源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 秋好中宮の物語

第三段 秋好中宮の仏道生活

【現代語訳】

 昨夜はこっそりとお気軽なお出ましであったが、今朝は世間に知れておしまいになって、上達部なども、参上していた方々は皆お帰りのお供を申し上げなさる。
 春宮の女御のご様子が他に並ぶ方がなく、大切にお世話申し上げなさっているだけのことが十分あり、大将がまた大変に格別に優れているご様子をも、どちらも安心だとお思いになるが、やはりこの冷泉院をお思い申し上げるお気持ちは、特に深くいとしいお気持ちでいらっしゃる。院もいつも気に掛けていらっしゃったが、ご対面がめったになく気掛かりにお思いだったために気がせかれなさって、このように気楽なご境遇にとお考えになったのであった。
 中宮は、かえって里下がりなさることが大変に難しくなって、臣下の夫婦のようにいつもご一緒におられて当世風で、かえって御在位中よりも華やかに、管弦の御遊などもなさる。どのようなことにもご満足のいくご様子であるが、ただあの母御息所の御事をお考えなさるにつけ勤行のお心が深まって行ったのが、院がお許し申されるはずのないことなので、追善供養をひたすら熱心にお営みになって、ますます道心深く、この世の無常をお悟りになったご様子におなりになって行かれる。

 

《「参上していた方々は皆お帰りのお供を申し上げ」たというのですが、昨夜(夜明けに)は「早々に方々はご退出なさる」(第二章第四段)とあったはずで、するとこの人たちは朝参上して来た人々ということでしょうか。それが揃ってお供したとすると、この人たちは何をしにこの院に来たのでしょうか。あるいはお見送りをしたということなのでしょうか。原文は「御送りつかうまつりたまふ」とあります。

さて、ここの小見出しは中宮だけが挙げてありますが、源氏の子供たち四人の現況が語られます。明石の女御と夕霧は大丈夫、冷泉院は、院自身が源氏と気軽に「ご対面」できるようにと、早々と退位して、悠々のくらし、中宮は出家を望んではいるものの、かないそうにないので、ひたすら母の追善供養に余念がない、といったところで、なにやらすっかり落ちついた感じです。

本当はこの四人の他に玉鬘も養女だったのですが、実の父がいるからでしょうか、ここでは除かれていますが、この人も髭黒と、ともかくも多くの子も設けて、多分穏やかに暮らしているのでしょう。

結局この巻では、前の横笛の巻と同様に何事も起こらず、なにか話がどれも中途半端な感じで、どういう意味で書かれているのかよく分からない気がします。

『構想と鑑賞』は、「鈴虫の巻の主題は、ひろく密通事件の後日物語をするにあるということができる」と言いますが、その後日譚のひとつひとつにどういう意味があるのか、分かりにくく思われます。

『光る』も、「丸谷・なんだかこの『鈴虫』は少し作者がくたびれているというか、楽をしている。」「大野・そう、ちょっと筆を休めているところがありますね」と言います。

そして次の夕霧の巻が、本当の意味での後日譚になります。》

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第二段 母御息所の罪を思う

【現代語訳】

 母御息所がご自身お苦しみになっていらっしゃるだろう様子は、どのような業火の中で迷っていらっしゃるのだろうか、亡くなった後までも、人から疎まれ申されるお名乗りがあったことは、あちらの院では大変に隠していらっしゃったが、自然と人の口はうるさいもので、人伝にお聞きになった後はとても悲しく辛くて何もかもが厭わしくお思いになって、たとい憑坐にのり移った言葉にせよ、そのおっしゃった内容を詳しく聞きたいのだが、まともには申し上げかねなさって、ただ、
「亡くなった母上のあの世でのご様子が罪障の軽くないようにちょっと聞くことがございましたので、そういう証拠がはっきりしているのでなくとも推し量らねばならないことでしたのに、先立たれた時の悲しみばかりを忘れずにおりまして、あの世での苦しみを想像しなかった至らなさに、何とかしてきちんと教えてくれる人の勧めを聞きまして、せめて私だけでもその業火の炎を薄らげて上げたいと、だんだんと年をとるにつれて、考えられるようになったことでございます」などと、それとなしにおっしゃる。
「なるほど、そのようにお考えになるのももっともなことだ」と、お気の毒に拝し上げなさって、
「その業火の炎は誰も逃れることはできないものだと分かっていながら、朝露のようにはかなく生きている間は、執着を去ることはできないものです。

目蓮が仏に近い聖僧の身でたちまちに救ったという故事はあっても、真似はお出来になれないでしょうのに、玉の簪をお捨てになって出家なさったとしても、この世に悔いを残すようなことになるでしょう。だんだんそのようなお気持ちを強くなさって、あの母君のお苦しみが救われるような供養をなさい。

そのように思いますことはありながら、何か落ち着かないようで、静かな出家の本意もかなわないような有様で毎日を過ごしていまして、自分自身の勤行に加えて、供養もそのうちゆっくりと、と思っておりますのも、おっしゃるとおり浅はかなことでした」などと、世の中の事が何もかも無常であり、出家したいことをお互いに話し合いなさるが、やはり、出家することは難しいお二方の身の上である。


《中宮が考えていたのは、母・六条御息所のことでした。母の生き霊、死霊の話は、いろいろな形で彼女の耳に入っていたのでしょう。「亡くなった後までも、人から疎まれ申されるお名乗りがあった」というのは、二年半前の女三の宮の出家の後のこと(柏木の巻第二章第四段)でしょうが、今話しているのは、その母の罪障をせめていくらかでも軽くしてあげるために出家をして功徳を積みたいという願いなのでした。

