源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

巻三十八 鈴虫

第三段 秋好中宮の仏道生活

【現代語訳】

 昨夜はこっそりとお気軽なお出ましであったが、今朝は世間に知れておしまいになって、上達部なども、参上していた方々は皆お帰りのお供を申し上げなさる。
 春宮の女御のご様子が他に並ぶ方がなく、大切にお世話申し上げなさっているだけのことが十分あり、大将がまた大変に格別に優れているご様子をも、どちらも安心だとお思いになるが、やはりこの冷泉院をお思い申し上げるお気持ちは、特に深くいとしいお気持ちでいらっしゃる。院もいつも気に掛けていらっしゃったが、ご対面がめったになく気掛かりにお思いだったために気がせかれなさって、このように気楽なご境遇にとお考えになったのであった。
 中宮は、かえって里下がりなさることが大変に難しくなって、臣下の夫婦のようにいつもご一緒におられて当世風で、かえって御在位中よりも華やかに、管弦の御遊などもなさる。どのようなことにもご満足のいくご様子であるが、ただあの母御息所の御事をお考えなさるにつけ勤行のお心が深まって行ったのが、院がお許し申されるはずのないことなので、追善供養をひたすら熱心にお営みになって、ますます道心深く、この世の無常をお悟りになったご様子におなりになって行かれる。

 

《「参上していた方々は皆お帰りのお供を申し上げ」たというのですが、昨夜(夜明けに)は「早々に方々はご退出なさる」(第二章第四段)とあったはずで、するとこの人たちは朝参上して来た人々ということでしょうか。それが揃ってお供したとすると、この人たちは何をしにこの院に来たのでしょうか。あるいはお見送りをしたということなのでしょうか。原文は「御送りつかうまつりたまふ」とあります。

さて、ここの小見出しは中宮だけが挙げてありますが、源氏の子供たち四人の現況が語られます。明石の女御と夕霧は大丈夫、冷泉院は、院自身が源氏と気軽に「ご対面」できるようにと、早々と退位して、悠々のくらし、中宮は出家を望んではいるものの、かないそうにないので、ひたすら母の追善供養に余念がない、といったところで、なにやらすっかり落ちついた感じです。

本当はこの四人の他に玉鬘も養女だったのですが、実の父がいるからでしょうか、ここでは除かれていますが、この人も髭黒と、ともかくも多くの子も設けて、多分穏やかに暮らしているのでしょう。

結局この巻では、前の横笛の巻と同様に何事も起こらず、なにか話がどれも中途半端な感じで、どういう意味で書かれているのかよく分からない気がします。

『構想と鑑賞』は、「鈴虫の巻の主題は、ひろく密通事件の後日物語をするにあるということができる」と言いますが、その後日譚のひとつひとつにどういう意味があるのか、分かりにくく思われます。

『光る』も、「丸谷・なんだかこの『鈴虫』は少し作者がくたびれているというか、楽をしている。」「大野・そう、ちょっと筆を休めているところがありますね」と言います。

そして次の夕霧の巻が、本当の意味での後日譚になります。》

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第二段 母御息所の罪を思う

【現代語訳】

 母御息所がご自身お苦しみになっていらっしゃるだろう様子は、どのような業火の中で迷っていらっしゃるのだろうか、亡くなった後までも、人から疎まれ申されるお名乗りがあったことは、あちらの院では大変に隠していらっしゃったが、自然と人の口はうるさいもので、人伝にお聞きになった後はとても悲しく辛くて何もかもが厭わしくお思いになって、たとい憑坐にのり移った言葉にせよ、そのおっしゃった内容を詳しく聞きたいのだが、まともには申し上げかねなさって、ただ、
「亡くなった母上のあの世でのご様子が罪障の軽くないようにちょっと聞くことがございましたので、そういう証拠がはっきりしているのでなくとも推し量らねばならないことでしたのに、先立たれた時の悲しみばかりを忘れずにおりまして、あの世での苦しみを想像しなかった至らなさに、何とかしてきちんと教えてくれる人の勧めを聞きまして、せめて私だけでもその業火の炎を薄らげて上げたいと、だんだんと年をとるにつれて、考えられるようになったことでございます」などと、それとなしにおっしゃる。
「なるほど、そのようにお考えになるのももっともなことだ」と、お気の毒に拝し上げなさって、
「その業火の炎は誰も逃れることはできないものだと分かっていながら、朝露のようにはかなく生きている間は、執着を去ることはできないものです。

目蓮が仏に近い聖僧の身でたちまちに救ったという故事はあっても、真似はお出来になれないでしょうのに、玉の簪をお捨てになって出家なさったとしても、この世に悔いを残すようなことになるでしょう。だんだんそのようなお気持ちを強くなさって、あの母君のお苦しみが救われるような供養をなさい。

