへだつともなほ吹きかよへ宇治の川風

(そちらとこちらの汀に波は隔てていても、やはり吹き通って便りを届けよ宇治の川風よ)」

中将はお伺いなさる。遊びに夢中になっていた公達を誘って棹さしてお渡りになる間「酣酔楽」を合奏し、水に臨んだ廊に造りつけてある階段の趣向など、山荘にふさわしくたいそう風流で奥ゆかしい宮邸なので、人びとは心遣いして舟からお下りになる。
 ここはまた、趣が違って山里らしい網代屏風などでわざと簡略にして、風雅なお部屋のしつらえを、しかるべき気持ちで掃除し、たいそう心づかいして整えていらっしゃった。昔から伝わる、音などまことにまたとない弦楽器類を、特別に用意したようにではなく、次々と弾き出しなさって、壱越調に変えて、「桜人」を演奏なさる。
 主人の宮のお琴をこのような機会にと、人びとはお思いになるが、箏の琴をさりげなく時々合わせて掻き鳴らしなさる。耳馴れないせいであろうか、「たいそう趣深く素晴らしい」と若い人たちは感じ入っていた。
 土地柄に相応しい饗応をたいそう風流になさって、向こうで想像していた以上に、遠く皇族の血筋を引くといった素性卑しからぬ人びとが大勢、王族で、四位の年とった人たちなどが、このように大勢客人が見える時にはと以前からご同情申し上げていたせいか、適当な方々が皆参上し合って、瓶子を取る人もこざっぱりしていて、こうした宮家らしく古風で風雅にお持てなしなさった。

客人たちは、宮の姫君たちが住んでいらっしゃるご様子を想像しながら、関心を持つ人もいるであろう。

 

《八の宮からの手紙は薫を招くものでした。待っていましたと、匂宮が、返事は自分が引き受けて、歌を返し、一同うち揃って出かけていきます。

川を渡って行って見ると、宮の邸は、いかにも田舎にふさわしく心配りがされたしつらえになっていて、一行は感心したのでしょう、「心遣いして舟からお下りに」なり、中に入ります。

掃除も行き届き、準備万端整えられています。宮の秘蔵のものなのでしょう、珍しい楽器が用意されていて、「薫と同行の人々が」(『集成』)「次々と弾き出し」ました。弾きながら人々は、「主人の宮のお琴(琴の琴)をこのような機会に」と思うのですが、宮は、ただ「箏の琴を、さりげなく時々合わせて掻き鳴らしなさる」だけです。それでもその音は「たいそう趣深く素晴らしい」ものなのでした。「権勢から見放されて四十余年。が、今もなおおうように宮としての品位を侍し、悠々としてくずれない」と『評釈』が讃えます。

饗応のお相手をする人も思いがけずたくさんいて、しかもその人たちは「遠く皇族の血筋を引くといった素性卑しからぬ人びと」で、こういう時には宮のために都から応援に駆けつける人々であるようです。

至れり尽くせりの準備で、『評釈』は「どうやら八の宮と薫の間には、前もって連絡がとれてあり、打ち合わせが済んでいたようだ」と言い、確かにそうでも考えなければこれほどの準備は難しいと思われます。

ただ、そうすると、薫が対岸の宿にいる時に「(姫君に会いに)大勢の人目を避けて独り舟を漕ぎ出」すことを思ってみた(前段)ことと、辻褄が合わない気がします。あるいは、あれは自分一人、抜け駆けしようと思っただけで、一行が後から来ることは決まっていたということなのでしょうか。

ともあれ思いがけない豪勢な歓待を受けた一行は、こういう手厚い配慮の蔭で育った姫君はどれほど素晴らしい姫であろうかと、期待を膨らませます。

ところで、この段では、同類の表現法が多いことが気になります。「山荘にふさわしく(原文・さるかたに)」、「山里らしい(山里びたる)」、「土地柄に相応しい(所につけたる)」などは、山里という特殊性に寄りすがった具体性のない形容であり、また「そのような気持ちで(さるこころして)」、「こうした宮家(さるかた)」も読者の想像に寄りすがったものです。ものごとを直接言い表すことをしないのは、古典の常ではありますが、わずかこれだけの範囲でこう頻出すると、作者の怠慢ではないかという気がしますが、どうでしょうか。》

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第二段 匂宮と八の宮、和歌を詠み交す

【現代語訳】

「ああ、何と昔になってしまったことよ。このような遊びもしないで、生きているともいえないさまで過ごしてきた年月が、それでも多く積もったとは、ふがいないことよ」などとおっしゃる折にも、姫君たちのご様子がもったいなく、

