源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第十一章 朱雀院の物語(二)

第七段 柏木と御賀について打ち合わせる

【現代語訳】

「ここ幾月、それぞれにご心配でいらっしゃるということをお聞きしてご案じ申しておりましたが、春ごろから、普段も病んでおりました脚気という病気がひどくなって苦しみまして、しっかり立ち歩くこともできませず、日が経つにつれて臥せってしまいまして、内裏などにも参内せず、世間と絶縁したようにして家に籠もっておりました。
 院のお年がちょうどにおなりになる年で、誰よりもきちんと数えてお祝いをして差し上げようということを致仕の大臣が思い立って申されましたが、『冠を挂け、車を惜しまず捨てて官職を退いた身で、進み出てお祝い申し上げるようなのも身の置き所がない。なるほどそなたは身分が低いと言っても、自分と同じように深い気持ちは持っていよう。その気持ちを御覧に入れるがよい』と、促し申されることがございましたので、重病をなんとか押して、参上いたしました。
 このごろは、院は、ますますひっそりとしたご様子に世間のことはお捨てになって、盛大なお祝いの儀式をお待ち受け申されることは、お望みではありますまいと拝察いたしましたが、いろいろなことを簡略にあそばして、静かなお話し合いを心からお望みであるのを叶えて差し上げるのが、上策かと存じられます」と申し上げなさったので、盛大であったと聞いた御賀の事を、女二の宮の事として言わないのは、大したものだとお思いになる。
「ただこれだけです。簡略にした様子に世間の人は浅薄に思うに違いないが、さすがによく分かっておっしゃるので、やはりこれでよかったと、ますます安心に思われます。大将は朝廷の方ではだんだん一人前になって来たようだが、このように風雅な方面は、もともと性に合わないのであろうか。
 あの院は、どのような事でもお心得のないことはほとんどない中でも、音楽の方面には御熱心で、まことに御立派に精通していらっしゃるから、そのように世をお捨てになっているようだが、静かにお心を澄まして音楽をお聞きになることは、このような時にこそ心遣いすべきでしょう。

あの大将と一緒に面倒を見て、舞の子供たちの心構えや嗜みをよく教えて下さい。音楽の師などというものは、ただ自分の専門についてはともかくも、他はまったくどうしようもないものです」などと、たいそう打ち解けてお頼みになるので、嬉しいけれども、辛く身の縮む思いがして、口数少なくこの御前を早く去りたいと思うので、いつものようにこまごまと申し上げず、やっとの思いで下がった。
 東の御殿で、大将が用意なさった楽人や舞人の装束のことなどをさらに重ねて指図をお加えになる。できるかぎり立派になさっていた上に、ますます細やかな心づかいが加わるのも、なるほどこの道には、まことに深い人でいらっしゃるようである。

 

《「柏木の挨拶は立派である」と『評釈』が保証しますが、なるほど、きちんとしたものです。「お返事もすぐには申し上げられない」(前段)とありましたが、胸の内にそれほどのおびえを抱きながら、これだけのことを言うのは、容易なことではないでしょう。彼が懸命に背筋を伸ばして頑張っている気持を思い遣ると、痛々しいような気がします。

無沙汰の弁明はそれとして、「院のお年が…」は、十月に妻の落葉宮と院の賀に参上したときの話です。二の宮の賀とすると、三の宮の賀が遅れたことに繋がるところから、父のことにしたのが配慮がきいているところと『評釈』が解説します。父・大臣は「母の大宮との関係で朱雀院のいとこに当たり、北の方四の君は朱雀院の母弘徽殿の大后の妹であり、長男の柏木は二の宮の婿である」(『集成』)から、先に立って「誰よりも人一倍しっかりと数えてお祝いをして差し上げよう」と考えても不思議ではない、というわけです。

その際、父はすでに職を辞しているので自分が代理で行ったということにします。あくまでも二の宮は出しません。

「このごろは、院は、…」以下は、その時の院のご様子から彼の意見を語ったものです。

この度のあなた様の賀は、いくらでも「盛大なお祝いの儀式」をなさることがおできになるのでしょうが、あの時の院のご様子からして、「思うとおりにもできず、型通りに精進料理を差し上げる予定」(前段)という、「諸事簡略にあそばして、静かなお話し合いを心からお望みであるのを叶えて差し上げる」方が、かえってよろしいのではないでしょうか。

