源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第九章 女三の宮の物語

第七段 源氏、手紙を読み返す

【現代語訳】

 大殿は、この手紙がやはり不審な気がなさるので、人の見ていない所で繰り返し御覧になる。

「お側の女房の中で、あの中納言の筆跡に似た書き方で書いたのだろうか」とまでお考えになったが、言葉遣いがはっきりしていて、本人に違いないことがいろいろと書いてある。
「長年慕い続けてきたことが偶然に念願が叶って、心にかかってならないといった事を書き尽くした言葉は、まことに見所があって感心するが、本当にこんなにまではっきりと書いてよいものか。折角の人が手紙を思慮もなく書いたものだ。人目に触れることがあってはいけないと思ったので、昔、このようにこまごまと書きたい時も、言葉を簡略にするようにして書き紛らわしたものだ。人が用心するということは難しいことなのだな」と、その人の心までお見下しなさった。

「それにしても、この宮をどのようにお扱いしたら好いものだろうか。おめでたいことのご懐妊も、このようなことのせいだったのだな。ああ、何と厭わしいことだ。こんなふうに人伝ではなく自分で嫌な事を知りながら、今までどおりにお世話申し上げるのだろうか」 と、自分のお心ながらも、とてももとの気持にもどすことはできないとお思いになるが、
「浮気の遊び事として初めから熱心でない女でさえ、また別の男に心を分けていると思うのは気にくわなく気持も醒めるものなのに、ましてこの宮は特別な方で、大それた男の考えであることよ。
 帝のお妃と過ちを生じる例は昔もあったが、それはまた事情が違うのだ。宮仕えと言って自分も相手も同じ主君に親しくお仕えするうちに、自然とそれ相応のいきさつもあって好意を持ち合うようになって、みそか事も多くなって不思議はないものだ。
 女御、更衣と言ってもあれこれいろいろあって、どうかと思われる人もおり、嗜みが必ずしも深いとは言えない人も混じっていて、意外なことも起こるが、重大な確かな過ちと分からないうちは、そのままで宮仕えを続けて行くようなこともあるから、すぐには分からない過ちもきっとあることだろう。
 これほどに又となく大事にお扱い申し上げて、内心愛情を寄せている人よりも大切な恐れ多い方と思ってお世話しているような自分をさしおいて、このような事を起こすとは、まったく例がない」と、非難する気持におなりになる。

《源氏はあの手紙を、まず女房が書いたにせ手紙ではないか疑いました。つまり、それほどあり得ない手紙だったということでしょう。

しかし書かれた内容は、本人でしか書けないものだったようです。文面は見事な恋文ではあるのですが、ことの性質上、誰と分かるように「こんなにまではっきりと書いてよいものか」というものでした。

あれほどの人が、愚かなことをしたものだ、と源氏は、我が若かりし頃と引き比べて思います。

さて、今後女三の宮にどう向き合ったものだろうか、身に覚えがないのにと思った懐妊とは、さてはこの男との間のことらしい。おまけにそれを「人伝ではなく自分で嫌な事を知」ってしまったのだが、もし先に噂が立って、あとで自分が知ったというなら、ひと思いに措置をしてしまうこともできたかも知れないが、自分で見つけてしまったので、この場合は自らその片棒を担ぐように、露見を防ぐ手立てを講じなくてはならなくなったのも、おもしろくない。そんな気持で今までどおりの世話などできない相談だ。

と、ここまでは分かりやすいのですが、以下の話はちょっと独特です。

帝の妃との過ちは、同じ帝に仕える者同士のことで、その間に情が通うことはあっても不思議ではないのだから、まだ許せる。女御更衣といっても、いろいろな人がいるのだから、ことがあまり大きくならなければ、うやむやになればそれですませてしまえばいい…。

そこで『評釈』が、「(しかしこの姫宮は)帝の妃の、勤務とは違うはず」と言います。なるほど、「妃」とは「勤務」であるようなのです。「宮仕えと言って自分も相手も同じ主君に親しくお仕えする」というのは、そういう意味で、つまりこれは言わば職場恋愛だから、ある程度までは許されるということのようです。

