源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 柏木の物語(一)

第四段 真木柱、兵部卿宮と結婚~その2

【現代語訳】2

 宮は、お亡くなりになった北の方を、それ以来ずっと恋い慕い申し上げなさって、

「ただ、亡くなった北の方の面影にお似申し上げたような方と結婚しよう」とお思いになっていたが、「悪くはないが、違った感じでいらっしゃる」とお思いになると、残念であったのか、お通いになる様子はまこと億劫そうである。
 式部卿大宮は、「まったく心外なことだ」とお嘆きになっていた。

母君も、あれほど変わっていらっしゃったが、正気に返る時は、「口惜しい嫌な世の中だ」と、すっかり悲観しておしまいになる。
 左大将の君も、「やはりそうであったか。ひどく浮気っぽい親王だから」と、はじめからご自身としては賛成なさらなかったことだからであろうか、面白からぬお思いでいらっしゃった。
 尚侍の君も、このように頼りがいのないご様子を身近にお聞きになるにつけ、

「そのような方と結婚をしたのだったら、こちらにもあちらにも、どんなにお思いになり御覧になっただろう」などと、少々おかしくも、懐かしくもお思い出しになるのだった。
「あの当時も、宮と結婚しようとは考えてもいなかったのだ。ただ、いかにも優しく情愛深くお言葉をかけ続けてくださったのに、張り合いなく軽率なようにお見下しになったであろうか」ととても恥ずかしく、今までもお思い続けていらっしゃることなので、

「あのような近いところで、私の噂をお聞きになることも、気をつかわねばならない」などとお思いになる。
 こちらからもしかるべき事柄はしてお上げになる。兄弟の公達などを差し向けて、このようなご夫婦仲も知らない顔をして、親しげにお側に伺わせたりなどするので、宮は気の毒になって、お見捨てになる気持ちはないが、大北の方という性悪な人が、いつも悪口を申し上げなさる。
「親王たちは、おとなしく浮気をせず、せめて愛して下さるのが、華やかさがない代わりには思えるのだが」とぶつぶつおっしゃるのを、宮も漏れお聞きなさっては、

「まったく変な話だ。昔、とてもいとしく思っていた人を差し置いても、やはり、ちょっとした浮気はいつもしていたが、こう厳しい恨み言は、なかったものを」と、気にくわなく、ますます故人をお慕いなさりながら、自邸に物思いに耽りがちでいらっしゃる。

そうは言いながらも、二年ほどになったので、こうした事にも馴れて、ただ、そのような夫婦仲としてお過ごしになっていらっしゃる。

 

《初めの、兵部卿の宮が故北の方を恋い続けておられて、再婚相手もよく似た人をと願うほどだった、というのはちょっと意外です。

彼は色好みの風流人であって、さまざまな女性に心を引かれていたはずなのですが、『評釈』はそこからの彼のこのような心境の変化を、いくつかの縁談の不調から「少々気が弱くなりだした」のだと縷々解説しています。

しかし、この度の結婚の申し込みについても、あまりあっさり承諾されてがっかりしていた(前段)とありましたから、まだまだ風流の心は衰えてはいないように思われて、彼の故北の方への純情をにわかにそのままは信じられない気がしますが、取りあえずそれを承認してこのまま読み進めるしかありません。

故北の方の面影を求めての結婚だったのに当てが外れて、兵部卿宮は新婚早々から少々失望の思いで、気の進まないお通いとなり、それを知った式部卿の宮家では、それぞれが挙ってそういう宮に対して不満を抱きました。

なかでも玉鬘は、どうかすると自分がそういう立場になったかも知れず、また自分にあれほど優しい言葉を掛けて貰ったのに色よい返事もしなかった上に、変な大将と一緒になってしまって、宮から軽く見られているのではないかという心配もあって、しかるべきことをしようと、真木柱の許に兄弟を行かせたりして、慰めようとします。

宮は、そういう不満や気遣いがあっていることが分かって、「気の毒になって、お見捨てになる気持ちはない」のですが、そこに大北の方が「親王というのは実権のない立場で、そういう点で『華やかさがない』のだから、せめて娘を大事にしてくれればいいのに」など言っていると聞こえてくるのっで、またぞろ面白くない気持になってしまいます。

