源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻三十九 夕霧

第四段 藤典侍、雲居雁を慰める

【現代語訳】

 ますますおもしろからぬご機嫌に、気もそぞろにうろうろなさっているうちに、大殿邸の女君は何日も経るにつけてお悲しみ嘆くことしばしばである。藤典侍はこのようなことを聞くと、
「私を長年ずっと許さないとおっしゃっているそうだが、このように馬鹿にできないことが現れたこと」と思って、手紙などは時々差し上げていたので、お見舞い申し上げた。
「 数ならば身に知られまし世の憂さを人のためにも濡らす袖かな

(私が人数にも入る女でしたら夫婦仲の悲しみを思い知られましょうが、あなたのた

めに涙で袖をぬらしております)」
 何となく出過ぎた手紙だとは御覧になったが、物思いがちな時の所在なさに、

「あの人もとても平気ではいられまい」とお思いになる気にも、幾分おなりになった。
「 人の世の憂きをあはれと見しかども身にかへむとは思はざりしに

(他人の夫婦仲の辛さをかわいそうにと思って見てきたが、わが身のこととまでは思

いませんでした)」
とだけあるのを、お思いになったままの歌だと、しみじみと見る。
 あの、昔、二人のお仲が遠ざけられていた期間は、この内侍だけを密かにお心にかけていらっしゃったのだが、事情が変わってから後はとてもたまさかで、冷たくおなりになるばかりであったが、そうは言っても、子供たちは大勢になったのであった。
 こちらがお生みになったのは、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君といらっしゃる。内侍は、大君、三の君、六の君、二郎君、四郎君といらっしゃった。全部で十二人の中で、出来の悪い子供はなく、とてもかわいらしく、それぞれに大きくおなりになっていた。
 内侍のお生みになった子供は、特に器量がよく才気が見えてみな立派であった。三の君と二郎君は、六条院の東の御殿で特別に引き取ってお世話申していらっしゃる。院も日頃御覧になって、とてもかわいがっていらっしゃる。
 このお方々の御仲の話は、いろいろとあって語り尽くせないとのことである。

 

《ただでさえ身の上を嘆いている落葉宮は、大臣からの手紙があったこともあって、「ますますおもしろからぬご気分」でご機嫌が悪く、夕霧は「気もそぞろにうろうろなさって」いるところに、読者としては思いがけず「藤典侍」(源氏の側近・惟光の娘で夕霧の夫人となっている人)が、藤の裏葉の巻第二章第二段以来、十一年ぶりの登場です。

そういう人が雲居の雁の不愉快な事態を知って、慰めに手紙を送りました。

こんなことをされたら、ますます落ち込んでしまいそうなものですが、かつて女三の宮降嫁のおりにも失意を隠している紫の上に対して「他の御方々からも、…水を向けながら、お慰め申される方もある」ということがありました(若菜上の巻第六章第三段)から、こういうことは、『評釈』がそこで言っていたとおり、「当時の妻妾間の礼儀であった」のでしょう。

この二人の気持ちの働きについて、『評釈』が、藤典侍には「私なんかつまらない身ですから、こんな時はかえって楽ですけれど、奥様の御身分ではそうはまいりませんものねえ、といったあてつけの臭いも、やはりある。…かといって意地悪を意識しているのではむろんない。やはり心からの同情には違いない」と言い、雲居の雁については「自分と同じように悩む者を見つけて、逆に相手に自分の憐れみをかけ、それによって心を幾分慰められている」のだと、その微妙なところを明快に解説にしてくれています。

『評釈』は「礼儀」と言いましたが、一つの約束事のようなもので、そういうしきたりが女性という弱い立場の言わば相互扶助とでも言えるような関係を担保しているといったふうに見えます。

