源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 柏木の物語(二)

第四段 柏木、泡の消えるように死去

【現代語訳】

 女御は申し上げるまでもなく、この大将の御方などもひどくお嘆きになる。心構えが誰に対しても兄貴分然として面倒見がよくていらっしゃったので、右の大殿の北の方も、この君だけを親しい人とお思い申し上げていらしたので、あれこれとお嘆きになって、ご祈祷などを特別におさせになったが、それも「やむ薬(治る薬)」ではないので、甲斐のないことであった。

女宮にも、とうとうお目にかかることがおできになれないで、泡が消えてしまうようにしてお亡くなりになった。

長年の間、内心こそ深く愛していたのではなかったが、一応はまことに申し分なく大事にお世話申し上げて、素振りもお優しく心映えもよく、礼節を守ってお過ごしだったので、辛いと思ったことも特にない。
「ただ、このように短命なお方だったので、不思議なことに普通の生活を面白くなくお思いであったのだわ」とお思い出されると悲しくて、沈み込んでいらっしゃる様子は、ほんとうにおいたわしい。
 母御息所も、「大変に外聞が悪く残念だ」と、拝見しお嘆きになることこの上もない。
 大臣や、北の方などは、まして何とも言いようがなく、
「自分こそ先に死にたいものだ。世間の道理もあったものでなく辛いことよ」と恋い焦がれなさったが、何にもならない。
 尼宮は、大それた恋心も不愉快なこととばかりお思いになって、長生きして欲しいともお思いではなかったが、このように亡くなったとお聞きになると、さすがにかわいそうな気がする。
「若君のご誕生を自分の子だと思っていたのも、なるほど、こうなるはずの運命であってか、思いがけない辛い事もあったのだろう」とお考えになると、あれこれと心細い気がして、お泣きになった。


《柏木の危篤を嘆く人々が列挙されます。

 そのまっ先にこれまであまり語られたことのない女御(冷泉院の弘徽殿の女御・柏木の妹)が上げられるのがちょっと意外ですが、「家族の女の中で最高の地位にいるから」(『評釈』)のようです。しかし以下は身分の順ではなく、大将(夕霧)の北の方である雲居の雁、右大臣(髭黒)の北の方・玉鬘と異腹妹二人が続き、そして正室落葉宮、その母御息所(この人の嘆きだけは他の人とはやや別方向ですが)、そして両親、最後に女三の宮の順です。

 つまり、彼の周囲のすべての人から惜しまれて亡くなったのだということなのでしょう。

 この人たちにとっては何の病とも知れないままに、「泡が消えてしまうようにして」亡くなったのですから、悲しみはひとしおです。

『構想と鑑賞』は、柏木について、彼がいかに優れた人物と認められていたかを、胡蝶の巻(第二章第四段)、常夏の巻(第一章第三段2節)などを挙げながら、あたかも弔辞のごとくに語って、「柏木の死はこの物語第一の悲劇」と讃えた上で、このように優れた人物が「なぜ過ちを犯したのか」ということを考えています。

そしてその原因として、源氏の皮肉にすぐにくずおれてしまうような「内面の弱さ」と、「好色者の倫理」を持たなかった、つまり「すき者らしいこと」をしながら「その適当な処置をしらなかった」ことを挙げて、源氏にはそういうものが備わっていたから、「大したボロを出さずに、表面を糊塗して何とかやって」きたのだと、あたかも源氏に優位があるように言います。

しかし、作者はそういう方向では書いてはいません。作者は柏木のそういう至らなさを折々示しながら(例えば、「それほど重い罪に当たるはずではないが・第十章第二段」と自覚しているなど)、それを含めて、悲劇の人として描き、その悲運を傷んでいるのであって、このようにして柏木を死なせることによって、柏木は有能にして優しく純真な青年として「この物語第一の悲劇」(同)の主人公となったわけです。

源氏との比較をいささか思い付き的な比喩で言えば、交響曲とピアノ曲の違いといったところで、比較自体が意味をなさないことです。いや、この後の源氏の晩年を見れば、勝者がどちらであるか、にわかには判じがたいことです。

