【現代語訳】
苦しいご気分ながら、並々ならずかしこまって丁重にご応対申し上げなさる。いつものご作法と違わず、起き上がりなさって、
「とても見苦しい有様でおりますので、お越し頂くのもお気の毒に存じられて…。ここ二、三日ほどお会いしませんでした期間が、年月がたったような気がするのも、一方ではあさはかな未練というもので…。後の世で、必ずしもお会いできるとも限らないもののようです。再びこの世に生まれて参っても、何のかいもありません。
考えてみればただ一時の間に別れ別れにならねばならない世の中を、懸命に親しんでまいりましたのも悔しい気がします」などとお泣きになる。
宮も、あれもこれも物悲しい気持にばかりなられて、申し上げる言葉もなくてただ拝見なさっている。ひどく内気なご性格で、はきはきと弁明をなさるような方ではないから、ひとえに恥ずかしいとお思いなので、とてもお気の毒になって、どのような事であったのですかなどと、お尋ね申し上げなさらない。
明かりを急いで灯させなどして、お膳などをこちらで差し上げなさる。何も召し上がらないとお聞きになって、あれこれと自分自身で食事を整え直しなさるが、箸もおつけにならない。ただご気分がよろしくお見えなので、少しほっとなさっている。
あちらからまたお手紙がある。事情を知らない女房が受け取って、
「大将殿から少将の君にと言って、お使者があります」と言うのが、また辛いことであるよ。少将の君は、お手紙は受け取った。母御息所が、
「どのようなお手紙ですか」と、やはりお尋ねになる。人知れず弱気な考えも起こって、内心はお待ち申し上げていらしたのに、いらっしゃらないようだとお思いになると、胸が騷いで、
「さあ、そのお手紙には、やはりお返事をなさい。失礼ですよ。一度立った噂を良いほうに言い直してくれる人はいないものです。あなただけ潔白だとお思いになっても、そのまま信用してくれる人は少ないものです。素直にお手紙のやりとりをなさって、やはり今まで同様なのがよいことでしょう。いいかげんな馴れ過ぎた態度というものでしょう」とおっしゃって、取り寄せなさる。辛いけれども差し上げた。
《母が娘に「並々ならずかしこまって丁重にご応対申し上げなさる(原文・なのめならずかしこまりかしづききこえたまふ)」とあるのが、帝の妻と帝の娘ではこれほどの差があるのだと思われて、驚きです。帝の血筋を引く者とそうでない者の差ということでしょう。『評釈』が「身分社会の非人間的な例の一つである」と言います。
そういう娘が幸薄い結婚をして、しかも今その夫を失い落魄しようとしているのを、せめて自分だけは最後まで「品高くお扱い申そうとお思いになっていた」(第三段)のに、今やまたその娘がさらに大きな人の謗りを受けるようなことになってきたのだと思うと、もう御息所は生きる甲斐も何もないような気がします。二人で肩を寄せ合って仲良くしてきたことも、かえってこの世の絆しとなると思うと「悔しい気がします」と、ただ涙です。
御息所の悲しみが、実際にどうであったかということではなくて、噂の種になるほどに夕霧を近づけてしまったことにあって、それは否定しようのないことであり、宮自身もそのことにひどく傷ついているのですから、いうべき言葉もなく、ただひたすら恥じ入って小さくなっているばかりで、出された心づくしの食事も喉を通りません。ただ救いは、大きな心配をかけたけれども、母が「ご気分がよろしくお見えなので」、辛い中にも、かろうじてほっとしています。
そこに、間の悪いことに、問題の夕霧から手紙が届きました。少将に、と言うのですが、ことの成り行きから、宮へのものであることは、御息所にも分かります。
彼女はすぐに、返事を書きなさいと言うのでした。腹をくくったという感じで、さすがに、中では低い立場だったとは言え、御息所という地位を務めた人です。
『評釈』は彼女の考えを、およそ次のように言います、すでに噂になってしまった以上、それは消せない、それなら夕霧の世話になるのがよい、ここで返事をしなければ見限られるかも知れない、宮ともあろう者が、二夫にまみえるだけでも恥ずかしいのに、二度目の夫に一夜で去られたとあっては、「その恥に増さるものはない」、次善を我慢しなくてはならない、その上は、返事を渋って妙に男の気をそそるような品のないことをしないで、事態の推移に従うのが「素直(原文・心うつくしき)」というものなのだ…。
そう言って彼女は、娘がとろうとしない手紙を自分が取って開くのでした。
初めの御息所の言葉の中で「一方ではあさはかな未練というもので…」(原文・かつはいとはかなくなむ)は『集成』の訳で、「永別の時が迫っているのに、という気持」と解説しています。他は「心細くて」と訳していますが、それでは文意が伝わらないと思います。》