源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第五章 夕霧の物語

第六段 夕霧、御息所と対話

【現代語訳】

 御息所のいざり出ていらっしゃる気配がするので、おもむろに居ずまいをお直しになる。
「嫌な世の中を悲しみに沈んで月日を重ねてきましたせいか、気分の悪いことにも妙にぼうっとしたように過ごしておりますが、このように度々重ねてのお見舞いがまことにもったいので、元気を奮い起こしまして」と言って、本当に苦しそうなご様子である。
「お嘆きになるのは無理もないことですが、またそんなに悲しんでばかりいられるのもいかがなものかと。何事も前世からの約束事でございましょう。何といっても限りのある世の中です」と、お慰め申し上げなさる。
「この宮は聞いていたよりもゆかしいところがお見えになるが、お気の毒に本当にどんなにか外聞の悪い事を加えてお嘆きになっていられることだろう」と思うと心が動くので、たいそう心をこめて、ご様子をもお尋ね申し上げなさった。
「器量などはとても十分ではいらっしゃるまいけれども、ひどくみっともなくて見ていられない程でなければ、どうして見た目が悪いといって相手を嫌いになったり、また大それたことに心を迷わすことがあってよいものか。みっともないことだ。ただ気立てだけが、結局は大切なのだ」とお考えになる。
「今はやはり故人と同様にお考え下さって、親しくお付き合い下さい」などと、特に色めいたおっしゃりようではないが、心を込めて気のある申し上げ方をなさる。直衣姿がとても鮮やかで、背丈も堂々と、すらりと高くお見えであった。
「あの殿は何事にもお優しく美しく、上品で魅力的なところがおありだったことは二人とないお方だ。こちらは、男性的で華やかで何と美しいのだろうと一目でお見えになる美しさは、誰とも違うこと」と、ささやいて、
「同じことなら、このようにしてお出入りして下さったならば」などと、女房たちは言っているようである。
 「右将軍の墓に草初めて青し」と口ずさんで、それも最近の事だったのであれこれと近頃も昔も人の心を悲しませるような無常の世の中に、身分の高い人も低い人も惜しみ残念がらない者がないのも、表立ったことはそれとして、不思議と人情の厚い方でいらっしゃったので、大したこともない役人や女房などの年取った者たちまでが恋い悲しみ申し上げた。

それ以上に、主上におかせられては、管弦の御遊などの折毎に、まっさきにお思い出しになって、お偲びあそばされた。
 「ああ、衛門督よ」という決まり文句を、何事につけても言わない人はいない。六条院におかれては、まして気の毒にとお思い出しになることが、月日の経つにつれて多くなっていく。
 この若君を、お心の中では形見と御覧になるが、誰も知らないことなので、まことに何の張り合いもない。秋頃になると、この若君は這い這いをし出したりなどして。

 

《「少将の君」だけのお相手では申し訳ないと思ったのでしょうか、御息所はあえていざって出てきました。

夕霧の言葉、「外聞の悪い事」は、独身を通すのが普通と考えられている皇女の身で結婚し、しかもその夫に先立たれたことを言うのでしょう。真面目な彼は、親身に宮を気の毒に思っている、というふうに読むのがいいでしょう。『評釈』は、この時すでに誘惑の意図ありとしているようですが。

もっとも「心を込めて気のある申し上げ方をなさる」とありますから、気がないわけではなさそうです。

「器量などはとても十人並でいらっしゃるまい」というのは、柏木があまり気に入らない様子だったことからの推測でしょう。しかし自分はそれは問題外で、「ただ、気立てだけが、結局は、大切なのだ」と思うのは、どこまでも生真面目な彼らしいところです。

「右将軍の墓に草初めて青し」は「天の善人に与する、吾信ぜず、右将軍が墓に草初めて秋なり」という詩句をもじって、季節を今に合わせたもの、善い人が天の加護を得られないままに早世し、人に忘れられていく」という意味で、柏木を悼んで呟いたものとされます。「右将軍」は実在の藤原保忠で、その死も「最近の事」(史実では「九三六年七月十四日没」・『集成』)だと言います。

