源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第五章 落葉宮の物語(二)

第七段 落葉宮、塗籠に籠る

【現代語訳】

 このように強情であるが、今となっては留め立てされなさるお気持はないので、そのままこの人を引っぱって案内させて、見当を付けてお入りになる。
 宮は、たいへん情けなく、

「思いやりのない軽々しいお心の方だったのだ」と、悔しく辛いので、

「大人げないように言い騒ごうとも」とお思いになって、塗籠にご座所を一つお敷かせになって、内側から施錠してお寝みになってしまった。これもいつまでもできることではないだろう、これほどに浮き足立っている女房たちの気持ちを、何と悲しく残念にお思いになる。
 男君は心外なひどい仕打ちとお思い申し上げなさるが、こうなってはどうして逃れることができようかと、気長にお考えになって、いろいろと思案しながら夜をお明かしになる。『山鳥』のような気持がなさるのであった。

やっとのことで明け方になった。こうしてばかりいては、結局はにらみ合いになりそうなので、お出になろうとして、
「ほんの少しの隙間だけでも」としきりに申し上げなさるが、まったくお返事がない。
「 怨みわび胸あきがたき冬の夜にまだ鎖しまさる関の岩門

(怨んでも怨みきれず、胸の思いを晴らすことのできない冬の夜に、そのうえ鎖まで

 された関所のような岩の門です)
 何とも申し上げようのない冷たいお心です」と、泣く泣くお出になる。

 

《押し問答しても埒が明かないと思った夕霧は、遂に実力行使で、少将を連れて宮の居場所の辺りに押しかけます。自分の部屋まで設えての迎えだったのですが、そこは他人の家、宮の具体的な居場所はやはり少将がいないと分からなかったようです。

 しかし宮は、以前、何もなしに世話をされていた頃はいい人だと思っていたのに、今はすっかり「思いやりのない軽々しいお心の方だったのだ」という気持になってしまって、まったく会う気になれません。とうとう「塗籠」に籠もって施錠をしてしまいました。「お寝みになってしまった」のでしたが、彼女も、いつまでもこんなことができるわけでもないことは分かっていて、すっかり夕霧に靡いてしまっているらしい女房たちを恨めしく思うばかりです。

 「塗籠」と言えば、源氏と藤壺の塗籠事件が思い出されます(賢木の巻第三章)。あの時は源氏が塗籠に隠れていて、後でのこのこ出て来るという、いささか滑稽な場面(本人は必死で大まじめ)でしたが、ここはなんともやるせない場面です。それにしては「お寝みになってしまった(原文・大殿籠りにけり)」というのが、どうもおおらかな感じがするのですが、そういう語感ではないのでしょうか。

 夕霧はまたしても思いを遂げられないことになりますが、しかしここまで来れば後は時間の問題と考えました。何と言っても、初恋の成就を六年じっと待った人なのです。と言っても、こういう時間に帰るわけにもいかず、そのまま座り込んでこれからの思案を巡らします。冬の夜明けで、寒さはこの上なかったでしょうが。

途中、「思いやりのない軽々しいお心」の原文には敬語がなく、『集成』は少将のことを言うとします。後に宮の女房を恨む思いが書かれますので、そうとも考えられますが、『評釈』が夕霧だとして、敬語のないのは宮の方が位が上だからだと言います。やはりここは夕霧として、後で一人になって女房を恨む(こちらは原文が「心ども」と複数で、女房たちです)というのがいいように思います。

また、「これもいつまでも…」の一文は整わない感じですが、原文がそうなっています。》


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第六段 夕霧、主人顔して待ち構える

【現代語訳】

 ご到着なさると、邸内は悲しそうな様子もなく人の気配が多くて、まるで様子が違っている。お車を寄せてお降りになるのに、とても以前に住んでいた所とは思われず、よそよそしく嫌な感じがなさるので、すぐにはお降りにならない。とてもおかしな子供っぽいお振る舞いだことと、女房たちも拝見し困っている。殿は、東の対の南面を自分のお部屋として仮に設けて、主人気取りでいらっしゃる。

