源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 光る源氏の物語

第三段 若君、竹の子を噛る~その2

【現代語訳】2
 歯の生えかけたところに噛み当てようとして、筍をしっかりと握り持って、よだれをたらたらと垂らしてお齧りになっているので、
「変わった色好みだな」とおっしゃって、
「 憂き節も忘れずながらくれ竹のこは捨てがたきものにぞありける

(いやなことは忘れられないがこの子はかわいくて捨て難く思われることだ)」
と、引き取ってお話しかけになるが、にこにことしていて、何心もなくとてもせかせかと、這い下りて動き回っていらっしゃる。
 月日が経つにつれて、この君がかわいらしく不吉なまでに美しく成長なさっていくので、本当に、あの「憂き節」が、すべて忘れてしまいそうである。
「この人がお生まれになるためのご縁で、あの思いがけない事件も起こったのだろう。逃れられない宿命だったのだ」と少しはお考えが改まる。ご自身の運命にもやはり不満のところが多い。
「大勢集っていらっしゃるご夫人方の中でも、この宮だけは不足に思うところもなく、宮ご自身のお身の上も物足りないと思うところもなくていらっしゃるはずなのに、このように思いもかけない尼姿で拝見するとは」とお思いになるにつけて、過去の二人の過ちを許し難く、今も無念に思われるのであった。

 

《前段にあったように比類なく美しい若宮ですが、そこはまだ一歳ということで、そういう自覚はありませんから、目の前の珍しい物は手当たり次第に口に運びます。

とは言っても、筍に齧り付くなどということがあり得るのか、ちょっと疑問だという気もするが、と思ってみて、いや、これは煮物の筍なのだと気がつきました。だとすると、しゃぶり甲斐のあるもので、よだれをだらだら垂らしながらというのも、いかにもありそうな光景と思います。

「変わった色好みだな」は、源氏は前段でこの若君が女性との問題を起こしそうに美しい「色好み」となるだろうと認めていますから、それにしては、筍にかぶりついたりよだれをたらしたりして、おかしなことだと戯れます。

この時はまだ、「憂き節も忘れずながら」だったのでしたが、月日が経つに従ってどんどん馴染んでいくとともにかわいさが増して、「あの『憂き節』のすべてを忘れてしまいそう」です。

と、ここまでは、さもありなんと思われるのですが、そこから次への転換が急転直下です。「この人がお生まれになるためのご縁で、あの思いがけない事件も起こったのだろう。逃れられない宿命だったのだ」と、源氏の思いは突然転換します。

この薫を膝にして幸福いっぱいのような気持でいる源氏の胸に、ある時、ふと「こんなかわいい子が生まれるためには、あの残念な密通事件が必要だったのだ、それが運命だったのだ」という思いが湧きました。

このかわいらしい子供を抱くために、自分が将来を嘱望していた若者と「不足に思うところも」ない妻との不義を見ることは、「逃れられない宿命」だったのだと思うと、「ご自身の運命にも不満のところが多い」という気がします。

膝の上の子が急に重さを増したような気がします。

この子が本当の自分の子であれば、何の思いもなく抱けるのだったものを、自分があれほど目をかけた柏木と、あれほど大切に世話した宮のために、わだかまりを持ってこの子を抱かねばならず、尼姿の正室を目の前にしなくてはならないことになった、ふと湧いた黒雲は、どんどん拡がっていきます(ちょっと唐突の感がありますが)、なんという晩年にしてくれたことか、…。》

