源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 薫の物語(二)

第五段 薫、父柏木の遺文を読む

【現代語訳】
 お粥や強飯などをお召し上がりになる。

「昨日は休日でしたが、今日は内裏の御物忌も明けでしょう。冷泉院の女一の宮が御病気でいらっしゃるお見舞いに、必ず伺わなければならないので、あれこれ暇がございませんが、改めてこの時期を過ごして、山の紅葉が散らない前に参ります」という旨を、申し上げなさる。
「このように、しばしばお立ち寄り下さるお蔭で、山の隠居所も、少し明るくなった心地がします」などと、お礼を申し上げなさる。

お帰りになって、さっそくこの袋を御覧になると、唐の浮線綾を縫って、「上」という文字を表に書いてあった。細い組紐で、口の方を結んである所に、あのお名前の封が付いていた。開けるのも恐ろしい気がなさる。
 いろいろな色の紙で、たまに通わしたお手紙の返事が、五、六通ある。そのほかに、あの方のご筆跡で、病が重く最期になったので、再び短いお便りを差し上げることも難しくなってしまったが、会いたいと思う気持ちが増すし、お姿もお変わりになったというのが、それぞれに悲しいことを、陸奥国紙五、六枚に、ぽつりぽつりと、奇妙な鳥の足跡のように書いて、
「 目のまへにこの世をそむく君よりもよそにわかるる魂ぞ悲しき

(目の前にこの世をお背きになるあなたよりも、お目にかかれずに死んで行く私の魂

のほうが悲しいのです)」
 また、端のほうに、
「めでたく聞いております子供の事も、気がかりに存じられることはありませんが、
  命あらばそれとも見まし人知れず岩根にとめし松の生い末

(生きていられたら、それをわが子だと見ましょうに、誰も知らない岩根に残した松

の成長ぶりを)」
 書きさしたようにたいそう乱れた書き方で、「小侍従の君に」と表には書き付けてあった。
 紙魚という虫の棲み処になって、古くなって黴臭いけれども筆跡は消えず、まるで今書いたものとも違わない言葉が、こまごまとはっきりしているのを御覧になると、

「本当に、人目に触れでもしたら大変だった」ときがかりで、気の毒な事である。
「このような事が、この世にまたとあるだろうか」と、胸一つにますます煩悶が広がって、内裏に参ろうとお思いになっていたが、お出かけになることができない。

母宮の御前に参上なさると、まったく無心に若々しいご様子で読経していらっしゃったが、恥ずかしがって身をお隠しになった。

「どうして、秘密を知ってしまったと、お気づかせ申すことができようか」などと、胸の中に秘めて、あれこれと考え込んでいらっしゃった。

 

《「お粥や強飯などをお召し上がりになる」と場面が一転して、薫は朝食の席にいます。お相手をする八の宮に、薫は帰らねばならないと語りかけました。

『評釈』は、「平安貴族は遊んでばかりいるのではない。ずいぶん忙しいのだ」と言いますが、この時の彼は早く帰って一人になりたいのではないでしょうか。一人になって手紙の束を見てみたいし、それに多分、今は平静でいることが難しいのです。

生真面目な男が都合が悪いという言い訳を言わなくてはならない時は、言い訳の材料をともすると過度に持ち出しがちなものだというのは、自分を顧みてよく分かります。

 はたせるかな、彼は「お帰りになって、さっそく」手紙を開きます。

 手紙の束は、女三の宮から柏木に宛てられたものが「五、六通」と、柏木が書いて出されないでしまったものが一通でした。それは女三の宮が出家した後、「病が重く最期になった」時のもので、最後に書かれたということのようです。筆跡も「奇妙な鳥の足跡のよう