ちなみに、本居宣長は、柏木の君が亡くなる場面を読んで、涙を流さない人間は「もののあはれ」を知らない人間であると言っているそうです(島内景二・講演録)が、どうなのでしょうか。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

 

第三段 柏木、夕霧に遺言~その2

【現代語訳】2

「どのような良心の呵責なのでしょうか。全然そのようなご様子もなく、このように重態になられた由を聞いて驚きお嘆きになっていることを、この上もなく残念だと口にし申していらっしゃるようです。どうして、このようにお悩みになることがあるなら、今まで黙っておられたのでしょう。こちらとあちらとの間に立って釈明して差し上げられたでしょうに。今となってはどうしようもありません」と言って、昔を今に取り戻したくお思いになる。
「ほんとうに、少しでも具合の良い時に、申し上げてお話を承るべきでございました。けれども、ほんとうに今日か明日かの命になろうとは、自分ながら分からない寿命のことを、悠長に考えておりましたのも、はかないことでした。このことは、決してあなた以外にお漏らしなさらないで下さい。適当な機会がございました折には、ご配慮戴きたいと申し上げて置くのです。
 一条の邸にいらっしゃる宮を、何かの折にはお見舞い申し上げて下さい。お気の毒な様子で、父院などにおかれてもお聞きになることがあるでしょうが、よろしく計らって上げて下さい」などとおっしゃる。言いたいことは多くあるに違いないようだが、気分がどうにもならなくなってきたので、
「お帰りになって下さい」と、手真似で申し上げなさる。

加持を致す僧たちが近くに参って、母上や大臣などがお集まりになって、女房たちも立ち騒ぐので、泣く泣くお立ちになった。

 

《夕霧は、一体どういう「自責」があるのか分からず、源氏には「全然そのようなご様子もなく」、ひとえにあなたの病状を心配している、と言います。これは試楽の後帰ってすぐ寝込んだという話を聞いた時の源氏の反応もそうでした(若菜下の巻末)から、本当なのでしょう。あの折の、柏木の煩悶の原因が源氏の生き霊にあるとする説が改めて思い起こされます。

 夕霧は、父との問題だったのなら、早く聞かせてくれれば、自分が二人の間に立って話を通じたのにと、残念がります。「今となってはどうしようもありません(原文・今はかひなしや)」と言い切ってしまうのは、ちょっと待て、まだ間に合うのではないか、と驚かされますが、それはもうその場の二人には当然のことなのでしょう。

柏木は話を続けて、後に残すことになる「一条の邸にいらっしゃる宮」、落葉宮のことをくれぐれも、と頼みます。

『評釈』は「(柏木は)女三の宮を出家させたうえ、落葉宮を未亡人にする。『子供のころから、朱雀院が特別におかわいがりになってお召し使いあそばしていた』(若菜下の巻第一章第二段2節)その御恩に対するこれがお返しであろうか」と皮肉に言いますが、彼としては、あまり深く心を寄せることのないままになってしまった妻への、今できるせめてもの配慮です。

そしてそこまでが精一杯だったのでしょう、後はもう自分から夕霧に帰ってほしい旨を、かろうじて手真似で伝えます。これ以上言葉にならないのです。

その様子に「加持を致す僧たち」が慌ててやって来ます、ご両親や仕える者がバタバタと立ち騒ぎます。夕霧はそれを見て、涙ながらに立ち去るしかありません。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第三段 柏木、夕霧に遺言~その1

