源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第六章 夕霧の物語(三)

第六段 夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ

【現代語訳】

 ただこのように馬鹿な格好で出入りするのもみっともないので、今日は居続けてゆっくりなさる。こんなにまで強引なのをあきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと思う一方で、情けなくもおいたわしい。
 塗籠も、格別こまごまとした物も多くはなくて、香の御唐櫃や御厨子などだけがあって、それはあちらこちらに片づけて、落ちつく感じに設えていらっしゃるのだった。内側は暗い感じがするが、朝日がさし昇った様子が漏れて来たので、被っていた単衣をひき払って、とてもひどく乱れていたお髪をかき上げたりなどして、わずかに拝見なさる。
 まことに気品高く女性的で、優美な感じでいらっしゃる。男君のご様子は、凛々しくしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃる時は限りなく美しい感じである。
「亡き夫君は特別すぐれた容貌というわけでなかったのにすっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、ましてこのようにひどく衰えた様子を少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしい。

あれやこれやと思案して、自分のお気持ちを納得させなさる。ただ外聞が悪く、こちらでもあちらでも人が罪深いこととお聞きになってお感じになるだろうことは避けられないうえ、喪中でさえあるのがとても情けないので、慰めようがないのであった。
 御手水やお粥などをいつものご座所の方で差し上げる。色の変わった御調度類も縁起でもないようなので、東面には屏風を立てて、母屋との境に香染の御几帳など、大げさに見えない物、沈の二階棚などのような物を立てて、気を配って飾ってある。大和守のしたことであったのだ。
 女房たちも、派手でない色の、山吹襲、掻練襲、濃い紫の衣、青鈍色などを着替えさせ、薄紫色の裳、青朽葉などを、何かと目立たないようにして、お食膳を差し上げる。女主人の生活で、諸事しまりなくいろいろ習慣になっていた宮邸の中で、有様に気を配ってわずかの下人たちにも声をかけてきちんとさせ、この大和守一人だけで取り仕切っている。
 このように思いがけない高貴な来客がいらっしゃったと聞いて、以前は怠けがちだった家司なども、急に参上して、政所などという所に控えて仕事をするのだった。

 

《結局何ごとも起こさないままに夜明けが近づいて、普通ならその前に帰るところなのですが、今日は夕霧も腹をくくったようで、そのまま塗籠で夜明けを待つことにしました。

そういう強引さがまた宮にはいやで、その気持が表に現れるのですが、それがまた夕霧には、女性にしては意地っ張りだと思いながらも、そういうお立場であることも分かっておいたわしく思うのでした。

そして明かりが差してきて見えるようになったということなのでしょう、塗籠の中の描写です。と言っても、格別何があるわけではなく、ただ「落ちつく感じ(原文・気近う)」であることが語られるだけで、それはつまり、この宮がそのようにきちんとした方だということを語ることになります。

淡い朝の明かりの中で夕霧は優しく宮に近づいたようです。「ひどく乱れていたお髪をかき上げたりなどして」(そういうことが可能だったのは、この段階ではすでに宮ももういかんともしがたいと諦めていたということなのでしょう)、宮を「まことに気品高く女性的で、優美な感じ」と思う一方で、当の宮の方は、柏木に冷たくされたことがトラウマになっているらしく、「ご器量がお美しくないと(柏木が)何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しに」なって、自分に自信を持てないで、今目の前の「限りなく美しい感じ」の夕霧のような方にまともに相手されるとは思えない気持である上に、「喪中でさえあるのがとても情けないのであった」、とあることによって、どうやら二人は結ばれたことになるようです。

「御手水やお粥」は、「宮の朝の洗面その他のお支度、朝食のお粥」(『集成』)と言いますから、めでたく二人揃っての朝の光景です。調度類が喪中の物だったので、それでは縁起が悪いからと、大和守が気を利かせて屏風を立てて隠しました。女房たちの装いも一新されています。ずいぶん手回しの好いことで、夕霧が塗籠に入ったと知って、昨夜の間に準備されたことなのでしょうか。そして「怠けがちだった家司なども、急に参上して」来て、せわしく働いています。》

