源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 光源氏の物語

第五段 夕霧、事の真相に関心

【現代語訳】

 大将の君は、あの思い余ってちらっと言い出したことを、
「どういうことだったのだろうか。もう少し気持がしっかりしている状態だったら、あれほど言い出したことなのだから、十分に事情が分かっただろうに、どうしようもないいまわの際だったので、折悪しく胸がつまって残念なことだったな」と、その面影が忘れることができなくて、兄弟の君たちよりも、無性に悲しく思っていらっしゃったのだった。
「女宮がこのように出家なさった様子は、大したご病気でもないままに、きれいさっぱりとご決心なさったものよ。また、だからといってお許し申し上げなさるべきことだろうか。二条の上が、あれほど最期に見えて、泣く泣くお願い申し上げなさったと聞いたことを、とんでもないことだとお考えになって、とうとうあのようにお引き留め申し上げなさったものを」などと、あれこれと思案をこらしてみると、
「やはり、以前からずっとうかがわれた気持ちが、抑え切れない時々があったのだ。しごく静かに落ち着いた表面は、人に勝れてほんとうに嗜みがあり穏やかで、どのようなことをこの人は考えているのだろうかと、周囲の人も気づまりなほどであったが、少し弱いところができて、もの柔らか過ぎたためだ。
 どんなにせつないとしても、あってはならないことに心を乱して、このように命を引き換えにしてよいはずはない。相手のためにもお気の毒であるし、わが身は滅ぼしてよいものだろうか。そのようになるはずの前世からの因縁と言っても、まことに軽率で、つまらないことであるよ」などと自分独りで思うが、女君にさえ申し上げなさらず、適当な機会がなくて、院にもまだ申し上げることができなかったのだった。

とはいえ、このようなことを小耳にはさみましたと申し出て、ご様子も窺って見てみたい気持ちでもあった。
 

《柏木が亡くなって、その騒ぎが一段落して、夕霧は友人の死を改めて考えてみます。「どこといって苦しいこともありません」と言いながら「今では正気も失せたような有様で」
」(第三章第三段1節)という状態で、そのまま間もなく亡くなったというのは、大変不思議なことで、あの時「六条院にちょっとした行き違いがあって」(同)と言っていたことが、何かあるのではないか、と夕霧が不審に思っても不思議ではありません

 六条院と言えば、女三の宮が出産の後に、大したことも無さそうなのに突然出家したのも不思議な出来事だと彼には思われます。

二条の上(紫の上)の時は、危篤の中での申し出だったらしいのに許さなかった源氏が、女宮には許したというのも、不審なことだ、してみると柏木と女宮との間に何かがあったのだろうか、…。

彼は、あの蹴鞠の時に自分が感じた、「当然見ていたにちがいない」という不安が正しかったということなのではないだろうかと思い到ります。

昔から柏木が高貴の女性に憧れを持っていたことは知っていたことでしょうから、それから考えれば、たどり着きそうな結論です。

もっとも、以下の「抑え切れない時々があった」とか「弱いところができて」とかは、女三の宮とのことにおいて現れたことですから、夕霧は知らないことのはずで、作者自身の批評と言わねばなりません。つまり、作者は柏木をそういう人物として見てほしいと言っているわけです。

その上で夕霧は、自分はそのようにはならないし、しないと、いかにも真面目な彼らしい考えを抱くのですが、そういう柏木に関わる一連の推測を、彼は父・源氏に話して見たいと考えたというのは驚いた話で、どこまで話すかということはありますが、普通には到底話せるようなことではないでしょう。生真面目な彼の、妙な生真面目さの一面ということでしょうか。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第四段 源氏、女三の宮に嫌味を言う

【現代語訳】

「この事情を知っている人は、女房の中にもきっといることだろうが、分からないのは悔しことだ。馬鹿だと思っているだろう」と穏やかならずお思いになるが、

「自分の落度になることは堪えようが、どちらかと言えば、女宮のお立場が気の毒だ」などとお思いになって、顔色にもお出しにならない。

とても無邪気にしゃべって笑っていらっしゃる目もとや口もとのかわいらしさも、

「事情を知らない人はどう思うか分からないが、やはり、父親にとてもよく似ている」と御覧になると、

「ご両親が、せめて子供だけでもあればよかったとお泣きになっていようが、見せることもできず、誰にも知られずはかない形見だけを残して、あれほど高い望みをもって立派になっていた身を、自分から滅ぼしてしまったことよ」と、しみじみと惜しまれるので、けしからぬと思う気持ちも思い直されて、つい涙なさるのだった。
 女房たちがそっと席をはずした間に、宮のお側に近寄りなさって、
「この子を、どのようにお思いになりますか。このような子を見捨てて出家なさらねばならないものでしょうか。何とも情けない」と、ご注意をお引き申し上げなさると、顔を赤くしていらっしゃる。
「 誰が世にか種はまきしと人問へばいかが岩根の松とこたへむ

