源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第六章 光る源氏の物語(三)

第七段 朱雀院、紫の上に手紙を贈る

【現代語訳】

 院の帝は、その月のうちにお寺にお移りになった。こちらの院に、情のこもったお手紙を何度も差し上げなさる。姫宮の御事についても言うまでもない。気を遣ってどのように思うかなどと遠慮なさることなく、どうなりとただお心次第にお世話くださいますようにと、度々お申し上げなさるのであった。けれども、みにしみて気がかりで、幼くていらっしゃるのを御心配申し上げなさるのでもあった。
 紫の上にも、お手紙が特別にある。
「幼い者が、何のわきまえもない有様でそちらへ行っていますが、罪もないものと大目に見ていただき、お世話ください。お心にかけてくださるはずの縁もあろうかと存じます。
  背きしにこの世に残る心こそ入る山路のほだしなりけれ

  (捨て去ったこの世に残る子を思う心が、山に入る私の妨げなのです)
 親心の闇を晴らすことができずに申し上げるのも、愚かなことですが」とある。殿も御覧になって、
「お気の毒なお手紙よ。謹んでお承りした旨を差し上げなさい」とおっしゃって、お使いにも、女房を通じて杯をさし出させなさって、何杯もお勧めになる。

「お返事はどのように」などと、申し上げにくくお思いになったが、仰々しく風流めかすべき時のことでないので、ただ心のままを書いて、
「 背く世のうしろめたくはさりがたきほだしをしひてかけな離れそ

(お捨て去りになったこの世が御心配ならば、離れがたいお方を無理にお振り捨てなどなさいますな)」

などというようにあったらしい。
 女の装束に、細長を添えてお与えになる。ご筆跡などがとても立派なのを、院が御覧になって、万事気後れするほど立派なような所で、幼稚にお見えになるだろうことを、まことにお気の毒にお思いになっていた。

 

《朱雀院は、心配のタネだった女三の宮のことが片付いたので、とうとう院を出て寺に入り、本当の出家生活となりました。

しかし、やはり気がかりで、源氏の所に度々手紙が届きます。そこには、源氏の思いを知らないままに、姫宮を頼むと言うことが、綿々と書かれています。

手紙は、源氏だけではなく、紫の上にもありました。上は、院から見れば娘婿の私的な妻に過ぎません。その人に、よろしく頼むと言ったということは、読者にとっては当然ながら、上の存在がどれほど大きいかということをはっきりと示しています。

女三の宮は正室ではあるけれども、源氏の寵という実質的立場からは紫の上にはるかに劣ことを、院はよく承知しておられ、それは仕方がないと考えておられるわけです。

ふり返ってみると、この物語では、ずっと、こうした形と実質がアンバランスであることからドラマが生じていきました。そもそも桐壺帝のもとで最大の寵を得たのが、上位の女御ではなく下位の更衣だったことから、悲劇が生まれましたし、第一皇子がありながら、何事においてもまさる第二皇子が存在したことが、その後のドラマを運んできたのでした。そして今また、この二人の女性の公的地位と実際が逆転していることの摩擦エネルギーがこれからのドラマを展開させていく力になるわけです(物事が形どおり、順序どおりに進んでいれば、ドラマは起きないのですが、…)。

院の手紙は、娘をいたらぬ者とし、みずからを愚かな親心とへりくだり、従妹同士とは言ってもあまり繋がりの無かった淡い縁を頼りにしての、極めて丁重なものでした。それは、源氏が読んで「お気の毒なお手紙よ」と言うほどだったのです。

そういう手紙を貰って、それならば、と意を強くするような人であれば、紫の上ももっと楽な生涯が送られたでしょうが、もちろん、源氏が理想的だというような女性は、そういう人ではありません。

返事の歌も、一読、「出家などなさらねばいいのに」と院をたしなめる気分があるように思えて、少々なれなれしく感じられますが、これは「本当はよくないのでしょうが、出家の身ではいらっしゃっても、ずっと姫をご案じになって上げて下さい」という意味なのでしょうか。そういう慰め方が許されるものなら、大変情のある返事と言えるでしょう。法然上人は、眠気が念仏の妨げになって困るが、どうしたらいいかと問われて、「目が覚めている時に念仏しなさい」と応えたと、『徒然草』にあります(第三十九段)。》