保忠の死から人々が無常を言いあっていた頃で、そこに柏木の死で、世のすべての人が柏木を惜しんだのでしたが、それは「表立ったこと」(公人としての才幹、学識、技芸といった面・『集成』)はもちろんとして、「人情の厚い方」だったからだろう、ということのようです。

「と(夕霧が)口ずさんで、」の結びが見当たりません、流れてしまったのでしょう。

その一般の人々以上に「主上におかせられては」惜しんでおられます。

そして「六条院におかれては、まして」と重なり、「この若君を、お心の中では形見と御覧になる」と言いますから、源氏はもう柏木への恨みはないように見えます。そこで視点を一転して、その若宮が「這い這いをし出したりなどして」と目に見えるような様子をクローズアップしておいて、そのまま言いさして巻を閉じるあたり、映画的手法と言いますか、まったく余韻たっぷりです。》

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第五段 四月、夕霧の一条宮邸を訪問

【現代語訳】

 あの一条宮邸にも、常にお見舞い申し上げなさる。四月ごろの空はどことなく心地よく、緑一色に覆われた四方の木々の梢が美しく見わたされるが、「もの思ふ宿(涙に暮れている家)」は、何につけてもひっそりと心細く、暮らしかねていらっしゃるところに、いつものようにお越しになった。
 庭もだんだんと青い芽を出した若草が一面に見えて、あちらこちらの白砂の薄くなった物蔭の所に雑草が我が物顔に茂っている。前栽を熱心に手入れなさっていたのも勝手放題に茂りあい、一むらの薄も思う存分に延び広がって、虫の音が加わる秋が思い遣られると、もうとても悲しく涙ぐまれて、草を分けてお入りになる。
 伊予簾を一面に掛けて、鈍色の几帳越しに衣更えした透き影が涼しそうに見えて、上品な童女の、濃い鈍色の汗衫の端や頭の恰好などがちらっと見えているのも趣があるが、やはりはっとさせられる色である。
 今日は簀子にお座りなので、褥をさし出す。大変軽々しいお座席だと思って、いつものように御息所に応対をお促し申し上げるが、最近気分が悪いといって物に寄り臥していらっしゃる。あれこれと座をお取り持ちする間、御前の木立が何の悩みもなさそうに茂っている様子を御覧になるにつけても、とてももの悲しい。
 柏木と楓とが、他の木々よりも一段と若々しい色をして、枝をさし交わしているのを、
「どのような前世の縁でか、枝先が繋がっている頼もしさだ」などとおっしゃって、そっと近寄って、
「 ことならば馴らしの枝のならさなむ葉守の神のゆるしありきと

(同じことならばこの連理の枝のように親しくしてほしいものです、葉守の神のお許

があったのだからと)
 御簾の外に隔てられているのは、恨めしい気がします」と言って、長押に寄りかかっていらっしゃる。
「くだけたお姿もまた、とてもたいそう優雅でいらっしゃること」と、お互いにつつき合っている。お相手を申し上げる少将の君という人を使って、
「 柏木に葉守の神はまさずとも人ならすべき宿の梢か

(柏木に葉守の神はいらっしゃらなくても、みだりに人を近づけてよい梢でしょうか)
 唐突なお言葉で、いい加減なお方と思えるようになりました」と申し上げたので、なるほどとお思いで、少しお笑いになった。

 

《夕霧は「あの一条宮邸にも、常に」出かけていきます。「も」というのは、致仕の大臣邸にも行くが、ということでしょうか。

 季節は初夏に移って、すがすがしい季節ですが、この邸は、男主人がいなくなって人の訪れがなく、悲しみに沈むとともに、見る間に荒れていき、夕霧はその光景に、秋になったら虫の音がいっそう荒廃を際だたせることだろうと、涙しながら入っていきました。

