源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 一条御息所の物語

第八段 御息所の葬儀

【現代語訳】

 まさか今夜ではあるまいと思っていた葬儀の準備が実に短時間にてきぱきと整えられたのを、いかにもあっけないとお思いになって、近くの御荘園の人々をお呼びになりお命じになって、しかるべき事どもを用意するように指図して、お帰りになった。事が急なので、簡略になりがちであったのが、盛大になり人数も多くなった。大和守も、
「有り難い殿のお心づかいだ」などと、喜んでお礼申し上げる。

「跡形もなくあっけないこと」と、宮は身をよじってお悲しみになるが、どうすることもできない。親と申し上げても、まことにこのように仲睦まじくするものではないのだった。拝見する女房たちも、このご悲嘆をまた不吉だと嘆き申し上げる。大和守は後始末をして、
「このように心細い状態ではお暮らしになれまい。とてもお心の紛れることがないだろう」などと申し上げるが、やはり、せめて峰の煙だけでも側近くで思い出し申そうと、この山里で一生を終わろうとお考えになっている。
 御忌中に籠もっていた僧は、東面や、そちらの渡殿、下屋などに、仮の仕切りを立てて、ひっそりと控えている。西の廂の間の飾りを取って、宮はお住まいになっている。日の明け暮れもお分かりにならないが、いく月かが過ぎて、九月になった。

 山下ろしがたいそう烈しく、木の葉の影もなくなって、何もかもがとても悲しく寂しいころなので、だいたいがもの悲しい秋の空に催されて、涙の乾く間もなくお嘆きになり、「命までが思いどおりにならないことだ」と、厭わしくひどくお悲しみになる。伺候する女房たちも、何かにつけ悲しみに暮れていた。

《人を葬るということはいつでも、多くの場合その直前にわき起こる大騒動に比べて、実にあっけなく感じられるものです。大変なことのはずなのですが、多くの場合粛々と淀みなく進んで、そして終わります。

 ましてこの御息所の場合は、彼女自身の希望で亡くなったその日のうちに葬儀ということでした(前段1節)からいっそうその感があったことでしょう。

 今夜の葬儀と聞いて、夕霧は「近くの御荘園の人々をお呼びになり」葬儀の手助けをするように言いつけて帰りました。大和守だけでは、御息所の葬儀として簡略になりすぎると考えたのでしょう。遺族たちとしては思ってもいなかった「盛大」なものになって、面目も立ち大喜びです。

 その陰で宮だけはひとり悲しみに沈んでいます。女房たちは、このまま宮も後を追うことになるではなかろうかと「不吉だと」案じるほどで、こんな山里では「とてもお心の紛れることはありますまい」と、都に帰ることを勧めるのですが、宮は動こうともしません。

 そのままいつか時が過ぎて、九月、秋もすっかり終わろうという頃になりました。

 宮の涙はまだ乾く気配がありません。奥深い山里は秋の寂しさに加えてさらに深い悲しみに包まれている、といったところです。》

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第七段 夕霧の弔問~その2

【現代語訳】2

「ご心痛であったご様子で、この方のために多くはお心も乱れになったのだ」とお思いになると、そうなる運命とはいってもまことに恨めしい人とのご因縁なので、お返事さえなさらない。
「どのように申し上げていらっしゃると、申し上げましょうか。」