そうだとすると、源氏の藤壺や朧月夜との関係も許されることになりますから、彼がそう考えたいのはよく理解できます。

しかし、この考え方どれほど一般的なものだっただろうかと、少し疑わしい気がします。何よりも、少なくとも源氏も藤壺もそのことに強い罪悪感を持っていて(例えば、藤壺については若紫第二章第二段、源氏については紅葉賀の巻第三章第三段)、こんなに割り切れた気持ではありませんでした(その点、朧月夜は少し違いますが、それは彼女の個性というべきでしょう)。

やはりここは、源氏が自分の怒りを正当化するために、些か都合のいい理屈、口実を言っているのだと考えるべきところではないでしょうか。

さてその上で、女三の宮は源氏の正室であり、「(紫の上よりも)大切な恐れ多い方と思ってお世話している」人で、その自分を措いて何たることをしてくれるかと、源氏は怒ります。》

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第六段 小侍従、女三の宮を責める

【現代語訳】

 お行きになったので女房たちが少しお側から散った時に、侍従が近づいて、
「昨日のお手紙は、どのようにあそばしましましたか。今朝、院が御覧になっていた手紙の色が似ていましたが」と申し上げると、びっくりなさって、涙が止めどもなく出て来るので、お気の毒に思うものの、話にならない方だと拝し上げる。
「一体どこにお置きあそばしましたか。女房たちが参ったので、子細ありげに近くに控えているのはよそうと、それくらいの用心でさえ気が咎めますので慎重にしておりましたのに、お入りあそばしました時には、少し間がございましたが、お隠しあそばただろうと、思っておりました」と申し上げると、
「いいえ、それがね。見ていた時にお入りになったので、すぐにしまうこともできないで、差し挟んで置いたのを、忘れてしまったの」とおっしゃるので、何ともまったく申し上げる言葉もない。近寄って探すが、どこにもあろうはずがない。
「まあ、大変。あの方もとてもひどく恐れ憚って、素振りにもお耳に入るようなことがあったら大変と恐縮申しておられましたのに、まだいくらもたたないのに、もうこのような事が起きてしまったことですね。全体、子供っぽいお振る舞いで、人にお姿を見られあそばしたので、あの方が長年あれほどまで忘れることができずずっと恨み言を言い続けていらっしゃったのでしたが、こんなことになるとまで思いもしませんでした。どちら様のためにも、困った事でございますよ」と、遠慮もなく申し上げる。気安く子供っぽくいらっしゃるので、ずけずけと申し上げたのであろう。お答えもなさらず、ただ泣いてばかりいらっしゃる。

とても気に病んで、まったく何もお召し上がりにならないので、
「このようにお苦しみでいらっしゃるのを、放ってお置き申し上げなさって、今はもうすっかりお治りになったお方のお世話に、熱心でいらっしゃること」と、薄情に思って言う。

 

《源氏が二条院に帰っていって女房たちも少なくなった隙に、小侍従は寝ていた姫宮の側によって、手紙の処置を訊ねます。

よく似た手紙を源氏が読んでいたと聞いて、姫宮はすぐに自分のしたことを思い出し、返事するよりも早く、泣き出してしまいました。

それと察して小侍従は、もしこのことが源氏に知られて、自分が咎められるようなことになったら大変だと思ったのでしょう、彼女は、まず、あの源氏が入って来られた時に、私があの場にいるのは周囲の目によくないから引き下がったので、私はあの手紙を処置する立場になかったのだと、無罪を宣言します。そしてそんなふうにやむなく下がるのでさえも「気が咎めますので慎重にしておりました」とずいぶん気を使って来たことを強調します。そうしておいて、それなのに当のあなた様は、「少し間がございました」から、十分お隠しになれたはずなのに、何という無神経で不用意なことをなさったのか…、と、自分の不在証明から、姫ひとりの罪であることに話を展開します。

心幼い姫は簡単に追いつめられて、おろおろするしかありません。姫からやっと話を聞いて、小侍従は手紙の場所を探してみますが、あるはずもありません。一大事は確定的となりました。