源氏は、「盛大であったと聞いた(二の宮の)御賀の事」を何も言わないで、しかも父大臣のことにして話すのを、「大したものだとお思いになる」のでした。そして、息子の夕霧はこういう方面はどうも不調法のようで任せられないとまで話して、親しく音楽の指導を頼みます。その言い方は、本当に期待しているようで、呼ばないのは「皆が変だと思うに違いない」から呼んだ(第五段)という感じではなくなっています。

柏木の方は、必要なことをともかく言い終えて、冷や汗三斗の思いで、早々に御前を下がりました。下がって音楽の指導を始めれば、さすがの技量、夕霧が用意したところに「さらに重ねて指図をお加えになる」くらいです。この人は、本当は立派な人なのです。》

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第六段 源氏、柏木と対面す

【現代語訳】

まだ上達部なども参上なさっていない時分であった。いつものようにお側近くの御簾の中に招き入れなさって、母屋の御簾を下ろしていらっしゃる。なるほど、実にひどく痩せて蒼い顔をしていて、いつも陽気で派手な振る舞いは、弟の君たちに気圧されて、いかにも嗜みありげに落ち着いた態度でいるのが格別であるだが、いつもより一層静かに控えていらっしゃる様子は、

「どうして、内親王たちのお側に夫として並んでも、全然遜色はあるまいが、ただ今度の一件については、どちらもまことに思慮のない点で、ほんとうに罪は許せないのだ」などと、お目が止まりなさるが、平静を装って、とてもやさしく、
「特別の用件もなくて、お会いすることも久し振りになってしまった。ここいく月は、あちらとこちらの病人を看病して、気持ちの余裕もなかった間に、院の御賀のためにこちらにいらっしゃる内親王が御法事をして差し上げなさる予定になっていたのだが、次々と支障が重なって、このように年もおし迫ったので、思うとおりにもできず、型通りに精進料理を差し上げる予定だが、御賀などと言うと仰々しいようだが、わが家に生まれた子供たちの数が多くなったのを御覧に入れようと、舞などを習わせ始めた、その事だけでも予定どおり執り行おうと思って、調子をきちんと合わせることは誰にお願いできようかと思案に困って、いく月もお顔を見せにならなかった恨みも捨てました」とおっしゃるご様子が、何のこだわりもないように見えるけれども、とてもとても顔も上げられない思いに、顔色も変わるような気がして、お返事もすぐには申し上げられない。

 

 

《「柏木は早く来すぎた」と『評釈』は言います。しかしずいぶんの無沙汰の後ですから、この場合は、そのくらいが普通のように思われます。むしろ源氏の方が、どう声を掛けようかと困るくらいでしょう。

源氏は、「いつものようにお側近くの御簾の中に招き入れ」ました。簀子から廂の間に入れたということのようです。『評釈』が載せている『絵入源氏物語』の絵には、他に三人の貴公子が同じ部屋に描かれていますから、彼の兄弟と共に招き入れられたと考えているのでしょう。本来ならその中で押しも押されぬ総領なのですから、彼が中心であるべきですが、今日は陽気な弟たちの中で小さくなっている、と言います。

そういう彼を、源氏は母屋にいて御簾越しに、自分は顔を見せないで応接します。お互いにその方がいいでしょう。

「実にひどく痩せて蒼い顔をして」はいますが、源氏は「内親王たちのお側に夫として並んでも、全然遜色はあるまい」と、その立派な姿に太鼓判を押しますが、気持はもとより穏やかではありません。そこを抑えて、「平静を装って、とてもやさしく」、大人の態度で大変に丁寧に語りかけます。その挨拶は、例によって見事で、こういう場合のお手本のようなものでした。

ただ、事がすでにこの人に知られていると知っている柏木にしてみれば、このように語りかけられると、むしろ、その穏やかさによっていっそう、十分底知れない恐ろしさを感じざるを得ません。「とてもとても顔も上げられない思い」で、ものも言えないような気持になるのも、無理ありません。》