そこで何事が起こるだろうかと読者は気を揉むことになるのですが、しかし、結局「そうは言いながらも、二年ほどになったので、…」と、何事もなく話は収まってしまいます。

『評釈』は、「『源氏物語』は常に敵味方の色分けがはっきりしている」として、古くは右大臣家、次いで左大臣家と続き、今この式部卿宮家が、敵役にされているのだ、と言いそういう中での真木柱の不幸なのだと言います。

こうして、紫の上の女三の宮に関わる思いもきわどい均衡のままに残し(若菜上の巻第八章第三段)、そういう中での例の柏木の女三の宮への思いの話もあり、そしてさらにはここにまた危うげな話の種が生じながら、物語はしばらく空白の時間に入り、次の話はここから二年の月日が流れた後から始まります。》

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第四段 真木柱、兵部卿宮と結婚~その1

【現代語訳】1

 蛍兵部卿宮は、やはり独身生活でいらっしゃって、熱心にお望みになった方々は皆うまくいかなくて、世の中が面白くなく、世間の物笑いになっているという気がなさるので、このまま甘んじていられないとお思いになって、この宮に気持ちをお漏らしになったところ、式部卿大宮は、
「いや何。大切に世話しようと思う娘なら、帝に差し上げる次には、親王たちにめあわせ申すのがよい。臣下の、真面目で無難な人だけを、今の世の人が有り難がるのは、品のない考え方だ」とおっしゃって、そう大してお焦らし申されることなく、ご承諾なさった。
 蛍親王は、あまりに口説きがいのないのを物足りないとお思いになるが、大体が軽んじ難い家柄なので、言い逃れもおできになれず、お通いになるようになった。たいそうまたとなく大事にお世話申し上げなさる。
 式部卿大宮は、女の子がたくさんいらっしゃって、
「いろいろと何かにつけ嘆きの種が多いので、懲り懲りしたと思いたいところだが、やはりこの君のことが放っておけなく思えてね。母君は、変に普通ではない人に年とともになって行かれる。大将は大将で、自分の言う通りにしないからと言って、いい加減に見放しなされたようなので、まことに気の毒だ」と言って、お部屋の飾り付けも、立ったり座ったり、ご自身でお世話なさり、すべてにもったいなくも熱心でいらっしゃった。


《式部卿の宮が真木柱の相手を物色している時に、例の蛍兵部卿の宮が名乗りを上げてきました。北の方が亡くなって、すでに八年が経ち(胡蝶の巻第一章第三段で三年前とありました、あれから五年が経っています)、その間、玉鬘、女三の宮の婿候補になりながら、いずれもうまくいかず、源氏に比肩する粋人としては、「世間の物笑いになっているという気がなさる」のも無理ありません。そこに宮家の姫なら、まず文句のないところです。

 式部卿に話すと、異議なく二つ返事で快諾されました。

「あまりに口説きがいのないのを物足りないとお思いになる」というのが、いかにも粋人らしい気持で笑ってしまいますが、申し込みから受諾される「そのあいだの手練手管を人にも見せて、やんやの喝采を世間一般から受けたい」(『評釈』)のでしょう。

 「言い逃れもおできになれず(原文・えしも言ひすべしたまはで)」は、承諾にケチを付けることができない、ということでしょうか。変な話ですが、肩すかしを食った宮の本音というところなのでしょう。ただ、こういう齟齬は、読むものには笑い話でも、話の展開には不安を感じさせます。

 式部卿の方は、ともかくもやれやれという安堵の思いのようで、母親も父親の髭黒大将も親身になって見てやらない孫娘のために、宮自身が先に立って婿を迎える準備に精を出します。
 ここに来て、この人は急に「大宮」と呼ばれますが、兵部卿と比べて老年だから、と『集成』が言い
ます。》

