源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 紅梅大納言家の物語

第四段 按察使大納言の音楽談義

【現代語訳】

「ここ幾月、何となくごたごたしていてお琴の音さえ聴かせていただかないで久しくなってしまいました。西の方におります人は琵琶に熱心ですが、あなたのように上手に習得できると思っているのでしょうか。中途半端にしたのでは、聞きにくい楽器の音色です。同じことなら、十分に念を入れてお教えください。
 私などは、特別に習ったものはありませんでしたが、その昔、盛りだったころに合奏に加わったお蔭でしょうか、演奏の上手下手を聞き分ける程度の区別は、どのような楽器にもひどく不案内ということはありませんでしたが、気を許してお弾きにはなりませんけれども、時々お聴きするあなたの琵琶の音色は、昔が思い出されます。
 故六条院のご伝授では、右大臣が今でも世に残っていらっしゃいます。源中納言、兵部卿宮は、どのようなことでも、昔の人に負けないほどまことに前世からの因縁が格別でいらっしゃる方々で、音楽の方面は特別に熱心でいらっしゃるので、手さばきの少し弱々しい撥の音などが、大臣には負けていらっしゃると存じておりますが、このお琴の音色はとてもよく似ていらっしゃいます。
 琵琶は、押し手を静かにするのを上手とすると言いますが、柱をおさえた時、撥の音の様子が変わって、優美に聞こえるのが、女性のお琴としてはかえって結構なものです。さあ、合奏なさいませんか。お琴を持って参れ」とおっしゃる。

女房などは、お隠れ申している者はほとんどいない。たいそう若い上臈ふうの女房で、姿をお見せ申し上げまいと思っているのは、勝手に奥に座っているので、「お側の女房までがこのように気ままに振る舞うのが、おもしろくない」と腹をお立てになる。

 

《恥ずかしがり屋の宮の御方を何とか懐柔したいと、大納言は本気になって来たようです。「ここ幾月」のごたごたとは大宮の入内のことで、その間この方の琴を聞く暇もなかったと、彼女の得意とするらしい話題に話を向けます。琴というのは「琵琶も含む絃楽器の総称」(『集成』)で、この方はどうやら琵琶に長じているようです。中の君に教えてやってほしいというのですから、かなりのものなのでしょう。

 そこで彼の琴の蘊蓄を一くさりして、琴を持ってこさせるのですが、彼が喋るばかりで御方の反応はないままです。

 ところで、終わりの「(大納言が)腹をお立てになる」というのが、よく分かりません。

「女房たちは、お隠れ申している者はほとんどいない(原文・隠れたてまつるもをさをさなし)」というのは、女房の振る舞いとしてどうなのでしょうか。何か臆面もなく出しゃばって、不作法だと批判している口調のようにも読めますが、次の「勝手に奥に座っているので(原文・心にまかせてゐたれば)、…腹をお立てになる」となると、こちらの態度もよろしくないようで、大納言はそのどちらに腹を立てているのでしょうか。

