源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 夕霧の物語(一)

第六段 夢に柏木現れ出る

【現代語訳】

 少し寝入りなさった夢に、あの衛門督が、まるで生前の袿姿で側に座って、この笛を取って見ている。夢の中にも、故人が厄介にもこの笛の音を求めて来たのだと思っていると、
「 笛竹に吹き寄る風のことならば末の世長きねに伝へなむ

(この笛の音に吹き寄る風は、同じことなら私の子孫に伝えて欲しいものだ)
 思っていたのとは違うことになった」と言うので、尋ねようと思った時に、若君が寝ぼけておびえてお泣きになるお声に、目が覚めておしまいになった。
 この若君がひどくお泣きになって乳を吐いたりなさるので、乳母も起き騷ぎ、母上も明かりを近くに取り寄せさせなさって、額髪を耳に挟んでせわしげに世話して抱いていらっしゃる。とてもよく太って、ふっくらとした美しい胸を開けて、乳などをお含ませになる。お子もとてもかわいらしくいらっしゃる若君なので、色白で美しく見えるが、お乳はまったく出ないのを、気休めにあやしていらっしゃる。
 男君も側にお寄りになって、

「どうしたのだ」などとおっしゃる。

魔除の撤米をし米を散らかしなどして、とり騒いでいるので、夢の情趣もどこかへ行ってしまうことであろう。
「苦しそうに見えますわ。若い人のような恰好でうろつきなさって、夜更けのお月見に格子なども上げなさったので、例の物の怪が入って来たのでしょう」などと、とても若く美しい顔をして、恨み言をおっしゃるので、にっこりして、
「おかしな物の怪の案内人だ。私が格子を上げなかったら、道がなくて、おっしゃる通り入って来られなかったでしょう。大勢の子持ちの母親におなりになるにつれて、思慮深く立派なことをおっしゃるようにおなりになった」と言って、ちらりと御覧になる目つきが、たいそう気後れするほど立派なので、それ以上は何ともおっしゃらず、
「お出になって下さい。みっともない恰好ですから」と言って、明るい灯をさすがに恥ずかしがっていらっしゃる様子も悪くない。ほんとうにこの若君は苦しがって、一晩中泣きむずかって夜をお明かしになった。

 

《贈られた笛をじっと見ている、夢の中の柏木を見て、夕霧がすぐに、これは笛を取り返しに来たのだと思ったというのがちょっと意外ですが、彼自身も受け取る時に、自分には不相応なものと思ってだいぶ断ったのでしたから、内心に負い目があって、律儀な彼としては、素直な思いと言えるかもしれません。

また、そういう柏木を「厄介に(原文・わづらはしう)」思ったというのも、友人だった相手に対する感慨としては意外ですが、実務的に事を運びたい彼としては、これも素直な思いとも言えそうです。

歌の「ことならば」は、「連語・コトはゴト(如)と同根。同じことならば」(『辞典』)の意、「ね」は「根」で、子孫を暗示するということで、彼はこの笛を自分の子供に伝えたかったのだ、と言っているようです。

夕霧は、それは誰のことかと尋ねようと思ったのですが、脇の子供が寝ぼけて騒ぎが起こって、夢は消えてしまいました。

そこから後は、一転して再び「自然主義小説」の場面です。

普通、子育てには乳母を置くのではなかったかと思うのですが、雲居の雁は自分の乳で子供を育て、自分で世話をしているようで、ちょっと意外です。「額髪を耳に挟んで」というのはかいがいしくていいようですが、当時としては「家事一点張りで、額の髪を耳挟みがちにして飾り気のない主婦で、ひたすら世帯じみた」(帚木の巻第一章第三段4節)女性は困る、とされた姿です。

泣いている子に、出ないながら乳をふくませている様子は家庭的ないい姿で、「ふっくらとした美しい胸」など健康的でもあり、なかなかどうして魅力的でもありますが、大丈夫かと声をかけて夕霧が寄っていこうとして見ると、魔除けの米を撒いたりして、そうぞうしく、まったく「夢の情趣もどこかへ行ってしまう」感じです。

