【現代語訳】
ただこのように馬鹿な格好で出入りするのもみっともないので、今日は居続けてゆっくりなさる。こんなにまで強引なのをあきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと思う一方で、情けなくもおいたわしい。
塗籠も、格別こまごまとした物も多くはなくて、香の御唐櫃や御厨子などだけがあって、それはあちらこちらに片づけて、落ちつく感じに設えていらっしゃるのだった。内側は暗い感じがするが、朝日がさし昇った様子が漏れて来たので、被っていた単衣をひき払って、とてもひどく乱れていたお髪をかき上げたりなどして、わずかに拝見なさる。
まことに気品高く女性的で、優美な感じでいらっしゃる。男君のご様子は、凛々しくしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃる時は限りなく美しい感じである。
「亡き夫君は特別すぐれた容貌というわけでなかったのにすっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、ましてこのようにひどく衰えた様子を少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしい。
あれやこれやと思案して、自分のお気持ちを納得させなさる。ただ外聞が悪く、こちらでもあちらでも人が罪深いこととお聞きになってお感じになるだろうことは避けられないうえ、喪中でさえあるのがとても情けないので、慰めようがないのであった。
御手水やお粥などをいつものご座所の方で差し上げる。色の変わった御調度類も縁起でもないようなので、東面には屏風を立てて、母屋との境に香染の御几帳など、大げさに見えない物、沈の二階棚などのような物を立てて、気を配って飾ってある。大和守のしたことであったのだ。
女房たちも、派手でない色の、山吹襲、掻練襲、濃い紫の衣、青鈍色などを着替えさせ、薄紫色の裳、青朽葉などを、何かと目立たないようにして、お食膳を差し上げる。女主人の生活で、諸事しまりなくいろいろ習慣になっていた宮邸の中で、有様に気を配ってわずかの下人たちにも声をかけてきちんとさせ、この大和守一人だけで取り仕切っている。
このように思いがけない高貴な来客がいらっしゃったと聞いて、以前は怠けがちだった家司なども、急に参上して、政所などという所に控えて仕事をするのだった。
《結局何ごとも起こさないままに夜明けが近づいて、普通ならその前に帰るところなのですが、今日は夕霧も腹をくくったようで、そのまま塗籠で夜明けを待つことにしました。
そういう強引さがまた宮にはいやで、その気持が表に現れるのですが、それがまた夕霧には、女性にしては意地っ張りだと思いながらも、そういうお立場であることも分かっておいたわしく思うのでした。
そして明かりが差してきて見えるようになったということなのでしょう、塗籠の中の描写です。と言っても、格別何があるわけではなく、ただ「落ちつく感じ(原文・気近う)」であることが語られるだけで、それはつまり、この宮がそのようにきちんとした方だということを語ることになります。
淡い朝の明かりの中で夕霧は優しく宮に近づいたようです。「ひどく乱れていたお髪をかき上げたりなどして」(そういうことが可能だったのは、この段階ではすでに宮ももういかんともしがたいと諦めていたということなのでしょう)、宮を「まことに気品高く女性的で、優美な感じ」と思う一方で、当の宮の方は、柏木に冷たくされたことがトラウマになっているらしく、「ご器量がお美しくないと(柏木が)何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しに」なって、自分に自信を持てないで、今目の前の「限りなく美しい感じ」の夕霧のような方にまともに相手されるとは思えない気持である上に、「喪中でさえあるのがとても情けないのであった」、とあることによって、どうやら二人は結ばれたことになるようです。
「御手水やお粥」は、「宮の朝の洗面その他のお支度、朝食のお粥」(『集成』)と言いますから、めでたく二人揃っての朝の光景です。調度類が喪中の物だったので、それでは縁起が悪いからと、大和守が気を利かせて屏風を立てて隠しました。女房たちの装いも一新されています。ずいぶん手回しの好いことで、夕霧が塗籠に入ったと知って、昨夜の間に準備されたことなのでしょうか。そして「怠けがちだった家司なども、急に参上して」来て、せわしく働いています。》