『評釈』は「動かない」方に対してとします。若いくせに宮家から来たというプライドを示す横柄な女房ということなのでしょうか。

あるいは、どちらの態度も躾がなっておらず、よろしくないというのかも知れないと思ったりします。

また「お側の女房まで」というのは、宮の御方も「気ままに振る舞」っているということになりますが、宮が顔を見せないことを我が儘だと考えているのでしょうか。》

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第三段 宮の御方の魅力

【現代語訳】

 殿は所在ない心地がして、西の御方はいつも一緒にいらっしゃるので、とても寂しく物思いに沈んでいらっしゃる。東の姫君も、よそよそしくお互いになさらず、毎晩同じ所にお寝みになり、いろいろなお稽古事を習い、ちょっとしたお遊び事などもこちらを先生のようにお思い申し上げて、大君も中の君も習ったり遊んだりしていらっしゃった。
 人見知りを世間の人以上になさって、母北の方にさえ、ちゃんとお顔をお見せ申し上げることもなさらず、おかしなほど控え目でいらっしゃる一方で、気立てや雰囲気が陰気なところはなく、愛嬌がおありであることは、それは誰よりも優れていらっしゃった。
 このように、春宮への入内や何やかやと、ご自分の姫君のことばかり考えてご準備するのも、お気の毒だとお思いになって、
「適当なご縁談をお考えになっておっしゃってください。同じようにお世話いたしましょう」と、母君にも申し上げなさったが、
「まったくそのような結婚の事は、考えようともしない様子なので、なまじっかの結婚は、気の毒でしょう。ご運命にまかせて、自分が生きている間はお世話申しましょう。死後はかわいそうで心配ですが、出家してなりとも、自然と人から笑われ、軽薄なことがなくて、お過ごしになってほしい」などと泣いて、宮のご性質が立派なことを申し上げなさる。
 どの娘も分け隔てなく親らしくなさるが、ご器量を見たいと心動かされて、

「お顔をお見せにならないのが辛いことだ」と恨んで、

「こっそりと、お見せにならないか」と覗いて回られるけれども、全然ちらりとさえお見せにならない。
「母上がいらっしゃらない間は、代わって私が参りますが、よそよそしく分け隔てなさるご様子なので、辛いことです」などと申し上げて、御簾の前にお座りになるので、お返事などを、かすかに申し上げなさる。お声、様子など、上品で美しく、容姿や器量が想像されて、立派だと感じられるご様子の人である。ご自分の姫君たちを、誰にも負けないだろうと自慢に思っているが、

「この姫君には、とても勝てないだろうか。こうだからこそ、世間付き合いの広い宮中は厄介なのだ。二人といまいと思うのに、それ以上の方も自然といることだろう」などと、ますます気がかりにお思い申し上げになさる。

 

《「殿は所在ない心地がして(原文・殿はつれづれなるここちして)」というのは、大君が入内して、真木柱もそれに付き添って行ってしまっているからでしょうが、敬語がないのがちょっと変ですし、それでどうという話もないままに、「西の御方」(中の君)の話に移ってしまうのも変です。

以下は娘たちの話で、中の君も姉がいなくなって寂しいのですが、「東の姫君」(宮の御方)が仲良くして一緒に寝たり、習い事をしたりしています。

「こちらを先生のように」の「こちら」は宮の御方、「遊んだりしていらっしゃった」は原文・「遊びたまひける」とあって、ここだけ過去になっていますから、大君がいた頃は大君も、といった気持でしょうか。

「人見知りを」以下は、今度は宮の御方の話で、大変恥ずかしがりやですが、素晴らしい女性なのでした。

大納言は実の娘ばかり大事にすると思われてはいけないので、真木柱に縁談の希望を尋ねますが、娘の人柄を案じて乗り気ではないようです。落葉宮のときに母・御息所が大変悩んだ(夕霧の巻第二章第五段)ように、皇室の娘が結婚に失敗してはならないということなのでしょうが、それにしてもこのまま出家させてしまっても仕方がないとまで考えているというのは、ずいぶん先走った考えのように思われます。

宮の御方は、恥ずかしがって母親にもろくに顔を見せないといったくらいで、大納言にはもちろん顔を合わせませんが、そこはかとない気配に感じられる彼女は、どうやら自分の自慢の実の娘を越える素晴らしさのようで、彼としては何かと気に掛かります。》

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第二段 按察使大納言家の三姫君

【現代語訳】

 姫君は同じ年頃で、次々と大きくおなりになったので、御裳着などお着せ申し上げなさる。七間の寝殿を広く大きく造って、南面に大納言殿と大君、西面に中の君、東面に宮の御方と、お住ませ申し上げなさった。
 おおかたの想像では父宮がいらっしゃらないのがお気の毒なようであるが、祖父宮方と父宮方とからの御宝物がたくさんあったりして、内々の儀式や普段の生活など、奥ゆかしく気品のあるお暮らしぶりで、その様子は申し分なくいらっしゃる。
 例によって、このように大切になさっているという評判が立って、次々と申し込みなさる方が多く、