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第三段 若君、竹の子を噛る~その1

【現代語訳】1

 若君は、乳母のもとでお寝みになっていたが起きて這い出しなさって、お袖を引っ張りまとわりついていらっしゃる様子が、とてもかわいらしい。
 白い羅の上衣に唐の小紋の紅梅のお召し物だが、その裾がとても長くだらしなく引きずられて、お腹がすっかりあらわに見えて背中の方だけ着ていらっしゃる恰好は、幼児の常であるが、とてもかわいらしく色白ですんなりとして、柳の木を削って作ったようである。
 頭は露草で特別に染めたような感じがして、口もとが愛らしく艶々として、目もとがおっとりと気がひけるほど美しいのなどは、やはりとてもはっきりと思い出されるのだが、
「あの人は、とてもこのようにきわだった美しさはなかったが、どうしてこうなのだろう。母宮にもお似申さず、今から気品があり立派で、格別にお見えになる様子などは、自分が鏡に映った姿にも似てはいないこともないな」というお気持ちになられる。
 やっとよちよち歩きをなさる程である。この筍の載った罍子に、何とも分からないで近寄って来て、やたらにとり散らかして、食いかじったりなどなさるので、
「なんとお行儀の悪い。いけません。あれを片づけなさい。食べ物に目がなくていらっしゃると、口の悪い女房が言うといけない」と言って、お笑いになる。お抱きになって、
「若君の目もとは何かあるな。小さい時の子を多く見ていないからだろうか、これくらいの時はただあどけないものとばかり思っていたが、今からとても格別すぐれているのは心配なことだ。女宮がいらっしゃるようなところにこのような人が生まれて来て、困ったことが、どちらにとっても起こるだろうな。
 ああ、この人たちが育って行く先までは見届けることができないだろう。『花の盛りはありなめど(寿命あってのことだが)』」と言って、じっとお見つめ申していらっしゃる。
「何とまあ、縁起でもないお言葉を」と、女房たちは申し上げる。

 

《何となく気まずい二人の所に、ちょうど一歳ほどの若宮が這いだしてきました。この君は、ここでは触れられていませんが、後に「まことに不思議なまで人が気のつく薫りに染まっていらっしゃる」(匂兵部卿宮の巻第二章第四段)と書かれて「薫る大将」と呼ばれたことから薫君と呼び習わすことになりますので、ここでも以後少し先回りして、薫と呼ぶことにします。

『評釈』が、「注意すべきは、幼時のとき、この人にこの香りのなかったことだ。…生まれながらの体臭ではなく、元服のころに至って生じたのであろう」と、もっともらしく語りますが、どうなのでしょうか。

さて香りはともかく、この若君がまた、世にあり得ないような美しくかわいい子でした。

「とてもかわいらしく色白ですんなりとして」(「すんなり(原文・そびやかに)」が幼児のかわいらしさの形容としては不釣り合いな気がしますが、肌のつややかさを言っているのでしょうか。「柳の木を削って」は「きめが細かく白」い肌を、「露草で…」は剃った頭の色を言うのだそうです(『集成』)が、いずれも絶賛の言葉で、さらに「口もとはかわいらしく艶々として、目もとがおっとりと気がひけるほど美しい」と続きます。

実の父以上であり、母親にも似ず、「気品があり立派で、格別」で、と、ここまでは後の主役としてそうもあろうかと思うとしても、「自分が鏡に映った姿にも似てはいないこともない」と思うに到っては、ほとんど吹き出したくなるくらいにナルシシズムの極みというものです。と言っても、語り口は普通ですから、作者としては平常心で書いているわけで、今作者は薫の素晴らしさを言いたい一心のようです。

あまりにかわいらしく美しいので、源氏は、「女宮(「明石の女御腹の姫宮をいう」・『集成』)がいらっしゃるようなところに」こういう人がいると、問題が起きるのではないかと早くも心配を始めます。『集成』は「冗談ながら、暗に柏木のような恋愛事件を起こすのではないか、という含みがある」と言いますが、自分のことの方が先ではないでしょうか。

さすがにこれは源氏としても諧謔の気持でしょうが、いずれにしても、あの源氏が、女三の宮といてすこし居心地が悪かったのも忘れ顔で、「花の盛り」、この子たちが一人前になるまで生きられるだろうかと、すっかり好々爺といった趣です。》

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第二段 朱雀院、女三の宮へ山菜を贈る

【現代語訳】

 山の帝は、二の宮もこのように人に笑われるようになって物思いに沈んでいらっしゃるということだし、入道の宮も現世の普通の人らしい幸せは一切捨てておしまいになったので、どちらも不本意なことにお思いになるが、総じてこの世の事を悩むまいと我慢なさる。御勤行をなさる時にも、

「同じ道をお勤めになっているのだろう」などとお思いやりになって、このように尼になられてから後は、ちょっとしたことにつけても、絶えずお便りを差し上げなさる。
 お寺近くの林に生え出した筍やその近辺の山で掘った山芋などが、山里の生活では風情があるものなので、差し上げようとなさってお手紙を心こまやかにお書きになった端に、
「春の野山は霞がかかってはっきりしませんが、思い深く掘り出させた印に、
  世を別れ入りなむ道はおくるとも同じところを君も尋ねよ