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第五段 夕霧、塗籠に入って行く

【現代語訳】

「そうかといって、こうしてばかりいられようか。人が聞いて噂にすることも当然あるだろう」ときまり悪く、ここの人目も気におなりになるので、
「内々のお気づかいはこのおっしゃることに適うようにもして、暫くの間はお気持ちに逆らわないことにしよう。夫婦らしからぬ様子がとても情けないことだし、またこうだからといってこれきり参らなかったら、宮のご評判がどんなにかおいたわしいことだろうか。一方的にお考えになって、子供じみているのが困ったことだ」などこの女房をお責めになると、もっともだとも思って、見るのも今はお気の毒でもったいなくも思われる様子なので、女房を出入りさせなさる塗籠の北の口から、お入れ申し上げてしまった。
 ひどく驚いて情けないと思い、お側にいる女房のこともなるほどこのような世間の人の心だからこれ以上ひどい目に遭わせるに違いないと思って、頼りにする人もいなくなってしまった我が身を、かえすがえす悲しくお思いになる。
 男君は、いろいろと納得なさるような条理をお話し申し上げ、言葉数多くしみじみと気を引くようなことを精一杯申し上げなさるが、ただもう恨めしくいやだとお思いである。
「まったくこのように何とも言いようもない者にお思いになられてしまった身のほどは、例えようなく恥ずかしいので、あってはならない思いが染みついたのも迂闊にも悔しく思われますが、『とり返すもの(取り返せる間柄)』でもないことで、何の立派なご評判がございましょうか。もう仕方のないこととお諦めください。
 思い通りにならない時、淵に身を投げる例もあるそうですが、ただこのような思いを『深い淵』だとお思いになって、飛び込んだ身だとお思い下さい」と申し上げなさる。

単衣のお召し物をお髪ごと被って、できることといっては声を上げてお泣きになる様子がたしなみ深く、お気の毒なので、
「まったく困ったことだ。どうしてまったくこんなふうにまでお思いになるのだろう。強情を張っている人でも、これほどになってしまえば、おのずと気持のゆるむ様子もあるのだが、石や木よりもほんとうに心を動かさないのは、前世の因縁が薄いために恨むようなことがあるが、そのようにお思いなのだろうか」とお思いになると、あまりのことで情けなくなって、三条の君がお悲しみであろうこと、昔も何の疑いもなくお互いに愛情を交わし合った当時のこと、長年にわたりもう安心と信頼し打ち解けていらっしゃった様子を思い出すにつけても、自分のせいでまことにつまらなく思い続けられるので、無理にもお慰め申し上げなさらず、溜息をつきながら夜をお明かしになった。

 

《孤立無絵の塗籠籠城でしたから、早晩結果は見えていますが、それにしても展開があっけなく、またしても「この女房(原文・このひと」(小侍従)が夕霧の懇請を聞き入れて、その夜のうちに塗籠に導いてしまったのでした。

源氏が藤壺との密通を冒した時(若紫の巻第二章第一段)は、「どのように手引したのだろうか」と、女房の手引きの詳細はぼかされていましたが、ここでは柏木と女三の宮との時と同様に、きわめて現実的に描かれて、その結果何とも味気ない段取りになります。

そして念願かなって目指す女性を目の前にした時に、源氏は以後後朝の歌まで何の言葉もなく、夢幻の中に時間が過ぎたのでしたが、ここはそこに到るまで延々と男君の口説きが始まります。『評釈』はそれを「しみじみと涙を浮かべて我が恋をうったえ、…技巧の限りを尽くす」と言っていますが、彼が一所懸命に語っているところは認めるにしても、語れている範囲にはそういうものは見当たらないような気がします。

それどころか、「何の立派なご評判がございましょうか。もう仕方のないこととお諦めください」と、この人の例によって押しつけがましく、世間体を質に取った口説きばかりが目に付かないでしょうか。

彼の優しさと気配りからではありますが、時鳥を「鳴かせてみしょう」という技量があるでもなく、「鳴くまで待とう」と徹するでもなく(さっき「何年でもきっとお待ちしましょう」と言うには言ったのですが)、どうもうじうじと、といった感が免れないように思います。

それに対して宮は、単衣の衣を頭からかぶって、ただ泣くしかありません。

語りながらその様をさすがに傷ましい気持で見ていた夕霧は、まるですっかり醒めた気分になってしまったかのように、あろうことか妻が家で悲しんでいるだろうことを思い出してしまいました。

