源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第六章 紫の上の物語(一)

第六段 明石女御、看護のため里下り

【現代語訳】

 女御の君もお渡りになって、ご一緒にご看病申し上げなさる。
「普通のお身体でもいらっしゃらなくて、物の怪などがとても恐ろしいから、早くお帰りなさい」と、苦しいご気分ながらも申し上げなさる。若宮が、とてもかわいらしくていらっしゃるのを拝見なさっても、ひどくお泣きになって、
「大きくおなりになるのを拝見できなくなりましょうね。きっとお忘れになってしまうでしょうね」とおっしゃるので、女御は、涙を堪えきれず悲しくお思いでいらっしゃった。
「縁起でもなく、そのようにお考えなさるな。いくら何でも悪いことにはおなりになるまい。気持ちの持ちようで、人はどのようにでもなるものです。心構えの広い人には、幸いもそれに従って多く、狭い心の人には、そのようになる宿縁で、高貴な身分に生まれても、ゆったりゆとりのある点では劣り性急な人は、長くその地位にいることはできず、心穏やかでおっとりとした人は、寿命の長い例が多かったのです」などと、仏神にも、この方のご人柄がまたとないほど立派で、罪障の軽い事を詳しくご説明申し上げなさる。
 御修法の阿闍梨たちや、夜居などでもお側近く伺候する高僧たちは、皆、たいそうこんなにまで途方に暮れていらっしゃるご様子を聞くと、何ともおいたわしいので、心を奮い起こしてお祈り申し上げる。

少しよいようにお見えになる日が五、六日続いては、再び重くお悩みになるということが、いつまでということなく続いて、月日をお過ごしになるので、

「いったい、どのようにおなりになるのだろうか。治らないご病気なのだろか」と、お悲しみになる。
 御物の怪だなどと言って出て来るものもない。ご病気の様子は、どこが悪いとも見えず、ただ日が経つにつれて、ただお弱りになるように見えるので、とてもとても悲しく辛い事とお思いになって、お心の休まる暇もなさそうである。

 

《紫の上が寝付いたのは、女楽(一月十九日)の翌々日で、そのまま二月が終わって二条院に移ったとありましたから、もうざっと二週間になります。

女御が二条院に見舞いに来て、やっと紫の上の病状が具体的に読者の前にあきらかになってきました。なんと、もう彼女は寿命を考えなければならないほどに重態になっていたのです。

源氏は、元気づけようといろいろに語るのですが、その話の何と理屈っぽいこと。よく言えばそれほど動揺していたとも思われますが、作者は、どうもそういう意味で書いているのではなく、真面目のようです。

加持祈祷が続けられますが、「お悩みになるご様子は、どこということも見えず、ただ日が経つにつれて、ただお弱りになる」ということで、これといった手の施しようもないといった様子です。

よくなったように見える時もありますが、「五、六日」をおいてのぶり返しで、どんどん月日が経っていき、それにつれて「ただお弱りになるようにお見えになる」ばかり、源氏は、当然ながら付きっきりで看病します。

こうして明石の女御が二条院に里下がりして、源氏とともに紫の上の傍にいるのを見ると、六条院は、「火を消したようになって」(前段)しまったことが、一層はっきりします。

それについて『の論』所収「柏木の生と死」が「すでに諸家の説かれるように」としながら「紫の上が六条院を去ったということは、六条院の経営に象徴される源氏の独自の栄華が翳りはじめたことを意味するだろう」と言います。先回りして言ってしまえば、実はあの「女楽」(第四、五章)が、六条院の、そして源氏にとっての、翳りのない華やぎの最後だったのです。

