源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 光る源氏の物語(二)

第三段 蛍に故人を偲ぶ

【現代語訳】

 たいそう暑いころ、涼しい所で物思いに耽っていらっしゃる折、池の蓮の花が盛りなのを御覧になると、「いかに多かる(人にはなんと多くの涙があることか)」などと、何より先に思い出されるので、気が脱けたようになってつくねんとしていらっしゃるうちに、日も暮れてしまったのだった。

蜩の声がにぎやかなところに、御前の撫子が夕日に映えた様子を、独りだけで御覧になるのは、本当に甲斐のないことであった。
「 つれづれとわが泣き暮らす夏の日をかことがましき虫の声かな

(することもなく涙とともに日を送っている夏の日を、私のせいみたいに鳴いている

蜩の声だ)」
 螢がとても数多く飛び交っているのも、「夕殿に蛍飛んで」と、いつもの古い詩もこうした方にばかり口馴れていらっしゃった。
「 夜を知る蛍を見てもかなしきは時ぞともなき思ひなりけり

(夜になったことを知って光る螢を見ても悲しいのは、昼夜となく燃える亡き人を恋

うる思いであったことだ)」

 

《「たいそう暑いころ」に『集成』が注して「盛夏。旧暦六月である」と言います。

六条院の東南の邸の池に蓮が花盛りを見ても、「(その葉に置き添う)露に涙を連想した」(『集成』)のでしょうか、またしても紫の上の追憶になり、涙々で、そのまま日暮れになりました。

すると今度はヒグラシの声です。この虫の声は、なぜか誰が聞いても夏が往くことを痛切に思わせて胸を締め付けられる、哀愁に満ちた声で、確かに晩夏、六月です。「かごとがましき」は「(あなたが泣くなら)自分も泣くというように鳴く」(『集成』)。

ここで、『講座』所収「哀傷の四季」は、「池の蓮の花が盛りなのを御覧になると」にはかつて二条院で小康を得た紫の上と久々に語り合ったときに「池はとても涼しそうで、蓮の花が一面に咲いているところに、葉はとても青々として、露がきらきらと玉のように一面に見えるのを、」(若菜下の巻第九章第二段)とあり、また「蜩の声がにぎやかなところに」には、同様にそのすぐ後、今度は女三の宮のところから帰ろうとしてひぐらしの声に宮が源氏を引き止め、その結果柏木の手紙を見つけることになる場面に「ひぐらしが派手に鳴いたのに目をお覚ましになって」(同第四段)とあったことを指摘して、「当然重なって印象されているだろう」(いま源氏はその時のことを思い出していないはずはない、という意味でしょうか)と言います。

そしてさらに撫子も典拠のある花のようで、『集成』が「我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕かげのやまと撫子」(『古今集』二四四)を挙げています。もっとも、そこでは「秋」の部に入っているのですが。

夏の終わりは蛍に寄せての感慨です。「夕殿に蛍飛んで」はもちろん『長恨歌』の一節、歌の「夜を知る」も和漢朗詠集の詩の一節だそうで、いずれも「こういう方」、つまり「亡き妻を恋う内容のもの」(『集成』)ばかりが口をついて出てきます。このあたり由緒ある言葉の連続で、源氏の悲しみを格調高く語っているところです。

前掲「哀傷の四季」が、先に続けて、「散文で抒情が抑えられる分だけ、和歌の抒情に矯められ吐き出される意味で、この巻の詞書的散文のそっけなさは、必ずしも歌集詞書の短さと同意義ではない」と言っているのは、少々ひねった回りくどい言い方が気になるにしても、なるほどと思われます。》

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第三段 ほととぎすに故人を偲ぶ

【現代語訳】

「昨日今日と思っておりましたうちに、ご一周忌もだんだん近くなってまいりました。どのようになさるお積もりでいらっしゃいましょうか」とお尋ね申し上げなさると、
「何ほども世間並み以上のことをしようとは思わない。あの望んでおかれた極楽の曼陀羅などを今回は供養しよう。経などもたくさんあったが、某僧都がすべてその趣旨を詳しく聞きおいたそうだから、それに加えてしなければならないことも、あの僧都が言うことに従って催そう」などとおっしゃる。
「このようなことをご生前から特別にお考え置きになっていたことは来世のため安心なことですが、この世ではかりそめのご縁であったのだとお思いなりますにつけて、お形見と言えるようにお残し申されるお子様さえいらっしゃらなかったのが、残念なことです」と申し上げなさると、
「それは、縁浅からず寿命の長い人びとでも、そのようなことはだいたいが少なかった私自身の拙さなのだ。そなたこそ、家門を広げなさい」などとおっしゃる。
 何ごとにつけても、堪えきれないお心の弱さが恥ずかしくて、過ぎ去ったことをたいして口にお出しにならないが、待っていた時鳥がかすかにちょっと鳴いたのも、「いかに知りてか(どうして分かるのか)」と聞く人の胸は落ち着かない。
「 なき人をしのぶる宵の村雨に濡れてや来つる山ほととぎす