子どもが多いと言われてきた夕霧の子供たちが、ここに来て列挙されますが、なんと十二人、「律儀者の子だくさん」とは言うものの、父親とうって変わった艶福ぶりです。「よくしたもので、身分では問題にならない典侍の生んだこのほうが、器量もよく、才能もある」(『評釈』)と言います。その子たちが正室の方は男の子から、藤典侍の方は女の子から書かれているのは何か意味があるのでしょうか。

最後の「この方々の御仲」とは誰々のことか、いろいろの解釈があるようで、『評釈』は夕霧と雲居の雁、『集成』はその十二人の子供たちの間柄とし、『谷崎』は「宮とのおん間柄のこと、北の方とのおんいさかいのこと」と訳しています。

ともあれ、女三の宮の降嫁によって生まれた柏木と夕霧を巡る物語は「いろいろとあって語り尽くせない」ので、脇役の話はここで一区切りして、話は次から本題の、われらが主人公の物語に返って、そしていよいよ収束の二巻に入ることになります。

なお、ここの文中、「内侍」とあるのは「藤典侍」のことで、「典侍(ないしのすけ)を、単に内侍(ないし)とも称する」(『集成』)のだそうです。ちなみに『辞典』には「内侍」は「内侍司(ないしのつかさ)の女官の総称。尚侍(ないしのかみ)二人、典侍四人、掌侍(ないしのじょう)四人。専ら掌侍だけをさす場合が多い」とあって、なんだかややこしい気がします。》

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第三段 蔵人少将、落葉宮邸へ使者

【現代語訳】

 大殿は、このようなことをお聞きになって、物笑いになることだとお嘆きになる。
「少しの間はそのまま様子を見ているということもなさらないで。自然とお考えになるところも生じてこようものを。女がこのように性急であるのも、かえって軽く思われるものなのだ。仕方ない、このように言い出したからには、どうして間抜け顔をして、すぐにお帰りになることができようか。自然と相手の様子や考えが分かるだろう」と仰せになって、この一条宮邸に、蔵人少将の君をお使いとして差し向けなさる。
「 契りあれや君を心にとどめおきてあはれと思ふうらめしと聞く

(前世からの因縁があってか、あなたのことが心に掛かって、お気の毒にと思い、また恨めしい方だと思いながら噂を聞いております)

 やはり、お忘れにはなれないでしょう」とあるお手紙を、少将が持っていらっしゃって、ただずんずんとお入りになる。
 南面の簀子に円座をさし出したが、女房たちは応対申し上げにくい。宮はそれ以上に困ったことだとお思いになる。
 この君は、兄弟の中でとても器量がよく難のない態度で、ゆったりと見渡して昔を思い出している様子である。
「参上し馴れた気がして、久しぶりの感じもしませんが、そのようにはお認めいただけないのでしょうか」などとだけそれとなくおっしゃる。お返事はとても申し上げにくくて、
「私はとても書くことできない」とおっしゃるので、
「お気持ちも通じず子供っぽいように思われます。代筆のお返事は、差し上げるべきではありません」と皆して申し上げるので、何より先に涙がこぼれて、
「亡くなった母上が生きていらっしゃったら、どんなに仕方のない人だとお思いになりながらも、庇って下さったであろうに」とお思い出しなさると、涙が筆の進むのより先に流れ落ちる気がして、お書きになれない。
「 何ゆゑか世に数ならぬ身ひとつを憂しとも思ひかなしとも聞く

(どういうわけで、世の中で人数にも入らない私のような身を辛いとも思い愛しいと

もお聞きになるのでしょうか)」
とだけ、お心にうかんだままに、終わりまで書かなかったような書きぶりで、ざっと包んでお出しになった。少将は、女房と話して、
「時々お伺いしますのに、このような御簾の前では頼りない気がいたしますが、今からは御縁のある気がして、常に参上しましょう。御簾の中にもお許しいただけそうな、長年の忠勤の結果が現れたような気がいたします」などと、思わせぶりな態度を見せてお帰りになった。

 