三条殿では、女房たちが、
「突然驚いたことにおなりになったこと。いつからこうなったのか」とあきれるのだった。

色めいた風流事をお好きでなくお思いになる方は、このように突然な事がおありになるものなのだった。けれども、何年も前からあった事を、噂にもならず素振りも知られずにお過ごしになって来られたのだ、とひとえに解釈して、このように女の方のお気持ちは不承知であると気づく人もいない。いずれにしても宮の御ためにはお気の毒なことである。
 お調度類なども普段と変わって、新婚としては縁起が悪いが、お食事を差し上げたりした後、皆が寝静まったころにお渡りになって、少将の君をひどくお責めになる。
「ご愛情が本当に末長くとお思いでしたら、今日明日を過ぎてから申し上げて下さいませ。かえって改めて悲しみに沈み込んで、亡くなった方のようにお臥せりになってしまわれました。おとりなし申し上げても、ただ辛いとお思いでいらっしゃるので、何事もわが身あってでございますもの、まことに困ることで、申し上げにくくて」と言う。
「たいへんおかしなことだ。ご推察申し上げていたのとは違って、子供っぽく理解しがたいお考えの方ですね」とおっしゃって、考えていることは、宮の御ためにも自分のためにも、世間の非難のあるはずのないことのように言い続けなさるので、
「いえもう、ただ今は、またもお亡くし申し上げてしまうのではないかと、気が気ではなく取り乱しておりますので、何も分別がつきません。お願いでございます、あれこれ強引になさって、一途にお考えを押し通そうなどとはなさいませぬように」と手を擦って頼む。
「経験したことのないことだ。憎らしく嫌な者だと人より格段に軽蔑されているらしい身の上が情けない。是非とも誰かにでも裁いてもらいたい」と、言いようもないとお思いになっておっしゃるので、やはりお気の毒でもあり、
「経験がないとおっしゃるのは、なるほど経験の少ないお人柄だからでしょう。道理は本当に、どちらを正しいと申す人もないでしょう」と、少しほほ笑んだ。

 

《宮は仕方なく一条邸に帰ってきました。ところがそこは夕霧によってすっかり様子が変えられていました。以前は「とても静かでしめやかな感じ」で「ちょっと手入れも行き届いていない感じがするが、上品に気高くお暮らしになって」(横笛の巻第二章第一段)いた邸だったのですが、今は「磨いたように整備し直して」(第四段)しまわれています。荒れていた所を手入れしたついでに、よかれと思って手を加えたということでしょうが、宮から見ると、違うところにやってきたような気分で落ちつきません。

『評釈』が「こんな邸は全体が、まるで大将自身が手を広げている姿のようで、宮は我知らず身がすくみ、車の中にしがみついていたい思い」と言いますが、うまい言い方で、牛車を降りる足も思わず止まってしまいました。家に入ってみると、もう夕霧は自室まで作ってしまっているのでした。

ここでいきなり三条邸の女房たちの話が入り込むので読む方は戸惑いますが、今日になるまでにもうこの噂は世間周知のことなのでしょう。まさかあの夕霧が、と思うのですが、こういう女嫌いと思われている人は、時に男女の間の作法を知らないままにこうした飛んでもない思いきったことをするものだが、それにしても長年うまく隠してこられたものだと、感心しています。その人々は当然宮の同意の上のことと思っています。

さて、一条邸では遅い夕食です。「お調度類なども普段と変わって」は喪中のためで、夕霧にしてみれば新しい生活の門出にはふさわしくないのですが、已むを得ません。

その夕食が終わっても、宮は部屋に籠もったままで姿を見せなかったのでしょう、夕霧が早速やって来て、少将の君を責めますが、これまで比較的従順だったこの人が、ここに来て彼女のキャラクターを現してきます。

まず、「ご愛情が本当に末長くとお思いでしたら、今日明日を過ぎてから申し上げて下さいませ」と皮肉混じりにまことに慇懃です。そして一転して「何事もわが身あって」のことで、宮のご機嫌をそこねることはできないのだと、あけすけな物言いです。

夕霧の方はもう一押しをと、押し問答ですが、少将は「なるほど恋愛経験の少ない」やり方だとずいぶん高飛車で、しかもそれを「少しほほ笑ん」で言うあたり、どこやら女三の宮の小侍従を思い出させます(若菜下の巻第七章第二段)。》