」で、しかも「書きさしたようにたいそう乱れた書き方」でした。

 『光る』が、「丸谷・出さなかった手紙の恨みのこもり方。それを本来の受信者ではない人間が受ける。この感じのすごさ、ぼくはなかなかやるはあと思った」と言います。

薫は、その時の父のことを思う余裕はなかったようで、まっ先に思ったのは「本当に、人目に触れでもしたら大変だった」ということでした。

 こうして自分の背負っているものがもはや動かせない、恐ろしい事実なのだと定まってしまうと、「ますます煩悶が広がって、内裏に参ろうとお思いになっていたが、お出かけになることができない」で、彼は母の部屋に行きます。無論、用があったのではありません。 ただ、何かを話したいような、そして何かを話してほしいような気がしたのでしょう。

 しかし、そこにいた母・女三の宮は「まったく無心に若々しい様子で読経して」いました。「読んでいた経をそっと恥ずかしそうに隠しただけ。そんな仕草も、まるで小娘のような、たよりなげな」(『評釈』)人です。もともと「(薫を)かえって親のように頼りになる方とお思いでいらっしゃ」る(匂兵部卿の巻第二章第一段)ともありました。

 『光る』が、「丸谷・ここ、色っぽくていいですね。この人が初めて示した色気です」と言っていますが、『評釈』は少し違います。

「(柏木も)源氏も死に、(女三の宮は)自分をおびやかすものがなくなったと同時に、いっさいのいとわしい事は済んでしまいました、というかのようである。…薫はありたけの思いをこめて、母を見つめたであろう。が、それはむなしく、何一つてごたえもなかったというのである。このような母宮の静かな平安を、今さら乱すことがあろうか。…そうすることはこの母宮には酷なのだ。…そして、じっと自分の胸ひとつにおさめて、一人で耐えるのである」。》

 

 これで「橋姫」が終わりますが、ちょうどたまたま年の暮れになりました。

物語は切なく巻を閉じましたが、今日の当地は、幸い穏やかな冬の日差しがあって、穏やかな年越しです。

来年もよろしくお願いします。

 どうぞ、好い年をお迎えください。

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第四段 薫、弁の君の半生を聞く

【現代語訳】
「お亡くなりになりました騷ぎで、母でありました者はそのまま病気になって、まもなく亡くなってしまいましたので、ますます嘆き沈みまして、喪服を重ね重ねて悲しい思いを致しておりましたところ、長年、大して身分の良くない男で思いを懸けておりました者が、私をだまして西海の果てまで連れて行きましたので、京のことも分からなくなってしまって、その者もあちらで死んでしまいました後、十年余り経って、まるで別世界に来た心地で上京致しましたが、こちらの宮は、父方の関係で子供の時からお出入りしたご縁がございましたので、今はこのように世間づきあいできる身でもございませんが、冷泉院の女御様のお邸などは、昔、よくお噂をうかがっていた所で、おすがりして参上すればよいと思いましたが、体裁悪く存じられまして、深山奥深くの老木のようになってしまったのございです。
 小侍従は、いつ亡くなったのでございましょうか。その昔の、若い盛りと思って見ていました人は数少なくなってしまった老いの果てに、たくさんの人に先立たれた運命を悲しく存じられながら、それでもやはり生き永らえております」などと申し上げているうちに、今夜もまたすっかり夜が明けた。
「もうよい、それでは、この昔語りは尽きないようだ。また、他人が聞いていない安心な所で聞こう。侍従と言った人は、かすかに覚えているのは、五、六歳の時であったろうか、急に胸を病んで亡くなったと聞いている。

このような対面がなくては、罪障の重い身で終わるところであった」などとおっしゃる。

 小さく固く巻き合わせた反故類で、黴臭いのを袋に縫い込んであるのを、取り出して差し上げる。
「あなた様のお手でご処分なさいませ。『私は、もう生きていられそうもなくなった』と仰せになって、このお手紙を取り集めて、お下げ渡しになったので、小侍従に再びお会いしました機会に確かに差し上げてもらおうと存じておりましたのに、そのまま別れてしまいましたのも、私事ながらいつまでも悲しく存じられます」と申し上げる。

