源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 紫の上の物語(二)

第五段 紫の上の葬儀

【現代語訳】

 親しくお仕えしていた女房たちで、気の確かな者もいないので、院自身が、何事もお分かりにならないようなお気持ちを無理にお静めになって、ご葬送のことをお指図なさる。昔も悲しいとお思いになることを多くご経験なさったお身の上であるが、まことにこのようにご自身でお指図なさることは経験なさらなかったことなので、すべて前にも後にもたぐいないことのような気がなさる。
 そのままその当日に、あれこれしてご葬儀を営み申し上げる。所定の作法があることなので、亡骸を見ながらお過しになるということもできないのが情けない人の世なのであった。広々とした広い野原にいっぱいに人が立ち込めて、この上もなく厳かな葬儀であるが、まことにはかない煙となって、はかなく上っていっておしまいになったのも、常のことであるがあっけなく何とも悲しい。
 地に足が付かない感じで人に支えられてお出ましになったのを、拝し上げる人も

「あれほど威厳のあるお方が」と、ものの分からない下衆まで泣かない者はいないのだった。お送りする女房はそれ以上に夢路に迷ったような気がして、車から転び落ちてしまいそうになるのに手を焼くのであった。
 昔、大将の君の御母君がお亡くなりになった時の暁のことを思い出しても、あの時は、やはりまだ物事の分別ができたのであろうか、月の顔が明るく見えたが、今宵はただもう真暗闇で何も分からないお気持ちでいらっしゃった。
 十四日にお亡くなりになって、葬儀は十五日の暁であった。日はたいそう明るくさし昇って野辺の露も隠れたところなく照らし出して、人の世をいろいろお思いになると、ますます厭わしく悲しいので、後に残ったとしても、どれほど生きられようか。このような悲しみに紛れて、昔からのご本意の出家を遂げたくお思いになるが、女々しいとの後の評判をお考えになると、この時期を過ごしてからとお思いになるにつけ、胸に込み上げてくるものが我慢できないのであった。

 

《紫の上の葬儀を源氏自身が取りしきります。さっきまで夕霧が傍近くにいて「お取りしきりに」なっていたはずです(第三段)から、もう少し出番があってもよさそうなものですが、どうしたのでしょうか。

ともあれ、源氏は最愛の紫の上を送るとあって、これまで多くの人を送ってきたものの、自分でそれを差配するのは初めてでもあり、その思いはひとしおと思われます。

「広々とした広い野原にいっぱいに人が立ち込めて、この上もなく厳かな葬儀」でした。しかしその中で「まことにはかない煙となって、はかなく上っていっておしまいになった」というのは、いつの世にも変わらぬ感慨です。

源氏はもう立っていられないほどの悲しみで、「地に足が付かない」ほどで、秋の満月を眺めても「ますます厭わしく悲しい」といった有様だと言います。

しかし、考えてみると彼はすでに五十一歳、年の祝が四十歳から騒ぎになる時代ですから、それを今の還暦の祝いとすると、すでに七十歳を過ぎたあたりに当たるわけで、この嘆き方は、夕顔に死なれた十七歳の時の悲しみとあまり違わない(さすがにあの時ほどの動顛はありませんが)ように思われて、少々気になります。

勝手な気持を言えば、七十歳(五十一歳)らしい、もっとしめやかでもっと痛切な、いわば「あれほど威厳のあるお方が(原文・さばかりいつかしき御身を)」と言われないような悲しみ(例えば小津安二郎の映画に見られるような悲しみ~あれは庶民版ですがその源氏版)の姿を期待したいのですが、『集成』本第一巻の「解説」によれば、作者がこれを書いたのは三十代半ばということのようで、さすがにそういう老年の悲しみは想像しにくかったということなのでしょうか(いや、今あるものの中にすでにそういうものを読み取るのが本当なのかも知れません)。

ともあれひときりついて、源氏は念願の出家を考えます。しかし「女々しいとの後の評判をお考えになる」と、それもならないと言います。『評釈』が「女人の死のすぐ後をおうのは、女々しいと、当時においても思われたのである」と言います。

現代なら、むしろ美談になりそうです。勘ぐれば作者が源氏の出家姿を描きたくなかったのではないか、という気もしますが、紫の上がそうであったように、このレベルの人の出家は、世をはかなんでするのは恥ずべきことで、むしろ現実の充足を更に昇華するかたちでありたいというような思いがあったということもあるのか、と思います。

