源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 玉鬘の大君の物語

第九段 翌日、冷泉院、薫を召す

【現代語訳】2

「おしゃべりし過ぎましてはいけません。では、失礼」と言って立つところに、「こちらへ」とお召しがあったので、きまりの悪い思いがしたが、参上なさる。
「故六条院が踏歌の翌朝に女方で管弦の遊びをなさったのが、とても素晴らしかったと、右大臣が話されました。何につけても、あの方の後継ぎであるような方がいなくなってしまった時代だね。大変に音楽の上手な女性までが大勢集まって、どんなにちょっとしたことでも、面白かったことであろう」などとご想像なさって、お琴類を調子を合わせあそばして、箏は御息所、琵琶は侍従にお与えになる。

和琴をお弾きあそばして、「この殿」などを演奏なさる。御息所のお琴の音色は、まだ未熟なところがあったのに、とてもよくお教え申し上げなさったのであった。華やかで爪音がよくて、歌謡の伴奏と楽曲など、上手にたいそうよくお弾きになる。どんなことも、心配で至らないところはおありでない方のようである。器量は、もちろんまた実に素晴らしいのだろうと、やはり心が惹かれる。

このような機会は多いが、自然とうとうとしくなく、程度を越すことはなく、馴れ馴れしく恨み言を言ったりはしないが、折々にふれて望みが叶わなかった残念さをほのめかすのも、どのようにお思いになったであろうか、よく分からない。

 

《薫が立とうとすると、改めて院から「こちらへ」と御息所の部屋に呼ばれました。そこで「踏歌の翌朝に女方で管弦の遊びをなさった」ということから始まって、源氏の昔話が始まりました。あれは初音の巻での出来事でした。そして院が大君にことを教えたという話は若菜上の巻の女三の宮を思い出します。

そして最後は、薫がまだ見たことのない大君の姿を魅力的の思い描きながら、心惹かれていること語られるのですが、読者が、さてその後どうなるのかと思ったところで、いきなり「(御息所・大君がどう思ったのか)よく分からない」とちょん切れてしまいます。『評釈』は「語り手は、何もかも知っているというのではない、と(読者は)改めて気づく。いっさいが事実で、その中から適宜語ってくれていたのである。そう読者は思う」と、何か意味ありげに言いますが、茶飲み話ならいざ知らず、物語の語り手としては、それは責任を果たしていないと言わざるを得ないでしょう。

まだこの巻は終わっていないので、いささか先走ることになりますが、『源氏物語の世界』(日向一雅著)がもう少し作品論的に「この三帖(匂兵部卿・紅梅・竹河の三巻)は光源氏の余慶が他家を凌駕して子孫の繁栄をもたらしたことを示し、光源氏が源家の偉大な先祖になったことを確認するという意味を担っているのである。光源氏は子孫の繁栄を導き、子孫の繁栄によって鎮魂される。光る源氏の生涯はここにはじめて完結する」と言いますが、もし、この三巻が本当に同じ作者によって書かれたのだとしたら、こういう意味づけをするのが、最も分かりやすいように思われます。

しかし、実は読者にとっての源氏は、幻の巻で十分なのであって、ここは上質のデイナーの後の粗末なデザートといった感じが拭えません。『光る』は「丸谷・読者はこの三巻を飛ばすほうがいいとおすすめしたい。(笑い)」「大野・賛成です」と言います。