さりげないふうに、これはお隠しになった。
「このような老人は、問わず語りにも、不思議な話の例として言い出すのだろう」とつらくお思いになるが、「繰り返し、他言をしない旨を誓ったのを、信じてよいか」と、再び心が乱れなさる。
 

《弁の君は、彼女の母(柏木の乳母)が、柏木の死去への悲歎からなのでしょう、間もなく亡くなり、弁の君自身は男にだまされるなどして、十年余りほど波乱の時を送ることになった話をするのですが、薫の反応は「もうよい(原文・よし)」と、少々冷たいものでした。「また、他人が聞いていない安心な所で聞こう」と言ったのを『評釈』は「特別の待遇を与えたのである」と言うのですが、どうなのでしょう。

 薫にしてみれば、ついに積年の不安が的中する形で明らかになったばかりで、疑問は晴れても問題はかえって具体的になったわけですから、思うべきことは限りなく多く、将来への不安も膨らむばかりでしょうから、老婆の繰り言にいつまでも付き合う気持になれなかったのも無理ありません。

「このような対面がなくては…」は、「仏教では、父母の恩を特に重んじ、実の父母を知らず、孝養を尽くさないのを重い罪とした」(『集成』)ことを言ったもので、その礼を言って、話を終えようとします。一人になりたい気持ちだったと言うべきではないでしょうか。

 弁の君は別れ際に柏木から預かっていた手紙を差し出しました。小侍従から女三の宮に渡すべきものだったと言いますが、それが叶わず、自分で「黴臭い」ながら「肌身はなさず二十二年守り続けたもの」(『評釈』)です。

 薫はそれを「さりげないふうに」しまい込んでしまいます。下手に感動を見せて老女に強い印象を残すことは得策ではありませんし、また目下の者の前でそういう動揺を見せることはできないでしょう。

 彼は、最後に、他言無用を言い渡したのですが、おそらく話を聞いている間の気持とは違って、上位者の立場に帰って毅然として言ったことでしょう。弁の君も「繰り返し」約束しましたが、彼には気がかりが残りました。

ところで弁の君の言葉の始めに「母でありました者は(原文・母にはべりし人は)」とあり、こういう言い方は古文ではよく出てきますが、単に「母は」というのに比べて、血縁よりも因縁のつながりを強く意識した言い方のようにも思われて、面白く思います。》

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第三段 薫、弁の君の昔語りの続きを聞く

【現代語訳】

 そうして、明け方の宮がご勤行をなさる時に、あの老女を召し出してお会いになった。
 姫君のご世話役としてお側に置かれている人で、弁の君と言った。年も六十に少し届かないほどだが、優雅で教養ある感じがして、話など申し上げる。
 故大納言の君がずっと物思いに沈み続けて、病気になって、お亡くなりになった様子を、お話し申し上げて泣くことこの上ない。
「なるほど、他人の身の上話として聞くのでさえ胸を打たれる昔話だが、それ以上に、長年気がかりで知りたく始まりはどのようなことだったのかと、仏にもこのことをはっきりとお知らせ下さいと祈って来た効があって、このように夢のような胸を打つ昔話を、思いがけない機会に聞くことになったのだろうか」とお思いになると、涙を止めることができないのだった。
「それにしても、このようにその当時の事情を知っている人が生き残っていらっしゃったのだから、驚きもし恥ずかしくも思われる話について、やはりこのように伝え知っている人が、他にもいるだろうか。長年、少しも聞き及ばなかったが」とおっしゃると、
「小侍従と弁を除いて、他に知る人はございませんでしょう。一言でも、他人には話しておりません。このように頼りなく、一人前でもない身分でございますが、昼も夜もあの方のお側にお付き申し上げておりましたので、自然と事のいきさつをも拝見致したのですが、お胸に納めかねていらっしゃった時々、ただ二人を通してだけ、たまのお手紙のやりとりがございました。恐れ多いことですので、詳しくは申しあげません。
 ご臨終におなりになって、わずかにご遺言がございましたが、このような身には処置に窮しまして、気がかりに存じ続けながら、どのようにしてお伝え申し上げたらよいかと、おぼつかない念誦の折にも祈っておりましたが、仏はこの世にいらっしゃったのだと存じられました。
 御覧に入れたい物がございます。もう仕方がない、いっそ焼き捨ててしまおう、このように朝夕の生き死にも分からない身の上で、放っておいたら他人の目にも触れたら困ると、とても気がかりに存じておりましたが、この邸辺りにも時々お立ち寄りになるのをお待ち申し上げるようになりましてからは、少し希望が湧き、このような機会もあろうかと、祈っておりました張り合いが出て参りました。まったく、これはこの世だけの事ではございますまい」と、泣く泣く、こまごまとお生まれになった時の事も、よく思い出しながら申し上げる。