ところで、「その当日に、あれこれしてご葬儀を営み申し上げる」というのは驚きですが、それが「所定の作法」だったと言います。葵の上の場合は「なおも諦め切れずにおられたが、その(祈祷の)効もなく何日にもなったので」葬儀に踏み切った(葵の巻第二章第六段)とありました。

また、落葉宮の御息所の葬儀も「普段からそうして欲しいとおっしゃっていたことなので、今日直ちに葬儀を執り行い申しあげる」(夕霧の巻第三章第七段)とありました。すると、やはり「当日」というのは珍しいことのように思われますが、どうなのでしょうか。

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第四段 夕霧、紫の上の死に顔を見る

【現代語訳】

 長年、何やかやと分不相応な考えは持たなかったが、

「いつの世にか、あの時同様に拝見したいものだ。お声をかすかに聞くことさえないことよ」などと、忘れることなく慕い続けていたが、

「声はとうとうお聞かせ下さらないことになったようだが、御亡骸なりとも、もう一度拝見したい望みが叶えられる折は、今この時以外にどうしてあろう」と思うと、抑えることもできず泣けて、側に伺候する女房たち皆が泣き騷ぎおろおろしているのを、
「静かに。暫く」と静めるふりをして、御几帳の帷子を何かおっしゃるのに紛らして、引き上げて御覧になると、ほのぼのと明けてゆく光も弱々しいので大殿油を近くにかかげて見守り申していらっしゃるのだが、どこまでもかわいらしげに立派で美しく見えるお顔の名残惜しさに、この君がこのように覗き込んでいらっしゃるのを目にしながらも、しいて隠そうとのお気持ちも起こらないようである。
「このとおりに何事もまだそのままの感じだが、最期だいう様子ははっきりしているのだよ」と言って、お袖を顔におし当てていらっしゃる時、大将の君も涙にくれて目もお見えにならないのを、無理に涙を絞って目をあけて拝見すると、かえって悲しみが増してたとえようもなくて本当に心もかき乱れてしまいそうである。

御髪が無造作に枕許にうちやられていらっしゃる様は、ふさふさと美しくて一筋も乱れた様子はなく、つやつやと愛らしい様子はこの上ない。灯がたいそう明るいので、お顔の色はとても白くかがやくようで、何かと身づくろいをしていらっしゃった生前のお姿よりも、正体のない状態で無心に臥せっていらっしゃるご様子が、一点の非の打ちどころもないと言うのもことさらめいているほどである。並一通りの美しさでさえなく、類のない美しさを拝見すると、

「死に入りそうな魂がそのままこの御亡骸に宿ってほしい」と思われるのも、無理というものであるよ。


《紫の上の死の美しさが語られますが、こういう、私にはすでに語り尽くされているように思える名高い名場面は諸家の解説を聞くしかないように思われますので、あしからず。

通常は源氏しかこの人の顔を見ることはできないのですが、悲しみによる不用意から、のぞき込む夕霧を遮ろうとはしませんから、この最期の時は夕霧の目を通して、そのほとんどこの世ならぬ美しさが語られます。と言うよりも、「このとおりに(原文・かく)」という言葉から見れば、この時の源氏は、むしろ息子に愛妻の死に顔を自分から指さして、見せようとさえしているように思われます。

その夕霧の視点からの美しさの描写を、『光る』が「丸谷・純粋客観でやったら、そんなばかなことがあるものかと言われる。登場人物の目をかりて美を賛美するとか、人格を賛美するとかいうのは現代小説の手法です。そうすることによっていくらでも言い逃れがきく、あるいはその主観的な価値、その主観が実在したことを有無を言わせず保証してしまう」と言います。

そこに描かれる美しさとはどういうものか、『評釈』が興味深い解説をしています。「品高く生まれた人は、そのなまの姿をそのまま外に出すのははしたないことであった。しかし、藤壺、紫の上を女人の美しさの最高の地位においたのは、彼女らがそのそとみの姿を通して、何よりも大切とした『なまのもの』が、におうからである。…実は作者は何よりも、心の用意の下にかくされた、この新鮮でなまなましい美を愛し、いとおしんでいたと思われるのだ。」

独断的に言い換えれば、たしなみの深さや慎ましさに包まれた、純粋で汚れのないもの、ということでしょうか。その包みを解いて「純粋で汚れのないもの」だけを見せても素晴らしいと描いて見せたのが、夕顔もそうですが、近江の君や焼きもちを焼く雲居の雁で、彼女らがかわいらしく魅力的であるのは、そういう価値観から描かれているらしいところから感じられるものと言えましょう。

