源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 女三の宮の物語

第四段 朱雀院、夜明け方に山へ帰る

【現代語訳】

本当に女盛りで美しいお髪を削ぎ落として戒をお受けになる儀式は、悲しく残念なので、大殿は堪えることがおできになれず、ひどくお泣きになる。
 院は院で、もとから特別大切にして、他の誰よりも立派にお世話してさし上げたいとお思いになっていたのだが、この世ではその甲斐もないようにおさせ申し上げるのも、どんなに考えても悲しいので、涙にかきくれなさる。

「こうした姿になっても、健康になって、同じことなら念仏誦経をもお勤めなさい」と申し上げなさって、夜が明けてしまうので、急いでお帰りになった。
 宮は、今も弱々しく息も絶えそうでいらっしゃって、はっきりともお顔を拝見なさらず、ご挨拶も申し上げなさらない。大殿も、
「夢のように存じられて心が乱れて、このように昔を思い出させます御幸のお礼を御覧に入れられない御無礼は、改めて参上致しまして」と申し上げなさる。お供に家臣を差し上げなさる。
「この世のことも、今日か明日かと思われました時に、また他に面倒を見る人もなくて、寄るべもなく暮らすことが気の毒で放っておけないように思われましたので、御本意ではなかったでしょうが、このようにお願い申して、長年安心しておりましたが、もしも宮が命を取り留めましたら、普通とは変わった尼姿で人の大勢いる中で生活するのは不都合でしょうが、適当な山里などに離れ住む様子もまたそうはいっても心細いことでしょう。尼の身の上相応に、今後もお見捨てなさらずに」などとお頼み申し上げなさると、

「改めてこのようにまで仰せになるのは、かえってこちらが恥ずかしく存じられます。悲しみに何やかやと取り乱しまして、何事も分別もつきかねております」と答えて、本当にとても辛そうに思っていらっしゃった。
 後夜の御加持に、御物の怪が現れ出て、
「してやったことだ。みごとに取り返したと一人はそうお思いになったのがとても悔しかったので、この辺に気づかれないようにしてずっと控えていたのだ。今はもう帰ろう」と言って、声を上げて笑う。まことに驚きあきれて、
「それでは、この物の怪がここにも離れずにいたのか」とお思いになると、おいたわしく悔しくお思いになる。宮は、少し生気を取り戻されたようだが、やはり望みが持てなさそうにお見えになる。お付きの女房たちも、まことに何とも言いようもない気がするが、

「こうしてでも、せめてご無事でいらっしゃったならば」と、我慢して御修法をさらに延長して休みなく行わせるなど、手立てを尽くさせなさる

 

《女三の宮の剃髪が終わりました。「尼は、垂れ髪を肩のあたりまで短く切り揃える」と『集成』は言い、『評釈』は「腰のあたりで切る」と言いますが、この方の場合は特別にしたようで、後に、後ろ姿はほとんど変わらなかったと書かれます(第四章第二段)。院が、惜しがって残されたのです。ここにそう書いた方が、院のお気持ちがよく表れてよかったのではないかと思われるのですが…。

院はお帰りになるに当たって、姫宮に声を掛けられますが、短いけれども、いかにも父親らしい情のこもったもので、そして先達の教えとしても好い言葉だという気がします。

源氏にとっては、突然のお越しで、突然の剃髪ですから、「夢のように存じられて心が乱れて」というのは本当の気持なのでしょうが、お送りする言葉は、なにか「しどろもどろ」(『評釈』)という感じです。

それに比べて院の挨拶は、これも大変きちんとしたもので、「御本意ではなかったでしょうが」と謙虚とも皮肉とも聞こえる言葉も交えて(それは源氏には重く響く言葉だったでしょう)、姫宮を寺に入れるなどしないで、「今後もお見捨てなさらずに」と、念を押します。お願いというよりも、指示に聞こえるような言葉で、源氏は「かえってこちらが恥ずかしく」と、ほとんど平伏したように応えるしかありません。これまでの二人の関係が、まったく逆転している印象です。

さて、院がお帰りになったあと、加持が行われている時に、突然物の怪の声が響きました。「紫の上を取り返されてしまったのが悔しかったので、この宮を尼にしてやったのだ」と「声を上げて笑う」のです。何と、この出来事は六条御息所の死霊の仕業だったのです。