 

《薫には、もう一つの大きな用件がありました。宮が夜明けの勤行に行かれると、今度は弁の君を呼んで、あの時に途中まで聞いた話の続きを聞かねばなりません。

その紹介は、この前始めて登場した時の「たとえようもなく出しゃばって(原文・たとしえなくさし過ぐして)」(第三章第五段)というのとは大変な違いで、今度は「優雅で教養ある感じ(原文・みやびかにゆゑあるけはひして)」とされます。

そして「故大納言」、柏木の最期の様子を縷々語りました。

「子供心にかすかにお聞きになったことが、折に触れて気にかかり、よくわからないままに不安に思い続けていたが、尋ねるべき人もいない」(匂う兵部卿の巻第一章第二段)と紹介されていた薫の出生の秘密は、今二十二歳にして、こうしてついに明らかになり、彼は「夢のような胸を打つ昔話」として聞き、「涙を止めることができない」のでした。その涙は複雑で、仏に縋ってきた甲斐があったという感激、父の愛のあわれ、母の苦悩、そして自分の背負うものの重さなどが交錯したことでしょう。

気持ちが静まって、薫が次に思ったのは、こういう人が現れてくれたのは、仏へのお願いのおかげではあるものの、一方で、この人がいるからには、他に必ず同じように事情を知った人がいるのではないかという心配です。しかし弁の君は、自分の他に小侍従が知っているが、それ以外にはないはずだと保証します。

そして何か預かっている遺品があるようで、それを出しながらでしょうか、薫の「お生まれになった時の事」を「こまごまと」話して聞かせるのでした。

ところで、この弁の君について『講座』所収の「弁の君と女房たち」(中野幸一著)が、柏木と女三宮のことはあの時の小侍従が一番よく知っているのだから、弁ではなく彼女にここの役をさせればよいのに、その小侍従は死んだことにして、わざわざ新しい登場人物を持ち出したのはなぜか、という疑問を出していて、興味を引きます。

同論文は、小侍従は罪が重すぎて、長生きすることを作者が許さなかったのだ、としていてなるほどと思いますが、加えて、伝え聞いただけの老婆が語ることによって、柏木と女三宮のことがいかにも遠い昔の物語と感じられて、薫の生い立ちの神秘性が増すという効果もあるように思われます。

その老婆は、「年も六十に少し届かないほどだが、優雅で教養ある感じ」(若いと言っているようにも読めて、ちょっと意味の分かりにくい書き方ですが)であるとされ、また次の段にあるように長く西国をさすらって来た人と、いっそうその役にふさわしくされています。》

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第二段 薫、八の宮の娘たちの後見を承引

【現代語訳】
「このあたりに思いがけなく時々かすかに弾く箏の琴の音は、会得しているのかと聞くこともございますが、気をつけて聴くことなどもなく、久しくなってしまったことです。気の向くままにそれぞれ掻き鳴らすらしいのは、川波だけが合奏するのでしょう。もちろん、きちんとした拍子なども、身についてないと存じます」と言って、