「自分のせいでまことにつまらなく思い続けられ(原文・わが心もて、いとあぢきなう思ひ続けられ)」てきて、「溜息をつきながら夜をお明かしになった」というのでは、もはや情趣もロマンもなく、ここで男君が安煙草にでも火を点けたりしたなら、もうそれは近代日本の破滅型私小説をネタにした映画の場末のアパートの一室の場面そのものになってしまいそうです。》

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第四段 塗籠の落葉宮を口説く

【現代語訳】

 あちらには、やはり籠もっていらっしゃるのを、女房たちが、
「こうしてばかりいらっしゃってよいものでしょうか。子供っぽくよくない噂も立つでございましょうから、いつものご座所に戻ってお考えのほどを申し上げなさいませ」などといろいろと申し上げたので、もっともなことだとお思いになるけれども、今から以後の世間での噂も、自分のこれまでも気持も、気にくわなく恨めしかった方のせいだとお考えになって、その夜もお会いにならない。

「とんでもなく変わった方だ」と恨みのたけを申し上げなさる。女房もお気の毒だと見申しあげる。
「わずかでも人心地のする時があろうときに、お忘れでなかったら、何なりとお返事申し上げましょう。この御服喪期間中は、せめて他の事で頭を思い乱すことなく過ごしたい、と深くお思いになりおっしゃっていますが、このようにまことに都合悪く、知らない人のないことになってしまったようなことを、やはりひどくお辛いことと申し上げておいでです」と申し上げる。
「お慕いする気持ちは、また普通の人とは違って安心いただけるものですのに。思いも寄らない目に遭うものですね」と嘆いて、

「いつものように部屋にいらっしゃるなら、物越しなどでも、自分の気持ちだけでも申し上げて、お心を傷つけるようなことはしません。何年でもきっとお待ちしましょう」などと、どこまでも申し上げなさるが、
「やはり、このような喪中の心の乱れに加えて、無理をおっしゃるお心がひどく辛いことです。他人が聞いて思うことも、すべていい加減なことで済まされないわが身の辛さは、それはそれとして措いても、格別に情けないお心づもりです」と、重ねて拒んでお恨みになりながら、寄せ付けようともなさらない。

 

《落葉宮は、一条の邸に帰って以来ずっと塗籠で過ごしていたようです。さすがにそれは異常なことでしょうから、女房たちがいろいろと説得するのですが、宮は、もっともなこととは思いながら、自分の禁を破ろうとしないでいました。

今夜も、何とか妻を黙らせた夕霧がやってきますが、会おうとしません。

内親王の身で先に夫を亡くしただけでも肩身の狭い思いをしているところに、母を亡くした悲しみが加わり、その上に夕霧の非常識な振る舞いによって二夫にまみえるという恥ずかしい噂を立てられてしまった宮は、さまざまな思いが「一つになり、我が心ながらときほぐすこともできなく」(『評釈』)なって、ここに籠もっていることだけが、生きる証しであるように思われてきている、といったところなのでしょう。

宮が夕霧との関わりを持ってくれることは女房たちにとって物心ともに大きな期待にもなるということもあるからでしょう、夕霧に同情的になっている彼女たちは、夕霧の言葉を宮に伝えるのですが、宮は、自分の気持ちを理解しようともしないで、一方的に言い寄る夕霧にむしろ却って頑なになってしまっているようです。

この人は今、全くの四面楚歌、孤立無援のなかで、たったひとりで自己を守ろうとしています。父の朱雀院さえも、彼女の唯一の希望である出家を許さず、夕霧のことに関しては口を閉ざしたままなのでした(第五章第三段)。》


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第三段 雲居雁、夕霧と和歌を詠み交す

【現代語訳】

 昨日今日と全然お召し上がりにならなかった食事を、少々はお召し上がりになったりなどしていらっしゃる。
「昔からあなたへの愛情が並大抵でなかったことは、大臣がひどいお扱いをなさったために世間から愚かな男だとの評判を受けましたが、堪えがたいところを我慢して、あちらこちらが進んで申し込まれた縁談をたくさん聞き流して来た態度は、女性でさえそれほどの人はいまいと、世間の人も男らしくないと言ったものです。
 今思うにつけても、どうしてそうであったのかと、自分ながらも昔も浮ついたところがなかったと思われますが、今は、このようにお憎みになってもお見捨てになることのできない子供たちが、とても辺りせましと増えたので、あなたのお気持ち一つで出てお行きになることはできません。また、まあ見ていてくださいよ。寿命とは分からないのがこの世の常ですが」と言って、お泣きになったりすることもある。女君も往時をお思い出しになると、
「胸を打つほどに又となく仲睦まじかった二人の仲は、何と言っても前世の約束が深かったのだな」と、お思い出しなさる。