『人物論』所収「六条御息所」(武者小路辰子著)が、ここに御息所が現れる意味について、「六条御息所の悲しみを、源氏は本当には理解できなかった。二人の思いには何という落差があったことか。…しかし…女三の宮と柏木の密通事件が起こり、晩年の源氏は、ひとり自らの生の宿命としての苦痛を受けとめることになった。六条御息所の苦痛と質こそ違うが、その人の生として受けとめる悲しみの深さは、同じ程度になったのである。だから、六条御息所の死霊は笑って去ったのだ」という説を紹介しています。

それはこの物の怪の仕業が必ずしも復讐というのではなくて、作者としてこの人に、源氏が自分と同じ地平に立ったというせめてもの救いを与える必要があったのだということでしょうか。そう思って読み返すと、去っていく物の怪の笑い声がなんとも悲しく聞こえるような気がします。六条御息所の登場は、ここが最後です。》


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第三段 源氏、女三の宮の出家に狼狽

【現代語訳】

 御心の中で、この上なく安心だと思って任せた姫宮の御ことをお引き受けなさって、それほど愛情も深くなく、自分の思っていたのとは違ったご様子を、何かにつけて長年お聞きになり思い詰めていらっしゃったことは、表に出してお恨み申し上げなさることのできることでもないので、世間の人が噂したりすることも残念にお思い続けておられて、
「このような機会に出家してしまうのも、どうして、物笑いになるような夫婦仲を恨んでのことのようでなく、それで不都合があろうか、一通りのお世話は今後も頼りになれそうなお気持ちであるので、ただそれをお預け申し上げた甲斐と思うことにして、当てつけがましく出家した恰好でなくても、ご遺産に広くて美しい宮邸をご伝領なさっていたのを、修繕してお住ませ申すことができるだろう。
 自分の生きている間に、そのようにしてでも不安がないようにしておき、またあの大殿も、そうは言っても冷淡には決してお見捨てなさるまい。その気持ちも見届けよう」と気持をお決めになって、
「それならば、このように参った機会に、せめて出家の戒をお受けになることだけでもして、仏縁を結ぶことにしよう」と仰せになる。
 大殿の君は、厭わしいとお思いになっている事も忘れて、これはどうなることかと、悲しく残念でもあったので、堪えることがおできになれず、御几帳の中に入って、
「どうして、そう長くはないでしょう私を捨てて、そのようにお考えになったのですか。やはりもう暫く気持をお静めになって、御薬湯を上がり、食事などを召し上がって下さい。尊い事であっても、お身体が弱くては勤行もおできになれようか。ともかくも養生なさってから」と申し上げなさるが、頭を振って、とても辛いことをおっしゃると思っておいでである。

表面ではさりげなく振る舞いながら、心中恨めしいとお思いになっていらっしゃったことがあったのかと拝見なさると、不憫でおいたわしい。

あれやこれやと反対を申して、ためらっていらっしゃるうちに、夜明け近くなってしまった。山に帰って行くのに、道中が昼間では不体裁であろうとお急がせあそばして、御祈祷に伺候している中で位が高く有徳の僧だけを召し入れて、お髪を下ろさせなさる。


《やはり朱雀院は怒っておられます。

兄であり上皇である自分が、形の上でとは言え養女にしてほしいと頼んだのだったのに、それを私の気持ちを汲んだにしても自分の妻に引き受けてくれたのだった(若菜上の巻第三章第四段)のに、その扱いが「自分の思っていたのとは違ったご様子」で、事ここに至ってしまったことは、院にとって大いに不満です。

しかし太上天皇の顔をつぶすわけにもいかないから、表立って恨むことはできません。なってしまったことは、もはや取り返しが付かないと考えた院は、この際、思い通り出家させてやろうと決心しました。

今この折なら、産後の肥立ちが悪く養生のために出家するということにできるので、夫婦仲が悪いことが原因だというような噂にはならないだろうから「不都合」はない、夫婦仲が正式に破綻する前の出家なら源氏も出家後の世話をそれなりしてくれるだろう、そして「当てつけがまし」い格好にならないままに出家させられるだろう、住まいは伝領させた宮邸でいい、今そうしてしまえば、自分が当分は様子を見ることもできる、…。

もっとも、「このとき朱雀院は、女三の宮の心おさなさからの失策を考えることを忘れたかのごとく」(『評釈』)です。院はかつて、紫の上の病気以後、姫宮の所への源氏の訪れがないと聞いて「そのころに何か不都合なことが起きたのだろうか」(若菜下の巻第十一章第二段)と、大変鋭い疑問を抱いたことがありました。それが、親の欲目、身贔屓というのでしょうか、ここではまったく思い浮かばないようです。