「お弾きなさい」と、あちらに向かって申し上げなさるが、

「思いもかけなかったひとりでの琴を、お聞きになった方があるのでさえ恥ずかしいのに、とても聞き苦しいだろう」と尻込みして、誰もお聞き入れにならない。何度もお勧め申し上げなさるが、何かと言い逃れなさって、そのままになってしまったようなので、とても残念に思われる。
 この折にも、このようにおかしな恰好で世間離れしたように思われて暮らしている様子が、不本意なことだと、恥ずかしくお思いになっていた。
「人に知られることさえないようにと、育てて来たが、今日明日とも知れない命の残り少なさに、何といっても将来長い二人が、落ちぶれて流浪すること、これだけが、本当にこの世を離れる際の妨げです」と、お話しなさるので、おいたわしく拝見なさる。
「特別のお世話めいたことは、はっきりした形ではありませんでも、他人行儀でなくお思いいただきたく存じます。少しでも長く生きております間は、一言でもこのようにお引き受け申し上げた旨に、背きますまいと存じます」などと申し上げなさると、

「とても嬉しいこと」と、お思いになりおっしゃる。

 

《「このあたり」と言いますが、もちろん姫たちの演奏で、宮は「姫君に琵琶、若君に箏のお琴」を習わせていました(第一章第四段)から、ここは妹宮の話、こちらは父宮も少しはできると思っているようです(ということは、音楽の方はこちらが上ということでしょうか)が、最近はあまり見ていないので、と謙遜です。

 「川波だけが合奏する」とは、拍子をとる者も誰もいないということで、周りにそういう女房もおらず、まして聞いてもらう相手などいない、父が見なくなってからはまったく姉妹二人だけのすさびごとであったようです。

それでも師としてそれなりだと思っているのでしょう、娘たちに何か弾いてお聞かせするように勧めるのですが、そういう経験のない二人は恥ずかしがって、いくら言っても結局どちらも弾かないままになりました。

そういう様子を見るにつけ、父宮は、「人に知られることさえないようにと、育てて来た」結果のその世慣れない様子に、自分の年齢を考えると心配が募り、思わずその不安を語りました。

薫は、「おいたわしく」思って、もしそういうことがあったら、その時は私がそっとお世話させていただきますと申し出ます。それを、ここの小見出しでは「薫、…承引」としていて、『集成』も『評釈』も八の宮から「依頼」としていますが、ここで見ると、薫が自分の方から申し出た恰好になって、宮は頼むと言っているのではなく、不安だと言っているだけです。もちろん宮の言葉は実質的には言外に頼みたいという気持を響かせているのでしょうが、そう直接言われる前に自ら申し出たという事実は大きいように思います。

仏の道を尋ねに来ている薫としては、恋人や妻にしたいとは言いにくい気持がありますから、「はっきりした形ではありませんでも」と断って、単なる保護者的な立場から、と強調しますが、彼自身は認めないでしょうが、もちろん本当はそれよりももっと近い関係でありたいという密かな思いがあるらしいことは、これまでの話から読者にはよく分かります。》