今そこに残っているのは、すでに過去の人となっている花散里と明石の尼君、そして逆に幼いことを強調され続けている女三の宮です。

そして、それが実は新たな出来事を引き起こすことになるのです。》

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第五段 紫の上、二条院に転地療養

【現代語訳】

 同じような様子で、二月も過ぎた。言いようもない程にお嘆きになって、試しに場所をお変えになろうということで、二条院にお移し申し上げなさった。院の中は上を下への大騒ぎで、嘆き悲しむ者が多かった。
 冷泉院にもお聞きあそばして悲しまれる。この方がお亡くなりになったら、院もきっと出家のご素志をお遂げになるだろうと、大将の君なども、真心をこめてお世話申し上げなさる。
 御修法などは、普通に行うものはもとより、特別にほかにもおさせになる。少しでも意識がはっきりしている時には、
「お願い申し上げていることをお許しなく、情けなくて」とひたすらお恨み申し上げなさるが、寿命が尽きてお別れなさるよりも、目の前でご自分の意志で出家なさるご様子を見ては、まったく少しの間でも耐えられず、惜しく悲しい気がしないではいられないので、
「昔から、私自身こそこのような出家の本願は深かったのだが、残されて物寂しくお思いになる気の毒さに心引かれて過しているのに、逆に私を捨てて出家なさろうとお思いなのですか」と、ひたすらお引き留め申し上げなさるが、本当にとても頼りなさそうに弱々しくなっていかれて、もうこれきりかとお見えになる時々が多かったので、どうしようと心を惑わされて、宮のお部屋には、ちょっとの間もお出掛けにならず、御琴類にも興が乗らずみなしまいこまれて、院の内の人々はすっかりみな二条院にお集まりになって、こちらの院では、火を消したようになって、ただ女君たちばかりがおいでになって、お一方の御威勢であったと見える。

 

《波紋が次の波紋を呼びます。 

新たに紫の上が大きく体調を崩して、二条院に移るということが起こりました。

そこはかつて長年住み馴れた懐かしい住まいで、「ご自分の邸宅とお思いの」(若菜上の巻第九章第一段1節)、周囲に気遣いのいらないところですから、療養にも心の安定にも、移ること自体は自然なことです。

しかし、女主人の退出とあって、六条院は大騒ぎです。またそれほどの病状と分かって二人の息子も心を傷めます。

そんな中で上は女三の宮降嫁以来考えていた出家(第二章第二段)を再び求めるのですが、源氏は受け入れることができないままに、万般を尽くして付きっきりの看病です。一夫一妻の現代感覚で読むと、いまさらの感もありますが、ここは、こういう形がその当時(より多くの女性を相手にすることが男の大きなステイタスの一つである時代)の男の標準的なあり方であるとして、彼の誠意を汲まねばならないでしょう。

そんな時に、作者は「宮のお部屋には、ちょっとの間もお出掛けにならない」と、あまりに当然で、特に断る必要もないことのように思われる一節を入れ、それによってさりげなく六条院の「火を消したよう」なさまを語って、逆にどれほど紫の上の力が大きかったかを語ります。

ところで、ちょっと分かりにくいのは、例えば『評釈』が「出家、それは二人の別れを意味する。…この世にあるかぎり二度と顔を見ないのだ」と言うように、源氏は紫の上の出家希望に大騒ぎをして反対するのですが、例えば、藤壺は出家して後、源氏の権勢が復活してからは、「お思いの通りに参内退出」ができて、「内大臣(源氏)は何かにつけて、たいそう恥じ入るほどにお仕え申し上げ、好意をお寄せ申し上げなさる」(澪標の巻第三章第二段)のでしたし、その後も源氏は幾度も彼女と会っていて、前斎宮(六条御息所姫君)の入内の相談をした(同第五章第五段)こともあるのであって、出家したからといって、実生活上何ほどの変化もないようにも見えます。

『構想と鑑賞』は、この時の紫の上の出家を源氏が許さない理由について、「紫の上が気がかりで、それに気が引かれて(自分が)出家できないというのなら、今紫の上が出家すれば、心残りがなくて、自分も出家することができるはず」で、「また自分が出家してからにせよともいうが、これも自己本位で、他を思わない考え方」で、「甚だ筋の通らない話」と言い、結局「紫の上の尼姿をみることは堪えられないのであり、換言すれば、紫の上に対する恋情がまだまだ強くて、思い切れないということである」と言います。

一方、紫の上についても「運命として、女三の宮の降嫁を甘受せねばならず、そのことのために源氏を信頼し得ない心持」になっているが、「源氏が進んで求めたこととは思わないから、源氏を恨んだり憎んだりはしない」、ただ「そういう自分の運命が悲しくて、源氏から離れたいのである」、「それと共に、…源氏の同意がない限り出家しようとしないのも、その心の奥に、源氏に対する愛情が潜んでいるためである」と言います。

ちょっと引用が長くなり、かつとびとびで分かりにくいかも知れませんが、つまりここでの二人の対話は、二人の気持の行き違いを示しているようでありながら、どうやら、実はせっぱ詰まったところでの男女の睦言の裏返しに近い一面を秘めたものであるようなのです。》