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第五段 落葉宮、自邸へ向かう

【現代語訳】

 皆して寄って説得申し上げるのでどうにもしかたなく、色鮮やかなお召し物を女房たちがお召し替え申し上げるのも夢心地で、やはりとても一途に削き落としたいという気のなさる御髪を掻き出して御覧になると、六尺ほどあって、少し細くなったが女房たちは変だとは見申しあげず、ご自身のお気持ちでは、
「ひどく衰えたこと。とても男の人にお見せできなる有様ではない。いろいろと情けない身の上であるものを」とお思い続けなさって、また臥せっておしまいになる。
「時刻に遅れます。夜も更けてしまいます」と皆が騷ぐ。時雨がとても心急かせるように風に吹き乱れて、何事にもつけ悲しいので、
「 のぼりしに峰の煙にたちまじり思はぬかたになびかずもがな

(母君が上っていかれた峰の煙と一緒になって、思ってもいない方角にはなびかずに

いたいものだ)」
 ご自身では決心していらっしゃるのだが、そのころはお鋏などのような物はみな取り隠して、女房たちが目をお離し申さずいたので、
「このように騒がないでいても、どんな惜しい身の上だと思って、愚かしく子供っぽくもこっそり髪を下ろしたりしようか。人聞きもおそろしいようなことを」とお思いになるので、思いどおりに出家もなさらない。
 女房たちは、皆支度に立ち働いて、それぞれ、櫛や手箱や唐櫃やいろいろな道具類を、しっかり荷造りもしない袋に入れたような物であるが、全部先に運んでしまっていたので、独り後に残るわけにもゆかず、泣く泣くお車にお乗りになるにつけても、隣の空席ばかりに自然と目が行きなさって、こちらにお移りになった時、ご気分が優れなかったにも関わらず、御髪をかき撫でて繕って降ろしてくださったことをお思い出しになると、目も涙にむせんでたまらない。御佩刀といっしょに経箱を持っているが、いつもお側にあるので、
「 恋しさのなぐさめがたきかたみにて涙にくもる玉の筥かな

(恋しさが慰められない形見の品として、涙に曇る玉の箱ですこと)」
 喪中用の黒造りのもまだお調えにならず、あの日頃親しくお使いになっていた螺鈿の箱なのであった。お布施の料としてお作らせになったのだが、形見として残して置かれたのであった。浦島の子の気がなさる。

 

《女房たちは、自分も都に帰りたいし、大和守に釘を刺されたこともあって、よってたかって宮を説得しようとしますし、一方ではどんどん準備を進めていきます。

一度流れ始めた動きは、孤立無援の宮に留めようはなく、おろおろとその動きに従う他はありません。

出家をしたい気持はしっかりあるのですが、刃物は皆隠されてしまって、「女房たちが目をお離し申さず」いるという、そこまでしなくても、と思うほど徹底しています。

身の回りの小道具もどんどん運び出されて、もはやここでの生活は成り立たない具合になってしまって、「泣く泣く」用意された車に乗るしかありませんが、乗ってみれば、いつもこういうときには隣に乗ってこられた御息所が、今日はおられず、空席になっています。ここで髪を梳いていただいたなどと思うと、涙がこぼれるばかりです。

と、ここで手近に「御佩刀といっしょに経箱」がありました。経箱はいいのですが、「御佩刀」(「お守り刀。女性はいつも身近に置く」・『集成』)があったのです。が、この車の中で髪を切って、となるかと思うとそうではありません。同車している女房もいるのでしょうが、そういう人騒がせなことは、もう考えられないのでしょう。