(亡き人を偲ぶ今宵の村雨に濡れて来たのか、山時鳥よ)」
と言って、ますます空を眺めなさる。大将、
「 ほととぎす君につてなむふるさとの花橘は今ぞさかりと

(時鳥よ、あなたに言伝てしたい、古里の橘の花は今が盛りですよと)」
 女房などもたくさん詠んだが、省略した。大将の君はそのままお側にお泊まりになる。

寂しいお独り寝がおいたわしいので、時々このように伺候なさるが、生きていらっしゃった当時はとても近づきにくかったご座所の近辺に、たいして遠く離れていないことなどにつけても、思い出される事柄が多かった。

 

《紫の上の葬儀の大方を取りしきった夕霧は、ここでも長男らしく一周忌の法要の話を切り出しました。こういう事務的な用件は、安心して話せます。紫の上が亡くなったのは昨年八月でしたからもう三ヶ月前、早すぎるということはありません。

ただ源氏は、もう一切を人任せのつもりのようです。

夕霧は、話題を転じて、紫の上に子供がなかったことを残念がります。源氏が最ももの足らなく思っている点だろうと思うのでしょう。父の気持ちに寄り添いたいという気持だろうと思われます。

しかし源氏の言葉はこういう時の父親らしい、「そなたこそ、家門を広げなさい」という立派なものでした。もっとも、その夕霧に十二人の子供がいる(夕霧の巻末)ことを知らないはずはありませんから、今更そう言わなくても、という感はあります。

言葉が途切れた時に、時鳥の忍び音が聞こえました。「いかに知りてか」は「古への事語らへば時鳥いかに知りてかふる声のする(思い出を語り合っていると、時鳥が、どうして分かったのやら、昔のままの声で鳴く)」(『評釈』)という歌、ちょうど噂をしているこの折り、「今、このほととぎすは死の国から来た」(同)のだという気持です。

父の気持ちを察して、息子はその夜そこに泊まり、しかし当の父とは少し違う気持で義母を偲んでいます。》

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第二段 五月雨の夜、夕霧来訪

【現代語訳】

 五月雨にはますます物思いに沈んでお暮らしになるより他のことなく、物寂しいところに、十日過ぎの月が明るくさし出た雲間が珍しいので、大将の君が御前に伺候なさる。
 橘の花が、月の光にたいそうくっきりと見えて、その薫りもその追い風がやさしい感じなので、橘にほととぎすの「千代をならせる声(毎年やって来る変わらぬ声)」もしてほしいと待たれているうちに、急にたち出た叢雲の様子がまったくあいにくなことで、ざあざあ降ってくる雨に加わって、さっと吹く風に燈籠も吹き消して、空も暗い感じがするので、「窓を打つ声」などと、珍しくもない古詩を口ずさみなさるのも、折からか、「妹が垣根におとなはせ(紫の上に聞かせ)」たいようなお声である。
「独り住みは、格別に変わったことではないが、妙に物寂しい感じがする。深い山住みをするにも、こうして身を馴らしておいたなら、この上なく心が澄みきることだよ」などとおっしゃって、

「女房よ、こちらにお菓子などを差し上げよ。男たちを召し寄せるのも大げさな感じだ」などとおっしゃる。
 心中では、ただ空を眺めていらっしゃるご様子がどこまでもおいたわしいので、

「こんなにまでお忘れになれないのでは、ご勤行にもお心をお澄しになることも難しいのでないか」と、拝見なさる。

「かすかに見た御面影でさえ忘れ難い。まして無理もないことだ」と、思っていらっしゃった。

 

《五月、五月雨の降り続いたある日、珍しく月の夜となりました。『枕草子』が「月の頃はさらなり」という夏の夕暮れ、その月をお側で楽しもうと、夕霧が訪ねてきました。

月の光、橘の香りの中のその貴公子ぶりに源氏の心もひとときなごみ、時鳥(冥土と現世を往復すると考えられていた・『集成』)の声を待つ気持ですが、叢雲がその月をあっという間に曇らせ、雨の夜にして、そこにしめやかな情調を作り出しました。

闇の中でただ雨の音を聞いています。「窓を打つ声」は白楽天の詩、「蕭々たる暗雨、窓を打つ声」とあるのだそうで、『評釈』が「源氏の心は『蕭々たる暗雨』そのままであろう」と言います。

不思議なことですが、父親と長男とは、お互いに遠慮があってか、なかなか話が弾まないもののようです(とは言え、この二人は、例えば横笛の巻第三章のように、このごろ比較的よく対話ができるようになってはいます)が、ここでも父親は所在ない様子で、源氏はちょっとぎこちない感じで間を取るように、自分のとりとめもない思いを口にしますが、、「独り住みは、格別に変わったことはないが、妙に物寂しい感じがする」はひと歳とった男のこういう時の実感ではあると思われます。

源氏はさらに、「お菓子(原文は「くだもの」、『辞典』に、木の物の意。ダは連体助詞ナの転。ケダモノ(毛ダ物・獣)の類。木の実などで、酒の肴、副食品、間食品となるもの、と言います)」を所望しました。『評釈』は「妙に物寂しい」と、つい本音を漏らしてしまったことに照れてごまかそうとしたのだと言いますが、それではいかにも青臭く、今の源氏は息子の思惑を推し量ったりするような心境ではなくて、もっと心底虚ろなのではないでしょうか。そこからふと我に返って息子に気遣いを見せたという感じがします。