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第三段 柏木、真木柱姫君には無関心

【現代語訳】

 左大将殿(髭黒)の北の方(玉鬘)は、大殿(太政大臣)の君たちよりも、右大将の君(夕霧)を、やはり昔のままに、親しくお思い申し上げていらっしゃる。気立てに才気があって、親しみやすくいらっしゃる方なので、お会いなさる時々にも、親身に他人行儀になるところはなくお振る舞いになるので、右大将も、淑景舎(明石の姫君)などが他人行儀で近づきがたいお扱いであるので、一風変わったお付き合いで、親しくしていらっしゃった。
 夫君は、今では以前にもまして、あの前の北の方とすっかり縁が切れてしまって、並ぶ者がないほど大切にしていらっしゃる。このお方の腹には、男のお子たちばかりなので、物足りないと思って、あの真木柱の姫君を引き取って、大切にお世話申したいとお思いになるが、祖父宮(式部卿宮)などは、どうしてもお許しにならず、
「せめてこの姫君だけでも、物笑いにならないように世話しよう」とお思いになり、おっしゃりもしている。
 親王のご声望はたいそう高く、帝におかせられても、この宮への御信頼は並々ならぬものがあって、こうと奏上なさることはお断りになることができず、お気づかい申していらっしゃる。だいたいのお人柄も現代的でいらっしゃる宮で、こちらの院、大殿にお次ぎ申して、人々もお仕え申し、世間の人々も重々しく申し上げているのであった。
 左大将も、将来の国家の重鎮とおなりになるはずの有力者であるから、姫君のご評判はどうして軽いことがあろうか。求婚する人々は、何かにつけて大勢いるが、ご決定なさらない。衛門督を、「そのような態度を見せたら」とお思いのようだが、猫ほどにはお思いにならないのであろうか、まったく考えもしないのは、残念なことであった。
 母君がどうしたことかいまだに変な方で、普通のお暮らしぶりでなく、廃人同様になっていらっしゃるのを残念にお思いになって、継母のお側をいつも心にかけて憧れて、現代的なご気性でいらっしゃるのだった。


《急に話は一転して、しばらく髭黒の左大将家の話になります。

「なぜ話が変わるのか。その理由はわからない」と『評釈』が言いますが、読者から、あの話はどうなったのと訊ねられたのではないかと思うのですが、どうでしょうか。『枕草子』には、人が書けと言うから書いておくといった話(例えば、「中納言参り給ひて」第九十七段)がありますが(もちろん筆者も、我が意を得たりと喜んで書いているのでしょうが)、この物語もそういうふうに書かれていったところが点々とあるのではないでしょうか。もちろん具体的な根拠は持ち合わせません。『構想と鑑賞』は、この部分を「挿話的な物語」と呼んでいます。

さて、先の北の方が実家の式部卿邸に帰った時、男の子たち二人は左大将の許に残りましたが、一人娘の真木柱は母親と一緒に式部卿宮邸に引き取られていました。こちらは今十六、七歳ほどになって、結婚適齢、やや後期というところでしょうか。

 新しい北の方・玉鬘にも子供が二人できましたが、いずれも男の子で(若菜上の巻第五章第二段)、大将はその姫を引き取りたいと思うのですが、宮が「せめてこの姫君だけでも」と許しません。「娘で失敗したから(長女は髭黒の北の方、次女は王の女御)、孫娘に期待する」(『評釈』)ということのようです。なお、王の女御は、今、秋好中宮、弘徽殿の女御に圧されて、蔭の存在になっています(少女の巻第三章第一段1節)。

 とは言っても、この紫の上の父でもある式部卿宮は、源氏が五十の賀を催した頃(真木柱の巻第三章第四段)から、源氏との折り合いも好くなってきたこともあるのでしょうか、現在ずいぶん羽振りはいいようで、なろうことなら真木柱を柏木に嫁がせたいと思うのですが、今の柏木が耳を貸すわけもない、といったことになっています。

ところで、当の真木柱は、「殿がたいそうかわいがって、懐いていらっしゃ」った(真木柱の巻第三章第二段)こともあってでしょうか、実母の病気を嫌がって、「継母のお側をいつも心にかけて憧れて」いるといった、至って現代的な姫で、どこやら近江の君に近い人であるような気もします。》