関心は経箱の方に向いて、歌となります。その箱は母上愛用のものでした。箱はそのままにあるけれども、自分はすっかり変わってしまった、と浦島の話を思い出します。》

第四段 夕霧、宮の帰邸を差配

【現代語訳】
 大将も、
「あれこれと言ってみたが、今は無駄なことだ。宮のお心ではお聞き入れなさることは、難しいことのようだ。御息所が承知済みであったと、世間にはしておこう。仕方のないことだ。亡くなった方に少し思慮が浅かったと罪を着せて、いつからそうなったということもなく、ぼかしてしまおう。今更らしく懸想をして涙を流し尽くして口説いたりするのも、いかにも身につかぬことだろう」と決心なさって、一条邸にお帰りになる予定の日を、何日ごろにと決めて、大和守を呼んで、しかるべき諸式をお命じになり、邸内を掃除し整え、何といっても、女世帯では草深く住んでいらっしゃったのを、磨いたように整備し直して、お気づかいぶりなどは、しかるべきやり方も立派に、壁代、御屏風、御几帳、御座所などまでお気を配りなさり、大和守にお命じになって、あちらの家で急いで準備させなさる。
 その日、自分でいらっしゃって、お車や、御前駆などを差し向けなさる。宮は、どうしても帰るまいとお思いになりおっしゃるのを、女房たちが熱心に説得申し上げ、大和守も、
「まったくご承知するわけにはいきません。心細く悲しいご様子を拝見して心を痛め、これまでのお世話は、できるだけのことはさせていただきました。
 今は、任国の仕事もありまして、下向しなければなりません。お邸内のことも任せられる人もございません。まことに不行届なことで、どうしたものかと心配いたしておりますが、このように万事お世話なさいますのを、なるほど、ご結婚ということを考えてみますと、必ずしも今すぐにそうするのが良いというのではないお身の上ですが、そのように、昔もお心のままにならなかった例は、多くございます。
 あなたお一方だけが、世間の非難をお受けになることでしょうか。とても幼稚なお考えです。気強くお考えでも、女一人のご分別で、ご自分の身の振りをきちんとなさり、お気をつけなさることがどうしてできましょうか。やはり、どなたかが大事にお世話なされるのに支えられて、初めて深いお考えによる立派なご方針も、それによって立てられるものなのです。
 あなた方がよくお教え申し上げなさらないのです。一方では、けしからぬことをも、ご自分たちの判断でかってにお取り計らい申し上げなさって」と、言い続けて、左近の君や、小少将の君を責める。

 

《法要が終わって、夕霧はいよいよ腹を決めました。と言っても無理に結婚を迫るようなことはしないで、彼らしく環境整備から始めます。

宮の説得は無理のようだと見て、まずは、すでに自分たちをそういう目で見ているらしい世間の見方を認める恰好にして、それは御息所の望みで自然とそういう間柄になったのだと思わせるようにしよう、と考えます。

そして宮は、御息所の養生のために一緒に小野に来ていたのですが、その御息所が亡くなった今は、都の一条邸に帰すのが先決です。このままここに住みたいと思っている宮をよそに、彼は自分で帰宅の日取りを決めて大和守に一条邸の手入れを命じます。

さてその移転の当日、帰京を渋る宮の説得に正面から当たったのも、大和守でした。

彼はこれまで法要を取りしきり、一条邸の修理に見事な腕を振るってきたのでしたが、そういわれるだけで、何をしたのか具体的に語られることはありませんでした。

しかしここに至って、その弁舌ぶりが鮮やかに描かれて、夕霧の信頼もなるほどと思わされます。

この「御甥の大和守であった者」(第三章第七段1節)は、宮の従兄(弟)に当たるわけですが、まず宮の躊躇に対して頭から「まったくご承知するわけにはいきません(原文・いとあるまじきことなり)」と全面否定します。次いで、自分がこれまで精一杯の奉仕をしたことを匂わせます。そうしておいて任国に下らなければならないが、後を頼む適当な人がいないと、追いつめます。そしてさらに、宮の考えがどれほど「幼稚」で、女一人がどれほど無力かということを、明解に説いて、最後に「あなた方がよくお教え申し上げなさらない」のがいけないのだと、周囲の女房たちを叱って見せる、という行き届きようです。

女房たちはもちろん帰京を希望しているので「熱心に説得申し上げ」ていたのですが、こう言われれば、その説得に一段と力が入るでしょうし、宮からすれば、もう自分の気持ちを支えてくれる者はないのだという気持になります。

この時、この大和守が、こういうふうに働くことが夕霧の覚えを得て後に自分の利益にかなうと考えていたというふうには読まない方が、この人の人間像を魅力的個性的にするような気がします。》

