源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第五章 薫君の物語

第三段 右大臣家、玉鬘家の不如意

【現代語訳】

 大臣邸はこちらの邸のすぐ東であった。大饗の相伴をする公達などが、大勢参上なさる。兵部卿宮が左の大臣殿の賭弓の還立や相撲の饗応などにはいらっしゃったことを思って、今日の宴の光としてご招待申し上げなさったが、いらっしゃらなかった。
 奥ゆかしく大切にお世話なさっている姫君たちを、一方では特に気を配って何とかと思い申し上げなさっているようであるが、宮は、どうしたことであろうか、お心を止めにならなかった。

源中納言が、ますます理想的に成長して、どのような事にも人に劣ったことがなくいらっしゃるのを、大臣も北の方も、お目を止めていらっしゃった。
 隣でこのように大騒ぎして、行き交う車の音や前駆の声々も、昔の事が自然と思い出されて、こちらの邸ではしみじみと物思いなさっている。
「故宮がお亡くなりになって間もなく、この大臣がお通いになったことを、まことに軽薄なように世間の人は非難したというが、愛情も薄れずにこのように暮らしておいでなのも、やはりそれなりに立派なことであった。無常の世の中よ。どちらが良いものでしょうか」などとおっしゃる。

 左の大殿の宰相中将は、大饗の翌日、夕方にこちらに参上なさった。御息所が里にいらっしゃると思うと、ますます緊張して、
「帝が朝廷人数に加えて下さった昇進の喜びなどは、特に何とも思いません。私事で思い通りにならない嘆きばかりが、年月とともに積もり重なって、晴らしようもございません」と涙を拭うのも、わざとらしい。二十七、八歳のほどで、とても男盛りで華やかな容貌をしていらっしゃる。
「困った息子たちの、世の中を思いのままになると思って、官位を何とも思わず過ごしていらっしゃる。故殿が生きていらっしゃったら、自分の家の子供たちも、このようなのんきな遊び事に心を奪われたでしょうに」とお泣きになる。

右兵衛督や右大弁であって、皆、非参議でいるのを嘆かわしいことと思っている。侍従と言われていたらしい人は、この頃、頭中将と呼ばれているようである。年齢から言えば不十分ではないが、人に後れたと嘆いていらっしゃった。

宰相は、何やかやとうまいことを言ってやって来て。

 

《冒頭の「大臣邸」は、これもちょっと唐突ですが、柏木や玉鬘の弟・前の按察使(紅梅)大納言で新右大臣の邸、それが、「こちらの邸」・玉鬘の邸のすぐ隣だったようで、そこが「任官披露の祝宴」(『集成』)を賑々しく催したのでしたが、そこにさらに花を添えて貰おうと匂兵部卿を招きました。

大臣は以前からこの宮を娘の中の君の婿にと思っていた(紅梅の巻第一章第二段)ので、そういうこともあっての招待でしょう。ところが、彼はやって来ませんでした。

作者はそのわけを説してくれませんが、彼は右大臣夫人・真木柱の連れ娘である宮の御方に執心でした(紅梅の巻末)から、そういう形で大臣から中の君を薦められるのに抵抗を示したのかも知れません。

そこで大臣は、匂宮を諦めて源中納言・薫に的を換えようかと考え始めました。

と、その話はそこまでで、また玉鬘邸に話が帰って、こちらはひっそりとした中でその賑やかな様を感じながら、またしても髭黒が生きていてくれたら、と「しみじみと物思いなさっている」のでした。そして思うのは気がかりな娘・大君のことです。右大臣夫人である真木柱は、昔、夫・蛍兵部卿が亡くなった後間もなくこの右大臣が通い始めて好くない噂になったというのに、今はこの羽振り、それに引き替え、大君は院の皇子を産みながら沈み込んでしまっている始末、人の運命は分からないものだと溜息をつく思いです。

そこに新宰相中将が、まだ大君に思いを残してやって来ます。そのそれなりに立派になった姿を見ると、息子たち(かつての左近の中将、右中弁、侍従)が、それぞれがやっと右兵衛督、右大弁、頭中将になったというものの、「皆、非参議でいるのを嘆かわしい」という思いが湧いてきます。