《致仕の大臣は、娘がいきなり帰ってきて、「いつものように急いでお帰りにはならない」(第一段)で、居座りそうな気配に心配しているところに、迎えに来た夕霧とやり合っているという話を聞いて、何とかしなければ、と考えました。

彼は娘の振る舞いを「性急である(原文・ひききり)」だと不満ですが、実はこの言葉は前段で夕霧ここに来る前に当の大臣のことを評したのと同じ言葉だと『評釈』が指摘し、「どっちも『ひききり』なのだろう」と読者に思わすつもりで使ったのだと言います。

しかし大臣は、そうは言いながらも、すぐに帰すわけもいくまいと考えます。そして彼が考えついた最初の方策は、何と、一条の宮に手紙を送ることだったのです。

「歌がひどい」と『評釈』が言います。「あはれと思ふうらめしと聞く」と、一応は並列ですが、この場合後の方にウエイトがあるのは当然です。大臣としては、我が嫡男の嫁であった者が、その夫を亡くしたからといって、我が娘の婿を拐かしたように見える話ですから、無理もないとも言えますが、宮から見れば、かねて心配していたことでもあります(第五章第三段)から、いっそう厳しく咎められているように感じられます。

使いに充てられたのは、大臣の息子の蔵人の少将、一条邸に着いた彼は父の手紙をもって、かねて知ったる所とばかりに「ただずんずんとお入りになる」のです。

「兄弟の中でとても器量がよく難のない態度」のこの少将は、「狼狽する女房連を尻目に、小面憎いほどゆうゆうと構えてあたりを見まわし、いかにも昔を、兄の生前を懐かしんでいるふうをしてみせる」(『評釈』)のです。「けろりと何くわぬ顔で、しかも様よくあざやかに、こういう嫌がらせな役を、やってのける若殿を大殿は選んでいるのだ」と『評釈』が言います。

そういえば昔、この致仕の大臣がまだ頭中将だった頃、「常夏の女」との縁を持っていたのを、「わたしの妻の辺りから、思いやりのないひどいことを、ある手づるがあってそれとなく言わせた」ことで、その女が姿を消してしまったことがありました(帚木の巻第二章第三段)。それが実は源氏のとっての夕顔だったのですが、今この大臣は、あの時の彼の妻の役割を、雲居の雁に代わって果たしている趣です。

しかし落葉宮は姿を隠すことが出来ません。まわりの者からも責められて仕方なく返事の歌を詠み、少将の「思わせぶりな態度」に堪えながら、見送るしかありません。》

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第二段 夕霧、雲居雁の実家へ行く

【現代語訳】

 寝殿にいらっしゃるということで、いつもお帰りの時に使う部屋は年配の女房たちだけが控えている。若君たちが乳母と一緒にいらっしゃった。
「今になって若々しいお付き合いをなさることだ。このような子をあちらやこちらに放ってお置きになって、どうして寝殿でお付き合いなど。似合わないご性格とは、長年分かっていたけれども、前世からの宿縁だろうか、昔から忘れられない人とお思い申し上げて、今ではこのように、手のかかる子供たちも大勢かわいくなっているのを、お互いに見捨ててよいものかとお頼み申しているのです。ちょっとしたことで、こんなふうになさってよいものでしょうか」と、ひどく非難しお恨み申し上げなさると、
「何もかももはやお見飽きになった身ですので、今さらまた直るものでないのを、どうしようもないと思いまして。見苦しい子供たちは、お忘れにならなければ、嬉しく思いましょう」と申し上げなさった。
「穏やかなお返事ですね。言い続けていったら、『誰が名が惜しき(あなたが悪くいわれのが落ちでしょう)』」と言って、無理にお帰りになりなさいとも言わずに、その夜は独りでお寝みになった。
「変に中途半端なこのごろだ」と思いながら子供たちを前にお寝かせになって、あちらではまたどんなに思い悩んでいらっしゃるだろう様子をご想像申し上げ、気の安まらない心地なので、