「伊予簾」は「粗製の簾で、色は白い。服喪中のさま」(『集成』)、『評釈』は、さらに「新しいものは涼しげだ」と言いますから、ここはそれでしょう、それを透しての童女の影が見えるのも涼しげで趣はあると思うものの、着ているものが鈍色であることに「やはりはっとさせられる」のでした。

前回は改まっての弔問だったからというのでしょうか、廂の間に招かれましたが、今回は通常の訪問で、彼は自ら簀子に腰を下ろしました。女房たちが扱いに困って、御息所に応対を頼みますが、今日は体調が悪く、出て行かれないようです。

その間、夕霧は庭を眺めて、柏木と楓が枝を交わしているのを見て、歌を詠み掛けます。

「馴らしの枝」がよく分からないのですが、「枝と枝が互いに入りこんでいる」(『評釈』)枝、つまり連枝の枝をそういう、ということのようです。また下の句の「葉守の神」は「柏木に宿るという樹の神」(『集成』)で、それが慣れ親しむことの許しを与えたのだ、ということにしてほしいと詠んだ、ということのようです。

返しの歌は御息所のものとされます。「守りの神」(夫君)がお亡くなりになったのに、みだりに梢(女宮様)に近づけてよいものでしょうか。

言い返されて、それもそうだと笑って素直に引き下がるのが夕霧の夕霧たるところということでしょう。

『評釈』は(『光る』も、ですが)これを落葉宮の歌と見て、(夕霧は)これを「相手にできる女だ、と思う」と言いますが、ここで急に宮自身が口を出すというのは変ですし、まだ早いという気がします。

ここの歌によって、この巻は「柏木」と名付けられ、この巻の主人公だった衛門の督(今は故・権大納言)を、後世、柏木と呼ぶことになったとされますが、他の人に比べて呼び名と当人の間が少々遠いような気がしますが、どうでしょうか。》

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第四段 夕霧、太政大臣邸を訪問~その2

【現代語訳】2

「あなたの母上がお亡くなりになった秋は、本当に悲しみの極みに思われましたが、女性というものはきまりがあって、知る人も少なくあれこれと目立つこともないので、悲しみも表立つことはないのでした。
 ふつつかな者でしたが、帝もお見捨てにならず、だんだんと一人前になって、官位も昇るにつれて頼りとする人々が自然と次々に多くなってきたりしていて、驚いたり残念に思う者もいろいろな関係でいることでしょう。
 このように深い嘆きは、その世間一般の評判も官位のことも考えるではなく、ただ格別人と変わったところもなかった本人の有様だけが、堪え難く恋しいのです。いったいどのようにして、この悲しみが忘れられるのでしょう」と言って、空を仰いで物思いに耽っていらっしゃる。
 夕暮の雲の様子は鈍色に霞んで、花の散った梢々を今日初めて目をお止めになる。さきほどの御畳紙に、
「 木の下の雫に濡れてさかさまに霞の衣着たる春かな

(木の下の雫に濡れて、逆様に親が子の喪に服している春です)」
 大将の君、
「 亡き人も思はざりけむうち捨てて夕べの霞君着たれとは

(亡くなった人も思わなかったでしょう、先立ってあなたに喪服を着て戴こうとは)」
 弁の君、
「 うらめしや霞の衣誰着よと春よりさきに花の散りけむ

(恨めしいことですよ、墨染の衣を誰に着よと思って春より先に花は散ってしまった

のでしょう)」
 ご法要などは、並はずれて立派に催されたのであった。大将殿の北の方はもちろんのこと、殿は特別に誦経なども手厚くご趣向をお加えなさる。

 

《夕霧の母・葵の上はこの大臣は妹に当たり、彼女は二十六歳くらいで亡くなりました。

あの時の左大臣家の悲しみもたいへんなものでした(葵の巻第二章第七段)が、大臣は、今思えば、それでも女性だったので「悲しみも表立つことはないのでした」と言います。あの時は身近な人々のとってだけのプライベートな悲しみだったが、今回の柏木の場合はそれだけでは済まず、世間にもさまざまに悲しんでくれる人がいるようだ、という意味のようです。