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第六段 源氏、昼に宮の方に出向く

【現代語訳】
 今日は宮の御方に昼お渡りになる。特別念入りにお化粧なさっているご様子を、今初めて拝見する女房などは、宮以上に素晴らしいとお思い申し上げることであろう。御乳母などの年とった女房たちは、
「さあ、どうでしょう。この方ご自身はご立派ですが、不愉快に思うようなことがきっと起こることでしょう」と、嬉しいなかにも心配する者もいるのだった。
 女宮は、たいそうかわいらしげに子供っぽい様子で、お部屋飾りなどが仰々しく、堂々と整然としているが、ご自身は無心に頼りないご様子で、まったくお召し物に埋まって身体もないかのようにほっそりしていらっしゃる。特に恥ずかしがりもなさらず、まるで子供が人見知りしないような感じがして、気の張らないかわいい感じでいらっしゃった。
「院の帝は、男らしく理屈っぽい方面のご学問などはしっかりしていらっしゃらないと、世間の人は思っていたようだが、趣味の方面や、風流、教養では、人より勝れていらっしゃったのに、どうしてこのようにおっとりとお育てになったのだろう、実のところ、たいそうお心にとめていらっしゃった内親王と聞いたのだが」と思うと、何やら残念な気がするが、それもかわいいと拝見なさる。
 ただ申し上げなさるままに素直にお従いになって、お返事なども、お心に浮かんだことは、何の考えもなくお口に出されて、とても目が放せないご様子にお見えになる。
 もし昔の自分だったら、嫌になってがっかりしただろうが、今では、世の中を人それぞれだと穏やかに考えて、
「あれやこれやといろいろな女がいるが、飛び抜けて立派な人はいないものだなあ。それぞれいろいろな特色があるものだが、はたから見れば、まったく申し分のない方なのだ」とお思いになると、二人一緒にいつも離れずお暮らし申して来られた年月からも、対の上のご様子がやはり立派で、「自分ながらもよく教育したものだ」とお思いになる。

一晩の間、朝の間も、恋しく気にかかって、いっそうのご愛情が増すので、「どうしてこんなに思われるのだろう」と、不吉な予感までなさる。

 

《冒頭の「今日」は、前段の翌日、新婚五日目です(『評釈』は六日目と言います。どういう数え方なのでしょうか)。

初めの三日は夜の訪問で、その後は昼行ってもよいのだそうです。姫宮付きの女房たちは、この時初めて源氏の昼の顔を見ることになりますから、源氏も入念に支度をして出かけました。その様子は、姫よりも美しく思うだろうと、作者は言います。

 その姫宮は、至って幼く、「お召し物に埋まって身体もないかのように」が大げさで面白いのですが、感じがよく分かります。

 しかし、かわいいだけで、「まるで子供が人見知りしないような感じ」と言いますから、教養・知性に何ひとつ具わらないもののない天下の源氏四十歳は、もの足りぬことおびただしいと、兄の教育に疑問を抱きながらも、見ているとそのあまりの素直さがあぶなっかしくもあって、誰かが傍に付いていてやらなくてはと、いとおしい気もするのです。

「若いころの考えであったなら、嫌になってがっかりしただろう」と言いますが、昔の夕顔をちょっと幼くしたような感じと考えれば、基本的には全くタイプ外の女性というわけでもないように思われます(夕顔の巻第四章第二段3節)。

父性とか、あるいはひと歳とった者の無垢なるものへの憧れといった気持もあるのでしょうか。

が、それでもさすがに、いくら何でも年甲斐もない、という気もするのでしょう、あえて「はたから見れば、まったく申し分のない方なのだ」と自分に言い聞かせて、今後はきちんとお世話をしなくてはなるまいと思うのでした。

それにしても、とまた思います。この姫宮を含めて「いろいろな女がいるが、飛び抜けて立派な女はいない」ものだと思うに付け、思い出されるのは紫の上の素晴らしさ。「自分ながらもよく教育したものだ」と自画自賛して、彼女の許に飛んででも帰りたい気持です。

初めの「御乳母などの年とった女房たち」の心配は、どうやら杞憂というわけでもなさそうなのです。》

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第五段 源氏、女三の宮と和歌を贈答

【現代語訳】
 今朝は、いつものようにこちらでお目覚めになって、宮の御方にお手紙を差し上げなさる。特に気を使うというわけではないご様子であるが、お筆などを選んで、白い紙に、
「 中道を隔つるほどはなけれども心乱るる今朝の淡雪