「どのような人が、このようなことを面白く思うのだろう」などと、懲り懲りした感じがなさる。
 夜が明けたので、
「人が見聞きしても大人げないことですから、もうおしまいだとおっしゃるなら、そのようにしてみましょう。あちらにいる子供たちも、かわいらしく恋い申しているようでしたが、選び残されたのには何かわけがあるのだろうと思いながら、放ってはおけませんから、ともかく世話することにしましょう」と脅し申し上げなさると、いかにもまっすぐなお心根なので、この子供たちまで知らない所へお連れになるのだろうかと心配になる。姫君を、
「さあ、いらっしゃい。お会いするためにこのように参上するのも具合が悪いので、いつも参上できません。あちらにも子供たちがかわいいので、せめて同じ所でお世話申そう」と申し上げなさる。

まだとても小さく、かわいらしくいらっしゃる。しみじみといとしいと拝見なさって、
「母君のお言葉にお従いになってはなりませんよ。とても情けなく、物事の分別がつかないのは、とても好くないことです」と、お教え申し上げなさる。

 

《雲居の雁は、父の許に帰ると、「いつもお帰りの時に使う部屋」にお付きの女房や子供たちを残して、ひとり、義姉の女御が里下がりしている寝殿に行ってしまったようです。夫が迎えに来るという情報を得て(あるいはそれを見越して)、抵抗の姿勢を示しているのでしょう。あなたが家庭をほったらかしにするなら、私だって、という態度です。夕霧の言う「若々しいお付き合い(原文・若々しのまじらひ)」も、家事を投げ出して、小娘のような振る舞いだと言っているわけです。

基本的には真面目な夕霧が、何とか妻を連れて帰ろうと「ひどく非難しお恨み申し上げなさる」のですが、妻の方は、あなたの方がもうお見限りなのではないですかと開き直って子供たちをよろしく、とにべもありません。

例によっての丁丁発止のやり取りが、品よく庶民的で、なんとも愉快です。

 例えば葵の上と源氏の間のように深い自我意識の衝突というような深刻さがまったくなくて、どことなく気心の知れた夫婦のじゃれ合いのようなやりとりで、「穏やかなお返事ですね」といった皮肉まで、読む者を吹き出させてくれます。

 子供の傍での独り寝をかこちながらの「変に中途半端なこのごろだ」という呟きは、「落葉の宮は自分にうちとけず、雲居の雁は自分を捨ててしまう、どっちにも行けないこのごろ」(『評釈』)を嘆く言葉ですが、「どのような人が、このようなことを面白く思うのだろう」と呟くに到っては、読者は笑うしかありません。

 この三角関係を『評釈』が、「もつれた人間関係をすべてしょいこんでその中に呼吸させられ、どちらかといえばあまり器用でない人間同志の愛のもつれである」と、同書にしてはずいぶん優しく評しています。

 夜が明けると、夕霧は妻を、そんなに言うなら子供たちを連れて帰ると脅しに掛かります。すると雲居の雁は「いかにもますぐなお心根なので(原文・すがすがしき御心にて)」、それを言葉どおりに真に受けて、早くも心配顔です。

それを見て夕霧は姫たちに、「お母さんの言うことを聞いてはけません」とこれ見よがしに畳みかけます。お嬢様育ちの雲居の雁は子供たちを皆取り上げられるのかと、気が気ではないでしょう。

ところで例によってのつまらぬリアリズムですが、この夕霧夫妻の対話はどのようにして交わされているのでしょうか。夕霧が寝殿に出向いて女御の前で、とも、妻が部屋に帰ってきて、とも思われません。女房が取り次ぐにしては、込み入っているように思われますが、やはりそれしかないでしょうか。とすれば、女房は大変だったことでしょうが。》