(いったい誰が種を蒔いたのでしょうと人が尋ねたら、誰と答えてよいのでしょう、

岩根の松は)
 不憫なことだ」などと、そっと申し上げなさると、お返事もなくて、うつふしておしまいになった。もっともなことだとお思いになるので、無理に催促申し上げなさらない。
「どうお思いなのだろう。思慮深い方ではいらっしゃらないが、どうして平静でいられようか」と、ご推察申し上げなさるのも、とてもおいたわしい思いである。


《ちょっと捉えどころのない一段です。

柏木の宿命のはかなさに涙した源氏は、ふり返ってわが身の危うさを思います。それは自分に対しての、妻を寝取られた男という陰口が、女房たちの間で噂されているのではないかという不安です。「女房は何事でも知っている。女房の前に主人の秘密はあり得ない」(『評釈』)はずなのです。

もし陰口がされているなら、「どちらかと言えば(男と女、双方どちらかと言おうなら・『集成』)」、自分はいいとして、女三の宮が気の毒だ、と思いながら、抑えていますが、彼としては生まれて初めての後ろめたさのある不安ですし、暴かれれば、これまでの名声もひとたまりもないような気がしますから、もっと大きな問題と思われてもいいように思いますが、かわいらしい若宮を見ると、一転して、改めて柏木が哀れに思われ、「けしからぬと思う気持ちも思い直され」た、と言います。

それなのに、姫宮を見ると、その若君を押し付けるようにして、「ご注意をお引き申し上げなさる」のです。宮にとってそれは自分の過ちを敢えて思い出させることであるのは明らかで、まして「誰が世にか種はまきし」などと言われては、「お返事もなくて、うつふしておしまいになった」のも無理ありません。

ついさっき「女宮のお立場が気の毒だ」と思った気持ちはどこに行ったのかと思わされます。

まして、そういう嫌みにうち臥す宮を見て、「とてもおいたわしい」と思うとなると、このあたりの源氏の心の動きは一体どうなっているのかと戸惑わざるを得ません。

彼の心が揺れ動いているのだとも言えますが、むしろそれは作者の問題だと言うべきではないかと思われるのですが、しかし『光る』はここを絶賛しています。

曰く、「丸谷・ここもいいところですね。」「大野・それでいて静かなんだなあ。」「丸谷・そうそう。才能のない小説家だったら、大騒ぎして書くところ。(笑)…二重三重に屈折している。ドラマテイック・アイロニーが一つ二つじゃなくて、三重にも四重にもなっている。だから濃密なんですね。」》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

 

第三段 源氏、老後の感懐

【現代語訳】

 御乳母たちは家柄が高く見た目にも無難な人たちばかりが大勢伺候している。お呼び出しになって、お世話申すべき心得などをおっしゃる。
「かわいそうに、残り少ない晩年に、成人して行くのだな」と言ってお抱きになると、とても人見知りせずに笑って、まるまると太っていて色白でかわいらしい。

大将などが幼い時の様子をかすかにお思い出しになるのには似ていらっしゃらない。明石女御の宮たちは、それはそれで、父帝のお血筋を引いて皇族らしく高貴ではいらっしゃるが、特別優れて美しいというわけでもいらっしゃらない。
 この若君はとても上品な上に加えてかわいらしく、目もとがほんのりとして、笑顔がちでいるのなどをとてもかわいらしいと御覧になる。気のせいか、やはりとてもよく似ている。もう今からまなざしが穏やかで人に優れた感じも、普通の人とは違って匂い立つような美しいお顔である。
 宮はそんなにもお見分けにならず、女房たちもまた全然知らないことなので、ただお一方のご心中だけが、
「ああ、はかない運命の人であったな」とお思いになると、世の無常もいろいろと思われなさって涙がほろほろとこぼれたのを、今日の祝いの日には禁物だと拭ってお隠しになる。
「静かに思いて嗟くに堪へたり(嘆きをじっと噛みしめて抑えている)」と、朗誦なさる。五十八よりは十歳若いお年齢だが、晩年になった心地がなさって、まことにしみじみとお感じになる。「汝が爺に(お前の父親に似るなよ)」とでも、お諌めなさりたかったのであろうよ。

 

《源氏は乳母たちに必要な指示をします。決して疎かにするわけではありません。そして改めて赤ん坊を見ました。

最初の感想は、自分が育てるのだという意識が感じられて、間違いなく父親のものです。四十の賀を祝う時代に、彼はすでに四十八歳です。現代、年の賀を祝うのは還暦が最初でしょうから、言わば六十八歳といった感覚でしょうか、「かわいそうに、残り少ない晩年に(原文・あはれ、残り少なき世に)」と言うのは、思いのこもった言葉に聞こえて、よく分かります。