しかし考えてみると、そういう魅力的なキャラクターは女性ばかりで、男性は子供以外にはないように思われます。男性登場人物には、作者がその都度絶賛するにもかかわらず魅力的な人物がいないように思われるのは、作者が、男性に純粋で汚れがないという姿を思い描くことができなかったということがあるのかも知れません。

ともあれ、われらがスーパーヒロイン・紫の上は、その美しさを残照のように語られて、源氏と夕霧に看取られながら、物語の舞台から退場します。》

 

第三段 源氏、紫の上の落飾のことを諮る

【現代語訳】

 中宮もお帰りにならず、こうしてお看取り申されたことを、感慨無量にお思いになる。どなたも、当然の別れとして誰にでもあることともお思いになることができず、二つとないこととして悲しく、明け方のほの暗い夢かとお惑いなさるのは言うまでもない。

 平静でいる方はいらっしゃらない。お仕えする女房たちも、居合わせた者はみな、まったく分別を保っている者はいない。院は、ましてお気の静めようもないので、大将の君がお側近くに参上なさっているのを、御几帳の側にお呼び寄せ申されて、
「このように今はもう最期のように見えるが、長年願っていたことをこのような時にその願いを果たせずに終わってしまうことがかわいそうなので、御加持を勤める大徳たちや読経の僧なども、皆声を止めて帰ったようだが、それでもまだ残っているべき僧たちもいるだろう。この世のためには何の役にも立たないような気がするが、仏の御利益は今はせめて冥途の道案内としてでもお頼み申さねばならないゆえ、髪を下ろすよう計らいなさい。適当な僧で、誰が残っているか」などとおっしゃるご様子は、気強くお思いのようであるが、お顔の色も常とは変わってひどく悲しみに堪えかね、お涙の止まらないのを無理もないことと悲しく拝し上げなさる。
「御物の怪などが、これも、人の御心を悩まそうとしてよくこのようなことになるもののようですから、そんなふうでいらっしゃいましょうか。それならば、いずれにせよ、御念願のことはよいことでございます。一日一夜でも戒をお守りになることの功徳は必ずあるものと聞いております。

本当に息絶えてしまわれて、後から御髪だけをお下ろしになっても、特に後世の御功徳とはおなりではないでしょうから、目の前の悲しみだけが増えるようでいかがなものでございましょうか」と申し上げなさって、御忌みに籠もって伺候しようとするお志があって止まっている僧のうち、あの僧この僧などをお召しになって、しかるべきことどもをこの君がお取りしきりになる。

 


《源氏は悲しみに暮れながら紫の上の落飾を決心しました。さすがにもはや最期と思い、その願いを入れなければならないと考えたのです。

 夕霧を呼んで、その準備をするように指示します。その言葉を、「声を上げて泣き出したい人が、やっとこらえて、これだけの言葉を出したと聞くべきである」と『評釈』が言います。確かに、いろいろなところですぐに涙ぐむ源氏にしては、ここの言葉はきちんとしていて明快です。

それに対する夕霧の方の言っていることが、一読、分かりにくく思われます。

まず細かいところで、初めの「これも」が意味不明です。しかしこれは『評釈』によれば「そのようなことでいらっしゃる」に掛かる言葉で、その直前に入るべきものだ、と言います。そして河内本ではそうなっていると言います。

もう一つ、「本当に息絶えてしまわれて」の前後では、まったく逆のことを言っているようにしか読めないような気がします。

『評釈』はここを「混乱する夕霧の心」と小見出しを付けて解説していて、「はなはだ混乱した心理の表白をしている」と言いますが、文章の混乱によって登場人物の心の混乱を表すのはあり得ない手法で、それは作者の混乱と言わねばならないでしょう(書き写した人の責任かも知れませんが)。

『評釈』は後で考え直して、言葉の前半は一般論を述べたまでで、後半分に夕霧の真意があり、彼は実は髪を下ろさせるのに反対だったのではないか、今の美しい姿のままで置きたいという源氏の気持を推し量ったものでもあり、かねてその美しさに憧れてきた彼自身の希望でもある、と言います。

しかし反対しているにしては、彼の言葉から次の「あの僧この僧などをお召しになって」という行動への移り方があまりに自然です。意に反してのことなら、もう少し書きようがありそうです。