「空を眺めていらっしゃる」は「大空は恋しき人のかたみかはもの思ふごとにながめらるらむ」(古今集七四三)を踏まえた言い方で、「恋しい人を想っている」ということ、夕霧から見ると、源氏は自分の相手をしてくれてはいるけれども、それがいかにも虚ろな様子だという気がして父を気遣いながら、そっと自分の密かな、あの垣間見の思い出(野分の巻第一章第二段)をたぐります。》

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第一段 花散里や中将の君らと和歌を詠み交わす

【現代語訳】

 夏の御方から、お衣更のご装束を差し上げなさるとあって、
「 夏衣裁ちかへてける今日ばかりふるき思ひもすすみやはせぬ

(夏の衣に着替えた今日ぐらいは紫の上への恋しさもお鎮まりになることでしょう)」
 お返事、
「 羽衣のうすきにかはる今日よりは空蝉の世ぞいとど悲しき

(羽衣のように薄い着物に変わる今日からは、蝉のようにはかない世の中がますます

悲しく思われます)」
 賀茂の祭の日、とても所在ないので、

「今日は祭見物しようとして、人々は楽しそうにしているだろうな」と思って、御社の様子などをご想像なさる。
「女房などは、どんなに物足りないことだろう。そっと里下がりして見て来なさい」などとおっしゃる。
 中将の君が東表の間でうたた寝しているのを、歩いていらっしゃって御覧になると、とても小柄で美しい様子で起き上がった。顔つきはあでやかで、寝起きで上気した顔をちょっと隠して、少しほつれた髪のかかっている具合など、風情がある。紅の黄色味を帯びた袴に萱草色の単衣、たいそう濃い鈍色の袿に黒い表着など、くつろいだふうに重なって、裳や唐衣も脱いでいたのをあれこれ引っかけなどするところに、葵を側に置いてあったのをお取りになって、
「何と言ったかね。この名前を忘れてしまった」とおっしゃると、
「 さもこそはよるべの水に水草ゐめけふのかざしよ名さへ忘るる

(いかにも神前のよるべの水も古くなって水草が生えていましょうが、今日の插頭の

名前さえ忘れておしまいになるとは)」
 と、恥じらいながら申し上げる。なるほどと気の毒なので、
「 おほかたは思ひ捨ててし世なれども葵はなほやつみをかすべき

(だいたいは執着を捨ててしまったこの世ではあるが、この葵はやはり摘んでしまい

そうだ)」
などと、一人だけはお思い捨てにならない様子である。

 

《四月、夏に入って衣更えで、夏の御方、花散里から新しい衣裳が届きました。ここではこの人らしい控えめな歌があるだけで、彼女もまた源氏の回想の中を通り過ぎていきます。この人については、玉鬘の巻第四章第六段で挙げた『人物論』所収・沢田正子著「花散里の君~虚心の愛~」が印象的な評であったことを重ねて挙げておきます。

 「夏衣」の歌の解は諸説あるようで、手許の三書もすべて異なっています。「ふるき思ひ」が①源氏の紫の上への思い、②源氏の花散里への思い、「すすむ」がァ「進む、増進する」、ィ「涼む、静まる」で、ここは①からィへの組み合わせとする『評釈』の解を採りましたが、同書はその上で「ただし『火(思ひ)すずむ』という言い方は、落ち着かない」と言います。

 しかし、組みあわせの中ではこれが一番、いかにもこの人の言いそうな、優しく穏やかな言葉だという気がしますが、どうでしょうか。

 『評釈』が「歌二首。それが並ぶだけ。…ここに、この一段があって、この一段はきよらかである」と言います。

賀茂の葵祭は四月半ば、女房たちを見物に行かせてひっそりとした屋敷の中、源氏は「中将の君が、東面の間でうたた寝して」いるのを見かけてしまいました。たいそうな艶な姿です。『評釈』は「昼下がりの情事」と言いますが、『光る』は「丸谷・これ、実事ありですか」「大野・ぼくはどうも実事ありとは思わなかった」「丸谷・ないんでしょうねぇ」と言っていて、その方が穏当だろうという気がします。

もっとも、「女房は貞操から自由である」(『評釈』)という当時の感覚から行けば、この二人にとっては、そういうことは歌を交わすのと同じくらいの意味しか持たないとも言えるのかも知れません。

ここでのやり取りは、「お前に逢うことも忘れてしまった」と戯れの声を掛けられて、諧謔みを帯びた恨みの歌を詠み、そんなことを言うとやはり罪を犯しそうになるよと、自戒とも照れ隠しとも思える歌を返したわけで、そうした軽く心ときめく楽しい対話の方が、二人にはむしろ意味があったように思われます。「一人だけはお思い捨てにならない」というのは、そういう肩の凝らない、心ときめきながらくつろぐ相手として他にない者と見ていることを言っているのでしょう。

いずれも大人の関係を思わせる、二つの対照的なエピソードです。》

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