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第四段 紫の上、病に臥す

【現代語訳】

 対の上のもとでは、いつものようにおいでにならない夜は、遅くまで起きていらっしゃって女房たちに物語などを読ませてお聞きになる。
「このように、世間で例として引き集めた昔語りでも、不誠実な男や色好みな男、二心ある男に関係した女は、このようなことを語り集めた中にも、結局は頼る男に落ち着くようだのに、どうしたことか、きちんとした居場所のないままに過してきたことだ。確かにおっしゃったように、人並み勝れた運勢であったわが身の上だが、世間の人が我慢できず満足ゆかないこととする悩みが身にまといついて終わろうとするのだろうか。つまらないことだ」などと思い続けて、夜が更けてお寝みになった、

その明け方から、お胸をお病みになる。女房たちがご看病申し上げて、
「お知らせ申し上げましょう」と申し上げるが、
「それはいけません」とお制しなさって、苦しいのを我慢して夜を明かしなさった。お身体も熱があって、ご気分もとても悪いが、院がすぐにお帰りにならない間、これこれとも申し上げない。

 女御の御方からお便りがあったので、
「これこれと気分が悪くていらっしゃって」と申し上げなさると、びっくりして、そちらから申し上げなさったので、驚いて急いでお帰りになると、とても苦しそうにしていらっしゃる。
「どのようなご気分ですか」と手をさし入れ申しあげなさると、とても熱っぽくいらっしゃるので、昨日申し上げなさったご用心のことなどをお考え合わせになって、とても恐ろしい気持がなさる。
 御粥などをこちらで差し上げたが、見向きもなさらず、一日中付き添っていらっしゃって、いろいろと介抱なさりお心をお痛めになる。ちょっとした果物でさえ、とても億劫になさって、起き上がりなさることがなくなって、数日が過ぎてしまった。
 どうなるのだろうとご心配になって、御祈祷などを数限りなく始めさせなさる。僧侶を召して、御加持などをおさせになる。どこということもなく、たいそうお苦しみになって、胸が時々発作を起こしてお苦しみになる様子は、我慢できないほど苦しげである。
 さまざまのご謹慎は限りないが、効験も現れない。重態と見えても、たまたま快方に向かう兆しが見えれば期待もできるが、たいそう心細く悲しいと見申し上げていらっしゃって、他の事はお考えになれないので、御賀の騷ぎも静まってしまった。

あちらの院からも、このようにご病気である由をお聞きあそばして、お見舞いを非常に御丁重に、度々申し上げなさる。

 

《とうとう投げられた小石の波紋が広がり始めました。

紫の上が病に倒れたのです。胸の痛みのようですが、病名はともあれ、女三の宮の降嫁がもたらした心労からの、起こるべくして起こったものに違いありません。源氏への知らせは、直接ではなく、たまたま明石の女御が上に便りをしたことから女御の知るところとなって、そこからのものでした。

源氏は飛び上がって、対に帰ってきます。加持祈祷、精進潔斎、彼はあらゆることを試みますが、回復の兆しがありません。

各方面からの見舞いの中に、朱雀院からのものがありました。ここで『評釈』が「その心の底に、紫が死ねば、の気持はなかったろうか」と言います。

それはもしこの物語が現実の話であったなら否定はできないでしょうが、もしそういうふうに考えるなら、源氏でさえも、一瞬そういうことを考えなかったとは言えないでしょう。この物語の中で、この院はひたすら心優しく(ということは、心弱く、ということでもありますが)誠実な人としては描かれて来ていたように思います。

太宰治の『走れメロス』を思い出します。あの小話では、二人の友人同士がお互いに相手に対する一瞬の疑いを抱いたことを作者は些細なこととして葬ります。太宰は、五%の不純があることを取り立てて、残りの純粋を疑ってはならない(疑わないでほしい)ということを、必死で語ろうとしたのです。もしそれをリアリズムで描こうとすれば、大長編が必要だったでしょうが、太宰にはそれは出来ませんでした。ギリシャ・ローマの昔話にすることによって、かろうじてその思いを描くことができたのでした。大岡昇平は『俘虜記』で別の角度からその問題に迫りました。

生身の朱雀院がもし存在したら、「紫が死ねば」と心の隅で考えたでしょう。しかし、この物語では、書かれていない以上、考えなかったのです。もしそう考えたなら、それは、以前書いたことのある「夾雑物」(蛍の巻第三章第二段)なのであって、彼はこの物語の中に登場する資格を失うのです。