院はそのまま決断し、「仏縁を結ぶことにしよう」と、断固として宣言します。

源氏が大慌てに右往左往して何とか引き留めようとするのですが、普段まるで子供のようで、何もかも言いなりだと思っていた姫宮が、今はもう「頭を振って」、まったく言うことを聞きません。ああ見えても、「心中恨めしいとお思いになっていらっしゃったことがあった」のだったかと、今更ながら思い知られて、改めて「不憫でおいたわしい」気がする源氏でした。

腹の決まった院は、そういう源氏をよそ目にどんどん事を進めてしまいます。

若菜の巻以後の源氏は、何故かこうして周囲の人々の一方的な行動のために、それも多くが必ずしも適切とは思われない行動のために(もっともこの朱雀院の決断は、やむをえないと思われますが)その対応に追われてあたふたするばかりです。彼は、すっかり守る側になってしまったのです。

しかし、守ると言って、一体彼は何を守ろうとしているのでしょうか。「虚構の、いわば必然的な自己運動」(若菜上の巻第三章第三段)は、どんどん進行しているのであって、彼もその渦中に流されるしかありません。》

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第二段 朱雀院、女三の宮の希望を入れる

【現代語訳】

「恐縮な御座所ですが」と言って、御帳台の前に御褥を差し上げてお入れ申し上げなさる。宮もあれこれと女房たちが身なりをお整え申して、浜床の下にお下ろし申し上げる。御几帳を少し押し除けなさって、
「夜居の加持僧などのような気がするが、まだ効験が現れるほどの修行もしていないので人目がはばかられるけれども、ただお会いしたく思っていらっしゃる私の姿をじかに御覧になるがよい」とおっしゃってお目をお拭いあそばす。宮もとても弱々しくお泣きになって、
「生き永らえられそうにも思われませんので、このようにお越しになった機会に、尼になさって下さいませ」と申し上げなさる。
「そういうご希望があるならばまことに尊いことであるが、そうは言っても人の命は分からないものゆえ、生き先長い人は、かえって後で間違いを起こして、世間の非難を受けるようなことになりかねないだろう」などと仰せられて、大殿の君に、
「このように自分から進んでおっしゃるので、もうこれが最期の様子ならば、ちょっとの間でも、その功徳があるようにして上げたいと存じます」と仰せになるので、
「この日頃もそのようにおっしゃいますが、物の怪などがお心を惑わしてこのような方に勧めるようなこともございますことで、お聞き入れ致さないのです」とお申し上げになる。
「物の怪の教えであっても、それに負けたからといって、悪いことになるのならば控えねばならないが、衰えきった人が最期と思って願っていらっしゃるのを聞き過ごすのは、後々になって悔やまれ辛い思いをするのではないか」と仰せになる。

 

《源氏が院を、女三の宮の寝ている御帳台(病床)に座布団をさし上げて、案内しました。宮は、御帳台(床から一段高くなった台)で寝ていたのですが、「浜床(御帳台の上面)の下」(「すなわち、母屋の板敷きに、の意であるはずだが」・『評釈』)に下ろして貰っての対面です。

院は、「夜居の加持僧などのような気がするが、」とちょっと軽口を言って、几帳の中の宮を覗きました。

待ちわびていたのでしょう、宮はすぐに出家させてほしいと願いますが、院は、それは奇特なことだが、若い女性が出家しても、「後で間違いを起こし」かねないと、反対の意向のようです。

ところが、すぐに源氏に向かって、どうせ先が長くないなら、出家させようと思うが、と語りかけます。宮への返事は、彼女の覚悟を求める気持があったということなのでしょうか。

源氏は慌てたふうにもっともらしく反対します。これまで幾度か宮から聞いていたことですが、その時には一度もこういう理由を考えたことがありませんでした。むしろ、そう希望するのも無理ないこととさえ思い(第一章第六段2節)、ただいじらしさに、それを許すことができないでいたはずですから、この反対理由は本心からのものではありません。

院は、それを察したというわけではないでしょうが、珍しいことに、怒ったように源氏の反対をあっさり打ち消して、願いを聞き入れることにします。『評釈』は「朱雀院は、弱く、反駁する」と言いますが、「物の怪の教えであっても、…」の言葉は源氏の言葉への真正面からの反論で、かつ明快、しかもその原文の言葉の中には源氏に対する敬語が一つも含まれていません。ひょっとして独り言のように呟かれたのか、とも思いますが、最後が「仰せになる」とありますから、やはりきちんと口に出しておっしゃったのでしょう。娘のための一世一代の兄としての言葉、というところでしょうか。》