皺になったお召し物をお脱ぎになって、新調の素晴らしいのを重ねて香をたきしめなさり、立派に身繕いし化粧してお出かけになるのを、灯火の光で見送って、堪えがたく涙が込み上げて来るので、脱ぎ置きなさった単衣の袖を引き寄せなさって、
「 馴るる身をうらむるよりは松島のあまの衣に裁ちやかへまし

(長年連れ添って古びたこの身を恨むよりも、いっそ尼衣に着替えてしまおうかしら)
 やはり俗世の人のままでは、生きて行くことができないわ」と、独り言としておっしゃるのを、立ち止まって、
「何とも嫌なお心ですね。
  松島のあまの濡れ衣なれぬとてぬぎかへつてふ名を立ためやは

(いくら長年連れ添ったからといって、私を見限って尼になったという噂が立ってよ

いものでしょうか)」
 急いでいて、とても平凡な歌であることよ。

 

《「すねたお嬢様」と言いましたが、昨日から食事も喉を通らなかったということですから、彼女としては大まじめです。もっとも、それがまたかわいいという気がしますし、夫の言葉に機嫌を直して、その夫の前で「少々はお召し上がりになったりなど」したというのも、彼女らしい割り切りと言えるでしょう。

夫もまたそういう妻になお言葉をかけてやらねばと思ったらしく、食べている(?)妻に、当然彼女もよく知っているはずの昔のいきさつを、改めて語ります。それしても話しながら「お泣きになったりする」こともあったというのは、さっきまでのからかっているようなやり取りとあまりにうって変わったありようです。

一方、また妻は、二日間も食事も喉を通らないほどに悲しんで待っていたというのに、その話に「胸を打つほどに又となく仲睦まじかった何と言っても前世の約束が深かったのだな(原文・あはれにもありがたかりし御仲のさすがに契り深かりけるかな)」と思い返したというのですから、人の好さも極まったというものでしょう。天真爛漫、根っからのいい人なのです。

夕霧はそういう彼女の前で、これまた驚いたことに、落葉宮の所に行く身支度して出かけようとします。さすがに彼女も黙って見送ることは出来ませんから、怨みの歌を詠み掛けるのですが、夫が脱ぎ捨てた衣をそっと引き寄せながら、独り言として、というのが、また絵になる姿で、読む者の心を打ちます。

このように相手がいじらしく本当に切ない思いを語っていると思われた時、源氏の場合は、その気持をしっかり受けとめて出かけることをやめたこともあったのでした(紅葉賀の巻第三章第四段2節、若菜下の巻第九章第四段など)が、この人にはそういうデリカシイはないようです。