「とても軽々しくもないご身分で、このようにわざわざ急いでお越しになったご厚志を、お分かりにならないようなのも、あまりというものでございましょう」と、口々に申し上げるので、
「ただ、よいように考えて。私はどう言ってよいか分かりません」とおっしゃって、臥せっていらっしゃるのも道理なので、
「ただ今は、亡き人と同然のご様子でありまして。おいであそばしました旨は、お耳に入れ申し上げました」と申し上げる。この女房たちも涙にむせんでいる様子なので、
「申し上げようもありませんが、もう少し私自身も気が静まって、またお静まりになったころに参りましょう。どうしてこのように急にと、そのご様子が知りたい」とおっしゃるので、すっかりではないが、あのお悲しみになっていた様子を少しずつお話し申し上げて、
「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう。今日はいっそう取り乱したみなの気持ちの迷いで、間違ってお話しすることもございましょう。そうしていただければ、このようにお悲しみに暮れていらっしゃるご気分も、きりのあるはずのことで、少しお静まりになったころに、お話を申し上げ承りましょう」と言って、正気もない様子なので、おっしゃる言葉も口に出ず、
「本当に闇に迷った気がします。なんとかお慰め申し上げなさって、わずかのお返事でもありましたら」などとお言い残しになって、ぐずぐずしていらっしゃるのも身分柄軽々しく思われ、さすがに人目が多いので、お帰りになった。


《宮は、この人のために母が早く逝くことになったのだという思いでいっぱいで、挨拶どころが、返事もしないのでした。

お付きの女房たちは、何と言っても右大将のわざわざの弔問でもあり、まして今後この人を頼ることができれば、こんなに安心なことはないのですから、何とかお言葉をと言うのですが、宮は、お前たちでよいように言っておくれと臥せったままです。

やむなく女房の一人、多分少将(御息所の「柏木」の歌を夕霧に取り次いだ女房・柏木の巻第五章第五段)が挨拶に出ました。周囲の女房たちも涙に暮れる中です。

宮のその様子を「亡き人と同然のご様子でありまして」と大変うまい言い方で伝えると、夕霧も理解できるので、一応は引き上げ、改めて来ることにしました。

それでもせめてご臨終の様子だけは知りたいと重ねての言葉に、少将も、御息所が「あのお悲しみになっていた様子」を話すのですが、彼女としては、なまじっか事情をすべて知っているだけに、話せば夕霧を咎めることになりますから、「少しずつお話し申し上」げて、しかし「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう」と、宮の気持を代弁しながら、逆に期待していた自分たちの気持ちもにじませた、これもうまい言い方ではしょって、後はどうか日を改めて、と適当なところで切り上げるしかありません。

この少将は、側近らしくなかなか才の利いた人に描かれています。

まだ誰もが「正気もない様子」のようでもあり、もともとが周囲のものが、立場として早すぎると引き止める(前段)という異例の弔問だったのですから、これ以上の長居もなるまいと、夕霧は心を残しながら立ち上がります。》

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第七段 夕霧の弔問~その1

【現代語訳】1

 あちこちからのご弔問は、いつの間に知れたのかと思えるほどである。大将殿も限りなくお驚きになって、まっ先にご弔問申し上げなさる。六条院からも、致仕の大臣からも、もう次々にご弔問申し上げなさる。山の帝もお聞きあそばして、たいへんしみじみとお手紙をお書きになる。宮は、このお手紙には、お顔をお上げになる。
「このところ重く患っていらっしゃるとずっと聞いていましたが、いつも病気がちとばかり聞き馴れておりましたので、つい油断しておりました。言ってもしかたのないことはそれとして、お悲しみ嘆いていらっしゃるだろう様子を想像すると、お気の毒でおいたわしい。すべて世の中の定めとお諦めになって慰めなさい」とある。涙でお見えにならないが、お返事は申し上げなさる。
 普段からそうして欲しいとおっしゃっていたことなので、今日直ちに葬儀を執り行い申しあげることになって、御甥の大和守であった者が万事お世話申し上げたのであった。
 せめて亡骸だけでも暫くの間拝んでいたいと思って、宮は惜しみ申し上げなさったが、いくら別れを惜しんでもきりがないので、皆準備にとりかかって、大変な最中に大将がいらっしゃった。
「今日から後は、日柄が悪いのだ」などと、人聞きの手前ではおっしゃって、とても悲しくしみじみと、宮がお悲しみであろうことをご推察申し上げなさって、
「こんなに急いでお出掛けになる必要はありません」と、おそばの者がお引き止め申したが、無理にいらっしゃった。