前段の終わりに「夜の明けきるころにお亡くなりになった」とありましたが、思い出してみると、夕顔や葵の上の死の時も見られたように、人の死には何段階もありました。夕顔の巻第四章第四段第2節、葵の上の巻第二章第六段)。

そこで、後半を、源氏の「今はもう最期のように見える(原文・今は限りのさまなめる)」という言葉を、まだ死が最終的に確定したわけではないという意味だと考えて、夕霧はもし「本当に息絶えてしまわれて」からでは功徳にならず、「目の前の悲しみだけが増えるようでいかがなもの」かと思うのだが、今ならまだぎりぎり間に合う、と言っているのではないか、と考えてはどうかと思います。

それは、源氏の「このような時にその願いを果たせずに終わってしまうことがかわいそう」という気持にも添うはずです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 明石中宮に看取られ紫の上、死去す

【現代語訳】

 風が寂しく吹き出した夕暮に、前栽を御覧になろうとして脇息に寄りかかっていらっしゃるのを、院がお渡りになって拝見なさって、
「今日はとても具合好く起きていらっしゃるようですね。この御前ではこの上なくご気分も晴れ晴れなさるようですね」と申し上げなさる。この程度の気分の好い時があるのをも、たいそう嬉しいとお思い申し上げていらっしゃるご様子を御覧になるのもおいたわしく、

「最期となった時、どんなにお嘆きになるだろう」と思うと、しみじみ悲しいので、
「 おくと見るほどぞはかなきともすれば風に乱るる萩のうは露

(起きていると見えますのも暫くの間のこと、ややもすれば風に吹き乱れる萩の上露

のような私の命です)」
 なるほど風に吹き折られて露がこぼれてしまいそうな庭の萩の様子で、それによそえられたのさえ堪えがたく思われるので、庭を御覧になっても、
「 ややもせば消えをあらそふ露の世に後れ先だつほど経ずもがな

(ともすれば先を争って消えてゆく露のようにはかない人の世に、せめて後れたり先

立ったりせずに一緒に消えたいものです)」
と言って、お涙もお拭いになることができない。中宮が、
「 秋風にしばしとまらぬ露の世をたれか草葉のうへとのみ見む

(秋風に暫くの間も止まらず散ってしまう露の命を誰が草葉の上の露だけと思うでし

ょうか)」
と詠み交わしなさるそれぞれのお顔立ちは申し分なく、さすがと心を打たれるにつけても、

「こうして千年を過ごしていたいものだ」という気がなさるが、思うにまかせないことなので、命を掛け止めるすべがないのが悲しいのであった。
「もうお帰り下さい。気分がひどく悪くなりました。どうしようもないほどの具合になってしまったとは申しながらも、まことに失礼でございます」と言って、御几帳を引き寄せてお臥せりになった様子が、いつもより頼りなさそうにお見えなので、
「どんな御気分か」とおっしゃって、中宮がお手をお取り申して泣きながら拝し上げなさると、本当に消えてゆく露のような感じがして、今が最期とお見えなので、御誦経の使者たちが数えきれないほど騷ぎだした。

以前にもこうして生き返りなさったことがあったのと同じように、御物の怪のしわざかとお疑いになって、一晩中いろいろな加持祈祷のあらん限りをお尽くしになったけれども、その甲斐もなく、夜の明けきるころにお亡くなりになった。

 

《「『最期となった時、どんなにお嘆きになるだろう』と思うと、しみじみ悲しい」というのが、前々からのことですが、紫の上の源氏への思いの深さを物語るもので(若菜下の巻第六章第五段)、こういう気持が胸の奥にあることによって、瀕死の容態でありながらなお言いようのない彼女の美しさを醸し出しているのです。

このあたりの美しいやりとりについて『光る』が絶賛しています。

曰く、「丸谷・きれいですね。こういうところの美文性に比べると、『須磨』の美文なんて問題じゃないですね。」「大野・これを読むと、悲しい。正直言って、ぼくはここを読んで涙流したことがありましてね。」「丸谷・このへんになると、小説の筋の動き、人間を描くということの必要があるから文章が光るということになってくるわけです。須磨のへんとか、靫負の命婦が行くところは、ただ美文のために美文を書いている感じが強くて、小説との関係が薄い。」