(私たちの仲を邪魔するほどではありませんが、降り乱れる今朝の淡雪に私の心も乱

れています)」
 梅の枝にお付けになった。人を呼び寄せて、「西の渡殿から差し上げよ」とおっしゃる。そのまま外を眺めて、端近くにいらっしゃる。白い御衣類を何枚もお召しになって、花を玩びなさりながら、「友待つ雪(消えてしまいそうな雪)」がほのかに残っている上に、雪の降りかかる空をながめていらっしゃった。鴬が初々しい声で、軒近い紅梅の梢で鳴いているのを、「袖こそ匂へ(こちらに来い)」と花を手で隠して、御簾を押し上げて眺めていらっしゃる様子は、少しも、このようなお子様もあって、重い地位のお方とはお見えでなく、若々しく優美なご様子である。
 お返事が少し暇どる感じなので、お入りになって、女君に花をお見せ申し上げなさる。

「花と言ったら、このように匂いがあってほしいものだな。桜に移したら、少しも他の花を見る気はしないだろうね」などとおっしゃる。
「この花も、多くの花に目移りしないうちに咲くから、人目を引くのであろうか。桜の花の盛りに比べてみたいものだ」などとおっしゃっているところに、お返事がある。

紅の薄様に目も鮮やかに包まれているのでどきりとして、ご筆跡のまことに幼稚なのを、
「しばらくの間はお見せしないでおきたいものだ。隠すというのではないが、軽々しく人に見せたら、身分柄恐れ多いことだ」とお思いになるが、お隠しになるというのもきっと気を悪くなさるだろうから、片端を広げていらっしゃるのを、横目で御覧になりながら、物に寄り臥していらっしゃる。
「 はかなくてうはの空にぞ消えぬべき風にただよふ春のあは雪

(頼りなくて中空に消えてしまいそうです、風に漂う春の淡雪のように)」
 ご筆跡は、なるほどまことに未熟で幼稚である。

「これほどの年になった人は、とてもこんなではいらっしゃらないものを」と、目につくが、見ないふりをしておしまいになった。他人のことならば、「こんなに下手な」などとは、こっそり申し上げなさるにちがいないのだが、気の毒で、ただ、

「安心していらっしゃい」とだけ申し上げなさる。

 

《新婚五日目の朝ですが、源氏は、昨日に続いて今日も、宮の御方に行かれないと断りの歌を送ります。「『心乱るる』に『乱りごこち』(病気)の意を暗示し、病気のためにあなたに逢えないので思い乱れている、という」と『集成』が言います。仮病の続きです。

歌を梅(白梅)の枝に付けたのは「淡雪」の白さの縁とされます。

「西の渡殿から」届けよと指定したのは、この東の対からだと遠回りになりますが、紫の上に見られないようにしたのだ、という説もあるそうですが、不詳のようです。

使いを送り出してそのまま、残りの梅の枝を玩びながら端近から庭を眺めていますが、白い衣裳が梅と淡雪の中にすがすがしい、絵になる立ち姿、といったところです。

庭に鶯が来たのを見て、この袖も先ほどの梅の残り香が香るぞと、小枝を後に隠して袖を広げて見せて呼び寄せる風情は、まるで純真な少年のようでした。

「お返事が少し暇どる感じ」と言いますから、こういう時は、そのくらいの間に返事をするのが望ましいようで、これはなかなか大変なことだと思われます。女三の宮の未熟さを言ってもいるのでしょう。

待ちあぐねて部屋に入った源氏は、送った梅の花をタネにして、紫の上にとりとめもないことを話しかけます。すべて上の気持をなだめようとの尽力です。

そこに返事が届きます。それは「紅の薄様に目も鮮やかに包まれて」いて、「いかにも恋文らしい」(『集成』)ものでした。紫の上がいるのは分かっているのですから、もう少し配慮がほしいと源氏は思いますが、もう遅い。

しかも、その文の文字はちらっと見ただけで、とても姫君のものとは思えない、なんとも幼稚な字で書いてあるようで、紫の上などに見られてはたまらないものでした。なにしろ上は、源氏が当代屈指の名筆と認める人なのです(梅枝の巻第二章第三段)。しかし、すっかり隠してしまうのも具合が悪い。そこで「片端を広げていらっしゃるのを、横目で御覧になりながら」と、まことに半端なことになりました。上からは、内容はわからないながら、文字の幼さくらいは分かるというところでしょう。源氏が隠そうとした訳が分かるほどで、あとは気づかないふり、というのが彼女のゆかしさです。

