源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 光る源氏の物語

第四段 冷泉院の月の宴

【現代語訳】

 お杯が二回りほど廻ったころに、冷泉院からお手紙がある。宮中の御宴が急に中止になったのを残念に思って、左大弁や式部大輔らが、また大勢人々を引き連れて、詩文に堪能な人々ばかりが参上したので、大将などは六条院に伺候していらっしゃるとお耳にあそばしてのことなのであった。
「 雲の上をかけ離れたるすみかにももの忘れせぬ秋の夜の月

(宮中から遠く離れて住んでいる仙洞御所にも忘れもせず秋の月は照っていますよ)
 『同じくは(あなたにお見せしたいものだ)』」と申し上げなさったので、
「どれほどの窮屈な身分ではないのに、今はのんびりとしてお過ごしになっていらっしゃるところに親しく参上することもめったにないことを、不本意なことと思し召されるあまりにお便りを下さっている、恐れ多いことだ」とおっしゃって、急な事のようだが、参上しようとなさる。
「 月かげは同じ雲居に見えながらわが宿からの秋ぞかはれる

(月の光は昔と同じく照っていますが、私の方がすっかり変わってしまいました)」
 特に変わったところはないようであるが、ただ昔と今とのご様子が思い続けられての歌なのであろう。お使者にお酒を賜って、禄はまたとなく素晴らしい。

 人々のお車を身分に従って並べ直し、御前駆の人々が大勢集まって来て、しみじみとした合奏もうやむやになって、お出ましになった。院のお車に親王をお乗せ申し、大将、左衛門督、藤宰相など、いらっしゃった方々全員が参上なさる。
 直衣姿で、皆お手軽な装束なので、下襲だけをお召し加えになって、月がやや高くなって、夜が更けた空が美しいので、若い方々に笛などをさりげなくお吹かせになったりなどして、お忍びでの参上の様子である。
 改まった公式の儀式の折には、仰々しく厳めしい威儀の限りを尽くしてお互いにご対面なさり、また一方で昔の臣下時代に戻った気持ちで、今夜は手軽な恰好で急にこのように参上なさったので、大変にお驚きになり、お喜び申し上げあそばす。
 御成人あそばした御容貌は、ますますそっくりである。お盛りの最中であったお位を御自分から御退位あそばして、静かにお過ごしになられる御様子に心打たれることが少なくない。
 その夜の詩歌は、漢詩も和歌も共に、趣深く素晴らしいものばかりである。例によって、一端を言葉足らずにお伝えするのも気が引けて。

明け方に漢詩などを披露して、早々に方々はご退出なさる。

 

《内輪ながら興趣ある宴が始まって間もなく、冷泉院から月見のお誘いの手紙が来ました。宮中の宴が中止になって、殿上人たちの一部は六条院に来ているのですが、他に左大弁(柏木の弟)など、院の御所(仙洞御所)にご機嫌伺いに行ったグループもあったようで、彼らから、夕霧が六条院に行っているとお聞きになった院が、それならみな一緒にこちらで、と思われて、「こちらにも好い月が出ていますよ」というお誘いです。

それではさっそく、と一同は、庭の鈴虫をそのままに、車を連ねて出かけます。「院のお車」は源氏の車、「親王」は兵部卿宮で、右衞門督、藤宰相はそれぞれ「柏木の弟(『集成』)」のようです(それぞれ原文のままです)。

御所に着いて院にお会いすると、院は「大変にお驚きになり」というのが、自分が呼んでおきながら、と不思議ですが、ここはびっくりしたというのではなくて、「刺激的な物音を感じる意が原義」(『辞典』)というのに近く、はじけるような喜び、といったところでしょうか。

ところが、出かけていく様をこれほど細かに語ったにしては、院の前の話はこれだけで何事も起こらず、そのまますぐに夜が明けて一同はそうそうに帰っていきました。ずいぶんはしょった、あっさりした結び方です。『評釈』は言うように、「ここを省略するのは、別に語りたいことがあるから」ではあるのですが、それにしても持って回った話です。