夕霧は、遅い帰りに嫌みを言う妻をなだめ、見苦しい格好だから出ていって下さいという妻と一緒に一晩中泣いている子をあやして過ごしたようです。
 この場面、流れとしては、この後この笛の処置を縁に話が進むのですが、この何とも言えないほほえましい庶民的な糧の挿話が印象的です。》

 
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第五段 帰宅して、故人を想う

【現代語訳】

 殿にお帰りになると、格子などを下ろさせて、皆お寝みになっていたのだった。
「この宮にご執心申されて、あのように親切にしていらっしゃるのだ」などと、女房がご報告したので、このように夜更けまで外出なさるのも憎らしくて、お帰りになったのも聞きながら、眠ったふりをしていらっしゃるのであろう。
「妹とわれといるさの山の(いい人と私と一緒に入るあの山の)」と、声はとても美しく独り歌って、
「これはまたどうしてこう固く鍵を閉めているのだ。何とまあ、うっとうしいことよ。今夜の月を見ない所もあったのだなあ」と、不満げにおっしゃる。格子を上げさせなさって、御簾を巻き上げなどなさって、端近くに横におなりになった。
「このように素晴らしい月なのに、気楽に夢を見ている人があるものですか。少しお出になりなさい。何と残念な」などと申し上げなさるが、面白くない気がして、知らぬ顔をなさっている。
 若君たちがあどけなく寝惚けている気配などがあちらこちらにして、女房も混み合って寝ているのは、とてもにぎやかな感じがするので、さきほどの所の様子が思い比べられて、大変な違いである。この笛をちょっとお吹きになりながら、
「どんなにか私が立ち去った後でも物思いに耽っていらっしゃることだろう。お琴はどれも調子を変えず弾いていらっしゃるのだろう。御息所も和琴の上手な方だったよ」などと、思いをはせて臥せっていらっしゃる。
「どうして亡くなったあの人は、ただ表向きの気配りは大切にお扱い申し上げていながら、大して深い愛情はなかったのだろう」と考えるにつけても、大変事情を知りたい気がする。
「実際会って見て器量がよくないとなると、たいそうお気の毒なことだが、世間一般の話でも、この上なく素晴らしいという評判は、きっとそんなこともあるものだ」などと思うにつけ、ご自分の夫婦仲が恋の駆け引きなどするでもなく仲睦まじくなった歳月のほどを数えると、しみじみと感慨深く、とてもこう我が強くなって勝手に振る舞うようにおなりになったのも、無理もないという気がなさるのだった。

 

《夕霧が雲居の雁の所に帰ってくると、彼女は焼きもちを焼いて、戸を固く閉ざして眠ったふりをして起きてきません。

以前、同じような場面がありました。源氏が女三の宮のところで三日夜を過ごして紫の上のところに帰ってきたとき(若菜上の巻第六章第四段1節)ですが、あの時は、紫の上にはその意図はなく、女房たちがしたことでしたが、ここは雲居の雁自身がそうしているのです。

「妹とわれと」(催馬楽)と歌った意味がよく分かりませんが、雲居の雁を呼ぶ気持ちなのでしょう。しかし、鍵が掛かって起きては来ません。やっと出てきた女房に格子を上げ、御簾は自分で上げて月の光を入れて端近に横になり、妻を誘いますが、それでも知らん振りで起きてきません。

部屋の中は、『光る』が「大野・明治以降の自然主義小説に出てくるような場面」と言いますが、まったくで、たくさんの子供たちがいわば雑魚寝の状態で寝言を言い合っており、おまけに女房たちの寝ている姿も見られるとあって、「自然主義小説」以上の、雑然とした部屋の様子です。