紫の上が物語の舞台から去る場面なので、私もいろいろ書きたい気もしますが、こう言われてしまうと、その美しさについてはそのとおりということで贅言を控えて、別の二つのことだけを言い添えます。

一つは、再三の繰り返しになりますが、紫の上の自分でも気づいていないらしい源氏への深いところでの愛情を強調しておきたいと思います。

もう一つは、これまでしばしば彼女と並べて見てきた『戦争と平和』のナターシャとの違いです。紫の上が、子供を生まなかったこともあってでしょうか、最後まで少女のような印象を失わなかったのに対して、ナターシャは物語の終わりの「エピローグ」において(それは本編の終わりからわずかに七年しか経っていないのですが)、あの愛らしい娘から大変身して、饒舌で子だくさんの、まるで雲居の雁と昔の弘徽殿女御を一緒にしたような、生活力旺盛な逞しいロシア婦人として現れます。それはつまり、周囲にまだお伽噺しかなかったような時代の物語と十九世紀リアリズム作品との違いであると同時に、それぞれの民族が思い描く理想の女性像の違いでもあるように思われます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第一段 紫の上の部屋に明石中宮の御座所を設ける

【現代語訳】

 ようやく待っていた秋になって、世の中が少し涼しくなってからは、ご気分も少しはさわやかになったようであるが、やはりどうかすると何かにつけ悪くなることがある。といっても『身にしむばかり』にお思いになられる秋風ではないけれども、涙でしめりがちな日々をお過ごしになる。
 中宮は、宮中に帰参なさろうとするのを、もう暫くは御逗留をとも、申し上げたくお思いになるけれども、出すぎているような気がし、宮中からのお使いがひっきりなしに見えるのも気になるので、そのようには申し上げなさらないのだが、あちらにもお渡りになることができないので、中宮がお越しになった。
 恐れ多いことであるが、いかにもお目にかからずには甲斐がないということで、こちらに御座所を特別に設えさせなさる。

「すっかり痩せ細っていらっしゃるが、この方が却って高貴で優美でいらっしゃることの限りなさも一段とまさって素晴らしいことだ」と、今まで匂い満ちて華やかでいらっしゃった女盛りは、かえってこの世の花の香にも喩えられていらっしゃったが、この上もなく可憐で美しいご様子で、まことにかりそめの世と思っていらっしゃる様子は、他に似るものもなくおいたわしく、わけもなく物悲しい。

 

《「ようやく待っていた秋になって(原文・秋待ちつけて)」には、「暑い夏の間、一筋に秋の到来を待っていた気持が出ている」と『評釈』が言いますが、『徒然草』に「家の作りやうは夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる」(第五十五段)と言っているように、京都の夏は大変だったようで、その夏を何とか乗り切って、待ちわびた秋が訪れました。

 しかし容態は一進一退で、気持だけはどうしても湿りがちです。

 中宮には帝からの帰参督の促があるのですが、中宮は自分でも去りがたく思い、また紫の上の気持ちを思って何となくぐずぐずと日を延ばしていて、帝もそれを無理強いは出来ないでおられるようです。

 中宮が下がってきた時は部屋まで出向いて迎えたのでしたが、今はそれもかなわなくなっているようで、しきたりを措いて中宮の方から西の対を訪ねてきました。

 中宮の目には紫の上の美しさが、やつれて一層素晴らしく見え、こんなにお美しいのにと思うと世の無常が常にも増して悲しく思われるのでした。

 この美しさを『評釈』は「あまりに盛りに匂っているものよりも、その盛りがかげりをみせた時、なおいっそうの深みのある美しさが輝くとする、この作者の美に対する感覚が表現されている」と言いますが、そこで忘れてはならないのは、紫の上が、彼女自身気がつかないままに、しかし読者には気づいている、『構想と鑑賞』の言う「源氏への愛情」(第一章第五段)を胸の奥深くに抱いていることから来る色香、華やぎが匂い出ているのではないでしょうか。彼女が枯れてしまわないのはそのことがあるからで、その美しさが表面的ではない理由もそこにあるのだと思われます。

 なお、前段の「いつものご座所にお帰りになる」について、ここでは中宮が紫の上の所に来るのですが、その場合「こちらに御座所を特別に設えさせなさる」と言っていることから考えれば、前段ではそういうことが書かれていませんでしたから、やはり、紫の上は寝殿で待っていたのではなく、彼女の方が中宮の所(東の対)に来ていたのだと考える方がよいように思われます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