※ この投稿、努めて午前中にと思っていますが、明日は都合で、夕方になります。あしからず。

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第二段 柏木、女三の宮の猫を預る~その2

【現代語訳】2

 子供のころから、朱雀院が特別におかわいがりになってお召し使いあそばしていたので、御入山されて後は、やはりこの東宮にも親しく参上し、お心寄せ申し上げていた。お琴などをお教え申し上げなさるついでに、
「御猫たちがたくさん集まっていますね。どうしたかな、わたしが見た人は」と探してお見つけになった。とてもかわいらしく思われて、撫でている。東宮も、
「ほんとうにかわいい姿をしていることだ。性質が、まだなつかないのは、見慣れぬ人は分かるのだろうか。ここにいる猫たちも、大して負けないがね」とおっしゃるので、
「猫というものは、そのような人見知りは、普通しないものでございますが、その中でも賢い猫は、自然と性根がございますのでしょう」などとお答え申し上げて、

「これより勝れている猫が何匹もございますようですから、これは暫くお預かり申しましょう」と申し上げなさる。心の中では、何とも馬鹿げた事だという気がなさる。

とうとうこの猫を手に入れて、夜もお側近くにお置きになる。夜が明ければ、猫の世話をして、撫でて餌をお与えになる。人になつかなかった性質もとてもよく馴れて、ともすれば衣服の裾にまつわりついて、側に寝そべって甘えるのを、心からかわいいと思う。

とてもひどく物思いに耽って、端近くに寄り臥していらっしゃると、やって来て、「ねよう、ねよう」と、とてもかわいらしげに鳴くので、撫でて、「いやに、積極的だな」と、思わず苦笑される。
「 恋ひわぶる人のかたみと手ならせばなれよ何とて鳴く音なるらむ

(恋いわびている人のよすがと思ってかわいがっていると、どういうつもりでそんな

鳴き声を立てるのか)
 これも前世からの縁であろうか」と、顔を見ながらおっしゃると、ますますかわいらしく鳴くので、懐に入れて物思いに耽っていらっしゃる。年配の女房などは、
「不思議なことに、急に猫を寵愛なさるようになったこと。このようなものはお好きでなかったご性分なのに」と、不審がるのだった。

東宮から返すようにとご催促があってもお返し申さず、独り占めして、この猫を話相手にしていらっしゃる。

 

《柏木は、朱雀院の在世当時から信頼を得ていて、その繋がりで東宮の所に何気ないふうにやって来ることができました。父・太政大臣が和琴の名手で、それを受け継いでいたので、お教えすることもできます。そして、そのついでに、というふうに、六条院から来た猫を見せて貰うことができました。

さっそく抱き上げて、思いを寄せながら撫でてみます。そして、いったんそうしたら、もう放しません。そのまま預かることにして、連れて帰ってしまいました。そういう自分を、もともと特に猫が好きだというわけでもない彼は、我ながら「何とも馬鹿げた事だ」と思わないではないのですが、ついついそうしないではいられないような気持です。

それから、寝ても覚めても猫、猫です。側に寄ってきての鳴き声まで「ねよう、ねよう(原文・ねう、ねう)」と聞こえます。「『ねう』を『寝む』(共寝しよう)の意に取りなして」(『集成』)、まるで誘われているようだと、彼は「思わず苦笑される」というのですが、こういう冗談めいたエピソードは男性のものという気がして、女性の作品の中で書かれているというのは、ちょっと意外な気がします。 

東宮から返すように言われても、手放す気になれません。

そんな様子を、お付きの女房たちは不思議に思いながら見ています。

こういう柏木を、『の論』所収「蹴鞠の日」は、「女三の宮の形代としてひたすら(その猫を)溺愛する柏木のめめしさ愚かしさには、もはや太政大臣の嫡男としての立場にふさわしい節度も矜持も失せている」と厳しく批判して論を閉じていますが、そういう弱みがあるのが人の姿なのであって、ここで「節度」「矜持」があるのなら、もともとこのドラマが起こらないでしょう。光源氏のような完璧な人は、もういない世界なのです。