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第一段 十月初旬、薫、宇治へ赴く

【現代語訳】
 十月になって五、六日のころに、宇治へお出かけになる。
「網代をこそ、この頃はぜひ御覧なさい」と、申し上げる人びとがいるが、
「どうしてその蜉蝣(ひおむし)とはかなさを争うような身で、網代に近づいたりしようか」とお省きになって、例によってたいそうひっそりと出立なさる。気軽に網代車で、固織りの直衣指貫を仕立てさせて、ことさらめいてお召しになっていた。
 宮は喜んでお迎えになって、場所に相応しい饗応など、趣向をこらしてなさる。日が暮れたので大殿油を近くに寄せて、前々から読みかけていらっしゃった経文類の深い意味などについて、阿闍梨も下山してもらい、解釈などおさせになる。
 うとうとともなさらず、川風がたいそう荒々しいうえに、木の葉が散り交う音や水の響きなどが、しみじみとした情感なども通り越して、何となく恐ろしく心細い風情である。
 明け方近くになっただろうと思うころに、先日の夜明けの様子が思い出されて、琴の音がしみじみと身にしみるという話のきっかけを作り出して、
「前回の、霧に迷わされた夜明けに、たいそう珍しい楽の音をちょっとお聞きした残りが、かえっていっそう聞きたく、物足りなく思っております」などと申し上げなさる。
「色や香も捨ててしまった後は、昔聞いたこともみな忘れてしまいまして」とおっしゃるが、人を召して琴を取り寄せて、
「まことに似合わなくなってしまったことです。先に立って弾いて下さる音に付ければ、思い出されるでしょう」と言って、琵琶を取り寄せて、客人にお勧めになる。手に取って調子をお合わせになる。
「まったく、かすかに聞きましたものと同じ楽器とは思われません。お琴の響きがよいからかと、存じられました」と言って、気を許してお弾きにならない。
「何と、まあ、口の悪い。そのようにお耳にとまるほどの弾き方などは、どこからここまで伝わって来ましょう。ありえない事です」と言って、琴を掻き鳴らしなさるのが、実にあわれ深く身に沁みる程である。一つには、峰の松風が引き立てるのであろう。

たいそうおぼつかなく不確かなふうにお弾きになって、趣きがある曲を一つだけでお止めになった。

 

《前回宇治に行ったのが「秋の終わりごろ」つまり九月でした(第三章第一段)から、それからまだ間もない十月の初め、薫は宇治に出かけました。「匂宮を羨ましがらせたように、薫は思い立てば『気軽に網代車で』宇治に行くことができる」(『評釈』)のです。

 網代見物を断ったり、固織りの直衣指貫をことさらに作らせて着たりしたのは、決して物見遊山や姫君に会いたくて行くのではないことを、自他に対して示す証しです。

八の宮は自分から行こうかと思っていた(前段)矢先でもあり、大歓迎でした。そして歓迎の夕食のあとは、早速講読会のようなものが、宮の師である阿闍梨も招いて始まり、夜を徹して続きます。

熱心な講読会のあと、一息ついた夜の明けかかった頃、薫は、ふと前回訪れた朝の楽の音のことを思い出したというふうに、宮に「(あの時)ちょっとお聞きした残り」をお聞きしたいのですがと語りかけました。宮は「みな忘れてしまいました」が、と言いながら琴を持って来させるのですが、ひと年とった人が若者に接するにふさわしいその鷹揚な様子が、読んでなかなかいい感じです。

もっとも薫の言葉からすると、姫たちの合奏を所望しているようなので、どうかと思われますが、『集成』は「姫君たちの合奏を聴いたことを話題にして、間接に宮の琴を所望する」と言います。

宮も薫に敬意を示して、あなたが先導してくれれば、後について弾きましょうと言うと、薫も借りた琵琶を弾いてみて、これが姫君の弾いておられたものと同じ琵琶だろうか、私が弾くとまるで駄目な音だと、琵琶を置いてしまいました。

そこで宮は、あなたのような方が感心なさるような弾き手はこのあたりにはいないはずですが、と言いながら、弾き始めます。それは「実にあわれ深く身に沁みる程」のものでしたが、「一つには、峰の松風が引き立て」た、場所柄、折柄もあったのかも知れないと、作者は言います。

「たいそうおぼつかなく…」は、本当に自信無さそうにではなく、得意そうにではなく謙遜したふうにということでしょう。それでも「趣きがある曲」だったが、控えめに一曲だけでやめたというのでしょう。宮の人柄を表しているわけです。

途中、宮の言葉「口の悪い(原文・さがなや)」が、どうもよく分かりません。あなたのような方がそういうことをおっしゃると、ずいぶん皮肉に聞こえますよと笑った、というようなところなのでしょうか。

ともあれ、お互いに敬意を持った者同士の社交的気配りの利いた、しかし気心の知れた気持ちのいい会話の場面です》

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