物語は現実を生の形で写すのではなくて、作者の考えるある一定の方向性を持って語ります。もし彼がここでそういうことを考えるような人であるなら、かつて源氏を明石から呼び返すことなど考えなかったのではないでしょうか。そういう意味で、彼もまた純粋なキャラクターを与えられて、興味をそそる人物として、物語の中で生きているのです。

それはさておき、紫の上の病という、この新たな波紋は、また次の波紋を自動的に引き起こします。さし当たっては、朱雀院五十の賀の話も消えて、延期となってしまいました。》

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第三段 源氏、関わった女性たちを語る~その2

【現代語訳】2
「今上の御方のお世話役の人は、大した身分の人でないと最初は軽く見て、気楽な相手だと思っていましたが、やはり心の底が見えず、際限もなく深いところのある人でした。表面は従順で、おっとりして見えながら、しっかりしたところが下にあって、どことなく気の置けるところがある人です」とおっしゃると、
「他の方は会ったことがないので知りませんが、あの方は、はっきりとではありませんが、自然と様子を見る機会も何度かあったので、とても馴れ馴れしくできず、気の置ける嗜みがはっきりと分かりますにつけても、とても途方もない単純なところをどのように御覧になっているだろうと、気の引けるところですが、女御は自然と大目に見て下さるだろうとばかり思っています」とおっしゃる。
 あれほど目障りな人だと心を置いていらっしゃった人を、今ではこのように許して顔を合わせたりなどなさるのも、女御の御ためを思う真心の結果なのだとお思いになると、普通にはとても出来ないことなので、
「あなたこそは、さすがに心の底に思わないこともないではないにしても、人によって事によって、とても上手に心を使い分けていらっしゃいますね。全く多くの女たちに接して来ましたが、あなたのご様子に似ている人はいませんでしたよ。とても態度は格別でいらっしゃいます」と、ほほ笑んで申し上げなさる。
「宮にとても琴の琴を上手にお弾きになったお祝いを申し上げよう」と言って、その日の夕方お渡りになった。

自分に心を隔てている人があろうかともお考えにもならず、とてもたいそう子供っぽく、一途に御琴に熱中していらっしゃる。
「もう、お暇を下さって休ませていただきたいものです。師匠は満足させてこそです。とても辛かった日頃の成果があって、安心出来るほどお上手になりになりました」と言って、お琴類は押しやって、お寝みになった。

 

《続けて、明石の御方ですが、葵の上同様に、この人についても特に新しい話はなく、さもありなんというところですが、ただ源氏が「どことなく気の置けるところがある(原文・はずかしきところあれ)」と言い、紫の上が「馴れ馴れしくできず、気の置ける嗜みがはっきりと分かります(原文・うちとけにくく、心はづかしきありさましるき)」と、馴染みがたく思っているような否定的表現が意外です。

 もともとプライドの高い人ではあるのですが、それを表に出さないところが彼女の素晴らしさでもあったわけで、その点がトゲになることはないでしょうから、逆にそれが冷ややかさに感じられる、といったようなことでしょうか。

 それにしても、この前節からの女性談義は、やはり出家を願い出た妻に向かってするには、相応しい話とは思われないのですが、どうでしょうか。

にもかかわらず、紫の上は明石の御方の話について源氏に応じて自分の考えを語ります。実に大人の対応だという気がします。彼女は本当にもうどこかで心が折れて、何ごとかを諦めているのかも知れません。

そういう紫の上を褒めることで、源氏の話は終わります。

が、驚いたことに彼は、その舌の根も乾かぬうちに、「宮に、とても琴の琴を上手にお弾きになったお祝いを申し上げよう」と紫の上の前を立って、去っていきます。それについての彼女の驚きと悲しみはいかばかりかと思われますが、上の反応は何も書かれません。あるいは、少し先回りしすぎるようにも思われますが、そういう心の動きも、もうなくなっているということなのでしょうか。作者は「お琴類は押しやって、お寝みになった」とわざわざ冷酷に付け加えるのです。》