『光る』は、「丸谷・とにかくここ、いいところです。柏木の歌もいい」と言い、若菜上、下全体について「大野・緊張していますね。作者は全力投球していると思う。…登場人物が増えてきて、その人々がそれぞれの場所で動きながら、しかもそれが一つひとつ絡んで、きわめて必然的に運命的に悲劇的に展開していきますね」と絶賛しています。

ハンサムで諸芸に達し、名門の御曹司で、まだ位は低いながら気位高く、そしてこういうあまく軟弱な一面を持つ、よくもわるくも、それが柏木のキャラクターなのだと考える方がいいように思います。》

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第二段 柏木、女三の宮の猫を預る~その1

【現代語訳】1

 女御のお部屋に参上して、お話などを申し上げて心を紛らわそうとしてみる。たいそう嗜み深く、気恥ずかしくなるようなご応対ぶりで、直にお姿をお見せになることはない。このような兄妹の間柄でさえ、隔てを置いてきたのに、「垣間見したのは、思いがけず不思議なことであった」とは、さすがに思われるが、並々ならず思い込んだ気持ちゆえ、軽率だとは思われない。
 東宮に参上なさって、「当然似ていらっしゃるところがあるだろう」と、目を止めて拝すると、輝くほどのお美しさのご容貌ではないが、これほどのご身分の方はまた格別で、上品で優雅でいらっしゃる。
 内裏の御猫がたくさん引き連れていた仔猫たちの兄弟があちこちに貰われて行って、こちらの宮にも来ているのが、とてもかわいらしく動き回るのを見ると、何よりも思い出されるので、
「六条院の姫宮の御方におります猫は、たいそう見たこともないような顔をしていて、かわいらしうございました。ほんのちょっと拝見しました」と申し上げなさると、猫を特におかわいがりあそばすご性分なので、詳しくお尋ねあそばす。
「唐猫で、こちらのとは違った恰好をしてございました。同じようなものですが、性質がかわいらしく人なつっこいのは、妙にかわいいものでございます」などと、興味をお持ちになるように、特にお話し申し上げなさる。
 お耳にお止めあそばして、桐壺の御方を介してご所望なさったので、差し上げなさった。なるほど、たいそうかわいらしげな猫だと人々が面白がるので、衛門督は、「手に入れようとお思いであった」とお顔色で察していたので、数日して参上なさった。

 

《柏木は気散じに妹の女御(冷泉帝の弘徽殿女御)の所に遊びに行きますが、女御は、親しき仲にも礼儀ありと、姿を見せないままの応対です。こうあるのが本来で、女三の宮が立ち姿を見られたのは、あるまじき「軽率」なのですが、柏木は「思い込んだ気持ちゆえ」に、そういう至らなさに思い至らず、ただ幸運だったと思うばかりです。

女御の「たいそう嗜み深」い対応に物足りなかったのでしょうか、今度は女三の宮の異母兄である東宮(十三歳で姫宮とほぼ同年齢・柏木は二十三、四歳)の所に出かけました。せめて姫宮に似たお顔が見られるかも知れないと期待してのことのようです。

するとそこに帝の所で飼われているかわいい猫の子がやって来たので、柏木は女三の宮の所の猫のことを「たいそう見たこともないような顔をしていて、かわいらしうございました」と話します。

それを聞いて「猫を特におかわいがりあそばすご性分」の東宮は関心を持ち、話に乗ってこられます。柏木はさらに「唐猫で、こちらのとは違った恰好をして…」と、もう一押します。どうやら目論見があるようです。

興味津々となられた東宮は、桐壺の御方(明石の姫君)を通して六条院にその猫をご所望になりました。もちろん源氏(女三の宮)はさし上げます。

柏木は、自分が東宮に話した時、そこにいた人たちも大いに関心を示したので、おそらく東宮はあの猫をお召しになるだろうと推察して、その猫が貰われて来るであろう時期を見計らって、再び東宮の所に出かけて行ったのでした。》

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