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第一段 朱雀院、夜闇に六条院へ参上

【現代語訳】

 山の帝は、初めてのご出産が無事であったとお聞きあそばして、しみじみとお会いになりたくお思いになるが、
「このようにご病気でいらっしゃるという知らせばかりなので、どうおなりになることか」と、御勤行も乱れて御心配あそばすのであった。
 あれほどお弱りになった方が、何もお召し上がりにならないで何日もお過ごしになったので、すっかり頼りなくおなりになって、

「幾年月もお目にかからなかった時よりも、院を大変恋しくお思い申されるのだが、再びお目にかかれないで終わってしまうのだろうか」と、ひどくお泣きになる。

このように申されるご様子を、しかるべき人からお伝え申し上げさせなさったので、とても我慢できず悲しくお思いになって、あってはならないこととはお思いになりながら、夜の闇に隠れてお出ましになった。
 前もってそのようなお手紙もなくて、急にこのようにお越しになったので、主人の院は驚いて恐縮申し上げなさる。
「世俗の事を決して顧みまいと思っておりましたが、やはり煩悩を捨て切れないのは、子を思う親心の闇でしたので勤行も怠って、もしも親子の先立つ順が逆になって別れるようなことになったら、そのままこの怨みがお互いに残りはせぬかと、情けなく思われたので、世間の非難を顧みず、こうして参ったのです」と申し上げなさる。御姿は僧形でも優雅で親しみやすいお姿で、目立たないように質素な身なりをなさって、正式な法服ではなく、墨染の御法服姿は申し分なく素晴らしいのにつけても、羨ましく拝見なさる。例によって、まっさきに涙がこぼれなさる。
「患っていらっしゃるご様子は、特別どうというご病気ではありません。ただここ数ヶ月お弱りになったご様子で、きちんとお食事なども召し上がらない日が続いたせいか、このようなことでいらっしゃるのです」などと申し上げなさる。

 

《朱雀院は、せっかく思案の結果三の宮を源氏に託したというのに、めでたいはずの懐妊のことがあって以来、どうもいい話が耳に入りません(若菜下の巻第十一章第二段)。

今回、無事出産と聞いて、いくらかほっとはしたものの、その後も「ご病気でいらっしゃるという知らせばかり」で、心配が募ります。

女三の宮の方も、さまざまに思いあまって、ひたすら父上恋しさに泣いています。「幾年月もお目にかからなかった時」というのは、降嫁して以来、昨年末の五十の御賀でおいでいただいてお会いするまでのこと、御賀の具体的なことは書かれないままになりましたが、あの時に会って、改めて父を思い出し、今こういう窮地にあって、最後の拠り所として恋しく思われるのでしょう。

そういう思いでいる姫宮のことを、「しかるべき人からお伝え申し上げさせなさった」のでした。誰がそうさせたのか、と思うのですが、どうも源氏しかないようで、「暗に院の来訪を乞う意図があったかと思わせる書きぶり」(『集成』)です。

もしそうだとすると、前段の源氏の「心弱く許してしまいそうな」は、あながち好色だけではなくて、父親代わりといった保護者的視線も混じっていたのかも知れません。

そして更に勘ぐれば、院の来駕があれば、どういうことになるか、あるいはそれなりの予期もあったとも思われなくはありません。

ともあれ、院が、「夜の闇に隠れて」突然の訪問、となりました。来訪を求める意図があっても、いきなり夜、お忍びで、とは思いも寄らなかったのでしょうか、源氏は「驚いて恐縮申しあげ」てお迎えします。

源氏は、突然の訪問の弁解に合わせて謙虚で丁寧な挨拶をされる院の「墨染の御法服姿」を見ながら、「例によって、まっさきに涙がこぼれなさる」のでした。

「例によって」が、何か型どおりに、と聞こえて落ちつきませんが、こうまで慌てておいでになった院の心痛を察しての同情と、自分が期待に添えないでいる残念さと、姫宮を案ずる思いを表すものなのでしょう。

しかし一方に、実は姫宮の悩みの原因は自分にはないのにそれが言えないことのもどかしさと、そして法衣姿へのうらやましさもあるはずで、思いはこもごもです。

差しあたり源氏は、姫宮の病状を伝えますが、格別の名のある病ではなくて、ただ食事が進まないための衰弱と言います。姫宮が「再びお目にかかれないで終わってしまうのだろうか」と思っているということを伝えたにしては、いささか軽い説明のように思われますが、ここまでしか言うことができないのです。》

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