この巻は、もう少し続きます。》

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第九段 翌日、冷泉院、薫を召す~その1

【現代語訳】1

 一晩中方々を歩いて、とても気分が苦しくて臥せっているところに、源侍従を、院からお召しになったので、

「ああ、苦しい。もう暫く休みたいのに」と文句を言いながら参上なさった。宮中でのことなどをお尋ねあそばす。
「歌頭は年配者がこれまで勤めた役なのに、選ばれたことは、大したものだね」とおっしゃって、かわいいとお思いになっているようである。「万春楽」をお口ずさみなさりながら、御息所の御方にお渡りあそばすので、お供して参上なさる。見物に参った里方の人が多くて、いつもより華やかで、雰囲気が賑やかである。
 渡殿の戸口に暫く座って、声を聞き知っている女房に、お話などなさる。
「昨夜の月の光は体裁の悪いことだった。蔵人少将が月の光に面映ゆく思っていた様子だったのも、月の桂の影に恥ずかしがっていたのではなかっただろうか。雲の上近くでは、そんなには見えなかった」などとお話なさると、女房たちはお気の毒にと、聞く者もいる。
「『闇はあやなし(香りであなたのおいでがわかり、闇ではつまらないの)』ですが、月に照らされたお姿は、格別だとお噂しました」などとお世辞を言って、内から、
「 竹河のその夜のことは思ひ出づやしのぶばかりの節はなけれど

(竹河を謡ったあの夜のことは覚えていらっしゃいますか、思い出すほどの出来事は

ございませんが)」
と言う。ちょっとしたことだが、涙ぐまれるのも、

「なるほど、浅いご思慕ではなかったのだ」と、自分ながら分かって来る。
「 流れてのたのめむなしき竹河によは憂きものと思ひ知りにき

(今までの期待も空しいとことと分かって、世の中は嫌なものだと思い知りました)」
 しんみりした様子を、女房たちは感心する。とはいえ、態度に現して少将のようには泣き言はおっしゃらなかったが、人柄がそうは言ってもお気の毒に見えるのである。

《前の段から続けて読むと、「気分が苦しくて…」は少将の話かと思われますが、どうやら薫のことのようで、二日酔いで臥せっている所に院からの呼び出しが掛かりました。寵愛を受けている者のつらさです。

 行くと、院は大君の所に彼を連れて行きます。桐壺帝が藤壺女御の所に源氏を連れて行った場面が思い出されますが、それでもあの時源氏は十二歳、今、薫は十六歳になりますから、さすがに部屋に入りこむようなことはできません。

「渡殿の戸口に暫く座って…お話などなさる」のでした。「昨夜の月の光は…」の原文には敬語が全くありませんので、これも一瞬院の言葉かという気がしますが、話の内容が、少将が大君の近くでずいぶん緊張していたようだという噂話で、院がそういう経緯をご存じとは思えませんから、明らかに薫が女房に語りかけたもので、すると院は部屋に入ってしまわれたのでしょう。

女房が昨夜のことにつけて、歌で、昨年正月の「竹河を謡ったあの夜」(第二章第四段)のことを思い出させます。すると薫は我知らず涙ぐむ気持になって、そして、そうか、自分もこれほどに大君に惹かれていたのだったかと気付いて、しんみりした気分になったのだった、と言います。ただ、読者は、今彼がそう思うほどに、彼が大君に心惹かれていたような感じがあったとは、思わないで来たのではないでしょうか。

ここは『評釈』の言うように、「(薫を)うちしめらせるほどの、御息所のうつくしさであった、と解すべきであろう」というところでしょうか。》

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第八段 正月、男踏歌、冷泉院に回る

【現代語訳】

 その年が改まって、男踏歌が行われたのだった。殿上の若人たちの中に芸達者な者が多いころである。その中でも優れた人をお選びあそばして、この四位侍従は右の歌頭である。あの蔵人少将は楽人の数の中にいた。
 十四日の月が明るく雲がない折りに、御前を出発して冷泉院に参る。女御も、この御息所も、院の御殿に上局を設けて御覧になる。上達部や親王たちが連れ立って参上なさる。
「右の大殿と致仕の大殿の一族とを除くと、端正で美しい人はいない世の中だ」と思われる。帝の御前よりもこの院の方を、たいそう気の置ける格別の所とお思い申し上げて、すべての人が気をつかう中でも、蔵人少将は「御覧になっていらっしゃるだろう」と想像して、落ち着いていられない。
 匂いもなく見苦しい綿花も、插頭す人によって違って見えて、態度も声も実に見事だった。「竹河」を謡って御階のもとに踏み寄る時は、過ぎ去った夜のはかなかった遊びも思い出されたので、調子を間違いそうになって涙ぐむのであった。
 后の宮の御方に参ると、院もそちらにおいであそばして御覧になる。月は、夜が更けて行くにつれて、昼よりきまりが悪いくらい澄み昇って、どのように御覧になっているだろうとばかり思われるので、踏む所も分からずふらふら歩いて、盃も、名指しで一人だけ責められるのは、面目ないことである。