自分の思い立った方向に向かって、そそくさと進んでいくだけです、形ばかりに「とても平凡な歌」を残して…。どうも、なんとも実務的な人です。》

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第二段 雲居雁、嫉妬に荒れ狂う

【現代語訳】

 日が高くなって殿にお帰りになった。お入りになるや、若君たちが次々とかわいらしい姿で纏わりついてお遊びになる。女君は御帳台の中に臥せっていらっしゃった。
 お入りになったが、目もお合わせにならない。ひどいと思っているのであろう、と御覧になるのはもちろんであるが、遠慮した素振りもお見せにならず、お召し物を引きのけなさると、
「どこだと思っておいでになったのですか。私はとっくに死にました。いつも鬼とおっしゃるので、同じことならすっかりなってしまおうと思って」とおっしゃる。
「お心は鬼以上でいらっしゃるが、姿形は憎らしくもないので、すっかり嫌いになることはできないな」と、何くわぬ顔でおっしゃるのも、腹が立って、
「結構な姿で優雅に振る舞っていらっしゃるお方に、いつまでも連れ添っていられるような私でもありませんので、どこへなりとも消え失せようと思います。もうこのようにお思い出したりなさいますな。意に添わないままに長年を過ごしたことさえ、悔やまれますものを」と言って起き上がりなさった様子は、たいそう愛嬌があって、つやつやと赤くなった顔は、実に美しい。
「このように子供っぽく腹を立てていらっしゃるからでしょうか、見慣れて、この鬼は今では恐ろしくもなくなってしまいましたよ。鬼ならもっと厳かな気配を加わえたいものだ」と、冗談事におっしゃるが、
「何を言うの。あっさりと死んでおしまいなさい。私も死にたい。見ていると憎らしい。聞くのも気にくわない。後に残して死ぬのは気になるし」とおっしゃるが、とても愛らしさが増すばかりなので、心からにっこりして、
「近くで御覧にならなくても、よそながらどうして噂をお聞きにならないわけには行きますまい。そうして夫婦の縁の深いことを分からせようとのおつもりのようですね。急に続くような冥土への旅立ちは、そのようにお約束申したからね」と、まこと素っ気なく言って、何やかやと宥めすかし申し慰めなさると、とても子供っぽく素直でかわいらしいお心をお持ちの方なので、心にもない言葉とはお思いになりながら、自然と和らいでいらっしゃるのを、とても愛しい人だとお思いになる一方で、心はうわの空で、
「あの方も、とても我を張って強く頑固な人柄にはお見えではないが、もしやはり不本意なことと思って尼などになっておしまいになったら、馬鹿らしくもあるな」と思うと、暫くの間は絶え間なく通おうと、落ち着いていられない気がして、日が暮れて行くにつれて、「今日もお返事さえなかったな」とお思いになって、気にかかりながらひどく物思いに耽っていらっしゃる。

 

《夕霧がこれまで見せたことのない顔を見せます。

雲居の雁が怒っていることを承知しながら、「遠慮した素振りもお見せにならず、お召し物を引きのけなさる」というのは、何とも大胆で、その後の妻が投げかける非難の言葉をものともせずに、優しくからかって軽く躱しながら、「何やかやと宥めすかし申し慰めなさる」、その対応は、落葉宮を口説こうとして語った身勝手で押しつけがましい物言いとは、まったく違って、見事と言っていいでしょう。

以前、御息所からの手紙を妻が隠した時にも大人の対応を見せました(第三章第二段)が、あの時はやむなくとった態度という面がありましたが、ここはそうではなく、初めからそういう態度で臨もうという、自信に溢れた振る舞いに見えます。こういう、完全に上から目線で対応できる相手には、彼の実務能力が発揮される、ということでしょうか。

それが可能なのは、一つには雲居の雁が変に拗ねたりいじけたりしないで、正面切って怒りを表すからで、その一つ一つの言葉はすがすがしく、自然と夫のからかいを引き出す滑稽ささえ感じられます。

そういう妻を見ながら、夕霧は「たいそう愛嬌があって、つやつやとして赤くなった顔は、実に美しい」と思い、また「とても愛らしさが増すばかり」なのです。

作者も「とても若々しく素直で、かわいらしいお心をお持ちでいらっしゃる」と好意的で、雲居の雁の方も、夫の言葉を信じるわけではないものの「自然と和らいでいらっしゃる」と、言うだけ言ってさっぱりしたという感じで、あっさり一件落着です。

御息所からの手紙を隠した時も、翌朝にはそのことを忘れてしまっていた(第三章第四段)ということがありましたが、この人はそういう人のようで、言わば六条御息所の対極にいる人と言っていいでしょう。この段の見出しは「嫉妬に荒れ狂う」とありますが、あまり適切ではなさそうです。

妻のある男の浮気がほとんど公認のものであったらしい当時の家庭にあっては、こういう夫婦のあり方(主として妻のあり方)は、あるいは一つの理想的な姿だと作者は示したいのかも知れません、おそらく作者のタイプからは、自身、到底そうあり得なかったでしょうが。

ただそれも冷静に見れば、雲居の雁の場合は、「大勢の子供もあり、寝殿に根をはやしているようであるし、致仕の大臣の邸が堂々と構えている」(『評釈』)のであって、最悪の場合かりに夕霧に捨てられることになっても、少なくとも将来の生活には何の不安もないという恵まれた境遇なのであって、結局は「すねたお嬢様、『三条の姫君』」(同)であるわけです。

夕霧もそれをよく承知しているのでしょう、とりあえずこの人については「心はうわの空」で、思いはひたすら落葉宮に向かっています。》

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