さて、よく見ると、大変かわいい子供でした。夕霧に似ていなくて、「明石の女御の宮たち」とも違って、「とても上品な上に加えてかわいらしく…まなざしが穏やかで人に優れた感じも、普通の人とは違って、匂い立つような美しいお顔」であると、大変な讃辞です。「気のせいか、やはり(書かれてありませんが、柏木に、なのでしょう)とてもよく似ていた」と言いますが、彼がそれほどの、源氏と並び立つかのような美青年だったとは、どこかにあったでしょうか。ちょっと思い出せません。

しかし源氏の関心は別の所にあったでしょう。夕霧にも似ていない、自分の娘である明石の女御の子供たちにも似ていない、つまり、やはり自分の子ではないようだと彼は確認した思いだった、ということではないでしょうか。

『光る』がここで夕霧と柏木の「パーソナリテイ」の違いを、大変分かりやすく、多分的確に比べて、「大野・夕霧は正面切って几帳面で、ある意味で威風堂々と、ちゃんとやらせればある程度のことをやる。…柏木はちょっとよじれたというのか、ひねったところのある性質だから、気は利いたり、いろいろ愛嬌があったりはしたかもしれないが、どこかまっとうに正面から押していくような押し出しがいいというようなことはなかったはず」と、言っています。

もっとも、前にも言いましたが、生まれて二ヶ月ほどで誰かに似ているというのは、よほどのことで、普通は社交辞令の範囲、または「気のせい」つまり思いなしだと言うべきでしょう。子供っぽい女三の宮が、あまり気に留めていないというのはよく分かる話です。

源氏一人、柏木はこの子一人を生きた証しとして、それも世にそれと知られないままに亡くなったのだと思って感慨に耽ります。彼は柏木をもう怒ってはいないようです。

そして自分のことを思います。「静かに思いて嗟くに堪へたり」。白楽天五十八歳の時の詩の冒頭で、「十歳若いお年齢だが」はそのことを言っています。原詩は「自嘲」と題され、また「喜ぶに堪え亦嗟くに堪へたり」で、ここでは「喜ぶに堪え」が抜けており、さらに詩の末尾は「慎んで頑愚汝の爺(ちち)に似ることなかれ」で、その一つひとつが源氏の思いを示しているようです。

彼は、あるいはこうした事態になったことを自分の失態として「自嘲」しているのであり、当然この子を抱くことに「喜び」はなく、そしてこの子が柏木のようなことをするなよ、(いや、あるいは私のような過ちを冒すなよ、でしょうか)と語りかける気持なのではないか、というようにも思われます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 源氏と女三の宮の夫婦の会話

【現代語訳】

「まあ、何と情けない。墨染の衣はやはりまことに目の前が暗くなる色ですね。このようになられてもお目にかかることは変わるまいと心を慰めておりますが、相変わらず抑え難い心地がする涙もろい体裁の悪さを、実にこのように見捨てられ申した私の悪い点として思ってみますにつけても、いろいろ胸が痛く残念です。『取り返すものにもがなや(昔を今に取り返したい)』ですよ」とお嘆きになって、
「もうこれっきりとこの世をお見限りなさるならば、本当に本心から私をお捨てになったのだと、顔向けもできず情けなく思われることです。やはり、いとしい者と思って下さい」と申し上げなさると、
「このような出家の身には、もののあわれもわきまえないものと聞いておりましたが、ましてもともと知らないことなので、どのようにお答え申し上げたらよいでしょうか」とおっしゃるので、
「張り合いのないお言葉ですね。お分りになることがおありでしょうに」とだけ途中までおっしゃって、若君を拝見なさる。

 

《「優美で美し」く見える(前段)女三の宮ですが、源氏から見るとその法衣はなんとも辛いものに見えます。あるいは、喩えは好くありませんが、デーモンにとっての、かざされた十字架のように、その思いを萎えさせるものとでも言うのでしょうか。

源氏は例によって挨拶代わりのように恨み言を連ねますが、宮の返事は至ってつれないものです。

「もうこれっきりと…」の言葉の訳が『集成』では「この世」と「私」が逆になっていますが、この『評釈』の訳の方が自然に思われます。

源氏の言葉の「いとしい者と」の原文は「あはれと」で、宮の返事の「もののあわれ」の原文はその「あはれ」をそのまま使っています。そこで次の「もともと知らないことで」について『評釈』が、「二人きりのとき、源氏は女三の宮を子供扱いして、『あはれ』を知らぬと、時々言っていたことであろう。それへのしっぺ返しであろう」と言います。

なるほどと思われますが、そうだとすると、これまでほとんど自分の意志を示したことのないこの人が、畏怖する源氏にそういうことが言えたのは、大変な変化と言うべきで、源氏がもう少し驚いてもいいような気もします。