小侍従はさらに姫に追い打ちを掛けます。

あの方もお困りになりますよ。そもそもこういうことが起こったのも「人にお姿を見られあそばした」からなので、そういう不用意なことをなさったから、私が手引きなどしなくてはならなくなったのです。私だって「こんなことになるとまで思いもしませんでした」から、したことで、あなたがここまでことのお分かりにならない方とは思いませんでした、原因はすべてあなたにあるのです、と、さらに追い打ちをかけます。

責められて、姫宮はただ泣いているばかりですが、他の女房たちはそれを見て、そんなことが起こっているとは夢にも知らず、悪阻に苦しんでいるのだとばかり思って、そそくさと帰っていった源氏への恨み言を、ささやき合っています。》

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第五段 源氏、柏木の手紙を発見

【現代語訳】

 まだ朝の涼しいうちにお帰りになろうとして、早くお起きになる。
「昨夜の扇を落として。これでは風がなま温いな」と言って、御檜扇はお置きになって、昨日うたた寝なさった御座所の辺りを立ち止まってお探しになると、御褥の少し乱れている端から、浅緑の薄様の手紙で、押し巻いてある端が見えるのを、何気なく引き出して御覧になると、男の筆跡である。紙の香りなどはとても優雅で、気取った書きぶりである。二枚にこまごまと書いてあるのを御覧になると、

「紛れようもなく、あの人の筆跡だ」と御覧になった。
 お鏡の蓋を開けて差し上げる女房は、殿が御覧になるべき手紙なのであろうと事情に気づかないが、小侍従が見つけて、昨日の手紙と同じ色と見ると、大変なことだと胸がどきどき鳴る心地がする。お粥などを召し上がる方には見向きもせず、
「いいえ、いくら何でもそれはあるまい。本当に大変で、そのようなことがあろうはずはない。きっとお隠しになったことだろう」としいて思うようにする。
 宮は、無心にまだお寝みになっていらっしゃる。
「何と幼いことか。このような物をお散らかしになって、自分以外の人が見つけたら」 とお思いになるにつけても、見下される思いがして、
「やはりそうだ。本当になにかとたしなみのないご様子を、不安であると思っていたのだ」とお思いになる。

 

《「扇」は原文では「かはほり」で夏扇のこと、「檜扇」は、「公家貴族が笏に代えて用い、また、顔を隠し、合図に鳴らし、契りの証拠に交換した」(『辞典』)というもので、風を送るには適さないようです。源氏は、朝早く二条院に帰ろうとしてそれが見えないことに気付き、捜しに昨日の昼の御座所に行きました。

すると、褥の端に「浅緑の薄様の手紙」が覗いています。姫宮が「御褥の下にさし挟みなさった」(第三段)、柏木からのあの手紙に相違ありません。

何気なく手に取ってみた源氏は、筆蹟を見て一目で彼の筆蹟と気がつきます。かつて彼が玉鬘に送った文を見て「筆跡はとても見事で、…書き方も当世風でしゃれて」いると感心したことがありました(胡蝶の巻第二章第二段)が、今度のも、洒落た手紙です。

源氏がそれを開いて見ているところを小侍従が見つけて、その上の色からもしやとドキリとしますが、いくら何でもそんな恐ろしいことがあるはずはないと、懸命に自分でそれを打ち消そうとします。すぐに姫宮に、あの手紙はどうされたかと訊きたいところですが、まだ、自分の昨日の洒落たつもりの振る舞いがどんな事件を招いているか何もご存じないままに無邪気に寝ておられます。

源氏は、手紙を読んだのですが、意外に落ちついています。こんな所にこんなものを落としておいて、もし「自分以外の人が見つけたら」、どんなみっともないことになったかも知れないのに、どうもまだ一人前ではないようだと、せっかくいじらしいと思っていた評価を、また引き下げる気持です。

夏扇の方はどうなったのだろうと、気になりますが、そういう些末のリアリズムは忘れるべきで、源氏も、余裕のあるらしい反応を示しながら、そのことを忘れてしまうくらいには、手紙への関心を持ったのだとでも思っておけばいいでしょう。

途中、「お鏡の蓋を開けて差し上げる(源氏の朝の身支度に奉仕する・『集成』)女房は、…事情に気づかないが」という一節は、なくても構わないようですが、これがあることによって、対照的に小侍従の内心の狼狽が鮮明に印象づけられていますし、絵画的にもおもしろい場面になっていると思います。》