読者からしてみれば、源氏はこんな所に来ていますが、紫の上の具合はどうなのだろうかと、心配になるのですが、…。》


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第三段 六条院の鈴虫の宴

【現代語訳】

 今夜は、いつものとおり管弦のお遊びがあろうかと見当を付けて、兵部卿宮がお越しになった。大将の君が殿上人で音楽の素養のある人々を連れていらっしゃっていたので、こちらにいらっしゃると、お琴の音をたよりにして、そのまま参上なさる。
「いかにも所在ないので、ことさら管絃の宴というのではなくても、長い間弾かないでいた珍しい楽器の音などを聴きたかったので、独りで弾いていたのを、よくまあ訪ねて来て下さった」とおっしゃって、宮もこちらに御座所を設けてお入れ申し上げなさる。

宮中の御前で今夜は月の宴が催される予定であったが、中止になって物足りない気がしたので、こちらの院に方々が参上なさると伝え聞いて、誰や彼やと上達部なども参上なさった。虫の音の品評をなさる。
 お琴類を合奏なさって、興が乗ってきたころに、
「月を見る夜は、いつでももののあわれを誘わないことはない中でも、今夜の出たばかりの月の色には、本当にやはりこの世の後の世界までがいろいろと想像されることです。故権大納言が、いつの折にも、亡くなったと思うにつけて、一層思い出されることが多く、公私共に何かある機会にものの映えがなくなった感じがします。花や鳥の色にも音にも、美をわきまえ、話相手として、大変に優れていたのでしたが」などとお口に出されて、ご自身でも合奏なさる琴の音につけても、お袖を濡らしなさった。

御簾の中でも耳を止めてお聴きになって入るだろうと、一方のお心ではお思いになりながら、このような管弦のお遊びの折には、まずは恋しく、帝におかせられてもお思い出しになられるのであった。

「今夜は〈鈴虫〉の宴を催して夜を明かそう」とお考えになっておっしゃる。

 

《どうも意図のよく分からない段です。

兵部卿宮は玉鬘の折の蛍兵部卿で、源氏の弟の趣味人です。今は髭黒大臣の娘・真木柱と結婚しています(若菜下の巻第一章第四段)。

あれ以来の久々の登場ですが、物語の展開に特別大きな役割を果たすわけではありません。ただ、こういう風雅な折には大切な似合いの人で、この人を登場させたことで、作者は、この夜の催しを大切な、あるいは興味深いものとして描いていることが覗われます。

中秋の名月の夜ということで、宮は「いつものとおり管弦のお遊びがあろうか」と、呼ばれないでもやってきます。

また、「宮中の御前で今夜は月の宴」が中止になったと、何の説明もなく書かれて、それによって大勢の人が六条院に来ることになったと言われて、同様のことを思わせます。

夕霧も、賑やかしの仲間を連れて、ご機嫌伺いに来るし、「誰や彼やと上達部なども」やって来ました。

『構想と鑑賞』は「鈴虫の宴は風俗描写で興味がない」と一蹴しますが、当時の人々には、それだけで語るに足る興趣深いものだったのでしょうか。

それにしても、管弦の遊びがあって、興が乗ると、源氏は「故権大納言」(柏木)を思い出し、彼がいたらもっと興趣が増しただろうに、と涙を流して懐かく思った、というのは、ちょっと理解しがたく思われます。『評釈』は、「死んだ人、競争から退いた人は浄化されてしまう」と一般論で言いますが、信じがたい寛容さです。

そして、この場にいない「帝におかせられても」同様だったということになって、そのまま宴の話もないままに次の場面に移るところを見ると、結局ここは、作者の柏木賛美の段ということなのではないか、という気がしますが、それも今更、という気もします。どうもよく分かりません》