源氏は、自分が出家した後のことを頼んでいたにもかかわらず、この人が仄めかした出家については反対します。母上の「業火の炎」は、誰にしても免れない執着からのもので、あなたの力では、今急に出家されてもお救いすることは難しかろう、現世にいる間に少しずつ功徳を積んで、その時を待たれるのがよい、と言うのです。

どうも自分の都合のためのようで、あまり説得力があるようには聞こえませんが、それはおそらく、こちらが当時の出家ということへの意識がよく分からないからで、藤壺の時の彼女自身の準備の周到さと周囲の驚きと悲しみ(賢木の巻第五章第二段)を思い出せば、中宮の身での出家というのは、生半なことではなかったということなのでしょう。

そうは言っても、やはり出家については、以前朱雀院の出家の時にも触れた(若菜上の巻第三章第二段)ように、藤壺や明石入道を見ても、また朱雀院も女三の宮を見舞って出家させることができた(人を憚って夜だったということはあるにしても、それは気持の問題だけのようにも見えます)わけで、実生活上、在俗とどれほどの違いがあるのか、よく分からないという面は、どうしても残るのですが…。》

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第一段 秋好中宮、出家を思う

【現代語訳】

 六条の院は、中宮の御方にお越しになって、お話など申し上げなさる。
「今はこのように静かなお住まいにしばしば伺いすべきで、何ということはなくても、年をとるにつれて忘れない昔話などお聞きしたり申し上げたりしたく思いますが、中途半端な身の有様で、やはり気が引け、窮屈な思いが致しまして。
 私より若い方々に何かにつけて先を越されて行く感じがするにつけましても、まことに無常の世の心細さが、のんびりできない気がしますので、世を離れた生活をしようかと、だんだん気持ちが進んできましたので、後に残された方々が頼りなかろうのを、落ちぶれさせなさらないように、と以前にもお願い申し上げました通り、その気持ちを変えずにお世話してやって下さい」などと、方々の生活面のことについてお願い申し上げなさる。
 例によって、大変に若くおっとりしたご様子で、
「宮中の奥深くに住んでおりましたころよりも、お目に掛かれないことが多くなったように存じられます今の有様が、ほんとうに思いもしなかったことで、面白くなく思われまして、皆が出家して行くこの世を厭わしく思われることもございますが、その心の中を申し上げてご意向を伺っておりませんので、何事もまずは頼りにしている癖がついていますため、気に致しております」と申し上げなさる。
「おっしゃる通り、宮中にいらっしゃった時には、決まりに従った折々のお里下がりもほんとうにお待ち申し上げておりましたが、今は何を理由に、御自由にあそばすお出かけもございましょう。

無常な世の習いとは言いながらも、特に世を厭う理由のない人がきっぱりと出家することも難しいことで、容易に出家できそうな身分の人でさえ自然とかかわり合う係累ができて世を背くことが出来ませんのに、どうして、そんな人真似をして負けずに出家なさろうとするのは、かえって変なお心掛けとご推量申し上げる者があっては困ります。けっしてあってはならない御事でございます」と申し上げなさるので、

「深くは汲み取って下さっていないようだ」と、恨めしくお思い申し上げなさる。

 

《若い者たち(と言っても、中に兵部卿宮もいたのでしょうが)が帰っていったあと、源氏は一人残って、この院にいる秋好中宮を訪ねます。この人も久し振りの登場です。

 作者はここを語りたかったようです。

彼女に対してはかつて源氏が例によって妙な心を抱いたこともありました(澪標の巻第五章第四段)が、いつの間にか、「その生まれの高貴さは后の位と相まって源氏と同格またはそれ以上に位置し、そこから彼女は誇り高く源氏に感謝する」(『人物論』所収「秋好中宮―その統一的位相」)という独自の地位を確保しています。恋愛感情さえなければ母・六条御息所もそういう関係を持ち得ただろうと思うと、血筋は争えないものというところでしょうか。

源氏はやや本気で出家を思っているようで、養女のこの人に、その時に「後に残された方々」(六条院や二条東院にいる婦人たち)の世話を依頼します。

中宮の返事は、これには直接答えず、「おっとりした」、つまりここでは遠回しな言い方ですが、宮中にいた頃よりも話す機会が少なくなって、周囲がみな出家していくこの世を自分もそうしたいと思いながら、頼りに思っているあなたに相談できないまま今日に至っている、と逆に出家の内意を語ります。

源氏の返事の初めの部分「今は何を理由に…(原文・今は何ごとにつけてかは、御心にまかせたまふ御うつろひもはべらむ)」は、なかなか面白く、帝の奥方の時代は、定例の里下がりがあったけれども、院の奥方はそういう決まったものがないから、すべて自分の意志で決めることになり、そうすると、何か用事がないと動きにくいから、里下がりもままならないでしょう、と、人の晩年の奇妙な不自由さの一面を言い当てていて、なるほどと思わせます。

ただ、ここは中宮を慰めるところのように思われますので、これでは、不自由でも仕方がないのだということになり、次の出家についても否定の返事になっていて、中宮の話を全否定した格好で、少々冷たいように思われます。

ひょっとして逆に、無理に理由を付けないでおいでになればいいのです、と言っているような気もしますが、そういう意味にはならないのでしょうか。

出家については、あなたのように「特に世を厭う理由のない人」がそういうことを考えるのは、世間が変な勘ぐりをするでしょうと言うのですが、それは源氏自身についても言えることだと思われます。

ただ、中宮には、源氏の思い及ばなかった、別の思いがあったのでした。》

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