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第四段 源氏、女三の宮と和歌を唱和す

【現代語訳】

 夜になってから二条院にお帰りになろうとして、お暇する話をなさる。
「あなたはお具合も悪くはないようにお見えですので、まだとても頼りなさそうなのを放って置くように思われますのも、こんな時お気の毒なので。変なふうに申す者があっても、決してお気になさいますな。やがてきっとお分かりになりましょう」とお慰めになる。

いつもは子供っぽい冗談事などを気楽に申し上げなさるのだが、ひどく沈み込んで、ちゃんと目をお合わせ申すこともなさらないのを、ただ側にいないのを恨んでいらっしゃるのだとお思いになる。
 昼の御座所に横におなりになってお話申し上げなどするうちに、日暮れになったしまった。少しお眠りになってしまったが、ひぐらしが派手に鳴いたのに目をお覚ましになって、
「それでは、『道たどたどし(月が出てから、など)』とならないうちに」と言って、お召し物などをお替えになる。
「『月待ちて』とも言うそうですのに」と、若々しい様子でおっしゃるのはとてもいじらしい。

「『その間にも(それまで一緒に)』とでも、お思いなのだろうか」と、いじらしくお思いになって、お立ち止まりになる。
「 夕露に袖ぬらせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きてゆくらむ

(夕露に袖を濡らせといって、ひぐらしが鳴くのを聞きながら起きて行かれるのでし

ょうか)」
 子供のようなあどけないままにおっしゃったのもかわいらしいので、膝をついて、
「ああ、困りましたね」と、溜息をおつきになる。
「 待つ里もいかが聞くらむかたがたに心さわがすひぐらしの声

(私を待っている所でもどのように聞いているでしょうか、それぞれに心を騒がすひ

ぐらしの声ですね)」
などとご躊躇なさって、やはり無情に帰るのもお気の毒なので、お泊まりになった。心は落ち着かず、そうは言っても物思いにお耽りになって、果物類だけを召し上がりなどなさって、お寝みになった。

 

《源氏は、「年輩の女房」の話を、結局、何かの間違いだろうくらいにしか思わず、そうとなれば、こちらの方は特に具合が悪いということもなさそうだし、二条院の方が気になるので、夜になったら帰ろうと、昼下がりの頃でしょうか、姫宮に話しかけます。

 お付きの女房たちは懐妊だと思っているようだから、自分がこうして帰っていけば、きっと何かまた余計なことを言うに違いないと源氏は考えて、「決してお気になさいますな」と、あらかじめ釘を刺しておきます。

 姫宮が普段こういうときに「子供っぽい冗談事など」を言うというのは、ちょっと意外ですが、琴を教わったころからそういう間柄になったのでしょうか。

 しかし、この頃少し様子が違っています。半月ほどになるでしょうか、前に来たとき(前章第七段)と同じように、「ちゃんと目をお合わせ申すこともなさらない」ので、やはり、三月以来二ヶ月ほど紫の上の方に付きっきりでいたことを恨めしく思っているのかと、腰を据えてまたなだめすかして睦言をしている間に、うとうとしてしまって夕暮れになりました。

 では帰ろうと立ち上がって、着物を替えます。以下のやり取りは古歌「夕闇は道たどたどし月待ちて帰れわがせこその間にも見む」(「原歌『万葉集巻四』(七〇九)」『集成』)を踏まえたものとされます。

歌と言葉の掛けあいも洒落ていておもしろく、珍しく姫宮の魅力的な、いい場面なのですが、実は、そんな歌など詠み掛けないでそのまま源氏に帰っていただけば、取りあえずは何ごとも起こらなかったのです。

姫宮の、本心からではなく、気を聞かせただけのつもりの返事が、前段の柏木の手紙に続いてまたしても言わずもがなのことで、その言葉をいとおしく思ってしまった源氏が、彼もまた本意でないらしいにもかかわらず、もう一夜ここに泊まることになってしまいます。》