そのように思いますことはありながら、何か落ち着かないようで、静かな出家の本意もかなわないような有様で毎日を過ごしていまして、自分自身の勤行に加えて、供養もそのうちゆっくりと、と思っておりますのも、おっしゃるとおり浅はかなことでした」などと、世の中の事が何もかも無常であり、出家したいことをお互いに話し合いなさるが、やはり、出家することは難しいお二方の身の上である。


《中宮が考えていたのは、母・六条御息所のことでした。母の生き霊、死霊の話は、いろいろな形で彼女の耳に入っていたのでしょう。「亡くなった後までも、人から疎まれ申されるお名乗りがあった」というのは、二年半前の女三の宮の出家の後のこと(柏木の巻第二章第四段)でしょうが、今話しているのは、その母の罪障をせめていくらかでも軽くしてあげるために出家をして功徳を積みたいという願いなのでした。

源氏は、自分が出家した後のことを頼んでいたにもかかわらず、この人が仄めかした出家については反対します。母上の「業火の炎」は、誰にしても免れない執着からのもので、あなたの力では、今急に出家されてもお救いすることは難しかろう、現世にいる間に少しずつ功徳を積んで、その時を待たれるのがよい、と言うのです。

どうも自分の都合のためのようで、あまり説得力があるようには聞こえませんが、それはおそらく、こちらが当時の出家ということへの意識がよく分からないからで、藤壺の時の彼女自身の準備の周到さと周囲の驚きと悲しみ(賢木の巻第五章第二段)を思い出せば、中宮の身での出家というのは、生半なことではなかったということなのでしょう。

そうは言っても、やはり出家については、以前朱雀院の出家の時にも触れた(若菜上の巻第三章第二段)ように、藤壺や明石入道を見ても、また朱雀院も女三の宮を見舞って出家させることができた(人を憚って夜だったということはあるにしても、それは気持の問題だけのようにも見えます)わけで、実生活上、在俗とどれほどの違いがあるのか、よく分からないという面は、どうしても残るのですが…。》

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第一段 秋好中宮、出家を思う

【現代語訳】

 六条の院は、中宮の御方にお越しになって、お話など申し上げなさる。
「今はこのように静かなお住まいにしばしば伺いすべきで、何ということはなくても、年をとるにつれて忘れない昔話などお聞きしたり申し上げたりしたく思いますが、中途半端な身の有様で、やはり気が引け、窮屈な思いが致しまして。
 私より若い方々に何かにつけて先を越されて行く感じがするにつけましても、まことに無常の世の心細さが、のんびりできない気がしますので、世を離れた生活をしようかと、だんだん気持ちが進んできましたので、後に残された方々が頼りなかろうのを、落ちぶれさせなさらないように、と以前にもお願い申し上げました通り、その気持ちを変えずにお世話してやって下さい」などと、方々の生活面のことについてお願い申し上げなさる。
 例によって、大変に若くおっとりしたご様子で、
「宮中の奥深くに住んでおりましたころよりも、お目に掛かれないことが多くなったように存じられます今の有様が、ほんとうに思いもしなかったことで、面白くなく思われまして、皆が出家して行くこの世を厭わしく思われることもございますが、その心の中を申し上げてご意向を伺っておりませんので、何事もまずは頼りにしている癖がついていますため、気に致しております」と申し上げなさる。
「おっしゃる通り、宮中にいらっしゃった時には、決まりに従った折々のお里下がりもほんとうにお待ち申し上げておりましたが、今は何を理由に、御自由にあそばすお出かけもございましょう。

無常な世の習いとは言いながらも、特に世を厭う理由のない人がきっぱりと出家することも難しいことで、容易に出家できそうな身分の人でさえ自然とかかわり合う係累ができて世を背くことが出来ませんのに、どうして、そんな人真似をして負けずに出家なさろうとするのは、かえって変なお心掛けとご推量申し上げる者があっては困ります。けっしてあってはならない御事でございます」と申し上げなさるので、

「深くは汲み取って下さっていないようだ」と、恨めしくお思い申し上げなさる。

 

《若い者たち(と言っても、中に兵部卿宮もいたのでしょうが)が帰っていったあと、源氏は一人残って、この院にいる秋好中宮を訪ねます。この人も久し振りの登場です。

 作者はここを語りたかったようです。

彼女に対してはかつて源氏が例によって妙な心を抱いたこともありました(澪標の巻第五章第四段)が、いつの間にか、「その生まれの高貴さは后の位と相まって源氏と同格またはそれ以上に位置し、そこから彼女は誇り高く源氏に感謝する」(『人物論』所収「秋好中宮―その統一的位相」)という独自の地位を確保しています。恋愛感情さえなければ母・六条御息所もそういう関係を持ち得ただろうと思うと、血筋は争えないものというところでしょうか。