源氏もそのことを承知して、この程度の人なんです、あなたが気を揉まねばならないような人ではないのですよ、「安心していらっしゃい」となだめるのでした。》

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第四段 源氏、夢に紫の上を見る~その2

【現代語訳】2

「ずいぶん長かったので、身もすっかり冷えてしまったよ。お恐がり申す気持ちが並々でないからでしょう。あなたは何も悪くありませんよ」と言って、御衾を引きのけなどなさると、少し涙に濡れた御単衣の袖を引き隠して、素直でやさしいものの、うちとけようとはなさらないお気持ちなど、とてもこちらが恥ずかしくなるくらいで情趣がある。
「この上ない身分の人と申しても、これほどの人はいないだろう」と、つい比べておしまいになる。
 いろいろと昔のことをお思い出しになりながら、なかなか機嫌を直してくださらないのをお恨み申し上げなさって、その日はお過ごしになったので、お渡りになれず、寝殿にはお手紙を差し上げなさる。
「今朝の雪で気分を悪くして、とても苦しゅうございますので、気楽な所で休んでおります」とある。御乳母は、
「さように申し上げました」とだけ、口上で申し上げた。

「そっけないお返事だ」とお思いになる。

「院がお耳にあそばすこともおいたわしい、しばらくの間は人前を取り繕おう」とお思いになるが、そうもできないので、「それは思ったとおりだった。ああ困ったことだ」と、ご自身お思い続けなさる。
 女君も、「お察しのないお方だ」と、迷惑がりなさる。

 

《簀子でしばらく待たされて、源氏はすっかり冷え切ってしまいました。

次の源氏の言葉は、古来諸説のある所のようで、『評釈』は、①格子を開けなかったのは女房が紫の上の気持を忖度したのだろう、かわいいものだ、②あなたが怖くて早く帰ってきた、もっとも私に罪はないのだが、という二つを挙げています。

それとは別に『の論』所収「若菜上巻、源氏のいう『罪もなしや』について」が、源氏は「(女房たちが、紫の上の)酷烈な内面を忖度し、…腫れ物にさわるような恐懼の思いであった」から、戸を開けなかったのだろう考え、「彼女たちをそうさせた紫の上の心内をいたわしく思わずにはいられない。…そのような紫の上が、いま源氏にとって一途に愛着の対象である。掻き抱き慰撫してやりたい、その思いが彼をして『罪もなしや』といわせた」と言います。見事な解釈と思われ、ここはそれによる訳にしました。

彼が布団をのけると、そこには上の涙顔がありました。もちろん、上は「素直でやさしいものの、うちとけようとはなさらない」のですが、源氏は、自分の罪悪感とともに、そういう上が一層いとおしく思われます。

 先ほどまで一緒だった女三の宮とつい比べてみて、その幼さとの隔たりを思って、嬉しく、とうとうご機嫌取りで一日を過ごしてしまいました。

 仮病を使って、今日は姫宮の所には行かないことにするのですが、送った手紙への乳母の返事も「そっけない」もので、あの姫にしてこの女房だと、かさねてがっかりします(嘘の手紙に、気の利いた返事を求めるのはどうかと思われますが、それでも歌の一つも詠むのが貴族なのでしょうか)。

 いずれにしても、三日が過ぎただけで、源氏の心はもうこの姫宮からすっかり離れてしまったようです。いくら何でもちょっと早すぎるような気もしますが、もともとが形を求めての結婚でしたから、仕方がないとも言えます。

 こんな様子を院がお聞きになったらまずいので、当面は取り繕おうと思ってもみますが、どうも、それもできそうにないほどの姫宮への失望です。

 一方紫の上は、こうして源氏がここにいてくれるのは嬉しいことに違いないのですが、それは自分が引き留めているのだと周囲に「誤解される立場にあることを察してほしい」(『集成』)と思って、困っています。》