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第五段 源氏、柏木を六条院に召す

【現代語訳】

 十二月になった。十日過ぎと決めて、数々の舞を練習し、御邸中大騒ぎしている。二条院の上はまだお移りになっていなかったが、この試楽のために、じっとしてもおられずに、お帰りになった。女御の君も里にお下がりになっていらっしゃる。今度御誕生の御子は、また男御子でいらっしゃった。次々とかわいらしくていらっしゃるのを、一日中御子のお相手をし申しあげなさっているので、長生きしたお蔭だと、嬉しい気持におなりになる。試楽には、右大臣殿の北の方もお越しになった。
 大将の君は、東北の町で、まず内々に調楽のように、毎日練習なさっていたので、あの御方は、御前での試楽は御覧にならない。
 衛門督をこのような機会に参加させないようなのは、まことに引き立たず、もの足りなく感じられるし、皆が変だと思うに違いないことなので、参上なさるようにお召しがあったが、重い病である旨を申し上げて参上しない。
 しかし、どこがどうと苦しい病気でもないようなのに、自分に遠慮してのことかと、気の毒にお思いになって、特別にお手紙をお遣わしになる。父の大臣も、
「どうしてご辞退申されたのか。変わり者のように、院もお思いあそばそうのに、大した病気でもない、何とかして参上なさい」とお勧めなさっているところに、このように重ねておっしゃってきたので、つらいと思いながらも参上した。

 

《いよいよ押し詰まって、やっと朱雀院の五十の賀が十二月十日過ぎと決まります。

さっそく改めて催し物のおさらいが始まり、紫の上も六条院に帰ってきて、さまざまな準備が始まりました。折よく女御もご出産(入内して八年目ですが、『集成』によれば五人目、『評釈』でも四人目の御子です)のことがあって里下がりをしていて、源氏は久し振りに(かろうじて、と言うべきでしょうか)明るい気分で孫たちの相手で日を過ごします。

リハーサルが行われるとあって、玉鬘もやって来ました。夕霧だけはどういうわけか東の邸の花散里の所でひとりで桂子をしていて姿を出しませんが、六条院は女君たちがお揃いで、賑わいに満ちて見えます。

こうなると、こういうときに和琴の名手である(若菜上の巻第五章第三段)柏木の姿がないのはいかにも寂しく、また周囲からいっそう不審にも思われると、源氏は彼を招くことにしました。

彼自身はそういう気持ちではないので、一度は断るのですが、他ならぬ源氏の再度の要請もあり、事情を知らない父大臣からも勧められるとあっては、重い腰を上げないわけにはいきません。

役者は揃った、という感じなのですが、しかしその内実は、「相次ぐ延引ですっかりやる気を無くした参加者を叱咤激励し」(『物語空間』)と言ってしまうのは言い過ぎとしても、源氏の四十の賀とはまったく異なって、女三の宮や柏木はもとより、紫の上も含めて、中心となるべき三人が、みなそれぞれにおずおずとした参加であることはまちがいありません。そして源氏自身も、若い二人と朱雀院のそれぞれに対して、いろいろな面白くない思いを抱きながら、体面を保つためだけに義務的に開催する、といった面をもっているのです。》

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第四段 朱雀院の御賀、十二月に延引

【現代語訳】

 参賀なさることは、この月はこうして過ぎてしまった。二の宮が格別のご威勢で参賀なさったのに、身籠もられたお身体で競うようなのも気が引けるのであった。
「十一月は私の忌月です。年の終わりは歳末で、とても騒々しい。またますますこのお姿も見苦しいと、院が待ち受けて御覧になろうと思いますが、そうかと言ってそんなにも延期することはでません。くよくよお思いあそばさず、明るくお振る舞いになって、このひどくやつれていらっしゃるのを、お直しなさい」などと、とてもおいたわしいとさすがに思って御覧になる。
 衛門督を、どのようなことでも風雅な催しの折には必ず特別に親しくお召しになってはご相談相手になさっていたのが、絶えてそのようなお便りはない。皆が変だと思うだろうとお思いになるが、会うにつけてもますます自分の間抜けさに気が引けて、会えばまた自分の気持ちも平静を失うのではないかと思い返されて、そのままいく月も参上なさらないのにもお咎めはない。
 世間の人は、ずっと具合が悪く病気でいらっしゃったし、六条院でもまた、管弦のお遊びなどがない年だからなのだとばかりずっと思っていたが、大将の君は、