 

《さて、年が改まって、男踏歌ということが行われました。以前、初音の巻でも行われた、恒例ではなく珍しいもので、それがここでも催されます。

薫も少将も加わっているその一行が、冷泉院にやってきました。「帝の御前よりもこの院の方をたいそう気の置ける、格別の所」とされていたというのは、「院が歌舞の方面にたしなみ深い」(『評釈』)からで、昔六条院がそういう場所だったことを思い出させます。

少将は、なお大君への思いを収めかねているようで、その大君に見られていると思うと、「調子を間違いそうになって涙ぐむ」といった有様です。気もそぞろで、差された盃にも気が入らず、「飲みっぷりが悪い」(『集成』)らしく、わざわざ「名指しで一人だけ責められる」といった仕儀となりました。

なお、文中「この御息所」とあるのは、大君のことで、懐妊されたことによって早々とこう呼ぶのだそうです。

また、「過ぎ去った夜のはかなかった遊び」は、去年の一月薫と玉鬘邸を訪ねて同じ竹河を歌った時(第二章第四段)のことで、まだ期待いっぱいだった頃を思い比べているわけです。

ところで、『光る』が、この部分について初音の当該部分と対照させながらその表現の類似を具体的に十三点指摘した武田宗俊説を紹介して、「大野・これらはいずれも明らかに『初音』のほうが文章が伸び伸びしていて、『竹河』は窮屈な文章なんですね」と言って、この巻の冒頭に紹介した作者別人説を裏付けるものとしています。

一方、『評釈』はそのことについて「この巻の話は『初音』の話の二番煎じだという人もある。…が、それは意識してのことなのだ。作者はわざと同じような場面を作っている。権勢並ぶ者のなかった六条の院の全盛時代、そのはなやかさに劣らない今の世を描こうとしているのだ」と言います。
 さて、どう見るべきなのでしょうか。》

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第七段 失意の蔵人少将と大君のその後

【現代語訳】

 あの少将の君はといえば、真剣にどのようにしようかと、間違い事もしかねないほど抑え難く思っているのであった。求婚申された方々で、中の君にと鞍替えする人もいる。少将の君を、母北の方のお恨み言があるので、そうしようかとお思いになって、それとなく申し上げなさったが、すっかり音沙汰がなくなってしまった。冷泉院には、あの君たちも親しくもともと伺候なさっていたが、この姫君が参上なさってから後はほとんど参上せず、まれに殿上の間の方に顔を見せてもおもしろくなく、逃げるように退出するのであった。
 帝におかれては、故大臣のご意向に格別なものがあったので、このように遺志に反した宮仕えを、どうしたことかとお思いあそばして、中将を呼んで仰せになった。
「ご機嫌がよくありません。だからこそ、世間の人も内心で不審に思うに違いないと、かねて申し上げていたことを、お考えが違ってこのように御決心なさったので、何とも申し上げにくいのですが、このような仰せ言がございましたので、私たちの身のためにも、困ったことです」と、とても不満に思って、尚侍の君に申し上げなさる。
「さあね。たった今このように急に思いついたのではなかったのに。無理やりに、お気の毒なほど仰せになったので、後見のない宮仕えの宮中生活は頼りないようですが、今では気楽な御生活のようなので、お預け申して、と考えたのです。誰も彼もが不都合なことは率直に注意なさらずに、今頃むし返して、右大臣殿も間違っていたようなおっしゃりようをなさるので、辛いことです。これも前世からの因縁でしょうよ」と、穏やかにおっしゃって、気にもおかけにならない。
「その前世からのご宿縁は目には見えないものなので、このように思し召し仰せになるのを、これは御縁がございませんとも、どうして弁解申し上げることができましょう。中宮に遠慮申されると言って、院の女御をどのようにお扱い申されるおつもりですか。後見や何やかやと、前もってお話合いなさっていても、そうもまいりませんでしょう。
 まあ拝見致しましょう。よく考えれば、宮中は中宮がいらっしゃるといって他のお方は宮仕えなさらないでしょうか。帝にお仕え申すことは、それが気楽にできるところを、昔から興趣あることとしたものです。女御は、ちょっとした行き違いでもあって不愉快にお思い申し上げなさったら、間違った宮仕えのように世間も取り沙汰しましょう」などと、二人して申し上げなさるので、尚侍の君はとても辛くお思いになる。