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第三段 源氏、女三の宮を見舞う

【現代語訳】

 宮は、気が咎めて顔を見られ申すのも恥ずかしく、気の引ける思いでおられるので、お話しになるお言葉にもお返事を申し上げなさらないので、長い間会わずにいたことを、さすがに表には出さなくてもひどいとお思いになっていたのだと心苦しいので、あれやこれやとご機嫌をおとりになる。年輩の女房を召して、ご気分の様子などをお尋ねになる。
「普通のお身体ではいらっしゃいませんで」と、ご気分のすぐれないご様子を申し上げる。
「妙に、今ごろになってご懐妊とは」とだけおっしゃって、ご心中には、長年連れ添う方々でさえそのようなことはないのに、当てにならないことではないかとお思いになるので、特にあれこれとおっしゃらず相手になさらないで、ただ、お苦しみでいらっしゃる様子がとても痛々しげなのを、いたわしく拝見なさる。
 やっとお思い立ちになってお越しになったので、すぐにはお帰りになることはできず、二、三日いらっしゃる間、

「どうだろうか、どうだろうか」と気がかりにお思いになるので、お手紙ばかりをこまごまとお書きになる。
「いつの間にたくさんお言葉が溜るのでしょう。まあ何と、安心ならないお二人の間柄だこと」と、姫宮の御過ちを知らない女房は言う。侍従だけは、このようなことにつけても胸が騷ぐのであった。
 あの人も、このようにお越しになっていると聞くと、大それた考え違いを起こして、大層な訴え事を書き綴っておよこしになった。対の屋にちょっとお渡りになっている間に、人少なであったので、こっそりとお見せ申し上げる。
「厄介な物を見せるのは、とても辛いこと。気分がますます悪くなるのに」と言ってお臥せになっているので、
「でも、ただこのはしがきがお気の毒な気がいたしますよ」と言って、広げたところへ誰か参ったので、たいへん困って、御几帳を引き寄せて出て行った。
 ますます胸がどきどきしているところに、院がお入りになったので、上手にお隠しになることもできず、御褥の下にさし挟みなさった。

 

《姫宮は、もしこのことが露見したらどれほど叱られるだろうと思うと、源氏の前で身を背けて小さくなっています。

そんなこととは思いもしない源氏は、自分が長らく来なかったことを恨んで、拗ねているのだと思って、手慣れたご機嫌取りです。

体調が悪いと聞いていましたから、「年輩の女房」を呼んで様子を訊ねると、懐妊だと言うのでした。長らく来なかったこともあって、源氏は、何かの間違いだろうと思いますが、取りあえず苦しそうにしていることは間違いないので、あれこれと慰める、というか、なだめすかすといったところです。

それにしても、この心幼い姫自身からの申告ならともかく(『評釈』は「想像妊娠かな、ぐらいに思っ」たのだろうと言いますが)、わざわざ「年輩の女房」を召して尋ねて得た懐妊という話に対して、「特にあれこれとおっしゃらず相手になさらないで(原文・ともかくものたまひあへしらひたまはで)」というのは、いくら「妙に、今ごろになってご懐妊とは」と思ったにしても、いくら何でも少し冷淡すぎないでしょうか。

源氏の心がもうすっかり姫宮を離れているような言い方で、わずか四ヶ月前の女楽のころ(第四、五章)の、紫の上が絶望的な思いを抱くほどになった、あの入れ込みようはどうなったのかという気がします。

今、彼の気持ちはすっかり紫の上の方に向いています。

久し振りに来たので、すぐ帰るというわけにもいかず、二条院には手紙を送るのを、こちらの女房たちは、とんもないことと目くじら立てていますが、小侍従だけはどうなることかと、気が気ではありません。

柏木が、源氏が来られたと聞いて、姫宮は大丈夫かと心配になって勇気づけようとでも思ったのでしょうか(諸注は源氏に対する嫉妬からだと言います、「大それた考え違いを起こして」とありますから、その方がいいでしょうか)、よせばいいのに、さっそく手紙をよこします。小侍従が、これもよせばいいのに源氏がちょっと席を外して自室の東の対に行った隙に姫宮に渡しました。

姫が、困りながらも広げようとしたところに、源氏が帰ってきて、姫宮はあわてて手紙を布団の下に押し込みます。》

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