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第四段 源氏、夢に紫の上を見る~その1

【現代語訳】1

あまり遅くまで起きているのも、いつにないことと、皆が変に思うだろうと気が咎めて、寝所にお入りになったので、侍女が御衾をお掛けしたのだが、なるほど独り寝の寂しい夜々を過ごしてきたのも、やはり穏やかならぬ気持ちがするけれども、あの須磨のお別れの時などをお思い出しになると、
「もう最後だとお離れになっても、ただ同じこの世に無事でいらっしゃるとお聞き申すのであったらと、自分の身の上までのことはさておいて、惜しみ悲しく思ったことだった。あのままあの騷ぎの中で、自分も殿も死んでしまったならば、お話にもならない二人の仲であったろうに」とお思い直しになる。
 風が吹いている夜の様子が冷やかに感じられて、すぐには寝つかれなされないのを、近くにいる女房たちが変に思いはせぬかと、身動き一つなさらないのも、やはりまことにつらそうである。夜深いころの鶏の声が聞こえるのも、しみじみと哀れを感じさせる。

 ことさら恨めしいとお思いになるのではないが、このようにお心を乱されたためであろうか、あちらの御夢に現れなさったので、ふと目をお覚ましになって、どうしていることかと胸騷ぎがなさるうちに、お待ちになっていた鶏の声をお聞きになったので、まだ夜の深いのも気づかないふりをして、急いでお帰りになる。

とても子供子供したご様子なので、乳母たちが近くに伺候していた。妻戸を押し開けてお出になるのを、お見送り申し上げる。明け方の暗い空に雪の光が見えてぼんやりとしている。後に残っている御匂いに、「闇はあやなし(いい香りだこと)」とつい独り言が出る。
 雪は所々に消え残っていてそれが、真白な庭とすぐには見分けがつかぬほどなので、「なほ残れる雪(ずっとあなたのことを思っていましたよ)」とひっそりとお口ずさみになりながら、御格子をお叩きなさるのも、長い間こうしたことがなかったのが常となって、女房たちもみな空寝をして、ややお待たせ申してから、引き上げた。

 

《平気を装って夜更かしをした紫の上は、ここでは、そうかと言ってあまり遅くまで起きているのも不自然、と寝所に入ります。細心の気配りです。

源氏も気配りの人ですが、それは結局は自分がいい思いをするためのもので、もっとはっきり言えば、そのほとんどは女性を口説く上での気配りでした。

しかし彼女の場合は、もちろん半分は「自己防衛」でもありますが、それがそのまま六条院の女主人公の矜持であり、勤めとしてのもののように見えます。女主人の動揺は、六条院の秩序を乱すことになると思うから、彼女は、最もよい頃を見計らって安らかさを装って床につきます。

独り寝の床で彼女が思い出すのは須磨流謫の時、あのまま二人とも死んでしまっていたら、その後の栄耀は何ひとつ無かったのだと思うと、ともかくもそこを過ごして、今がある、とすれば、ここもまた一つの試練、通過点かも知れない、いやいや、ひょっとしてそうではなくてこれまでの自分の栄花は実は幻だったのかも知れない、輾転反側、紫の上の夜は容易に過ぎてくれません。

古代、ある人を思う気持ちが強いと、そう思う人の魂は肉体を離れて、その相手の所に飛ぶと考えられていました。かつて、六条御息所の魂は物の怪となって葵の上の許に飛びました(葵の巻第二章第三段)。

今また、紫の上の思いが魂となって寝殿の西の放ち出で、女三の宮と一緒にいる源氏の許に飛んで、彼の夢の中に現れます。さいわい、御息所の時のようなおどろおどろしい、物の怪といったようなものではなかった(それも紫の上の人柄によるのでしょうか)のですが、源氏の目を覚まさせました。彼はまた、早くもこの姫に飽いて夜明けを待っていたころでもあったのでしょうか、ちょうど鶏が鳴いたのを潮に、そそくさと帰っていきます。

「なほ残れる雪」は、早朝、高楼に上がっての望郷の思いを歌った詩の一節のようで、この時の源氏にしてみれば、その「郷」は紫の上、といったようなところでしょうか。

しかし、「女房たちもみな空寝をして、ややお待たせ申してから、(格子を)引き上げ(部屋にお入れし)た」のでした。女房たちの源氏への当てつけの意地悪です。『光る』が、「丸谷・こういうところを平安朝の貴族たちは読んで、なるほどそういうわけだったのか、と自分の場合に思い当たるわけですね」と、笑っています。》

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