(この世を捨ててお入りになった道は私よりあとからだったにせよ、同じ極楽浄土を

あなたも求めて来て下さい)
 とても難しい事ですよ」とお便り申し上げなさったのを涙ぐんで御覧になっているところに、大殿の君がお越しになった。いつになく御前近くに罍子がいくつもあるを、

「何だろう、おかしいな」と御覧になると、院からのお手紙なのであった。御覧になると、とても胸の詰まる思いがする。
「今日か明日かの心地がするのに、会うのが思うにませないことです」などとこまごまとお書きになっていらっしゃる。この「同じ極楽浄土」へ御一緒にとのお誘いを、特別に趣があるものではなく、僧侶らしい言葉遣いであるが、

「いかにも、そうお思いのことだろう。自分までが疎略にしているとお見せ申して、ますます御心配あそばされることになろうことを、おいたわしい」とお思いになる。
 お返事は恥ずかしげにお書きになって、お使いの者には、青鈍の綾一襲をお与えなさる。書き損じなさった紙が御几帳の端からちらっと見えるのを取って御覧になると、ご筆跡はとても頼りない感じで、
「 憂き世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそ入れ

(辛い世の中とは違う所に住みたくて、世を捨てた山寺に入りとうございます)」
「ご心配なさっているご様子なのに、ここと違う住み処を求めていらっしゃる、まことに残念で辛いことです」と申し上げなさる。
 今ではまともにお顔をお合わせ申されず、とてもかわいらしく可憐に見えるお額髪やお顔の美しさは、まるで子供のようにお見えになって、たいそういじらしいのを拝見なさるにつけては、

「どうしてこのようになってしまったことか」と、悪いことをしたようにお感じになるので、御几帳だけを隔てて、またひどく隔たって他人行儀にならない程度に、お扱い申し上げていらっしゃるのだった。

 

《「山の帝」朱雀院には四人の女宮がありましたが、そのうちの二人が、若くして辛い暮らしとなってしまい、院は、それを思うとやりきれない思いです。しかし、いずれも嫁がせてしまったのであり、まして自分が出家の身とあっては出る幕はなく、ただ案じながら、勤行に励み、その合間に、その娘たちに励ましの便りを届け、折に触れては山の幸を採って添えてやるくらいのことしかできません。

特に女三の宮のところへは、「前は、俗人と出家人だと思い」(『評釈』)あまり手紙などされなかった(若菜下の巻第十一章第二段)のですが、「今は、同じ仏道修行の身」(同)で、「絶えずお便りを差し上げなさる」のでした。

院の送られたのは、筍と山芋、山芋は原文では「ところ(野老)」とあり、手紙にある歌の「ところ」はそれを響かせたもの、「同じ極楽浄土をあなたも求めて来て下さい」の意とされますが、一緒にこの山芋を掘りませんか、あなたも山にお入りなさい、難しいとは思いますが、と誘っておられるようのも思われますが、考えすぎでしょうか。

たまたまその時に、源氏が姿を見せました。彼も院の手紙を読みます。兄院の悲しみはいかにももっともなことに思われて、「自分までが疎略にしているとお見せ申して(「女三の宮を出家させたことをさす」と『集成』が言います)」と彼は自分を責める気持です。

女三の宮が書き損じた返事の片端を見ると、「そむく山路に思ひこそ入れ」とありました。源氏はそれをどう読んだのでしょうか。

この宮は自分の過失を恥じて出家したはず(柏木の巻第一章第六段2節)だが、実は自分を避けようとした出家ではなかったか、ひょっとしたら心の中では若い柏木を選んでさえいるのではないか、いや、さすがにそこまでは考えないかも知れませんが、そういうことを思いながら宮を見ると、そこには今でもまだ「とてもかわいらしく可憐に見えるお額髪やお顔の美しさ」があって、そういう人を出家させることにしてしまった自分が「悪いことをしたようにお感じになるので」(原文は「罪得ぬべくおぼさるれば」とあって、多くこのように軽い感じで訳していますが、仏罰が当たる、というようなもう少し強い意味で言っているようにも思われます)、何となく側に寄りにくい気がして、どうやら、すっかり自信をなくしてしまったようです。》