 道のりも遠くて、山麓にお入りになると、大変寂しい。不吉そうに幕を引き廻らした葬儀の方は目につかないようにして、この西面にお入れ申し上げる。大和守が出て来て、泣きながら挨拶を申し上げる。妻戸の前の簀子に寄り掛かりなさって、女房をお呼び出しになるが、伺候する者みな、悲しみも収まらず、何も考えられない状態である。

 このようにお越しになったので、すこし気持ちも慰んで、小少将の君は参った。

何もおっしゃることができない。涙もろくはいらっしゃらない気丈な方であるが、場所柄、人の様子などをお思いやりになるとひどく悲しくて、無常の世の有様が他人事でないのも、まことに悲しいのであった。少し気を落ち着けてから、
「よくおなりになったように承っていましたので、油断申し上げておりました時に、夢も醒める時があると言いますのに、何とも思いがけないことで」と申し上げなさった。

 

《思いがけないほど早く多くの弔問があったと言いますが、ここの初めに列挙されているのは、現代の駆けつけ悔やみのようなものではなくて、どうやらすべて手紙のようです。

しかし宮はそれを見る気にもなれません。ただ父・朱雀院からの手紙だけは御覧になり、返事も書きました。短い手紙ですが、父親らしく優しく、かつ冷静に情理の整ったもので、宮の胸に落ちるところがあったのでしょう。また、『評釈』が言うように、これまでは縁遠かったとは言え、今やただ一人の肉親、親身になって貰えるのはこの人だけ、という気持もあったでしょうか。

そして、どういう意味があるのか、ともかく御息所自身の生前の希望があったようで、即日の早い葬儀の準備が、「御甥の大和守であった者」によってなされます。少し遠い縁者で、御息所の薄い人間関係が察せられ、立場の頼りなさが思われます。当然、それは宮の今後への不安でもあります。

その彼がいそがしく準備を仕切っているところに、夕霧がやって来ました。おそばの者は、こんなに急いで行く必要はないと諫めるのを敢えてのことでした。

「山麓にお入りになると」は、原文は「入りたまふほど」とあるだけで、どこにとありません。『集成』はここと同じく「山懐ろに入る」とし、『評釈』と『谷崎』は、宮の屋敷に入ると考えています。家では、今ごった返しているところでしょうし、一方、山里について見わたし、改めてこんな寂しいところで死んだかという感慨を思うのも悪くない気がします。

大和の守が出てきて挨拶し、小少将も呼ばれますが、誰も涙々です。彼の訪れのないことが御息所の気持を追いつめたことは小少将も知っているでしょうから、恨めしい気持はありますが、ともあれ来てくれたのですから「すこし気持ちも慰んで」応対しました。》

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第六段 御息所死去す

【現代語訳】

 とてもつらくて、何も言えず、お言葉に反対し弁明する言葉もなくて、ただ泣いていらっしゃる様子は、おっとりとしていじらしい。じっと見つめながら、
「ああ、どこが人に劣っていらっしゃろうか。どのようなご運命で、心も安まらず物思いなさらなければならない因縁が深かったのでしょう」などとおっしゃるうちに、ひどくお苦しみになる。物の怪などが、このような弱り目につけ込んで勢いづくものだから、急に息も途絶えて、見る見るうちに冷たくなっていかれる。律師もお慌てになって、願などを立てて大声でお祈りなさる。
 深い誓いを立てて命果てるまでと決心した山籠りに、こんなにまで並々の思いでなく出てきて、壇を壊して退出することが面目なくて、仏もつらくお思いになるはずだということを、一心不乱にお祈り申し上げなさる。宮が泣き取り乱していらっしゃるのは、まことに無理もないことである。
 このように騒いでいる最中に、大将殿からお手紙を受け取ったとかすかにお聞きになって、今夜もいらっしゃらないらしい、とお聞きになる。
「情けないことに、世間の話の種にもされるに違いない。どうして自分まであのような歌を残したのだろう」と、あれこれとお思い出しなさると、そのまま息絶えてしまわれた。あっけなく情けないことだと言っても言い足りない。昔から、物の怪には時々お患いになさる。最期と見えた時々もあったので、

