【現代語訳】
賭弓の還饗の準備を六条院で特別念入りになさって、親王方もご招待しようとのお心づもりをしていらっしゃった。
その当日、親王方で元服を済まされた方はみな出席なさる。后腹の方はどの方もどの方も気高く美しそうにいらっしゃる中でも、この兵部卿宮はほんとうにたいそう素晴らしくこの上なくお見えになる。四の親王で常陸宮と申し上げる、更衣腹である方は、思いなしか、感じが格段に劣っていらっしゃった。
いつものように、左方が一方的に勝った。いつもよりは早く賭弓が終わって、大将が退出なさる。兵部卿宮、常陸宮、后腹の五の宮と、同じお車にお招き乗せ申し上げて退出なさる。宰相中将は負方で、静かに退出なさったが、
「親王方がいらっしゃるお送りに、おいでになりませんか」と、退出をおし止めなさって、ご子息の衛門督、権中納言、右大弁など、それ以外の上達部が大勢、あれこれの車に乗り合って、誘い合って六条院へいらっしゃる。
道中やや時間のかかるうちに雪が少し降って、趣のある黄昏時である。笛の音を美しく吹き立てながらお入りなると、なるほど、ここを措いてどのような仏の国に、このような時の楽しみ場所を求めることができようかと見えた。
寝殿の南の廂間に、いつものように南向きに中将少将がずらりと着座し、北向きに向き合って相伴役の親王方、上達部のお座席がある。お盃の事などが始まって、何となく座がはずんでくると、「求子」を舞って、翻る袖の数々をあおる羽風に、お庭先の梅のすっかり満開になっている香りがさっと一面に漂って来ると、いつものように中将の香りがますます素晴らしく引き立てられて、何とも言えないほど優美である。わずかに覗いている女房なども、
「『闇はあやなく(わけもないのに梅の花を隠して)』、見たいものも見えないのだが、あの香りは、なるほど他に似たものがありませんね」と、誉め合っていた。
大臣もたいそう素晴らしいと御覧になる。ご器量やお振る舞いもいつも以上で、威儀を正しくして澄ましているのを見て、
「右の中将も一緒にお歌いになりませんか。とてもお客人ぶっていますね」とおっしゃるので、無愛想にならない程度に、「神のます」など歌う。
《急に「賭弓」の話になります。正月十八日に宮中で催される行事で、「いつものように、左方が一方的に勝った」とありますから、「左方の勝つのが恒例であった」(『集成』)ようで、ここはその左方の大将となった夕霧が行う「還饗」(勝方の大将の邸で催される饗宴・『集成』)の様子です。
多くの大宮人が六条院に凱旋するにぎやかな様と、その酒宴が語られますが、ただの風俗絵巻のようで、何を語りたいのかよく分からないところです。
かろうじて、薫が「負方で、静かに退出なさった」のを、皆が「おし止めなさって」と、彼が人気者であることを偲ばせ、酒宴の中で彼の香りが注目を集めたことが、物語に関わりのある話ですが、それはすでに周知のことで、ここでわざわざ語らねばならないほどのことではないように思います。
それに、ライバル心旺盛な匂宮が同席しているのに、彼について全く触れられないのも不自然です。
そういえば、この巻の名は彼の名でしたが、巻全体を通して語られたのは薫で、匂宮は、分量で言えばおおかた二割ほどと思われます。薫を巻名にする方が自然とも思われますが、どういうことなのでしょうか。
そしてこの巻はここで突然終わり、次は全く異なった方向から物語が展開します。》