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第一段 雲居雁、実家へ帰る

第七章 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語

【現代語訳】

 このように無理して馴染んだ顔をしていらっしゃるころ、三条殿は、
「もうおしまいのようだと思い、まさかそんなことはあるまいと一方では信頼していたが、真面目な人が浮気したら跡形もなくなると聞いていたことは、本当のことであったのだ」と、夫婦の仲を見届けてしまった感じがして、

「何とかしてこの侮辱に会うまい」とお思いになったので、大殿邸へ方違えしようということでお移りになったところ、弘徽殿の女御が里にいらっしゃる時でもあり、お会いになって少し悩みが晴れるところという気がなさって、いつものように急いではお帰りにはならない。
 大将殿もお聞きになって、
「やはりそうであったよ。まことにせっかちでいらっしゃる性格だ。この大殿の方もまた、年輩者らしくゆったりと落ち着いているところが何といってもなくて、実に性急で派手でいらっしゃる方々だから、けしからん、見たくもない、聞きたくもないなどと、不都合なことをお言いだしになるかも知れない」と、おあわてになって三条殿にお帰りになると、子供たちも何人かは残っていらっしゃって、姫君たちとそれからとても幼い子は連れてお行きになっていたのだが、見つけて喜んで纏わりつき、ある者は母上を恋い慕い申して、悲しんで泣いていらっしゃるのを、かわいそうにとお思いになる。
 手紙をたびたび差し上げて、お迎えに人を差し向け申しあげなさるけれども、お返事すらない。このように頑固で軽々しい夫婦仲だと、嫌に思われなさるが、大殿が見たり聞いたりなさる手前もあるので、日が暮れてから、自分自身で参上なさった。

 

《夕霧が一条邸でともかくも思いを果たして、「無理して馴染んだ顔をしていらっしゃるころ」、三条邸では雲居の雁が夫のその事実を感じ取ってしまったようです。

「もうおしまいのようだと思い(原文・限りなめりと)」のところ、繋がりがわかりにくく、諸注に従ってこのように訳しましたが、別に、一条宮へ行くのも「これが最後のようだ」と思って行かせたのに、というように解したい気もしますが、どうでしょうか。

ともかく彼女は二条の父邸に子供の半分ほどを連れて帰ってしまいました。ちょうど腹違いの姉、弘徽殿の女御が里下がりをしていて、この人は、もともと雲居の雁と夕霧の幼い恋が父大臣に知れた時に、この人の相手をさせるためという口実で雲居の雁を引き取った(少女の巻第五章第二段)という縁のある人で、その人がいたことで雲居の雁は当分三条の邸には帰らない態勢です。

そしてその知らせはすぐに夕霧のもとに届きます。彼は一昨夜、夢のお告げのようにこの妻のことを思い出したのでした。彼としては、別にあの妻に特に不足があるわけではない、あれはあれで気心の知れた子だくさんの、家にとっては好い妻なのですが、ただこちらにはそれと違ったもの静かな優雅な雰囲気がある、それぞれに望ましいから両方が手に入れたいだけなのに、あの人は「まことにせっかちでいらっしゃる性格」で困ったものだ、…。

妻への不満は舅への批判にまでなるのですが、それでもさすがに急いで三条邸に帰りました。すると大勢の子供たちが一気にまとわりついてきて、彼は苦手な家庭的喧噪の中に引きずり込まれます。それでも母を恋しがって泣く子を見れば「かわいそうとお思いになる」のですから、そんなに困った夫というわけではあありません。そういう点ではバランスの人でもあります。

彼は早速妻に帰宅を促す手紙を「たびたび差し上げ」、返事がないので、とうとう日暮れに自分で直接迎えに出かけることにしました。

ということは、度々の手紙はその日のうちに書かれたことになるわけで、少々不自然な気はしますが、それほどマメな人だということでしょうか。》

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第六段 夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ

