【現代語訳】
二条院にいらっしゃる時なので、女君にも、今ではすっかり関係が切れてしまったこととて、お見せ申し上げなさる。
「とてもひどくやっつけられたものです。確かに、情けないことだ。いろいろと心細い世の中の様子をよく見て過して来たものです。普通の世間話でも、ちょっと何か言い交わしあい、四季折々に寄せて、情趣をも知り、風情を見逃さず、さっぱりとした付き合いのできる人は、斎院とこの君とが残っていたが、このように皆出家してしまって、斎院は斎院で、熱心にお勤めして、余念なく勤行に精進していらっしゃるということです。
やはり、大勢の女性の様子を見たり聞いたりした中で、思慮深い人柄で、それでいて心やさしい点で、あの方に比べられる人さえいなかったことです。
女の子を育てることは、まことに難しいことだ。宿世などというものは目に見えないことなので、親の心のままにならない。成長して行く際の注意は、やはり力を入れねばならないようです。よくぞまあ、大勢の女の子に心配しなくてもよい運命でしたよ。まだそれほど年を取らなかったころは、もの足りないことだ、何人もいたらと嘆かわしく思ったことも度々あったことです。
若宮を注意してお育て申し上げて下さい。女御は、物の分別を十分おわきまえになる年頃でなくて、このようにお暇のない宮仕えをなさっているので、何事につけても頼りないといったふうでいらっしゃるでしょう。内親王たちは、やはりどこまでも人に後ろ指をさされるようなことなくして、一生をのんびりとお過ごしなさるように、不安でない心づかいを、付けたいものです。身分柄、あれこれと夫をもつ普通の女性であれば、自然と夫に助けられるものですが」などと申し上げなさると、
「しっかりしたしたご後見はできませんでも、世に生き永らえています限りは、是非ともお世話してさし上げたいと思っておりますが、どうなることでしょう」と言って、やはり何か心細そうで、このように思いどおりに、仏のお勤めを差し障りなくなさっている方々を、羨ましくお思い申し上げていらっしゃった。
「尚侍の君に、尼になられた衣装など、まだ裁縫に馴れないうちはお世話すべきであるが、袈裟などはどのように縫うものですか。それを作って下さい。一領は、六条院の東の君に申し付けよう。正式の尼衣のようでは、見た目にも疎ましい感じがしよう。そうはいっても、法衣らしいのが分かるのを」などと申し上げなさる。
青鈍の一領をこちらではお作らせになる。宮中の作物所の人を呼んで、内々に、尼のお道具類でしかるべき物をはじめとしてご下命なさる。御褥、上蓆、屏風、几帳などのことも、たいそう目立たないようにして、特別念を入れてご準備なさったのであった。
《男は女性にあまり他の女性の評価を話したりしない方がいいと思うのですが、源氏は、六条御息所のことを紫の上に話したことで、その死霊にひどい目にあったばかりであるにもかかわらず、またしても、紫の上に、朧月夜の手紙を見せながら彼女の話をし、ついでに、というわけでもないでしょうが、朝顔斎院について語ります。
『評釈』は「彼らについて自由に語りあえる仲に、今、源氏と紫の上は達している」と言いますが、紫の上は女三の宮の降嫁によって傷ついたのが、この不調の始まりなのですから、源氏の女性関係に、それが誰であれ、言葉どおりに平静でいられるとは思われません。そもそも、彼女は今、源氏が許さないから出家しないでいる、といったほどに、心の底で(ということは、彼女自身も気がつかない所で、ということになりますが)源氏を慕っているはずなのです。
源氏の言葉の初めの「確かに」は、朧月夜の歌を受けて、確かにもっと早く出家すべきだったという意味なのでしょう。以下、「いろいろと心細い世の中の様子」の一つとして朝顔斎院とのことを思い出した、「よく」は「よくもまあ」といった趣でしょうか。
「さっぱりとした付き合いのできる人は、斎院とこの君とが残っていた」など、紫の上は聞きたくもない話でしょうが、当時は普通の会話だったのでしょうか。
が、いずれにしても、しかし源氏の意識は口にされない女三の宮にあると見るべきで、彼女のようではない、あるべき女性としてこの二人を挙げて話しているのでしょう。
「女の子を育てることは、まことに難しいことだ」というのが、この段の主旨で、彼はさし当たって「若宮」(「紫の上が養育している女一の宮」・『集成』・明石の女御の娘)が、当面の女三の宮のようなことにならないように、とくと紫の上に頼みます。
「内親王たちは、やはりどこまでも人に後ろ指をさされるようなことなくして、一生をのんびりとお過ごしなさるように、不安でない心づかいを、付けたいものです。」
そう言わなければならないほど、女三の宮のことが彼の心を覆っています。
一方、紫の上は、本当は、もう早く出家をしたいので、この二人を「羨ましくお思い申し上げていらっしゃった」のですが、その彼女に、朧月夜のために袈裟を作って下さいとは、驚いた注文です。
『評釈』は、朧月夜の気に入るような法衣は、「紫の上と花散里でなくては、この注文にかなう創作はできない」と誇らしげに言いますが、言われた紫の上の気持たるや、察するに余りあるという気がするのですが、どんなものでしょうか。》