そのことがあれば、その分だけ心が慰められると言ってもよさそうですが、しかし、それでも自分の悲しみは、逆に、そういう「世間一般の評判も官位のことも」関わりなく、ただひたすら「本人の有様だけが、堪え難く恋しい」のだ、と彼の言いようのない悲しみを語ります。

話ながら、改めて悲しみがこみ上げてきたのか、大臣は、「空を仰いで物思いに耽って」しまいました。

夕暮れの鈍色の空の広がりの中に、花の散って寂しくなった桜の枝が目に止まり、見るともないままに見つめています。歌は、その彼の口から詠むともなしに漏れ出た歌のように思われます。

「御わざ」は「忌み明けの法要」(『評釈』)、大臣は精一杯の法要を営みます。「殿」は夕霧、彼も特別に「誦経」(「寺々に読経を依頼する布施の金品」・『集成』)をします。》

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第四段 夕霧、太政大臣邸を訪問~その1

【現代語訳】1

 致仕の大殿にその足で参上なさったところ、弟君たちが大勢おいでになっていた。
「こちらにお入り下さい」ということだったので、大臣の御客間の方にお入りになる。悲しみを抑えてご対面なさった。いつまでも若く美しいご容貌がひどく痩せ衰えて、お髭などもお手入れなさらないのでいっぱいに生えて、子が親の喪に服するよりもずっとやつれていらっしゃる。 

お会いなさるや、とても堪え切れないので、

「あまりだらしなくこぼす涙は体裁が悪い」と思うので、無理にお隠しになる。
 大臣も、

「特別仲好くていらっしゃったのに」とお思いになると、ただ涙がこぼれにこぼれて、お止めになることができず、語り尽きせぬ悲しみを互いにお話しなさる。
 一条宮邸に参上した様子などをお話し申し上げなさる。ますます春雨かと思われるまで、軒の雫と違わないほど、いっそう涙をお流しになる。畳紙にあの「柳の芽にぞ」とあったのをお書き留めになっていたのを差し上げなさると、

「目も見えませんよ」と、涙を絞りながら御覧になる。
 涙に眉をしかめて御覧になるご様子は、いつもは気丈できっぱりして自信たっぷりのご様子もすっかり消えて、体裁が悪い。実のところ、特別良い歌ではないようだが、この「玉は貫く」とあるところが、なるほどという気がなさって心が乱れて、暫くの間涙を堪えることができない。

 

《夕霧は三条に雲居の雁と住んでいるとありました(藤の裏葉の巻第三章第三段)から、彼は一条宮邸に行き、帰りに「その足で」二条の致仕の大殿邸に立ち寄りました(この場合関係はありませんが、近くには紫の上のいる二条院もあるはずです)。

 大殿邸には、父君を支えるためなのでしょう、「弟君たちが大勢おいでになって」います。

 客間(「廂の間であろう」・『集成』)に通されて、出て来られたその父君を見ると、その悲歎は少しも収まっていないようで、無精髭のやつれた様子で、見るなり夕霧は涙がこぼれそうになるのを必死で押さえました。

 後は涙、涙の対話です。「柳の芽に」は御息所の歌です(前段)。「夕霧は車中で反芻し、畳紙に書いた」(『評釈』)のでしょう。同書は「口では言えず、畳紙を奉る」と言いますが、初めからここで渡すつもりだったとすれば、見事な準備で、気配りが利いているとも言えます。

歌の「柳の芽にぞ玉はぬく」は、柳の枝のたくさんの「芽」に露の玉がついているのが、まるで糸で貫いて連なっているように見えるが、それと同じように「目」から涙が止まらず連なってこぼれることだ、という意味のようです。大殿はその言葉に、自分もまったくそうだと、ますます心を乱すのでした。》