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第二段 八月十五夜、秋の虫の論

【現代語訳】

 十五夜の夕暮に仏の御前に宮はいらっしゃって、端近くに物思いに耽りながら念誦なさる。若い尼君たち二、三人が花を奉ろうとして鳴らす閼伽坏の音や水の音などが聞こえる、今までとは違った仕事に忙しく働いているのが、たいへん胸を打つようなところに、いつものようにお越しになって、
「虫の音がとてもたいそう鳴き乱れている夕方ですね」と言って、自分もひっそりとお唱えになる阿弥陀経の大呪が、たいへん尊くかすかに聞こえる。

いかにも虫の音がいろいろ聞こえる中で、〈鈴虫〉が声を立てているところは、華やかで趣きがある。
「秋の虫の声はどれも素晴らしい中で、〈松虫〉が特に優れているとおっしゃって、中宮が遠い野原から特別に探して来てはお放ちになったが、はっきり野原の声で鳴いているのは少ないようだ。名前とは違って寿命の短い虫のようだ。
 思う存分に、誰も聞かない山奥、遠い野原の松原で、声を惜しまず鳴いているのも、まことに人に馴染まぬ虫であることだよ。〈鈴虫〉は、親しみやすく、にぎやかに鳴くのがかわいらしい」などとおっしゃると、宮が、
「 おほかたの秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき〈鈴虫〉の声

(秋という季節はつらいものと分かっておりますが、やはり松虫の声だけは飽きずに

聴き続けていたいものです)」
とそっとおっしゃる。とても優雅で、上品でおっとりしていらっしゃる。
「何とおしゃいましたか。いやはや、思いがけないお言葉ですね」と言って、
「 心もて草のやどりをいとへどもなほ〈鈴虫〉の声ぞふりせぬ

(ご自分からこの家をお捨てになったのですが、やはりお声は松虫と同じように今も

変わりません)」
などと申し上げなさって、琴の御琴を召して、珍しくお弾きになる。宮が御数珠を繰るのを忘れなさって、お琴の音色にじっと聴き入っていらっしゃった。
 月が出て、とても明るくなったのもしみじみと心を打つので、空をそれとなく眺めて、人の世のあれこれにつけて、無常に移り変わる有様が次々と思われて、いつもよりもしみじみとした音色でお弾きになる。

 

《大きな儀式のあった後の、静かな夜です。

十五夜の夕暮れ時を、女三の宮は出家の生活で静かに過ごしていて、六条院にかつての平安が、一応戻ってきたように見えます。

源氏が女三の宮のところにやってきて、ふたりで秋の虫の声に聞き入っています。

 文中、鈴虫と松虫に〈〉印を付けたのは、古語では松虫と鈴虫が現代と逆と呼ばれていたとされるのですが、それを言い換えると、文意が通らなくなるので、原文のままにした、という印です。例えば「名前とは違って寿命の短い虫」というのは、不老長寿の「松」を名に負っているからですし、歌の「ふり捨てがたき」や「ふりせぬ」は「鈴」でなければ出てこない言葉、という具合です。

ちなみに、巻の名前も、もちろん「鈴虫」そのままだと思われます。

もっとも、「古語の鈴虫は今の松虫だとされます」と篝火の巻第三段でも書きましたが、『辞典』は、「江戸時代の古今要覧稿以来の説」としており、一つの説に過ぎないという捉え方のようです。

ついでに、秋の虫にちなんで、『辞典』から、現代のコオロギは古語では「きりぎりす」、現代のキリギリスは古語では「はたおり」で、古語の「こほろぎ」は、秋の虫の総称で、これは一般的理解のようであることを、自分の覚えとして書き添えておきます。

宮もその秋の風情に誘われて、出家はしましたが、〈鈴虫〉の声にはやはり心引かれますと、何気なく歌を詠みます。源氏はすぐさま「世をお捨てになったあなたのお声も、以前に変わらぬ美しいお声ですよ」と、例によってくどきの気持ですが、どうもそれほど本気でもなさそうです。》

 