「このような山中に引き止めたままにはしたくないものだ」とついついお思い続けなさる。

「宰相の君が、同じことなら近い縁者としたい方だが、そのようには考えるわけにはいかないようだ。まして近頃の思慮の浅いような人を、どうして考えられようか」などとお考え悩まれ、所在なく物思いに耽っていらっしゃる所では、春の夜もたいへん長く感じられるが、打ち興じていらっしゃる旅寝の宿は、酔いの紛れにとても早く夜が明けてしまう気がして、物足りなく帰ることだと、宮はお思いになる。
 はるばると霞わたっている空に、散る桜があると思うと今咲き始めるのなどもあり、色とりどりに見渡されるところに、川沿いの柳が風に「起き臥し」して靡いて水に映っている影などが並々ならず美しいので、見慣れない方は、たいそう珍しく見捨てがたいとお思いになる。
 宰相は、

「このような機会を逃さず、あの宮に伺いたい」とお思いになるが、大勢の人目を避けて独り舟を漕ぎ出しなさるのも「軽率ではないか」と躊躇していらっしゃるところに、あちらからお手紙がある。

《若者たちの賑やかな遊びの様を遠くに聞いて、八の宮は改めて自分の若かりし頃を思い返し、そして今の境遇を思います。すると、栄達はすでに心から離れているにしても、願っている出家さえ思うに任せずにいる自分が、いかにも「ふがいない(原文・かいなけれ)」ものに思われてきますが、その時もっとも心に掛かるのはけっして不出来ではない姫たちのことで、なんとか都に出してやることはできないか、と思ってしまうのでした。

薫がそうしてくれれば願ってもないことなのですが、どうもそういう様子ではないように、宮には思えるようです。このことは、読者は薫の抱えている秘密を知っていますから、そういうこともあるかも知れないと了解しますが、宮が他に思い当たる若者がいない中で、確たる根拠もないままに、どうしてこうあっさりと諦めてしまうのか、ちょっとよく分かりません。

『評釈』は「薫は『宰相の君』、都に今を時めく超一流の貴公子、…落ちぶれた宮家の姫たちとの結婚などのぞんでいるようにはない」と言いますが、しかし、薫は、宮が万が一の時には自分がお引き受けすると自分から宮に言っていた(橋姫の巻第四章第二段)のですから、もう少し期待を持っていいのではないかという気がします。あの時の薫の「少しでも長く生きております間は、…」という言い方は源氏が朱雀院に女三の宮を引き受けることを承知した言い方と似ていて(若菜上の巻第三章第四段)、結婚の承諾とも取れなくはないように思われるのですが、どうなのでしょう。

愛娘のことでもありますから、ダメもとで話してもよさそうなところですが、話して断られることを恐れているというようなことがあるのでしょうか。どうもこの人の消極的な(と言うより臆病な)生き方が描かれていると考えるしかないような気がします。

しかし、ともあれ宮は脈なしと見てしまうのですが、さりとて「近頃の思慮の浅いような人」では話にならないし、二人の将来を思って暗澹とした思いに沈みます。

その頃の匂宮たち若者一行は、「旅寝の宿」で「打ち興じていらっしゃる」最中で、同じ空間ながら、川を挟んで向こうとこちらとは対照的な空気になっています。

その中で、匂宮は「見慣れない」風景に大いに関心をそそられ、薫は姫君に会いたい気持で、一人抜け出せないものかなどと考えています。

さて、夜が明けて、八の宮から手紙が届きました。

ところで、言葉の問題ですが、八の宮の思いを語る中の「まして」の使い方が、以前にも触れました(御法の巻第一章第三段)が、現代語とはどうも少し違うようです。薫に不足があれば、まして他の若者はダメというのも分かりますが、薫と他の若者では、だめの事情が全く違うのですから、これは比較の話ではない話ように思えるのですが、どう考えるのでしょうか。》

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第一段 匂宮、初瀬詣での帰途に宇治に立ち寄る

巻四十六 椎本 薫君の宰相中将時代二十三歳春二月から二十四歳夏までの物語

第一章 匂宮の物語 春、匂宮、宇治に立ち寄る

第一段 匂宮、初瀬詣での帰途に宇治に立ち寄る

第二段 匂宮と八の宮、和歌を詠み交す

第三段 薫、迎えに八の宮邸に来る

第四段 匂宮と中の君、和歌を詠み交す

第五段 八の宮、娘たちへの心配

第二章 薫の物語 秋、八の宮死去す

第一段 秋、薫、中納言に昇進し、宇治を訪問

第二段 薫、八の宮と昔語りをする

第三段 薫、弁の君から昔語りを聞き、帰京

第四段 八の宮、姫君たちに訓戒して山に入る

第五段 八月二十日、八の宮、山寺で死去

第六段 阿闍梨による法事と薫の弔問

第三章 宇治の姉妹の物語(一) 晩秋の傷心の姫君たち

第一段 九月、忌中の姫君たち

第二段 匂宮からの弔問の手紙

第三段 匂宮の使者、帰邸

第四段 薫、宇治を訪問

第五段 薫、大君と和歌を詠み交す

第六段 薫、弁の君と語る

第七段 薫、日暮れて帰京

第八段 姫君たちの傷心

第四章 宇治の姉妹の物語(二) 歳末の宇治の姫君たち

第一段 歳末の宇治の姫君たち

第二段 薫、歳末に宇治を訪問

第三段 薫、匂宮について語る

第四段 薫と大君、和歌を詠み交す

第五段 薫、人びとを励まして帰京

第五章 宇治の姉妹の物語(三) 匂宮、薫らとの恋物語始まる

第一段 新年、阿闍梨、姫君たちに山草を贈る

第二段 花盛りの頃、匂宮、中の君と和歌を贈答

第三段 その後の匂宮と薫

第四段 夏、薫、宇治を訪問

第五段 障子の向こう側の様子

 