「帝や東宮からも御内意はあるが、帝には中宮がいらっしゃる。どれほどの方が、あのお方にご比肩申せよう。そうかといって、及ばないと諦めて卑下するのも、宮仕えする甲斐がないだろう。東宮には右大臣殿の女御が並ぶ人がないようにお側にいらっしゃるのは、競い合いにくいが、そうとばかり言っていられようか。人よりすぐれているだろうと思う姫君を、宮仕えに出すことを諦めてしまっては、何の望みがあろうか」とご決意なさって、入内させ申し上げなさる。十七、八歳のほどで、かわいらしく、派手やかな器量をしていらっしゃった。
 中の君も引き続いて、上品で優美で、すっきり落ち着いた点では大君に勝って美しくいらっしゃるようなので、臣下の人では惜しく気が進まないご器量なのを、

「兵部卿宮がそのように望んでくださったら」などとお思いになっていた。

この若君を、宮中などで御覧になる時は、お召しまとわせ、遊び相手になさっている。利発であって、将来の期待される目もとや額つきである。
「弟と付き合うだけでは終わりたくないと、大納言に申し上げよ」などとお話しかけになるので、「しかじか」と申し上げると、微笑んで、「まことにその甲斐があった」と思いになっていた。
「人に負けるような宮仕えよりは、この宮にこそ人並みの姫君は差し上げたいものだ。思いのままにまかせて、お世話申し上げることになったら、寿命もきっと延びる気がする宮のご様子だ」とおっしゃりながら、まず東宮への御入内の事をお急ぎになって、

「春日の神の御神託も、わが世にもしや現れ出て、故大臣が院の女御の御事を無念にお思いのまま亡くなってしまったお心を慰めることがあってほしい」と心中に祈って、入内させなさった。たいそう御寵愛である由を、人びとはお噂申す。
 このような後宮生活にお馴れにならないうちは、しっかりしたご後見がなくてはどんなものかと、北の方が付き添っていらっしゃるので、ほんとうにこの上もなく大切に思って、ご後見申し上げなさる。

 

《亡くなった北の方の二人のお子は「大君」(「十七、八歳のほど」とあります)と「中の君」、つまり二人とも娘のようで、それと連れ子の姫(宮の御方)と、三人の姫君の話です。

「父宮がいらっしゃらない」というのは、連れ子の方の話で、父の蛍兵部卿宮が亡くなっているので、世間はその暮らしぶりをあんじるのですが、母方の祖父の式部卿方からもその兵部卿方からも支援があって、大納言の二人の実娘に遜色ない暮らしができています。

さて、三人はそれぞれに年ごろであって、「次々と申し込みなさる方が多く」あるのですが、大納言は、大君は東宮にするとして、中の君も、臣下では不足で、できれば匂宮に嫁がせたいものと考えています。

その匂宮は「この若君(三人の姫の弟)を、宮中などで御覧になる時は」、「遊び相手(原文・戯れ敵)」にしていた(この時匂宮は二十五歳、若君は四番目ですから十三、四歳と言うところでしょうから、からかって遊んでいた、というくらいでしょう)のですが、ある時、姉君たちとの縁を希望していると大納言に伝えてほしいと話したので、それを伝え聞いた大納言は大喜びですが、まづは大君を、ということで、首尾よく東宮に入内させ、幸いに大変な寵愛を受けることになりました。

「故大臣が、院の女御の御事を、無念にお思いのまま…」というのは、大納言の父の故致仕大臣が冷泉帝に入内させた娘・弘徽殿の女御が、後から源氏が入内させた六条御息所の娘(前斎宮・秋好)に中宮の位を取られてしまった「無念」のこと(少女の巻第三章第一段)で、今度こそはわが家から、と思っているわけです。

ところで、『構想と鑑賞』が「真木柱の連れ子の宮の君が、年がいっているのに、それをさしおいて」実の娘を先に嫁がせると言っています。それなら以下の話も分かりやすいのですが、読んだ印象では、三人の中では一番年下という気がします。》