【現代語訳】1

「長らくご病気でいらっしゃったわりには、ことにひどくもやつれていらっしゃらないです。いつものご容貌よりも、かえって素晴らしくお見えになります」とおっしゃるものの、涙を拭って
「後れたり先立ったりすることなくと約束申していたのに。悲しいことです。このご病気の様子を、何が原因でこうも重くなられたのかと、それさえ伺うことができないでいます。こんなに親しい間柄ながら、もどかしく思うばかりで」などとおっしゃると、
「私自身には、いつから重くなったのか分かりません。どこといって苦しいこともありませんので、急にこのようになろうとは思ってもおりませんでした間に、月日を経ずに弱ってしまいましたので、今では正気も失せたような有様で。
 惜しくもない身を、いろいろとこの世に引き止められる祈祷や願などの力でしょうか、そうはいっても生き永らえるのも、かえって苦しいものですから、自分から進んで早く死出の道へ旅立ちたく思っています。
 そうは言うものの、この世の別れに、捨て難いことが数多くありまして。親にも孝行を十分せずに今になって両親にご心配をおかけし、帝にお仕えすることも中途半端な有様で、わが身を顧みるとまた、なおさら大したこともなかったことの残念さが残るというような世間並みの嘆きはそれとして、他に心中に思い悩んでおりますことがございますが、このような最期の時になって、どうして口に出すことができようかと思っておりましたがやはり堪えきれないことを、あなたの他に誰に訴えられましょう。誰彼と兄弟は多くいますが、いろいろと事情があって、まったく仄めかすことも憚られます。

六条の殿にちょっとしたことの行き違いがあって、ここ幾月心中密かに恐縮申していることがありましたが、まことに不本意なことに世の中に生きて行くのも心細くなって病気になったと思われたころ、お呼びがあって、朱雀院の御賀の楽所の試楽の日に参上してご機嫌を伺いましたところ、やはりお許しなさらないお気持ちの様子に御目差しを拝見致しまして、ますますこの世に生き永らえることも憚り多く思われまして、どうにもならなく思いましたが、心が定まらなくなって、このように鎮まらなくなってしまいまして…。

一人前とはお考え下さいませんでしたでしょうが、幼うございました時から、深くお頼り申す気持ちがありましたが、どのような中傷などがあったのかと、このことがこの世の恨みとして残りましょうから、きっと来世への往生の妨げになろうかと存じますので、何かの機会がございましたら、覚えていて下さってよろしく申し開きなさって下さい。
 死んだ後でも、このお咎めが許されたらば、あなたのお蔭でございましょう」などとおっしゃるうちに、たいそう苦しそうになって行くばかりなのでおいたわしくて、思い当たることもいくつかあるが、これと確かには推し量れない。

 

《夕霧は元気づけるように語りかけますが、先ほどの顔を見るなりの言葉が「どうしてこんなにお弱りになってしまわれたのですか」(前段)でしたから、少し無理があります。しかも続けて「後れたり先立ったりすることなくと…」と大変直接的に言うのですから、さすがの彼もちょっと動揺しているように見えます。

もっとも柏木はそんなことにこだわる余裕はなく、「生き永らえるのも、かえって苦しい」と、体力の問題以上に精神的にすでに生きる意志を失っているようで、夕霧に「何が原因で」と言われたことが呼び水になったのでしょうか、これまで言わずにひとりで堪えていた事を語ろうとします。

そう思うことでいくらか気力が戻ってきたのでしょうか、親孝行も不十分で、帝へのろくな忠勤もしないままの「中途半端な有様」であって、自分の出世も取り立てるほどでないといったことなど、「世間並みの嘆き」もありますが、実はその他にこれまで誰にも言えなかった事情があるのですと、長い前置きもし、かなり順序立てて、しかも「六条の殿にちょっとした行き違いがあって」とぼかすという必要な配慮をしながら、長い話を語りました。

彼は源氏の言った言葉そのものよりも、「お許しなさらないお気持ちの様子に御目差しを拝見」したことが堪えられなかったのだと言います。

あの時源氏は、例の皮肉を言った時に「ちらっと視線をお向けになると(原文・うち見やりたまふに)」(若菜下の巻第十二章第二段)、とありました。そう言えば『無名草子』も御賀の試楽の折の源氏について「(柏木を)睨み殺し給へるほど、むげにけしからぬ」と言っていますから、やはり「目」が問題だったのです。

『の論』の「柏木の生と死」によれば、「柏木が事実を見ず、認識の正確さから無縁のところで幻想を自己増殖させていく」という説があるそうで、自責の気持ちと源氏の目が観念的に結びついて源氏への畏怖が「自己増殖」していくという、いかにも純真な若者らしい心の動きが捉えられていて、興味深く思われます。