思わず彼は、さっきまでいた落葉宮の部屋を思います。あちらはしめやかでゆかしく、趣深く風雅な様子だったのに…。さぞかし今も静かに思いに耽っておられることだろうが、と思うと、御息所があんなにいい感じの人なのだから、きっと宮もいい人だろうに、柏木は生前あのように冷たくしていたのは、どんなわけがあるのだろう、と思うと、やはりちょっと直接見てみたい気になります。

それにしても、自分たちは、恋の駆け引きもしないままに一緒になったのだったが、そういう馴れ合いの中だったのだから、わが妻がずいぶんわがままになった(もちろん、夕霧から見ての話ですが)のも、「無理もないこと」だ、と思ったというのは、ずいぶん大人の対応です。というより、これは実は、作者の恋愛の効用論というところでしょうか。》

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第四段 御息所、夕霧に横笛を贈る

【現代語訳】

「今夜の風流なお振る舞いについては、誰もがお許し申すはずのことでございます。これということもない昔話に紛らわせておしまいなるばかりで、『玉の緒にせむ(命の延びる料にする)』思いもしませんでしたのが、とても残念です」と言って、御贈り物に笛を添えて差し上げなさる。
「この笛には、たいへん古い由緒もあるように聞いておりましたが、このような蓬生の宿に埋もれているのはかわいそうに存じまして、御前駆に負けないほどにお吹き下さる音色を、よそながらでもお聞きしたく存じます」と申し上げなさると、
「似つかわしくない随身でございましょう」とおっしゃって御覧になると、この笛もなるほど身につけて大切にしていて、
「自分でもまったくこの笛の音のすべては吹きこなせない。大事にしてくれる人に何とか伝えたいものだ」と、おりおりにお口にしていらっしゃったのをお思い出しになると、さらに悲しみが胸に迫って、試みに吹いてみる。

盤渉調の半ばほどでお止めになって、
「昔を偲んで和琴を独り弾きましたのは、下手でも何とか聞いて戴けました。この笛はとても分不相応で」と言って、お出になるので、
「 露しげきむぐらの宿にいにしへの秋にかはらぬ虫の声かな

(涙にくれていますこの荒れた家に昔と変わらない笛の音を聞かせて戴きました)」
と、御簾の内側から申し上げなさった。
「 横笛の調べはことにかはらぬをむなしくなりし音こそ尽きせね

(横笛の音色は特別昔と変わりませんが、亡くなった人を悼む泣き声は尽きません)」
 出て行きかねていらっしゃると、夜もたいそう更けてしまった。

 

《夕霧が「故人の咎めがあろうか」(前段)と言ったことを受けて、御息所は、ご懸念なく、もっとゆっくりしていただきたいくらいですが、と応じました。併せて、昔話ばかりではなく、今後もお頼り申しますので、ぜひまたおいで下さいという気持です。

 そして贈り物に添えて、柏木愛用の横笛を夕霧に贈ります。「笛は、男のもので、女は扱わない。ここにおけば誰も吹かない」(『評釈』)ということがあるのだそうです。

「似つかわしくない随身」も洒落た言葉で、日常、こういう会話が普通にできると、楽しいだろうが、と思います。「横笛」ならぬ横道ですが、外国映画を見ていると、しばしば気の利いた会話が聞かれて、それだけで楽しく見ることができるものがあります。そう言えば、シェイクスピア劇はその連続で、息も切らさず、といった趣があったと記憶しますが、前にも触れた歌舞伎の中で聞かれるいなせな啖呵も同じで(松風の巻第二章第一段)、やはり、現実の日常にそういう会話が飛び交っているわけではなくて、台本があってのことということなのでしょうか。

出された笛は、柏木の生前、夕霧も見たことがあるものでした。遠慮しながら、受け取り吹いてみますが、不相応と思って返して出ようとすると、御息所の歌が呼び止めます。「もとの主の笛の音と少しも変わりません、どうぞ遠慮なくお持ち下さい」。