その一方ではこの上ない御寵愛が、月日とともに深まって行く。七月からご懐妊なさったのであった。苦しそうにしていらっしゃる様子は、なるほど男性たちがいろいろと求婚申して困らせたのももっともである。どうしてこのような方を、軽く見聞きしてそのまま放っていられようかと思われる。

毎日のように管弦の御遊をなさっては、侍従もお側近くにお召しになるので、お琴の音などをお聞きになる。あの「梅が枝」に合奏した中将のおもとの和琴もいつも召し出して弾かせなさるので、それと聞くにつけても平静ではいられないのだった。

 

《薫が大君に心を寄せながら「残念に思っていた」(前段)というくらいだったのに対して、少将の方は「間違い事もしかねないほど抑え難く思って」いて、玉鬘が、代わりに中の君をと申し出ても返事もしないといった様子です。

もう一つの問題がありました。帝の御機嫌がよくなかったのです。帝は髭黒からぜひにと申し出られていた(第一章第二段)ので、そういうつもりだったのですが、それが院へということになってしまったので、中将(大君の兄の左近の中将・第二章第一段)を呼び出してどういうことかとお訊ねがあります。中将はかねて帝にと勧めていたこともあって、早速母に苦情を言いにやって来ました。この人だけの苦情には、玉鬘は、決めてしまったことはもう仕方がないといった様子で、取り合わなかったのです。

ところが、さらに「その前世からのご宿縁は…」と、一人ならともかく、息子「二人して」口を揃えて理詰めで言われてみると、さすがに「とても辛くお思いに」なるのでした。二人にしてみれば、帝のところに差し出してくれていれば、自分たちの立場は全く違ったものになったはずという無念があります。

しかし、そうこうしている中にも、院の大君へのご寵愛はますます強くなって、めでたく、どうやらご懐妊の様子です。

院は、その大君を慰めようとしてか、「毎日のように管弦の御遊をなさって」いて、そこに中将のおもとが呼ばれて演奏に加わっていました。「(その音色を)聞くにつけても平静ではいられない」の主語は、普通に流れで読むとすぐ前にある「侍従」(薫)ということになると思われますが、彼が中将のおもとの和琴を「それと聞」いてのことなら、少将と考えるべきなのでしょうか。

それにしても、部分部分の話は分かるのですが、玉鬘と息子たちのやり取りはどうなったのでしょう。ただそういうことがあった、というだけでそのまま置いて行かれて、新しい話に移って行くだけという感じで、一つ一つの挿話が次へ展開していくといった感じがないように思います。》
 