柏木は、もしよい折があったら、よろしくとりなして、なろうことならお許しを得てほしいと懇願します。

夕霧はその件について「心中に思い当たることもいくつかある」とは思いながら、もちろん、実際の出来事には到底思い及ばないで、何があったのだろうと思いながら聞いています。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 夕霧、柏木を見舞う

【現代語訳】

 大将の君はいつも大変に心配して、お見舞い申しあげなさる。ご昇進のお祝いにも早速参上なさった。このいらっしゃる対の屋の辺りのこちらの御門は、馬や車がいっぱいで、人々が騒がしく混雑しあっていた。今年になってからは、起き上がることもほとんどなさらないので、重々しいご様子に、取り乱した恰好ではお会いすることがおできになれないで、気にしながら会えずに弱ってしまったことだ、と思うと残念なので、
「どうぞ、こちらへお入り下さい。まことにむさくるしい恰好でおりますご無礼は、お察しでお許しいただけましょう」と言って、臥せっていらっしゃる枕元に、僧たちを暫く外にお出しになって、お入れ申し上げなさる。
 昔から、少しも隔てなさることなく仲好くしていらっしゃったお仲なので、別れることの悲しく恋しいに違いない嘆きは、親兄弟の思いにも負けない。今日はお祝いということで、元気になっていたらどんなによかろうと思うが、まことに残念で、その甲斐もない。
「どうしてこんなにお弱りになってしまわれたのですか。今日は、このようなお祝いに、少しでも元気でいらっしゃろうかと思っておりましたのに」と言って、几帳の端を引き上げなさったところ、
「まことに残念なことに、本来の自分ではなくなってしまいましたよ」と言って、烏帽子だけを押し入れるように被って、少し起き上がろうとなさるが、とても苦しそうである。白い着物で、柔らかそうなのをたくさん重ね着して、衾を引き掛けて臥していらっしゃる。御病床の辺りをこぎれいにしていて、あたりに香が薫っていて、奥ゆかしい感じにお過ごしになっていた。くつろいだままながら、嗜みがあると見える。

重病人というものは、自然と髪や髭も乱れ、むさくるしい様子がするものだが、痩せてはいるが、かえってますます白く上品な感じがして、枕を立ててお話申し上げなさる様子は、とても弱々しそうで息も絶え絶えで、見ていて気の毒そうである。

 

《「大将の君」は夕霧で、さっそく、親しい友の昇進の祝いにやってきました。二年前に大納言になっていますから、「この昇進に関与するところ」があったのだろうと『評釈』が言いますが、なるほど、ありそうなことです。

彼は二ヶ月前の年末には「(柏木の)お側近くに見舞っては、大変にお嘆きになっておろおろしていらっしゃる」(若菜下の巻末)のでしたが、それ以後は、容態が悪くなるとともに、柏木の方が、夕霧の「(大納言という)重々しいご様子に」、病床のむさ苦しい姿で会うことを憚っていたようです。

しかし、今日は祝いということでもあり、長らく会わなかった恋しさもあってでしょう、あえて会うことにします。

会ってしまえば、あとは何と言っても竹馬の友、率直で親密な対話が交わされます。

夕霧は「どうしてこんなに…」と、率直に心配を口にします。普通の見舞いでは言えない、親しい友だちならではの言葉です。

柏木も気持がおれたりすることもなく、「本来の自分ではなくなってしまいましたよ」と、いかにも自然に回復不可能を語ります。もう覚悟をしている様子です。

そういいながら、作者は、柏木の美しい姿を描き出します。それは、まるで死に化粧を語るように聞こえます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第一段 柏木、権大納言となる