【現代語訳】

 ただこのように馬鹿な格好で出入りするのもみっともないので、今日は居続けてゆっくりなさる。こんなにまで強引なのをあきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと思う一方で、情けなくもおいたわしい。
 塗籠も、格別こまごまとした物も多くはなくて、香の御唐櫃や御厨子などだけがあって、それはあちらこちらに片づけて、落ちつく感じに設えていらっしゃるのだった。内側は暗い感じがするが、朝日がさし昇った様子が漏れて来たので、被っていた単衣をひき払って、とてもひどく乱れていたお髪をかき上げたりなどして、わずかに拝見なさる。
 まことに気品高く女性的で、優美な感じでいらっしゃる。男君のご様子は、凛々しくしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃる時は限りなく美しい感じである。
「亡き夫君は特別すぐれた容貌というわけでなかったのにすっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、ましてこのようにひどく衰えた様子を少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしい。

あれやこれやと思案して、自分のお気持ちを納得させなさる。ただ外聞が悪く、こちらでもあちらでも人が罪深いこととお聞きになってお感じになるだろうことは避けられないうえ、喪中でさえあるのがとても情けないので、慰めようがないのであった。
 御手水やお粥などをいつものご座所の方で差し上げる。色の変わった御調度類も縁起でもないようなので、東面には屏風を立てて、母屋との境に香染の御几帳など、大げさに見えない物、沈の二階棚などのような物を立てて、気を配って飾ってある。大和守のしたことであったのだ。
 女房たちも、派手でない色の、山吹襲、掻練襲、濃い紫の衣、青鈍色などを着替えさせ、薄紫色の裳、青朽葉などを、何かと目立たないようにして、お食膳を差し上げる。女主人の生活で、諸事しまりなくいろいろ習慣になっていた宮邸の中で、有様に気を配ってわずかの下人たちにも声をかけてきちんとさせ、この大和守一人だけで取り仕切っている。
 このように思いがけない高貴な来客がいらっしゃったと聞いて、以前は怠けがちだった家司なども、急に参上して、政所などという所に控えて仕事をするのだった。

 

《結局何ごとも起こさないままに夜明けが近づいて、普通ならその前に帰るところなのですが、今日は夕霧も腹をくくったようで、そのまま塗籠で夜明けを待つことにしました。

そういう強引さがまた宮にはいやで、その気持が表に現れるのですが、それがまた夕霧には、女性にしては意地っ張りだと思いながらも、そういうお立場であることも分かっておいたわしく思うのでした。

そして明かりが差してきて見えるようになったということなのでしょう、塗籠の中の描写です。と言っても、格別何があるわけではなく、ただ「落ちつく感じ(原文・気近う)」であることが語られるだけで、それはつまり、この宮がそのようにきちんとした方だということを語ることになります。

淡い朝の明かりの中で夕霧は優しく宮に近づいたようです。「ひどく乱れていたお髪をかき上げたりなどして」(そういうことが可能だったのは、この段階ではすでに宮ももういかんともしがたいと諦めていたということなのでしょう)、宮を「まことに気品高く女性的で、優美な感じ」と思う一方で、当の宮の方は、柏木に冷たくされたことがトラウマになっているらしく、「ご器量がお美しくないと(柏木が)何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しに」なって、自分に自信を持てないで、今目の前の「限りなく美しい感じ」の夕霧のような方にまともに相手されるとは思えない気持である上に、「喪中でさえあるのがとても情けないのであった」、とあることによって、どうやら二人は結ばれたことになるようです。

「御手水やお粥」は、「宮の朝の洗面その他のお支度、朝食のお粥」(『集成』)と言いますから、めでたく二人揃っての朝の光景です。調度類が喪中の物だったので、それでは縁起が悪いからと、大和守が気を利かせて屏風を立てて隠しました。女房たちの装いも一新されています。ずいぶん手回しの好いことで、夕霧が塗籠に入ったと知って、昨夜の間に準備されたことなのでしょうか。そして「怠けがちだった家司なども、急に参上して」来て、せわしく働いています。》

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