【現代語訳】
宮の御方は、物の分別がおつきになるくらいご成人なさっているので、どのようなことでもお分りになり、噂を耳になさっていらっしゃらないではないが、
「人と結婚し、普通の生活を送ることは、けっして」と思い離れていた。
世間の人も、時の権勢に追従する心があってだろうか、両親が揃っている姫君たちには熱心にあえてでも申し込み、はなやかな事が多いが、こちらの方は何かにつけてひっそりと引き籠もっていらっしゃったのを、宮は、おふさわしい方と伝え聞きなさって、心から何とかしてとお思いになったのだった。
若君をいつも側離さず近づけなさっては、こっそりとお手紙があるが、大納言の君が心からお望みになって、
「そのようにお考えになってお申し込まれることがあるならば」と探りを入れ、期待なさっているのを見ると、気の毒になって、
「予想に反して、このように結婚を考えてもいない方に、お手紙をたくさんくださるが、効のなさそうなこと」と、北の方もお思いになりおっしゃる。
ちょっとしたお返事などもないので、負けてたまるかとのお考えも加わって、お諦めになることもできない。
「何の遠慮がいるものか、宮のお人柄に何の不足があろう、そのように結婚させてお世話申し上げたい、将来有望にお見えになるのだから」など、北の方はお思いになる時々もあるが、とてもたいそう好色人でいらっしゃって、お通いになる所がたくさんあり、八の宮の姫君にもお気持ちが並々でなく、たいそう足しげくお通いになっているという、頼りがいのないお心の浮気っぽさなどもますます躊躇されるので、本気になってはお考えになっていないが、恐れ多いばかりにこっそりと母君が時折さし出てお返事申し上げなさる。
《以前、この宮の御方の年齢を考えたことがありました(第一章第二段)が、ここでことさらに「物の分別がおつきになるくらいご成人なさって」とまで言っているところから見ると、やはり大君より上なのかも知れません。
至って控えめな女性のようで、自分の立場を心得てということでしょうか、結婚はしないと「思い離れて」います。
「両親が揃っている姫君たちには熱心にあえてでも申し込み、はなやかな事が多い」というのは大君と中の君のことで、大納言と真木柱が両親ですが、宮の御方は父がいなくて母の真木柱だけということになるのだそうです(『集成』)。
しかし、匂宮は、その人柄の情報を入手して、すっかり思いを強めているようで、若君を介して度々の便りがあります。
一方では大納言が中の君を匂宮にと思ってがんばっているのを見ると、真木柱の思いは複雑です。娘の宮の御方が「気の毒になって」駄目だろうなあと思い、また一方で「何の遠慮がいるものか」という気もするし、匂宮の行状を耳にすると「ますます躊躇される」こともあり、さらに匂宮の立場を考えると「恐れ多い」気がして、娘には内緒で時には返事を書いたりもしているのでした。
ここに突然「八の宮」の名が出てきますが、このことについては後の橋姫の巻で三年ほど遡って語られる話ですが、『光る』が「こういうところは、いかにもへたな伏線という感じがするんですねえ。(笑)」と言っています。
初めの、「噂を耳になさっていらっしゃらないではないが(原文・聞きとどめたまはぬにはあらねど)」は渋谷訳です。『集成』は「殿方の立派さも分からぬではないが」と一般的な賢明さを言うように訳し、『評釈』も同様と思われる訳ですが、ここは匂宮から文が届いているということを知っているという意味で、この訳の方がいいように思いました。
さてこの話はいったんここで措いて、次からは匂宮兵部卿の巻の始まりと同じ時点、十一年前まで後返りして話が始まります。》