そんな玉鬘の気持ちも知らないで、宰相中将はいつまでも大君のまわりをうろうろと、と語って、突然、物語はここで結ばれてしまいます。

思い返してみると、読者は結局、話題の中心だった大君がどういう人なのか、概念的に美しい人だったというくらいしか分かりませんでしたし、冷泉院と玉鬘はどうなるのか、とか、その他この終わりの数段には、どうもよく分からない、しかし意味ありげな話も点々と出てきました。そのすべてを措いていったい何が語られたのか釈然としないままに、次の巻以下は全く別の物語になります。

『評釈』は、「もうこの上語り続けることは、物語の世界をいたずらに間のびさせる」と、ここで巻を閉じることを認めるのですが、どうも、誰か別の人が面白がって書き足し、ここまで書いてはきたものの、くたびれて中断した、そんな気がする巻だというと、言い過ぎでしょうか。》

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第二段 薫、玉鬘と対面しての感想

【現代語訳】

「まったくそんなにまでお考えなることはありません。こうした宮仕えの楽でないことは、昔からそういうことと決まっておりますが、位を去って静かにお暮らしでいらっしゃり、何ごとも華やかでないお暮らしとなったので、皆が気を許し合っていらっしゃるようですが、それぞれ内心では、どうして競争心をお持ちにならないことがありましょうか。
 他人は何の過ちと思わないことでも、ご自身にとっては恨めしく思って、つまらないことに心をお動かしになることは、女御や后のいつものお癖でしょう。それくらいのいざこざも起こらないものと思って、ご決心なさったのでしょうか。ただ穏やかに振る舞って、お見過ごしなさることでございます。男の方から院に申し上げるべきことではございません」と、たいそうそっけなく申し上げなさるので、
「お会いした時に愚痴をこぼそうと、お待ち申していた効もなく、あっさりしたご意見ですこと」と笑っていらっしゃるのは、人の親として、てきぱきと事を処理していらっしゃる割には、とても若々しくおっとりとした感じがする。

「御息所も、このようなふうでいらっしゃるのだろう。宇治の姫君が心にとまって思われるのも、このような様子に興味惹かれるからだ」と思って座っていらっしゃった。
 尚侍の君も、この頃退出なさっていた。こちらとあちらとに住んでいらっしゃる雰囲気は華やかで、すべてがのんびりと忙しさに紛れることないご様子が、御簾の内側に気恥ずかしいほど素晴らしく感じられるので、自然と気づかいがされて一段ともの静かに振る舞って感じが好いのを、大上は、「もし近くでお世話するのだったなら」と、お思いになるのであった。

 

《薫の返事は、筋を押し通した公式論で、ずいぶん冷たいものです。そういうことがあるということは青二才に言われなくても、三十歳以上も年上の玉鬘にはとっくに分かっているわけで、それが思った以上に厳しいからこそ、親心として援助を求めて「機会がありましたら、ちらっとよろしく申し上げてください」と頼んでいるのです。

『評釈』も「薫がこう冷たいつきはなした返事をするのはあまり例がない」と言って、その理由を保身のためとか、立場上とか、いろいろに考えていますが、この人がこういうところでそういう処世を考えるのは、やはり変です。

作者も「たいそうそっけなく申し上げなさる」と言いますから、立派な返事だとしているわけではないので、ひょっとして、こういうものの分かったふうなことを言う青臭さがある、と言いたいのかもしれません。

後に、前尚侍と現尚侍がいるこの邸が、薫には「気恥ずかしいほど素晴らしく感じられ」たとありますから、新中納言としては頑張らなければならなったとも考えられます。それもまたこの人の生真面目さであり、若者らしさでもあるわけです。

玉鬘の「あっさりしたご意見ですこと」は、実際に口に出して薫に言ったことと考える方が、彼女の鷹揚さが出て、面白く思われます。

若者が肩ひじ張って、精一杯のこと言ったのを、軽くいなして笑っているのは、普通ベテランの味のように思えますが、それを薫は「若々しく」感じたと言います。鷹揚さが無邪気さに感じられたということでしょうか。

「御簾の内側」の「素晴らし」い感じに緊張して、「一段ともの静かに振る舞って感じが好い」、この初々しい新中納言を見て、「もし(この人を婿に迎えて)近くでお世話するのだったなら(よかったのに)」と玉鬘は、改めて残念な気がするのでした。

なお、途中に出てくる「宇治の姫君」は「橋姫の巻以下と読み合わせると、八の宮の大君のこと。紅梅の巻末の『八の宮の姫君』と同様の唐突な書き方」(『集成』)で、別作家作説の根拠の一つにもなっているようですが、『評釈』は、この作者はそういうふうに書く人なのだと考えるべきだと言います。》