   ここで気が付いたのですが、この前の第四段を投稿していなかったようで、もし続けてお読みの方があったら、ご迷惑をかけました。

今日、差し込んでおきましたので、後返りをしていただくと、ご覧いただけます。

どうも、大変お粗末なことで、やれやれと思っています。

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第六段 冷泉院における大君と薫君

【現代語訳】

 女房や女童は難のない者だけを揃えられた。大方の儀式などは、帝に入内なさる時と変わる所がない。まず女御の御方に参上なさって、尚侍の君はご挨拶など申し上げなさる。夜が更けてから院の御座所にお上がりになった。
 后や女御などは、皆、長年院にあって年配になっていらっしゃるので、とてもかわいらしく年ごろで見所のある様子を見申し上げなさっては、どうしていいかげんに思われよう。はなやかに御寵愛をお受けになられる。普通の身分の人のように、気楽にお暮らしになっていらっしゃる様子が、ほんとうに申し分なく立派なのであった。
 尚侍の君を、暫くの間伺候なさるようにとお心にかけていらっしゃったが、とても早く、静かに退出なさってしまったので、残念に情けなくお思いになった。
 源侍従の君を明け暮れ御前にお召しになっておられて、まったくまるで昔の光る源氏がご成人なさった時に劣らない御寵愛ぶりである。

院の内では、どの御方とも疎遠ではなく、親しくお出入りしていらっしゃる。こちらの御方にも好意を寄せているように振る舞って、内心では、どのようにお思いなのだろうという考えまでがおありであった。
 夕暮のひっそりとした時に、藤侍従と連れ立って歩いている時に、あちらの御前の近くに眺められる五葉の松に、藤がとても美しく咲きかかっているのを、遣水のほとりの石の上に、苔を敷物として愁わし気に腰かけていらっしゃった。はっきりとではないが、姫君のことを恨めしそうにほのめかしながら話している。
「 手にかくるものにしあらば藤の花松よりまさる色を見ましや

(手に取ることができるものなら、藤の花の松の緑より勝れた色を空しく眺めていま

しょうか)」
と言って、花を見上げている様子など、妙に気の毒に思われるので、自分の本意でない成り行きでと、ほのめかす。
「 紫の色はかよへど藤の花こころにえこそかからざりけれ

(血の繋がった姉弟ですが、あの藤の花は、私の思う通りにできなかったのです)」
 まじめな君なので、気の毒にと思っていた。さほど理性を失うほど思い込んだのではなかったが、残念に思っていたのであった。

 

《大君はいよいよ母・玉鬘に伴われて立派な拵えで院に入りました。玉鬘はまず弘徽殿にご挨拶です。「この人の御機嫌を損じてはやってゆけない」(『評釈』)のです(第二章第一段)。

さて、院の夫人方は「年配になっていらっしゃる」のですが、この大君は十八、九歳という番茶も出花、一気に院の寵愛を受けることになりました。

しかしその話はそこそこにすぎて、玉鬘が院の思いをそらすように「とても早く、静かに退出」してしまった話になり、そして今度はそれも早々に、薫が院でかわいがられていて、まるで源氏が若いころ帝に寵愛されていたさまに似て、院の夫人方とも親しくお付き合いがあるという紹介になります。そして薫はあたらしくやって来た大君に心引かれた、ということになると、なにやら源氏と藤壺の間が思い出されて、すわ、という気がします。

ここまで話は少々大雑把に箇条書きのように説明だけして一息に進んで、その薫が藤侍従と大君の部屋の「御前の近く」を眺めて佇んでいる、と、やっと描写の場面になります。

「手にかくる」の歌は、「私の力の及ぶものなら、姫君を人のものにはしないのに、の含意」と『集成』が言います。「見ましや」はただ見ているだけではおかないのに、という意味のようです。

藤侍従は、そういう薫の沈んだ様子に、自分としても本意ではないのだが、何もできないのですと、応じます。

薫は以前から大君に心を引かれているのですが、作者は「さほど理性を失うほど思い込んだのではなかった」といったような注釈を付けて、薫のやや消極的な感じのキャラクターを確認しようとしている、ということでしょうか。》

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