「何かきっと事情があることに違いない。好き者はきっと、私が変だと気がついたことに、我慢できなかったのだろうか」と考えつくが、ほんとうにこのようにはっきりと何もかも源氏に知れるところにまでなっているとは、想像もおつきにならなかったのである。

 

《朱雀院の五十の御賀は、二月に予定されていたのですが、できないままに、もうこの年が終わりに近づきます。

十月には二の宮が参賀しましたから、その後を「身籠もられたお身体」でお目にかかるのは、院も「見苦しいと、…御覧になろう」というので、また延期です。妊婦の姿(原文・ふるめかしき御身ざま)を「見苦しい」というのは、まことに身勝手な男社会の感覚ですが、一概に昔のものとばかり言うこともできません。

十一月は桐壺院の命日があって源氏の「忌月」ですから、またできません。

一度言ったことを取りやめることはならず、それも年の内でなければならないでしょうから、すると期限は詰まってきています。源氏も何とか様子だけでも明るくなってほしいと、祈る思いです。

さて、一方柏木については、源氏は、顔を見るのも不愉快で、以前はことある毎に呼び寄せたりしていたようですが、あの手紙の露見以来、「絶えてそのようなお便りはない」のでした。いやその前に、柏木の方が、密通のことがあって以来、自分のしたことが恐ろしく、源氏の顔を見るのも恐ろしく、すっかり引き籠もってしまっていたのでした。もう六ヶ月にもなります。

世間は、あれほど親しく行き来があったのに、どうしたことだろうかと訝りますが、当の柏木が病気のようだし、源氏の方も紫の上や姫宮が体調を崩しておられるからなのだろうと思って、納得しています。

そうした中で夕霧だけは、「私が変だと気がついたこと」(蹴鞠の日の垣間見の折りのこと・若菜上の巻第十三章第五段)で、その後好くないことがあったに違いないと思いながら、よもや源氏がすべてを知っているとは思いもよらないまま、どうなることかと様子を覗っている、といった趣です。》

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第三段 源氏、女三の宮を諭す

【現代語訳】

「とても幼い御気性を御存知で、たいそう御心配申し上げていらっしゃるのだと拝察されますので、今後もいろいろと心配で。こんなにまでは何とか申し上げたくないと思いますが、院の上が、お気持ちに背いているとお聞きになるだろうことが、不本意で気になりますので、せめてあなたにだけは申し上げておかなくてはと思いまして。
 思慮が浅く、ただ人が申し上げるままにばかりお従いになるようなあなたとしては、ただ冷淡で薄情だとばかりお思いで、また今では私のすっかり年老いた様子も軽蔑し、ただもう飽き飽きしたとお思いになっておられるらしいのも、それもこれも残念にも情けなくも思われますが、院の御存命中はやはり我慢して、あちらのお考えもあったことであろうこの年寄をも同じようにお考え下さって、ひどく軽蔑なさいますな。
 昔からの出家の本願も、考えの不十分なはずのご婦人方にさえみな次々に後れを取って、とてものろまなことが多いのですが、自分自身の心には、どれほどの思いを妨げるものはないのですが、院がいよいよと御出家なさった後のお世話役として私をお決めになったお気持ちがしみじみと嬉しかったので、引き続いて後を追いかけるようにして同じようにお見捨て申し上げるようなことは、院のお気持ちに添わないと差し控えているのです。