【現代語訳】

 あの衛門督は、このような御事をお聞きになって、ますます消え入るようにおなりになって、まったく回復の見込みもなさそうになってしまわれた。

落葉宮のことがおいたわしく思われなさるので、こちらにお越しになることは、今さら軽々しいようであり、母上も大臣もこのようにぴったり付き添っていらっしゃるので何かの折にうっかりお顔を拝見なさるようなことがあっては困る、とお思いになって、
「あちらの宮邸に、何とかしてもう一度参りたい」とおっしゃるが、まったくお許し申し上げなさらない。
 皆にもこの宮の御事をお頼みになる。最初から母御息所はあまり気がお進みでなかったのだが、この大臣が自分で奔走して熱心にお願い申し上げなさって、そのお気持ちの強かったことにお折れになって、院におかれてもしかたないとお許しになったのだが、二品の宮の御事にお心をお痛めになっていた折に、
「かえって、この宮は将来安心で、実直な夫をお持ちになったことだ」と、仰せられたとお聞きになったのを、恐れ多いことだと思い出す。
「こうして後にお残し申し上げてしまうことになるようだと思うにつけても、いろいろとお気の毒だが、思い通りには行かない命なので、添い遂げられない夫婦の仲が恨めしくて、お嘆きになるだろうことがお気の毒なことだ。どうか気をつけてお世話してさし上げて下さい」と、母上にもお頼み申し上げなさる。
「まあ、何と縁起でもない。あなたに先立たれては、どれほど生きていられる私だと思って、こうまで先々の事をおっしゃるの」と言って、ただもうお泣きになるばかりなので、十分にお頼み申し上げになることができない。右大弁の君に一通りの事は詳しくお頼み申し上げなさる。
 気性が穏やかでよくできたお方なので、弟の君たちもまだ下の方の幼い君たちは、まるで親のようにお頼り申していらっしゃったのに、このように心細くおっしゃるのを悲しいと思わない人はなく、お邸中の人達も嘆いている。
 帝も惜しがり残念がりあそばす。このように最期とお聞きあそばして、急に権大納言にお任じあそばした。喜びに気を取り戻して、もう一度参内なさるようなこともあろうかとお考えになって仰せになったが、一向に好くおなりにならず、苦しい中ながら、お礼を申し上げなさる。大臣も、このようにご信任の厚いのを御覧になるにつけても、ますます悲しく惜しいとお心を乱される。

 

《さて、こちらは柏木です。

女三の宮から嬉しい返書をもらって「しみじみともったいないと思」っていた(第一章第四段)彼が、宮の出家の話を聞いて、ますます容態を悪くしたというのは分かりますが、そこからすぐに「落葉宮のことがおいたわしく思われなさる」と続くのは、ちょっと理解しにくく思われます。

いよいよ終わりかという気持が、自分がかろうじて責任を持ちうる範囲のことに思いを致させたのでしょうか。

彼は約束どおり(若菜下の巻第十二章第三段)、最後に妻に会いたいと考えます。しかし今、父の邸に養生していて、ここに宮を呼んだのでは「軽々しいよう」だし、両親に顔を見られても困るので呼べない、と言います。両親が嫁の顔を見るのが駄目というのは意外な気がしますが、思えば息子でさえ駄目なのですから、当然でしょうか。

もちろん柏木が宮のところに行くことなど、この両親が許すはずもありません。

彼は、もともと院も御息所もこのことには不同意だった(皇女が臣下に嫁ぐことは、女三の宮のときにも問題になりました・若菜上の巻第二章第三段)ことを思い出し、それでも一時は「二品の宮」(女三の宮)が源氏とうまくいっていないと聞かれた院から、「かえって、この宮は将来安心で…」と喜んで貰ったこともあって、責任を感じるのでしょうか、自分がもしもの時には、くれぐれもよろしくと母に頼みますが、母はそれには応えず、ただ息子を案じるばかりで、やむなく右大弁の君(柏木の弟)に「一通りの事は詳しく」頼まざるを得ません。

さて柏木の容態が好くないとあって、その人柄から弟たちを初め一族郎党が嘆いているのですが、それが帝のお耳にも入り、急に権大納言に昇進のご沙汰がありました。元気づけて、あわよくば御礼に参上する気力を出させたいという叡慮だったのです。しかし、思うようにならず、ご配慮がありがたいだけに、応えられない悲しみもまた大きいのでした。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