「いつものように物の怪が取り入ったのだろう」と考えて、加持をして大声で祈ったが、臨終の様子は明らかであったのだった。
 宮は、後を追いたいと悲しみに沈んで、ぴったりと添い臥していらっしゃる。女房たちが参って、
「もう、何ともしかたありません。まことこのようにお悲しみになっても、定められた運命の道は引き返すことはできるものでありません。お慕い申されようとも、どうしてお思いどおりになりましょう」と、言うまでもない道理を申し上げて、
「ほんとうに縁起でもないことで、亡くなったお方にとっても、罪深いことです。もうあちらにお移り下さい」と、引き動かし申し上げるが、身体もこわばったようで、何もお分かりにならない。修法の壇を壊して、ばらばらと出て行くので、しかるべき僧たちだけ、一部の者が残ったが、もう全てが終わった様子は、まことに悲しく心細い。

 

《ここの初めの部分の訳は、例えば「どうしようもなく独りぎめにしておっしゃるので」(『集成』)とするのが普通のようですが、ここには『評釈』の独自の訳を充てました。原文は、「いとわりなくおしこめてのたまふを」(『集成』)で、「おしこめ」の意味の取り方がそれぞれで異なっています。

この語について『評釈』は、源氏物語の中の用例ではすべて「ある事柄に対して無言、ないしはそれに近い態度でいることである」としていて、原文の区切りも「いとわりなくおしこめて、」で一度切るべきではないかとしているわけです。

ちなみに『辞典』は「おしこめ」の意味を「おさえて(心の)内にとどめる」としていますから、そこからも「独りぎめ」より、『評釈』訳の方が近いように思われます。

さて、御息所の話は確かに「独りぎめ」ではあります。「とても幼くて、しっかりしたお心構えがなかった」(前段)からこんなことになっただと言うのですが、夕霧が迫ったあの場合(第一章第五段)、宮に防ぐ手段があったとは思えません。それを言われれば、宮は黙って泣くしかありません。

そういう姿を見ると、御息所はただもうかわいそうになってつらく、胸が迫ったのでしょうか、急に容態が悪くなります。周囲が大騒ぎをしているところに夕霧からの手紙が届き、どうやら今夜もいらっしゃらないと分かって衝撃があまりに大きかったのでしょう、御息所は「あっけなく情けないことだと言っても言い足りない」ほどにあっけなく亡くなってしまいました。

宮は、ひとり後に残されてなすすべもありません。後を追って死にたいと思うのですが、それもなりません。

そして後の儀式の準備が粛々と型どおりに進んでいきます。

なお、律師が「仏もつらくお思いになるはずだ(原文・仏もつらくおぼえたまふべき)」と祈ったというところ(『評釈』訳)も異訳があって『集成』は「仏をもお恨みに思い申そう」としていますが、『評釈』の「前に『大日如来そらごとしたまはず』(第二章第二段)とあった」という注が適切と思われました。》

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第五段 御息所の嘆き

【現代語訳】

 あちらでは、昨夜も薄情な様子をお見せになったことにこらえきれないで、後のちの評判をもはばからずお恨み申し上げる手紙をお送りになったのだけれども、そのお返事さえ来ずに今日がすっかり暮れてしまうのを、いったいどのようなおつもりなのかと、もってのほかのあきれたことと心も千々に乱れ、すこしは好ろしかったご気分も再びたいそうひどくお苦しみになる。
 かえってご本人のお気持ちは、このことを特に辛いこととお思いになって心を動かすほどのことではないので、ただ思いも寄らない方に気を許した態度で会ったことだけが残念だったが、たいしてお心にかけていなかったのに、このようにひどくお悩みになっているのを、言いようもなく恥ずかしく、弁解申し上げるすべもなくて、いつもよりも恥ずかしがっていらっしゃる様子にお見えになるのを、