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第三段 源氏、関わった女性たちを語る~その1

【現代語訳】1

「多くではありませんが、人柄はそれぞれにとりえがあるものだと分かって行くにつれて、ほんとうの気立てがおおらかで落ち着いているのは、なかなかいないものであると思うようになりました。
 大将の母君を若いころに初めて妻として、大事にしなければならない方とは思ったが、いつも夫婦仲が好くなく、うちとけぬ気持ちのまま終わってしまったのが、今思うと気の毒で残念な気がします。
 しかしまた、私一人の罪ばかりではなかったのだと、自分の胸一つに思い出します。きちんとして重々しくて、どの点が不満だと思われることもありませんでした。ただ、あまりにくつろいだところがなく几帳面で、少し賢すぎるとでも言うべき人であっただろうと、離れて思うと信頼が置けて、一緒に生活するには面倒な人柄でした。
 中宮の御母君の御息所は、人並すぐれてたしなみ深く優雅な人の例としては、第一に思い出されますが、会うのに気がおけて、気苦労するような方でした。恨むこともなるほど無理もないことと思われる点をそのままいつまでも思い詰めて、深く怨まれたのは、まことに辛いことでした。
 緊張のし通しで気づまりで、自分もあの方もゆっくりとして、朝夕睦まじく語らうには、とても気の引けるところがあったので、気を許しては軽蔑されるのではないかなどと、あまりに体裁をつくろっていたうちに、そのまま疎遠になった仲なのです。
 たいそうとんでもない浮名を立て、ご身分に相応しくなくなってしまった嘆きを、ひどく思い詰めていらっしゃったのがお気の毒で、確かに人柄を考えても、自分に罪がある心地がして終わってしまったその罪滅ぼしに、中宮をこのように、前世からのご因縁とは言いながら、取り立てて、世の非難、人の嫉みも意に介さず、お世話申し上げているのを、あの世からであっても考え直して下さっているでしょう。今も昔も、いいかげんな気まぐれから、気の毒な事や後悔する事が多いのです」と、亡くなったご夫人方について少しずつ仰せいだされて、

 

《途中ですが、一度切ります。

源氏は、「(あなたのように)ほんとうの気立てがおおらかで落ち着いているのは、なかなかいない」ということを語ろうとしてなのでしょう、これまでに出会った女性の話を始めました。『集成』が「源氏の既往が総括されている観があるが、それを紫の上に語るのは、彼女への愛に証しであろう」と言います。

確かに物語としては、源氏がこれまでの女性をどう評価しているかということを総括的に語るという意味があり、読者として関心のないところではありませんが、実際の場面として紫の上の側から見れば、彼女の出家懇望を何とか逸らそうとして、下手の長談義を始めた感が否めないのではないでしょうか。

「源氏はこの段で紫の上に変わらぬ愛情を強調するが、この殊更言わねば気がすまないのは、自分に弱みがあるためである」(『構想と鑑賞』)というのが当たっているでしょう。なお、このあたりのこの書の女性論は大変に読み応えがあって、この後しばらく、しばしばこの書を引くことになります。

さて、最初は葵の上です。今思えばあんなに意地の張り合いのような生活(例えば紅葉賀の巻第一章第四段)をしなければよかったと悔いているようですが、それも、葵の上がくつろがせてくれなかったからだった、と言います。若い頃の彼は夕顔のように自分の思い通りになってくれる女性を求めていたのでした。

次は六条御息所。この人についての気持はなかなか面白いものです。この人は夕顔とは反対に、「人並すぐれてたしなみ深く優雅な人」であって、当代きっての風雅な人で地位もまた申し分ない人でした。源氏にしてなお、「緊張のし通しで気づまりで(原文・心ゆるびなくはづかしくて)」、つまり圧倒されていたのです。

葵の上に比べてずいぶん多くのことを語っていますが、関わりのあった期間が長かったというだけではありません。

彼は彼女に文字どおり「はづかし(自分の能力・状態・行為などが、相手や世間一般に及ばないという劣等意識を持つ意・『辞典』)」という気持を抱いていたわけで、そうだとすればそれは登場人物中唯一の人でしょう。

おそらく交際の初め、源氏は御息所にとって「若いツバメ」(平塚雷鳥の手紙が語源なのだそうですが)といったところだったのでしょうが、そのツバメが相手の心を捕らえたあとになって束縛されるのが嫌になり、避けたい思いと離れがたい義務感の交錯したままの交際となり、後に思えばかえってつらい思いをさせてしまったという反省しかないと語り、今その娘を「皇族が二代続けて后に立ち、かつ先に入内した弘徽殿の女御をも越えての立后」(『集成』)と批判されるのを圧して中宮にまで押し上げ支えているのは、その罪滅ぼしなのだと、私的内幕まで聞かせます。》

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