※ 明日、明後日は都合で休載し、十五日の朝から再開します。

  今朝、都知事選に鳥越氏が立つと報じられました。七十六歳、数年前ガンを患われたと聞きますが、参院選の結果を憂えてのことと言われます。氏が立たれるなら、と古賀氏は下がり、宇都宮氏も下がる意向があるそうです。何が熱いものとすがすがしいものを同時に感じました。

民主主義は、例え体制側の考え方に共感する立場の人であっても、どこかに反権力の精神を持っていなければ、腐敗するのではないでしょうか。批判精神が、民主主義を支えるのだと思います。

藤原定家は「紅旗征戎は我がことに非ず」と書いているそうですが。

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第一段 女三の宮の前栽に虫を放つ

【現代語訳】

 秋頃、西の渡殿の前、中の塀の東側一帯を野原の感じにお作らせになった。閼伽の棚などを作って、その方面の生活にふさわしくお整えになったお道具類など、とても趣のある感じである。
 お弟子となってお慕い申し上げている尼たち、御乳母、老女たちは当然として、若い盛りの女房でも、決心固く、尼として一生を送れる者だけを選んで、出家おさせになったのであった。
 その当座の競争気分の折には我も我もと競って申し出たが、大殿がお聞きになって、
「それは良くないことだ。本心からでない人が少しでも混じってしまうと、周囲の人が困るし、浮ついた噂が出て来るものだ」とお諌めになって、十何人かだけが尼姿になってお付きしている。
 この野原に虫をたくさん放たせなさって、風が少し涼しくなってきた夕暮に、たびたびお越しになっては、虫の音を聴くふりをなさって、今でも断ちがたい思いのほどを申し上げ悩ましなさるので、
「いつものお心癖はとんでもないことだろう」と、一途に厄介なことにお思い申し上げていらっしゃる。
 他人の目には変わったところなくお世話なさっているが、内心では嫌な出来事をご存知の様子がはっきり分かり、すっかり変わってしまったお気持ちゆえ、何とかお目に掛からずにいたいお気持ちで、それが主な動機でご決心なさったご出家なので、今は離れて安心していたのに、依然としてこのようになどお耳に入れたりなどなさるのが辛くて、

「人里離れた所に住みたい」とお思いになるが、大人ぶってとてもそのように押して申し上げることはおできになれない。

 

《女三の宮は六条院の南の邸の寝殿西面にいるのですが、「南の御殿は、はなやかな春景色につくってあり、出家人にはふさわしい環境とは言えない」(『評釈』)のでした。そこで、源氏はその庭の「寝殿の西面と西の対の間にある塀」(『集成』)の「東側一帯」、つまり西面から見える部分を野原のような庭にしました。

  また、宮のお供をして出家しようという女房たちの中から選りすぐって十何人を許し、宮の傍に侍らせます。

 そしてその庭に秋の虫を放しました。源氏としては、精一杯のご機嫌取りというところでしょうか。

もとはと言えば紫の上の好みで作られた春の庭で、その上は今もその東の対に住んでいるのですから、そこが宮のためにこのように改装されるのであってみれば、少なくとも当人はやはり「名実ともに…六条の院の女主人に返り咲いた」(前段)などとは思えないように思われます。

しかも狙いはそれだけではありませんでした。彼はその虫の音を聞くのを口実にやって来て、宮に言い寄るようになったのです。

宮からは、源氏が宮の過ちを知っていながら、それをまったくそ知らぬふうにしていることがよく分かって、彼女としてももうお側にいられないという一心での出家だったのですから、早くこの邸を出たいと思うのですが、やはり彼女では、源氏にそのことを言い出すことはできないのでした。

途中、「すっかり変わってしまったお気持ちゆえ(原文・こよなう変りにし御心を)」が、不審の所で、どちらの気持を言っているのでしょうか。「を」を諸注「ので(ゆえ)」と訳していますので、どちらとも考えられそうです。ただ、源氏は変わったにしても曲がりなりにも言い寄って来るのですから、とすると宮の気持と考えるのが自然ではないか、と思います。

そう考えると、この幼かった宮にも、それなりに自分の意志が生まれてきたのだとも言えそうです。》

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