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第一段 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上

【現代語訳】

 左大臣がお亡くなりになって、右大臣は左大臣に、藤大納言は左大将を兼官なさった右大臣におなりになる。順々に下の人びとが昇進して、この薫中将は中納言に、三位の君は宰相になって、ご昇進なさった方々はこれら一族以外に人もいないといった時勢であった。
 中納言拝任のご挨拶に前尚侍の君の所に参上なさった。御前の庭先で拝舞申し上げなさる。尚侍の君がお目にかかりなさって、
「このようにとても草深くなって行く葎の門をお避けにならないお心使いに対して、まず昔の六条院の御事が思い出されまして」などと申し上げなさるお声は、上品で愛嬌があって、耳に快く若々しい。

「いつまでもお若くいらっしゃるな。これだから、院のお上はお恨みになるお心が消えないのだ。そのうちきっと事をお起こしになるだろう」と思う。
「喜びなどは、私はさほどに存じませんが、まずはご挨拶しようと参上したのでございます。避けずになどとおっしゃるのは、御無沙汰の罪を皮肉って言われたのでしょうか」とご挨拶申し上げなさる。
「今日は年取った者の繰り言などを申し上げるべき時ではないと気がとがめますが、わざわざお立ち寄りになることは難しいので、お会いしなくては、また、いくらなんでもごたごたした話ですから。
 院にお仕えしておられる方が、とてもひどく宮仕えのことを思い悩んで、宙に浮いたような恰好でうろうろしていますが、女御をお頼り申し、また后の宮の御方にもそうは言ってもお許し戴けるだろうと存じておりましたのに、どちらにも礼儀知らずで堪忍できない者とお思いなされたそうなので、とても具合が悪くて、宮たちは、そのまま残しておいでになりますが、このとても宮仕えしにくそうな本人は、こうしてせめて気楽にぼんやりとお過ごしなさいと思って、退出させたのですが、それに対しても聞きにくい噂があり、上様にもけしからぬとお思いになりお口になさるそうです。機会がありましたら、ちらっとよろしく申し上げてください。

あちら様こちら様と、お頼り申して出仕させました当座は、どちら様も気兼ねなく、信頼申し上げていましたが、今では、このような間違いに、子供っぽく大それた自分自身の考えを、悔やんでおります」と、涙ぐみなさる様子である。

 

《玉鬘の悩みをよそに、外の世界はどんどん動いていきます。左大臣(「系図不詳」・『集成』)が亡くなって、人事の大きな入れ替わりがあり、かつての若者たちが次々に昇進出世していきました。しかしそれも、藤大納言は紅梅大納言(柏木の弟)、三位の君は夕霧の息子(蔵人の少将)であって、「これら一族」つまり源氏の息のかかった「夕霧と致仕の太政大臣ゆかりのご一族」(『集成』)に限られています。

ここには、この段の中心である玉鬘家の息子たちの名前がありませんが、それなりの昇進があったようで、巻末に出てきます。ここに上げなかったのは、それが取り上げるほどの位ではなかったからなのでしょうか。それが、薫が挨拶に来た時の玉鬘の「草深くなって行く葎の門」という言葉になっているのかと思われますが、二人の娘がそれぞれ帝と院に寵愛を受けているのは力にならないのだろうかと、ちょっと不審です。

新中納言は挨拶を交わす玉鬘の声を「上品で愛嬌があって、耳に快く響く」と感じて、と、ここまではいいのですが、それを「これだから、院のお上はお恨みになるお心が消えないのだ」と思ったと言うから驚きです。彼はそのことを知っていたのでしょうか。幼時から院の傍にいましたから、いつとはなしにそういうことに気づいたのでしょうか。『評釈』は「秘密のはずが実は知られている。だから玉鬘は注意に注意をして、院のそばに寄りつかないのだ」と言います。

それにしても「そのうちきっと事をお起こしになるだろう」とは、何とも大人の世界を覗き見仕掛けている若者らしい思いです。

その玉鬘は、薫に、大君についての心配事を訴えて、院への取りなしを頼むのでした。

めでたい挨拶に来た若者に頼む話ではありませんが、彼女はそれほど追いつめられた気持だということなのでしょう。

なお、『集成』が、ここの昇進の話に関わらず、この後の巻の話では、夕霧は右大臣、按察大納言は大納言のままで登場してくることを指摘しています。》

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