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第三段 父朱雀院、出家希望を諌める

【現代語訳】

 こうしてご法事については、万端を取り仕切っておさせなさる。その評判は自然に知れることなので、大殿などにおかれてもお聞きになって、

「そんなことがあってよいことか」などと、女の方の思慮が浅いようにお考えになるのは、困ったことである。あの以前のご縁があるので、ご子息たちもご法要に参列なさる。読経などは大殿からも盛大におさせになる。誰も彼もいろいろ負けず劣らずなさったので、時めく人のこのような法事に負けないほどなのであった。
 宮はこのまま小野で一生を送りたいとご決心なさったことがあったが、朱雀院に人がそっとお告げ申し上げたので、
「それはとんでもないことです。なるほど何人もあれこれと身をお任せになるべきではないが、後見のない人は、なまじ尼姿になってけしからぬ噂がたち、罪を得るような時には、現世も来世もどちらも幸せを得られずに、非難を受けるものです。
 自分がこのように世を捨てているのに、三の宮が同じように出家なさったのを、子孫がないように人が思ったり言ったりするのも、世を捨てた身には思い悩むべきことではないが、そんなにも同じように競って出家なさるのも、感心しないことでしょう。
 世の辛さに負けて世を厭うのは、かえって体裁の悪いことです。自分でしっかり考えて、もう少し冷静になって、心を澄ましてから、どうなりとも」と度々申し上げなさった。この浮いたお噂をお耳にあそばしたのであろう。

「噂のようなことが思うとおりに行かないので世をお厭いになった」と言われなさることを御心配なさったのであった。

そうかといって、また、

「公然と再婚なさるのも軽薄で、感心しないこと」とお思いになりながら、恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒なので、

「どうして、自分までが噂を聞いて口出ししたりしようか」とお思いになって、このことは一言も口をお出し申し上げなさらないのだった。


《「大殿」は柏木の父の大臣、自分の嫡男夫人の母君の法要を、友人に過ぎない夕霧に差配されては面白くありません。夕霧があまり深く関わるのは、源氏も案じていたことでした(第一段)。しかし大殿は夕霧を咎めるよりも女二の宮の方の浅慮と考えたようです。

 結局、夕霧は源氏の御曹司、身分制度社会では地位の高いことがその人の行いを正当化することになるようで、こうした見方が普通だったのでしょうが、宮から見れば、「困ったこと(原文・わりなきや)」です。

 縁戚でもない者の催す御息所の法要に大殿家から出席するのは落ち着かないことでしょうが、しかしそれが源氏嫡男の大納言(若菜下の巻第二章第一段)だとあっては、大殿自身はともかく、柏木の弟たちは参列しないわけにはいかず、そうとなれば相応の関わり方をしなければなりませんから、双方合わさって「時めく人のこのような法事に負けないほど」に盛大なものになりました。

 宮は、相変わらず二夫にまみえることなど考えられないと、この小野の里で一生を終えるつもりですが、それはつまり出家することを意味するようです。

 それを知った朱雀院は、「とんでもないこと(原文・いとあるまじきこと)」と一旦は厳しく諫めます。しかし、「尼姿になってからけしからぬ噂がたち…」は、三の宮の時にも口にされた一般的な懸念であり、「子孫が…」は今上帝があるのですから、必ずしも説得力があるようにも思われません。

院の本当の懸念は、「世の辛さに負けて…」以下で、それは遠回しな言い方ですが、実は「噂のようなことが…」というところにあるようです。優しい気配りの院らしい、思いやりと言ってもいい配慮だという気がします。院はその噂が本当なら、御息所同様に(第二章第五段)、「何人もあれこれと関わりをお持ちになることはよいことではないが」、と言葉を濁した恰好で、この場合は次善の策として再婚も仕方がないかも知れない、とお考えのようです。

 それならそうとはっきり父親から言われれば、あるいは宮もそれなりの踏ん切りが付いたかも知れませんが、こちらから言い出したのでは「恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒」だという、これも優しい配慮で、結局「このことは一言も口をお出し申し上げなさらない」のでした。ちなみに、母・御息所は再婚やむなしと腹を決めてからは、夕霧に再訪を求める手紙さえ書いたのでしたが(第三章第二段)…。娘のことは、やはり母親、ということになるのでしょうか。

 夕霧の方でも、源氏が「分別くさく口を出してもしようがない」と何も言わないままで(前段)、結局双方の父親が当人たちに何も助言をしないので、若い二人はそれぞれの父の思いやりや遠慮に包まれた中で、まったく自分の力だけで道を探るしかないことになりました。》

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