源氏はやや本気で出家を思っているようで、養女のこの人に、その時に「後に残された方々」(六条院や二条東院にいる婦人たち)の世話を依頼します。

中宮の返事は、これには直接答えず、「おっとりした」、つまりここでは遠回しな言い方ですが、宮中にいた頃よりも話す機会が少なくなって、周囲がみな出家していくこの世を自分もそうしたいと思いながら、頼りに思っているあなたに相談できないまま今日に至っている、と逆に出家の内意を語ります。

源氏の返事の初めの部分「今は何を理由に…(原文・今は何ごとにつけてかは、御心にまかせたまふ御うつろひもはべらむ)」は、なかなか面白く、帝の奥方の時代は、定例の里下がりがあったけれども、院の奥方はそういう決まったものがないから、すべて自分の意志で決めることになり、そうすると、何か用事がないと動きにくいから、里下がりもままならないでしょう、と、人の晩年の奇妙な不自由さの一面を言い当てていて、なるほどと思わせます。

ただ、ここは中宮を慰めるところのように思われますので、これでは、不自由でも仕方がないのだということになり、次の出家についても否定の返事になっていて、中宮の話を全否定した格好で、少々冷たいように思われます。

ひょっとして逆に、無理に理由を付けないでおいでになればいいのです、と言っているような気もしますが、そういう意味にはならないのでしょうか。

出家については、あなたのように「特に世を厭う理由のない人」がそういうことを考えるのは、世間が変な勘ぐりをするでしょうと言うのですが、それは源氏自身についても言えることだと思われます。

ただ、中宮には、源氏の思い及ばなかった、別の思いがあったのでした。》

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第四段 冷泉院の月の宴

【現代語訳】

 お杯が二回りほど廻ったころに、冷泉院からお手紙がある。宮中の御宴が急に中止になったのを残念に思って、左大弁や式部大輔らが、また大勢人々を引き連れて、詩文に堪能な人々ばかりが参上したので、大将などは六条院に伺候していらっしゃるとお耳にあそばしてのことなのであった。
「 雲の上をかけ離れたるすみかにももの忘れせぬ秋の夜の月

(宮中から遠く離れて住んでいる仙洞御所にも忘れもせず秋の月は照っていますよ)
 『同じくは(あなたにお見せしたいものだ)』」と申し上げなさったので、
「どれほどの窮屈な身分ではないのに、今はのんびりとしてお過ごしになっていらっしゃるところに親しく参上することもめったにないことを、不本意なことと思し召されるあまりにお便りを下さっている、恐れ多いことだ」とおっしゃって、急な事のようだが、参上しようとなさる。
「 月かげは同じ雲居に見えながらわが宿からの秋ぞかはれる

(月の光は昔と同じく照っていますが、私の方がすっかり変わってしまいました)」
 特に変わったところはないようであるが、ただ昔と今とのご様子が思い続けられての歌なのであろう。お使者にお酒を賜って、禄はまたとなく素晴らしい。

 人々のお車を身分に従って並べ直し、御前駆の人々が大勢集まって来て、しみじみとした合奏もうやむやになって、お出ましになった。院のお車に親王をお乗せ申し、大将、左衛門督、藤宰相など、いらっしゃった方々全員が参上なさる。
 直衣姿で、皆お手軽な装束なので、下襲だけをお召し加えになって、月がやや高くなって、夜が更けた空が美しいので、若い方々に笛などをさりげなくお吹かせになったりなどして、お忍びでの参上の様子である。
 改まった公式の儀式の折には、仰々しく厳めしい威儀の限りを尽くしてお互いにご対面なさり、また一方で昔の臣下時代に戻った気持ちで、今夜は手軽な恰好で急にこのように参上なさったので、大変にお驚きになり、お喜び申し上げあそばす。
 御成人あそばした御容貌は、ますますそっくりである。お盛りの最中であったお位を御自分から御退位あそばして、静かにお過ごしになられる御様子に心打たれることが少なくない。
 その夜の詩歌は、漢詩も和歌も共に、趣深く素晴らしいものばかりである。例によって、一端を言葉足らずにお伝えするのも気が引けて。

明け方に漢詩などを披露して、早々に方々はご退出なさる。

 

《内輪ながら興趣ある宴が始まって間もなく、冷泉院から月見のお誘いの手紙が来ました。宮中の宴が中止になって、殿上人たちの一部は六条院に来ているのですが、他に左大弁(柏木の弟)など、院の御所(仙洞御所)にご機嫌伺いに行ったグループもあったようで、彼らから、夕霧が六条院に行っているとお聞きになった院が、それならみな一緒にこちらで、と思われて、「こちらにも好い月が出ていますよ」というお誘いです。