気にかかっていた人々も、今では出家の妨げとなるほどの者もおりません。女御もあのようにして、将来の事は分かりませんが、皇子方がいく人もいらっしゃるようなので、私の存命中だけでもご無事であればと、安心してよいでしょう。その他のことは、誰も彼も状況に従って、一緒に出家するのも惜しくはない年齢になっているので、だんだんと気持ちも楽になっております。
 院の御寿命もそう長くはいらっしゃらないでしょう。とても御病気がちにますますなられて、何となく心細げにばかりお思いでおられるから、今さら感心しないお噂を院のお耳にお入れ申して、お心を乱したりなさいますな。現世は何の気にかけることはありません。どうということもありませんが、来世の御成仏の妨げになるようなのは、罪障がとても恐ろしいでしょう。」などと、はっきりとその事とはお明かしにならないが、しみじみとお話し続けなさるので、ただ涙がこぼれては、心もここにない様子で悲しみに沈んでいらっしゃるので、ご自分もお泣きになって、
「他人の身の上でも、嫌なものだと思って聞いていた老人のおせっかいというもの、自分がするようになったことよ。なんと嫌な老人かと、不愉快で厄介なと思うお気持ちがつのることでしょう」とお恥じになりながら、御硯を引き寄せなさって、自分で墨を擦り紙を整えて、お返事をお書かせ申し上げなさるが、お手も震えてお書きになることができない。
「あのこまごまと書いてあった手紙のお返事は、とてもこのように遠慮せずやりとりなさっていたのだろう」とご想像なさると、実に癪にさわるので、一切の愛情も冷めてしまいそうであるが、文句などを教えてお書かせ申し上げなさる。

 

《源氏は、一方に紫の上の病と出家希望という問題を抱えながら、こちらでもまた、解決の方途のない問題を抱えてしまいました。

当面、こちらは何事もないふうに糊塗し続けなくてはなりません。彼は女三の宮に言い含めます。

その一。あなたは私のことを年寄りだと軽蔑しているようだが、「あちらのお考えもあったことであろうこの年寄」、院にお考えがあってあなたをお預けになったこの私と、少なくとも「院の御存命中は」我慢して添い遂げなくてはならないこと。

源氏は、女三の宮の方も柏木に心を寄せているのだと思ってひがんでいるようで、それに対する嫌みも含めて、当面の心得を教えます。「この年寄をも」も、その誤解からの嫌みでしょう。

その二。私は本当は早く出家したいのだが、「院がこれを最後と御出家なさった後のお世話役として私をお決めになった」以上は、それを無視して出家はできない。院とあなたのために本意を抑えているのだから、あなたがそれを裏切ってはいけないこと。

そして私には今や、出家を引き留めるような問題は、自分自身のまわりにはなくて、いつ出家をしてもいいと思っているのだが、ひとえにあなただけのために頑張っているのだと、言い添えます。

その三。院は具合がよくなく、「心細げにばかりお思いでおられる」ところに、あなたの失態などをお話しすることはできないこと。

「現世は何の気にかけることはありません」について、『集成』が「現世だけのことなら、問題はない」と注しています。現世での過ちは、隠して通ることができれば、現世ではそれでいいから、院の成仏の妨げになるようなことをしてはいけないということでしょうか。それは、一読、私は目をつぶる、という意味にも読めそうですが、「来世の御成仏の妨げになるようなのは、罪障がとても恐ろしい」は、女三の宮自身の問題とも聞こえて、あなたのしたことは、そういうことなのだ、と駄目押しの嫌みを言っているようです。

何を言われても、一言もない姫宮は、ただ泣くばかりです。

源氏も泣きます。それは、以下に語っているように、こういうことを言う自分がいかに惨めに見えることか、という情けない思いからとも思われますが、しかし、そういうふうに、自らの今の姿を顧みて泣くというような泣き方は、あまり見たことがありません。

『評釈』は「この人(女三の宮)の罪ではなく、この人の運命を思う」涙なのだと言いますが、それならこの後の「一切の愛情も冷めてしまいそう」というふうにはならないような気もします。

ひょっとして、この人たちは目のまで泣いている人がいれば、紳士たる者、ある程度一緒に泣くのがマナーなのだ、というようなことがあるのでしょうか。

ともあれ二人は、目の前にある院からの手紙を穏便に済ませるように、それぞれにまったく別々の思いを抱きながら、はた目には恐らくいかにも仲睦まじそうに、返事をしたためるのです。》

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