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第三段 夕霧、御息所と和歌を詠み交わす

【現代語訳】

 大将も、すぐには涙をお止めになれない。
「どうしたわけか、実に申し分なく落ちついていらっしゃった方が、このようになる運命だったからでしょうか、ここ二、三年の間はひどく沈み込んで、どことなく心細げにお見えになったので、『あまりに世の無常を知り、考え深くなった人が、悟りすまし過ぎて、このような人の例として、心が素直でなくなり、かえって逆に立派だという評価が薄れるものだ』と、いつも至らない自分ながらお諌め申していたので、思慮が浅いとお思いのようでした。

何事にもまして、人以上に、お話しの通り宮のお悲しみになっているご心中が、恐れ多いことですが、まことにおいたわしゅうございます」などと、優しく情愛こまやかに申し上げなさって、やや長居してお帰りになる。
 あの方は、五、六歳くらい年上であったが、それでもとても若々しく優雅で親しみやすくていらっしゃった。この方は、実にきまじめで重々しく男らしい感じがして、お顔だけがとても若々しく美しいことは、誰にも勝っていらっしゃった。若い女房たちは、もの悲しい気持ちも少し紛れてお見送り申し上げる。
 御前に近い桜がたいそう美しく咲いているのを、「今年ばかりは(墨染めに咲け)」と、ふと思われるのも、縁起でもないことなので、「あひ見むことは(再び巡り会うことはないのだなあ)」と口ずさみなさって、
「 時しあれば変わらぬ色ににほひけり片枝枯れにし宿の桜も

(季節が廻って来たので変わらない色に咲きました、片方の枝は枯れてしまったこの桜の木にも)」 

さりげないふうに口ずさんでお立ちになると、とても素早く、
「 この春は柳の芽にぞ玉はぬく咲き散る花のゆくへ知らねば

(今年の春は柳の芽に露の玉が貫いているように泣いております、咲いて散る桜の行

く方も分かりませんので)」

と申し上げなさる。格別深い情趣があるわけではないが、当世風で、才能があると言われていらっしゃった更衣だったのである。「なるほど、そつのないお心づかいのようだ」と御覧になる。

 

《前段で御息所が語った「(柏木はこの宮に対して)願っていたようではなかったお気持ち」だと思っていたが、「遺言」は身にしみて嬉しかったという言葉を受けての、夕霧の言葉です。

彼は、柏木は「実に申し分なく落ちついていらっしゃった」結果、偉くなりすぎて、「世の無常」を見てしまい、そういう人にありがちなことだが、「心が素直でなく(心うつくしからず)」なってしまった、つまり世をはかなみ、生きる力をなくしてしまったのだ、というようなことでしょうか。実際のところ、柏木は自分の将来に望みを失ったのであって、当たらずとも遠からず、というくらいではありそうです。

「やや長居してお帰りになる」が意味深長で、夕霧の「優しく情愛こまやか」なところを表していて、思いを残して帰るというスタイルです。それもまた彼の配慮なのだろうと思われます。

女房たちの、蔭ながらの熱い視線を浴びながら、夕霧は立っていきます。

庭に美しく咲く桜が目に入った彼の胸に、思わず「今年ばかりは」という句が浮かびました。しかしそれはさっき御息所が話していた、女宮が「今にも後を追いなさるように見え」(前段)たというその出家姿を促しているように思えて、彼はひとり胸の内でちょっと動揺したのでしょう、あわててそれを打ち消すように同じ桜を詠んだ別の歌を、あえて口に出します。

歌の後の「さりげないふうに(原文・わざとならず)」は、『集成』は「特に御息所に詠みかけた体ではなく」と言いますが、それとともにそういう自分の動揺を見せないで、という意味もあるのではないでしょうか。彼が律儀な気配りの人であり、いい人であらねばならないと努めている若々しい潔癖さが感じられるような気がします。

言わば彼は自分のために歌を詠んだのであって、そういう彼には普通に返された歌でも「とても素早く」と感じられるでしょう。

夕霧は、さすがと感心し、この邸に好印象を抱いて帰っていくようです。》


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