「とてもお気の毒で、ご心労ばかりがお加わりになって」と拝するにつけても、胸が締めつけられて悲しいので、
「今さらうるさいことは申し上げまいと思いますが、やはりご運命とは言いながらも案外に思慮が甘くて人の非難をお受けになるにちがいないことは取り返せるものではないものの、今からはやはり慎重になさいませ。
 物の数に入らない私ですが、いろいろとお世話申し上げてきましたけれども、今ではどのようなことでもお分かりになり、世の中のあれやこれやの有様もお分かりになるほどにお世話申してきたこととそうした方は安心だと拝見していましたのに、やはりとても幼くて、しっかりしたお心構えがなかったことと思い乱れておりますので、もう暫く長生きしたく思います。
 普通の人でさえ、多少とも人並みの身分に育った女性で二人の男性に嫁ぐ例は感心しない軽薄なことですのに、ましてこのようなご身分では、そのようないい加減なことで男性がお近づき申してよいことでもないところを、思いがけない心外なご結婚と長く心を痛めてまいりましたが、そのようなご運であったのでしょう、院をお始め申して御賛成なさり、この父大臣にもお許しなさろうとの御内意があったのに、私一人が反対を申し上げてもどうにもなるまいと思いよりましたことなので、のちのちまで面白からぬお身の上をあなたご自身の過ちではないので天命を恨んでお世話してまいりましたけれども、とてもこのような相手にとってもあなたにとってもいろいろと聞きにくいことが起こって来ましょうが、そうなっても世間の噂を知らぬ顔をして、せめて世間並のご夫婦としてお暮らしになれるのでしたら、自然と月日が過ぎて行くうちに心の安まる時が来ようかと思う気持ちにもなりましたが、この上ない薄情なお心の方でございますね」と、ほろほろとお泣きになる。

 

《三条院でのそうした愉快なごたごたをご存じないままに、小野の里で御息所は夕霧の訪れどころか手紙の返事さえないことに、「もってのほかのあきれたことと心も千々に乱れ」ています。このままになってしまっては、娘の面目が丸つぶれなのです。

 もっとも当の宮は、もともとが不愉快な出来事だったと思っていますから、先になって生じる不名誉よりも、さし当たって訪れがないことをほっとした気持でいて、ただ自分が不用意なことをしたことを母に対して顔向けできない気持で恥じ入っているのですが、御息所から見ると、それは悲しんでいるように見えて、堪らない気がして、宮に語りかかけます。

 しかし、話し始めてみると、安易に慰めて済まされる話ではありません。諄々と心得を説くことになります。まずは何よりも、今回のことはあなたの「思慮が甘」かった、もう少し「世の中のあれやこれやの有様もお分かり」だと思っていたのに、これでは私は安心してあの世へ行かれないではないか、…。

 そこまで語って、次の「普通の人でさえ」から終わりまでは、長い一続きの言葉で、返らぬことへの愚痴とせめてもの慰めと、そして将来への諭しの入り混じった、曲がりくねった分かりにくい話ですが、しかし御息所のやりきれない思いが溢れていると言うべきでしょう。

 「いい加減なことで男性がお近づき」になったというのは夕霧への恨み、それを思うと、そもそも柏木との結婚からして彼女から見れば「思いがけない心外な」ものだったと、父院や柏木の父の大臣への恨みも湧いてきます。「(妹の)女三の宮の婿として落第であった柏木を夫とすることが、(母親として)面白くないのは当然である」と『評釈』が言います。

 しかしそうなってしまったのは、あなたのせいではないから、天命を恨みながらこれまできたけれども、今度のことはあなた自身の不始末、起こってしまったことは仕方がないので、人の噂も七十五日、今後は世間の嫌な噂などは努めて聞き流して、内親王という地位を思わず、「せめて世間並のご夫婦」としての幸福を求める覚悟をなさい、…。

 非常に筋の通った、母親らしい繰り言で、かつ起こってしまったことに対する冷徹な現実的対処を語って見事ですが、ここまで語って、また改めて昨日今日の訪れがないことに対して、それにしても、と愚痴が止まりません。》

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