夕霧は、それでは、と受け取って(とは書かれませんが、こう言われて返すことは、不作法でしょう)、笛の調べは同じかも知れませんが、亡くなられた人を偲んで泣く音は尽きないことですと別れの挨拶をしたものの、すぐには行きかねて、しばらく佇んで庭を眺め渡します。》

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第三段 夕霧、想夫恋を弾く

【現代語訳】

 月が出て雲もない空に、羽をうち交わして飛ぶ雁も列を離れないのを、羨ましくお聞きになっているのであろう。風が肌寒く、何とはないもの寂しさに心動かされて、箏の琴をたいそうかすかにお弾きになるのも深みのある音色なので、ますます心を引きつけられてしまって、かえって物足りない思いがするので、琵琶を取り寄せて、とても優しい音色で「想夫恋」をお弾きになる。
「お気持ちを察してのようなのは恐縮ですが、この曲なら、何かおっしゃって下さるかと思いまして」とおっしゃって、しきりに御簾の中に向かって催促申し上げなさるが、ましてこの曲は気が引けるお相手なので、宮はただ悲しいとばかりお思い続けていらっしゃるので、
「 ことに出でて言はぬも言ふにまさるとは人に恥ぢたるけしきをぞ見る

(言葉に出しておっしゃらないのも、おっしゃる以上に深いお気持ちなのだと、慎み

深い態度からよく分かります)」
と申し上げなさると、わずかに終わりの方を少しお弾きになる。
「 深き夜のあはればかりは聞きわけどことよりほかにえやは言ひける

(趣深い秋の夜の情趣は分かりますが、琴を弾くより他に何を言えるでしょうか)」
 もっと聞いていたいほどであるが、そのおっとりした音色によって昔の人が心をこめて弾き伝えてきた、同じ調子の曲目といっても、しみじみと心を打つ感じのほんの少しを弾いてお止めになったので、恨めしいほどに思われるが、
「物好きなところを、いろいろな琴を弾いてお目に掛けてしまいました。秋の夜に遅くまでおりますのも、故人の咎めがあろうかとご遠慮致して、おいとま致さねばなりません。また改めて失礼のないよう気をつけてお伺い致そうと思いますが、このお琴の調子を変えずにお待ち下さいませんか。とかく思いもよらぬことが起こる世の中ですから、気掛かりでなりません」などと、あらわにではないが心の内をほのめかしてお帰りになる。

 

《秋の月が昇って明るくなった空に、雁の鳴き交わしながら渡っていく姿が見えました。宮には、それが仲良く睦まじく、と見えたでしょうか、折しも吹きすぎる肌寒い風に心を収めかねて、差し出された琴に手を伸ばして、一節、二節つま弾きます。

そのもの静かな音色に夕霧も、そのまま終わっては飽きたらず、琵琶を引き寄せて、更に誘うように「想夫恋」を弾きます。

「お気持ちを察して…」とは言うのですが、それにしてもこの場の宮にあまりにもぴったりしすぎた曲で、これが生真面目で律儀な夕霧だというような選曲に思われます。

今の宮は、何を弾いても恋しさ、寂しさが表れることを思えば、ただ弾くことを求められただけでも躊躇われるのに、まして「想夫恋」では、心の中をさらけ出すような気がして、手が出ません。

しかし夕霧から更に直接に催促されるのではなく、お気持ちはよく分かりますよ、と穏やかに言われて、少し気が楽になったのでしょうか、「わずかに終わりの方を少しお弾きになる」のでした。

夕霧はもちろんもっと聞きたいのですが、今日はそれに満足することにして、そして「故人の咎めがあろうか」と柏木への配慮を示して、席を立ちます。

「心の内をほのめかし(原文・うちにほはしおきて)」て、というのは微妙な言い方ですが、友人柏木の名を出しての話ですから、ここは純粋な好意・誠意と理解して、夕霧の実直さを見たいところだと思います。