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第一段 柏木一周忌の法要

巻三十七 横笛 光る源氏の准太上天皇時代四十九歳春から秋までの物語

第一章 光る源氏の物語 薫成長の物語

第一段 柏木一周忌の法要

第二段 朱雀院、女三の宮へ山菜を贈る

第三段 若君、竹の子を噛る

第二章 夕霧の物語(一) 柏木遺愛の笛

第一段 夕霧、一条宮邸を訪問

第二段 柏木遺愛の琴を弾く

第三段 夕霧、想夫恋を弾く

第四段 御息所、夕霧に横笛を贈る

第五段 帰宅して、故人を想う

第六段 夢に柏木現れ出る

第三章 夕霧の物語(二) 匂宮と薫

第一段 夕霧、六条院を訪問

第二段 夕霧、薫をしみじみと見る

第三段 夕霧、源氏と対話す

第四段 笛を源氏に預ける


【現代語訳】

 故権大納言があっけなくお亡くなりになった悲しさを、いつまでも残念なことに思い、恋いお偲びになる方が多かった。六条院におかれても、特別の関係がなくてさえ世間に人望のある人が亡くなるのは惜しみなさるご性分で、なおのことこの人は、朝夕に親しくいつも参上していて、人よりもお心を掛けていらっしゃったので、どうにもけしからぬとお思い出しになることはありながら、哀悼の気持ちは強く、何かにつけてお思い出しになる。
 一周忌にも、誦経などを特別におさせになる。

何事も知らぬげに幼い子のご様子を御覧になるにつけても、何といってもたいそう不憫なので、心中さらに願をお立てになって、黄金百両を別にお布施なさるのであった。父大臣は、事情も知らないで恐縮してお礼を申し上げさせなさる。
 大将の君もお布施をたくさんなさり、ご自身も熱心に法要のお世話をなさる。あの一条宮をも、一周忌に当たってのお心遣いも深くお見舞い申し上げなさる。兄弟の君たちよりもまさるお気持ちのほどを、とてもこんなにまでとはお思い申さなかったと、大臣や母上もお喜び申し上げなさる。亡くなった後にも世間の評判の高くていらっしゃったことが分かるので、ひどく残念がり、いつまでも恋い焦がれなさることは、限りがない。


《巻の名は、第二章第四段の歌に依ります。

 話は、前の巻の続きで、源氏は、相変わらず柏木を悼む気持で「何かにつけてお思い出しになる」と言いますが、そう言われると、彼は、女三の宮については、折々かなりひどい嫌みを言うほどではあっても、柏木については、結局「どうにもけしからぬとお思い出しになることはありながら」という程度にしか考えていないように見えて、あの朱雀院五十の賀の試楽の後の柏木の「お許しなさらないお気持ちの様子に御目差しを拝見致しまして」(柏木の巻第三章第三段1節)というのは、柏木の気のせいだったのだろうか、という気に、またしてもなります。あるいは、「死にし子、顔よかりき」(『土佐日記』二月四日)ということなのでしょうか。

 一周忌の法要の布施にも、「黄金百両を別に」(『評釈』は「これは、この赤児からのもの、と心中ひとり思って」と言います)寄進するのでした。同書は「いま百万円ほどにあたろうか」と添えます。

 源氏だけではありません、夕霧も何かと供養をし、彼はまた、落葉宮にも、彼女の兄弟以上に「一周忌に当たってのお心遣いも深くお見舞い申し上げなさる」のでした。

柏木の両親は、そういう二人の振る舞いの意味を十分には知らないままに(源氏の方はともかく、普通に考えれば、息子の未亡人に夕霧のような男性がそのようにすることがどういうことを招くかということを先に考えそうなものですが、それはそれでよいと考えるのでしょうか)、柏木の人徳なのだと思うのでしょう、改めて立派だった息子を「恋い焦がれなさる」のでした。

夕霧の「ご自身も熱心に」のところ、原文は「とりもちてねんごろに」です。「とりもちて」の意味は『辞典』には「②物を大切にして行う、③一つことを重大と思って、かかりきる」などがありますが、「ご自身も」(諸注、そう訳しています)となるのがよく分かりません。》

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