源氏は「張り合いのないお言葉ですね(原文・かひなのことや)」と応じているところをみると、言葉どおりにだけ受け取っているようにも思われますが、気づかないふりでしょうか。

次の「お分りになることがおありでしょうに」は、「柏木とは愛を交わしたではないか」(『集成』)と匂わせてのかなりの嫌みです。源氏は宮の方も柏木に心を寄せていたのだと考えているようです。

その言葉を途中で言いさして、「若君を拝見なさる」のですが、顔をそらしたのだという感じもあります。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第一段 三月、若君の五十日の祝い

第四章 光る源氏の物語 若君の五十日の祝い

【現代語訳】

 三月になると、空の様子もどことなく麗かで、この若君は五十日のほどにおなりになって、とても色白くかわいらしくて、日数の割に大きくなって、おしゃべりなどなさる。大殿がお越しになって、
「ご気分はさっぱりなさいましたか。いやもう、何とも張り合いのないことだな。普通のお姿でこのようにお祝い申し上げるのであるならば、どんなにか嬉しいことであろうに。残念なことにお見捨てになったことよ」と、涙ぐんでお恨み申し上げなさる。毎日お越しになって、今になってこの上なく大切にお世話申し上げなさる。
 五十日の御祝いに餅を差し上げなさろうとして、尼姿でいられるご様子を、女房たちは、「どうしたものか」とお思い申して躊躇するが、院がお越しあそばして、
「何のかまうことはない。女の子でいらっしゃったら、同じ筋で、縁起でもなかろうが」 と言って、南面に小さい御座所などを設えて、餅を差し上げなさる。

御乳母はとても派手に衣装を着飾って、御前の物、色々な色彩を尽くした籠物や桧破子の趣向の数々を、御簾の中にも外にも、本当の事は知らないことなので、とり散らかして無心にお祝いしているのを、「まことに辛く目を背けたい」とお思いになる。

宮もお起きになって、御髪の裾がいっぱいに広がっているのをとてもうるさくお思いになって、額髪などを撫でつけていらっしゃる時に、源氏が御几帳を引き動かしてお座りになるので、とても恥ずかしい思いで顔を背けていらっしゃるのだが、ますます小さくお痩せになって、御髪は惜しみ申されて長くお削ぎになってあるので、後姿は格別普通の人と違ってお見えにならない程である。
 次々と重なって見える鈍色の袿に、黄色みのある今流行の紅色などをお召しになって、まだ尼姿が身につかない御横顔は、こうなっても可憐な少女のような気がして、優雅で美しい様子である。

《女三の宮の若君がだんだんかわいらしくなってきました。宮については「何かにつけて疎ましくお思いすることになるのがおいたわしい」(第一章第6段2節)と思っていた源氏ですが、こうして時々は訪れるようです。

しかし、宮が尼姿なので、どうも落ちつきません。実際、自分は在俗のままで妻が尼姿というのは、逆ならまったく珍しくないでしょうが、イメージとしても大変落ちつきません。女房たちも、日常のさまざまな場面で、どう振る舞うのか、どうお世話すればいいのか、手探りといったところです。

さて、今では幼時百日目にお食い初めということをしますが、この時代、五十日目で餅を食べさせたようですが、母君が尼姿でもその祝をして好いのかと女房たちの心配です。女の子だったらその母と「同じ筋で、縁起でもなかろうが」男だから大丈夫と源氏の判断です。「尼になりっこはないのだから」と『評釈』が言いますが、この儀式が母にあやかるような意味があるのでしょうか。源氏の意見も、取りあえずそう言っただけ、という感じもしますが。『評釈』は作者自身の意見だと言います。風習は信じないで形を楽しめばいいものだという、至ってリアリステイックな考え方です。

『徒然草』の徳大寺実基の逸話(第二〇八、九段)が思い出されます。

一同安心してお祝いが催され、乳母は思い切り着飾っての出席でした。周囲も同じ気持ちだったようで、大変な御馳走が「御簾の中にも外にも」並べられました。それを「取り散らかして」というのがよく分かりませんが、『評釈』は「つっつきまわし」と訳して、女房たちも一緒に食べて祝ったのだとしています。『集成』と『谷崎』は直接には訳を当てていません。

続く「無心にお祝いしている」は、事情を知らないままに賑やかに、存分に御馳走になった、ということで、二人(源氏と女三の宮)の複雑な思いと対照させた格好です。

その女三の宮の尼姿が初めて語られます。父院が髪を下ろしてあげられた時に(第二章第四段)先回りして書きましたが、この方の髪の尼削ぎはほぼ長いままのようです。その髪があまって見えるくらいにすっかり痩せ細って、小さかった人がますます小さく見えます。しかしまだ馴染まない法衣とともに、ういういしさからでしょうか、源氏には「優美で美し」く見えました。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