それではさっそく、と一同は、庭の鈴虫をそのままに、車を連ねて出かけます。「院のお車」は源氏の車、「親王」は兵部卿宮で、右衞門督、藤宰相はそれぞれ「柏木の弟(『集成』)」のようです(それぞれ原文のままです)。

御所に着いて院にお会いすると、院は「大変にお驚きになり」というのが、自分が呼んでおきながら、と不思議ですが、ここはびっくりしたというのではなくて、「刺激的な物音を感じる意が原義」(『辞典』)というのに近く、はじけるような喜び、といったところでしょうか。

ところが、出かけていく様をこれほど細かに語ったにしては、院の前の話はこれだけで何事も起こらず、そのまますぐに夜が明けて一同はそうそうに帰っていきました。ずいぶんはしょった、あっさりした結び方です。『評釈』は言うように、「ここを省略するのは、別に語りたいことがあるから」ではあるのですが、それにしても持って回った話です。

読者からしてみれば、源氏はこんな所に来ていますが、紫の上の具合はどうなのだろうかと、心配になるのですが、…。》


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第三段 六条院の鈴虫の宴

【現代語訳】

 今夜は、いつものとおり管弦のお遊びがあろうかと見当を付けて、兵部卿宮がお越しになった。大将の君が殿上人で音楽の素養のある人々を連れていらっしゃっていたので、こちらにいらっしゃると、お琴の音をたよりにして、そのまま参上なさる。
「いかにも所在ないので、ことさら管絃の宴というのではなくても、長い間弾かないでいた珍しい楽器の音などを聴きたかったので、独りで弾いていたのを、よくまあ訪ねて来て下さった」とおっしゃって、宮もこちらに御座所を設けてお入れ申し上げなさる。

宮中の御前で今夜は月の宴が催される予定であったが、中止になって物足りない気がしたので、こちらの院に方々が参上なさると伝え聞いて、誰や彼やと上達部なども参上なさった。虫の音の品評をなさる。
 お琴類を合奏なさって、興が乗ってきたころに、
「月を見る夜は、いつでももののあわれを誘わないことはない中でも、今夜の出たばかりの月の色には、本当にやはりこの世の後の世界までがいろいろと想像されることです。故権大納言が、いつの折にも、亡くなったと思うにつけて、一層思い出されることが多く、公私共に何かある機会にものの映えがなくなった感じがします。花や鳥の色にも音にも、美をわきまえ、話相手として、大変に優れていたのでしたが」などとお口に出されて、ご自身でも合奏なさる琴の音につけても、お袖を濡らしなさった。

御簾の中でも耳を止めてお聴きになって入るだろうと、一方のお心ではお思いになりながら、このような管弦のお遊びの折には、まずは恋しく、帝におかせられてもお思い出しになられるのであった。

「今夜は〈鈴虫〉の宴を催して夜を明かそう」とお考えになっておっしゃる。

 

《どうも意図のよく分からない段です。

兵部卿宮は玉鬘の折の蛍兵部卿で、源氏の弟の趣味人です。今は髭黒大臣の娘・真木柱と結婚しています(若菜下の巻第一章第四段)。

あれ以来の久々の登場ですが、物語の展開に特別大きな役割を果たすわけではありません。ただ、こういう風雅な折には大切な似合いの人で、この人を登場させたことで、作者は、この夜の催しを大切な、あるいは興味深いものとして描いていることが覗われます。

中秋の名月の夜ということで、宮は「いつものとおり管弦のお遊びがあろうか」と、呼ばれないでもやってきます。

また、「宮中の御前で今夜は月の宴」が中止になったと、何の説明もなく書かれて、それによって大勢の人が六条院に来ることになったと言われて、同様のことを思わせます。

夕霧も、賑やかしの仲間を連れて、ご機嫌伺いに来るし、「誰や彼やと上達部なども」やって来ました。

『構想と鑑賞』は「鈴虫の宴は風俗描写で興味がない」と一蹴しますが、当時の人々には、それだけで語るに足る興趣深いものだったのでしょうか。

それにしても、管弦の遊びがあって、興が乗ると、源氏は「故権大納言」(柏木)を思い出し、彼がいたらもっと興趣が増しただろうに、と涙を流して懐かく思った、というのは、ちょっと理解しがたく思われます。『評釈』は、「死んだ人、競争から退いた人は浄化されてしまう」と一般論で言いますが、信じがたい寛容さです。

そして、この場にいない「帝におかせられても」同様だったということになって、そのまま宴の話もないままに次の場面に移るところを見ると、結局ここは、作者の柏木賛美の段ということなのではないか、という気がしますが、それも今更、という気もします。どうもよく分かりません》

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