髭黒も実直でしたが、こちらには彼のような子供っぽい直情はありません。どこまでも、折り目正しい優等生です。》

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第二段 柏木遺愛の琴を弾く

【現代語訳】

 和琴をお引き寄せになると、律の調子に調えられていて、とてもよく弾きこんであるのが、人の移り香がしみこんでいて、心惹かれる感じがする。
「このようなところで、慎みのない好き心のある人は心を抑えることができなくて、見苦しい振る舞いにでも出て、あってはならない評判を立てるものだ」などと思い続けながら、お弾きになる。

故君がいつもお弾きになっていた琴なのであった。風情のある曲目を一つ二つ、少しお弾きになって、
「ああ、まことにめったにない素晴らしい音色をお弾きになったものだが。このお琴にも故人の名残が籠もっておりましょう。お聞かせ願いたいものです」とおっしゃると、
「一緒に弾く方がお亡くなりになりまして後より、昔の子供遊びの時の記憶さえ、お思い出しにならなくなってしまったようです。院の御前で、女宮たちがそれぞれ得意なお琴をお試し申されました時にも、このような方面はしっかりしていらっしゃるとご判定申されなさったようでしたが、今は別人のようにぼんやりなさって、物思いに沈んでいらっしゃるようなので、悲しい思いを催す種というように拝見しております」とお答え申し上げなさると、
「まことにごもっともなお気持ちです。『限りだにある(お忘れるのは難しいでしょうね)』」と、物思いに沈んで、琴は押しやりなさると、
「あの琴を、やはりそれならば、音色の中に伝わることもあろうかと、聞いて分かるように弾いて下さい。何やら気も晴れずに物思いに沈み込んでいる耳だけでも、せめてさっぱりさせましょう」と申し上げなさるので、
「ご夫婦の仲に伝わる琴の音色は、特別でございましょう。それを伺いたいと申し上げているのです」とおっしゃって、御簾の側近くに和琴を押し寄せなさるが、すぐにはお引き受けなさるはずもないことなので、無理にお願いなさらない。

 

《御息所と「昔話をあれこれと交わし合い」、庭の風情を眺めながら(前段)、夕霧は「奥へ片づけることもできず」(同)置かれてあった和琴を、さりげなく「引き寄せ」ました。

 柏木はその名手なのでした(若菜上の巻第五章第三段)が、今は、この宮によって「律の調子に調えられていて、とてもよく弾きこんであるのが、人の移り香がしみこんで」いるのでした。

 彼はそれを手にして、ちょっと弾いてみます。弾きながら、「このようなところに、慎みのない好き心のある人は、…」と、思ったというのが「実直な」(『集成』)夕霧らしいところです。彼は、自分ではまったく亡くなった友人の頼みを果たすために来ているというつもりのようです。

 御息所の柏木を思う気持ちに彼が「まことにごもっともなお気持ちです」と応じたことについて、『評釈』は「夕霧は、御息所の気に入ろうと努めている」と言って、彼に何か下心があるかのような取り方をしていますが、今この「上品に気高」い(前段)邸に心引かれるところがあるとは言っても、それがこの女宮に対する思いに繋がるのだと言われれば、夕霧はまったく思いも寄らないこととびっくりするでしょう。

 彼が琴を返すと、御息所はもう少し弾いて下さいと言います。「やはりそれなら(原文・なほさらば)」が分かりにくく、『評釈』は、先に「めったにない素晴らしい音色をお弾きになったもの」だと言ったことを受けたものと言いますが、「一緒に弾く方が…」の言葉を挟んででは、ちょっと遠いような気もします。すぐ前の夕霧の言葉を受けて、琴に手を触れない宮の気持が分かるなら、という意味にとれないでしょうか。

 「見苦しい振る舞い」をして「慎みのない好き心」を見られてはならないと考えている夕霧は、それには応じないで、女宮にと言うのですが、宮はもちろんすぐには手を出しません。

 夕霧も、それ以上無理強いすることはせずに、引き下がります。彼は、あくまで控えめです。》

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