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第一段 按察使大納言家の家族

巻四十三 紅梅 匂宮と紅梅大納言家の物語

第一章 紅梅大納言家の物語 娘たちの結婚を思案

第一段 按察使大納言家の家族

第二段 按察使大納言家の三姫君

第三段 宮の御方の魅力

第四段 按察使大納言の音楽談義

第二章 匂兵部卿の物語 宮の御方に執心

第一段 按察使大納言、匂宮に和歌を贈る

第二段 匂宮、若君と語る

第三段 匂宮、宮の御方を思う

第四段 按察使大納言と匂宮、和歌を贈答

第五段 匂宮、宮の御方に執心

 

【現代語訳】

 そのころ、按察使大納言と申し上げる方は、故致仕の大臣の次男である。お亡くなりになった衛門督のすぐ次の方なのである。子供の時から利発で、はなやかな性質をお持ちだった人で、ご出世なさる年月とともに、今まで以上にいかにも羽振りがよく、申し分のないお暮らしぶりで、帝の御信望もまことに厚いものがあった。
 北の方が二人いらっしゃったが、最初の方はお亡くなりになって、今いらっしゃる方は、後の太政大臣の姫君で、真木柱を離れがたくお思いだった姫君を、式部卿宮家の姫として故兵部卿の親王に御縁づけ申し上げなさったのだったが、親王がお亡くなりになって後、人目を忍んではお通いだったけれども年月がたったので、世間に遠慮なさることもなくなったようである。
 御子は、亡くなった北の方に二人だけいらっしゃったので、寂しいと思って、神仏に祈って、今の北の方に男君を一人お儲けになっていた。故宮との間に女君がお一人いらっしゃる。

分け隔てをせず、どちらも同じようにかわいがり申し上げなさっているが、それぞれの御方の女房などは、きれい事には行かない気持ちも交じって、厄介なもめ事も出てくる時があるけれども、北の方がとても明朗で現代的な人で、無難にとりなし、ご自分に辛いようなことも穏やかに聞き入れ、よく解釈し直していらっしゃるので、世間に聞き苦しい事なく無難に過ごしているのであった。

 

《巻名は第二章の始めでやり取りされる歌に由来します。

始めの「そのころ」とはいつ頃なのか気になりますが、『集成』によれば「漠然と時を指定する書き方。物語の冒頭の『今は昔』、『昔』などに準ずるもの」と言います。

実は『集成』の第八巻付録の年立によると、この紅梅の巻と次の竹河の巻は話がまるまる前後しているようで、その関係が分かりやすく仕分けられています。それによると、ここは前の匂兵部卿の巻の終わりから四年後、薫が二十四歳の春の話で、竹河、橋姫の巻の話を跳ばした後の話になるようです。

『光る』も、「大野・『紅梅』は薫二十四歳の春です」と言います。

『評釈』は、「この巻に語られるのは、『匂兵部卿』の巻に語られるのと同時のこと、あちらは源氏、…この巻は藤原氏の話である」と言っていますが、こちらはその二書より二十~三十年前の本ですから、その間に研究が進んだということなのでしょうか。それなら『集成』などは巻の順序を変えればよさそうなものですが、そういうわけにも行かないのでしょう。

ともあれ、ここでは『集成』の年立に添って読んでいくことにします。

新しい話が、故柏木の弟の今は「按察使大納言」となっている人のところから始まります。この人はこれまで幾度か登場した人で、美声の持ち主として思い出されます(藤の裏葉の巻第一章第六段1節など)。

「後の太政大臣」は髭黒、その娘の真木柱が母親に連れられて祖父・式部卿宮の許にいて、そこから一度蛍兵部卿に嫁いだのでした(若菜下の巻第一章第四段)が、夫に先立たれていたところに、この大納言が通っていたと言います。

柏木が生きていれば五十五歳のはずですから、そのすぐ下である大納言は、現在五十歳くらい、先に北の方を迎えていたのですが、その人は亡くなり二人目が真木柱、こちらは四十六歳あたりになります。

亡くなった先妻との間のお子が二人、真木柱に息子一人と連れ子の姫が一人、難しい関係だと思われますが、それらの間を真木柱が、なかなかよくできた対応でうまく取り持っているようです。不遇な少女時代を過ごした彼女でしたが、いや、それだからかも知れませんが、いまや見事な主婦を務めています。》

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