【現代語訳】

 二月の二十日ころに、兵部卿宮が初瀬にお参りになる。昔立てた御願のお礼参りであったが、お思い立ちにもならないで数年になってしまったのを、宇治の辺りのご休息宿の興味が大方の理由で出かける気になられたのであろう。恨めしいと言う人もあった里の名が、総じて慕わしくお思いなされるその理由も、たわいないことである。上達部がとても大勢お供なさる。殿上人などは言うまでもない、世に残る人はほとんどなくお供申した。
 六条院から伝領して右の大殿が所有していらっしゃる邸は、川の向こうで、たいそう広々と興趣深く造ってあるので、ご準備をおさせになった。

大臣も帰途のお迎えに参るおつもりであったが、急の御物忌で、厳重に慎みなさるよう申したということで、参上できない旨のお詫びを申された。
 宮は、いささか興をそがれたとお思いだったが、宰相中将が今日のお迎えにちょうどお出会いになっていたのでかえって気が楽で、あの辺りの様子も聞き伝えることができようと、ご満足なさった。大臣には、気楽にお会いしがたく、気のおける方とお思い申し上げていらっしゃった。ご子息の公達の、右大弁、侍従の宰相、権中将、頭少将、蔵人兵衛佐などは、みなお供なさる。

帝も后も特別におかわいがり申されていらっしゃる宮なので、一般のご信望もたいそう限りなく、それ以上に六条院のご縁者方は、次々の人も、みな私的なご主君として、親身にお仕え申し上げていらっしゃる。

 山荘に相応しくご設営などを興趣深く整えて、碁、双六、弾棊の盤類などを取り出して、思い思いに遊びに一日をお過ごしになる。宮は、お馴れにならない御遠出に、疲れをお感じになって、ここに泊まろうとのお考えが強いので、ちょっとご休憩なさって、夕方は、お琴などを取り寄せてお遊びになる。
 例によって、このような世間離れした所は、水の音も引立て役となって、楽の音色もひときわ澄む気がして、あの聖の宮にも、ただ棹一さしで漕ぎ渡れる距離なので、追い風に乗って来る響きをお聞きになると、昔の事が自然と思い出されて、
「笛をたいそう美しく吹きたてていることだ。誰であろう。昔の六条院のお笛の音を聞いた時には、それは実に興趣深げな心惹かれる音色にお吹きになったものだ。これは澄みきって、大げさな感じが加わっているのは、致仕の大臣のご一族の笛の音に似ているな」などと、独り言をおっしゃる。

《巻の名前は、第四章終わりの歌によります。

さて、久し振りに匂宮の登場です。彼は薫から宇治の姫君たちの話を中途半端に聞かされて「興味をお持ちになることはこの上なく高まった」(橋姫の巻第三章第九段)のでしたが、宮という立場から思うように動けないでいました。

そこで彼は初瀬への御礼参りを思い立って、というより実は宇治に行く口実として計画して、やおら、出かけていくことにしました。

彼が行くとなると、薫の場合と違って、たくさんのお供がつきます。その辺りには夕霧が源氏から伝領した土地もあって、「川の向こう」の「右の大殿が所有していらっしゃる邸」で、そのお迎えの準備をしますから、大変賑やかなお出ましとなります。

どんちゃん騒ぎというわけではないでしょうが、そこに宿を取っての全くの遊山のようで、一同うち揃って賑やかに遊びました。

その楽の音が、川を越えて、普段静かに暮らしている八の宮の耳にも届きました。宮はふと昔聞いた源氏の笛の音を思い出して感慨に耽りながら、しかしこの笛の音は源氏のものではない、故致仕の大臣のものだと思ったりしています。

さりげなく書かれていますが、読者はどきりとせざるを得ません。それは、おそらく薫の笛の音で、彼にはそのように、達人が聞けば、すぐにあるいはと疑いを抱きかねない危うさがあるようなのです。》

 

  あけましておめでとうございます。

何とかここまでやって来まして、ここまでくれば、今年中には、終わりまで行くだろうかと思って見ると、何やら寂しいような気もしますが、まあそういうことは、その時に改めて本気で考えることにして、またぼちぼちと続けてみます。

    (今日は、年賀状の追加分を先にしたので、投稿がこんな時間になりました。)
   今年もよろしくお願いいたします。
     


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