源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三章 内大臣家の物語

第三段 夕霧と雲居の雁の仲

【現代語訳】
 このようなご教訓に従って、夕霧は冗談にも他の女に心を移すようなことは、かわいそうなことだと、自分からお思いになっている。

女君も、いつもより格別に大臣が思い嘆いていらっしゃるご様子に、顔向けのできない思いで、つらい身の上と悲観していらっしゃるが、表面はさりげなくおっとりとして、物思いに沈んでお過ごしになっている。
 お手紙は、我慢しきれない時々に、しみじみと深い思いをこめて書いて差し上げなさる。「誰がまことをか(手紙の言葉だけかもしれないとは思っても、この人の他に誰の誠実を信じたらよいのか)」と思いながら、恋の道に馴れた女ならば、むやみに男の心を疑うであろうが、しみじみと御覧になる文句が多いのであった。
「中務宮が、大殿のご内意をも伺って、そのようにもと、お約束なさっているそうです」 と女房が申し上げたので、大臣は改めてお胸がつぶれることであろう。こっそりと、
「こういうことを聞いた。薄情なお心の方であったな。大臣が口添えなさったのに、強情だというので、他へ持って行かれたのだろう。気弱になって降参しても、人に笑われることだろうし」などと、涙を浮かべておっしゃるので、姫君は、とても顔も向けられない思いでいるにつけても、何とはなしに涙がこぼれるので、体裁悪く思って後ろを向いていらっしゃる、そのかわいらしさはこの上もない。
「どうしよう。やはりこちらから申し出て、先方の意向を聞いてみようか」などと、お気持ちも迷ってお立ちになった後も、そのまま端近くに物思いに沈んでいらっしゃる。
「妙に、思いがけず流れ出てしまった涙だこと。どのようにお思いになったかしら」などと、あれこれと思案なさっているところに、お手紙がある。それでもやはり御覧になる。愛情のこもったお手紙で、
「 つれなさは憂き世の常になりゆくを忘れぬ人や人にことなる

(あなたの冷たいお心は、つらいこの世の習いでいつものこととなって行きますが、

それでもあなたを忘れない私は世間の人と違っているのでしょうか)」
とある。「噂のことをそぶりにも仄めかさない、冷たいお方だわ」と、思い続けなさるのはつらいけれども、
「 限りとて忘れがたきを忘るるもこや世になびく心なるらむ

(もうこれまでだと、忘れないとおっしゃる私のことを忘れるのは、あなたのお心も

この世の人心なのでしょう)」
とあるのを、「妙だな」と、下にも置かれず、首をかしげながらじっと座ったまま手紙を御覧になっていた。

 

《やはり夕霧はまじめな人で、「恋愛遊戯に耽った好色者」(『構想と鑑賞』)の父からの説教をまともに聞いていたようです。そして彼は、今も一途に雲居の雁を思い続けています。

そして雲居の雁の方も、純情に二つ年下の夕霧を思い続けていました。彼女はまた、父が思い悩んでいる姿を見て、自分が過ちを犯したせいだと考えて、期待に添えず申し訳ないと思うような孝行娘でもあります。

そんなところに、内大臣お付きの女房が、夕霧が他の姫と結婚するらしいという噂を持ち込んだりして、父親の心を波立てます。この人も、黙って善処すればよいものを、嘆きのあまりに姫に話したりしますから、姫はますます身の置き所のない思いです。なにやらこの内大臣の舅、源氏と朧月夜の密会を発見した時の右大臣(賢木の巻第七章第二段)のような案配です。

しかし姫は、またその恥じ入っている様子が「かわいらしさはこの上もない」と、作者は絶賛します。

大臣は、やはり自分が頭を下げるしかないかと思いながら、その踏ん切りが付かないまま、出て行き、残った姫は、心変わりしたらしい夕霧を恨んで、一人溜息をついています。

思い乱れている姫の所に、夕霧から手紙が届きました。恨めしいながら、それでも開いてみると、私のあなたへの思いは決して並々のものではないことを分かって下さい、とあって、もちろん例の中務宮の話など書かれてはいません。

姫は、まあ、しらばっくれて、と不愉快に思って、どこが並々でないのでしょうか、じゅうぶん並の浮気なお心であることです、と嫌みな返事を返しました。

なにやら、気持が行き違って、好くない雲行きです。『評釈』は、「二人の話も、片がつきそうな、予感がする」と鑑賞を結びますが、なかなか思わせぶりな夕霧の所作で巻が閉じられます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 源氏、夕霧に結婚の教訓

【現代語訳】

 大臣は、「妙に身の固まらないことだ」と、ご心配になって、
「あちらの姫君のことを思い切ってしまったのなら、右大臣や中務宮などが娘を縁づけたいご意向であるらしいから、どちらなりとも決めなさい」とおっしゃるが、何ともお返事申し上げず、恐縮したご様子でいらっしゃる。
「このようなことは、恐れ多い父帝の御教訓でさえ従おうという気にもならなかったのだから、口をさしはさみにくいが、今考えてみると、あの御教訓こそは今にも通じるものだった。
 独身でいると、何か考えがあるのかと世間の人も憶測するだろうが、また宿縁の導くままに、平凡な身分の女との結婚に結局落ち着くことになるのは、たいそう尻すぼまりで、みっともないことだ。
 ひどく高望みしても思うようにならず限界があるものだが、浮気心は起こされるな。

幼い時から宮中で成人して、思い通りに動けず窮屈で、ちょっとした過ちもあったら、軽率の非難を受けようかと慎重にしていたのでさえ、それでもやはり好色がましい非難を受けて、世間から冷たく見られたものだ。
 位階が低く気楽な身分だが、油断して、思いのままの行動などなさるな。気持がいつのまにか思い上がってしまうと、好色心を抑えるべき妻子がいない時、女性関係のことで、賢明な人が、昔も失敗した例があったのだ。
 けしからぬことに熱中して、相手の浮名を立て、自分も恨まれるのは、後世の妨げとなるのだ。結婚に失敗したと思いながら共に暮らしている相手が、自分の理想通りでなく、我慢することのできない点があっても、やはり思い直す気を持って、あるいは女の親の心に免じて、あるいは親がいなくなって生活が不十分であっても人柄がいじらしく思われるような人は、その人柄一つを取柄として、お暮らしなさい。自分のため、相手のために、末長く添い遂げるような思慮が深くあって欲しいものだ」などと、のんびりとした所在のない時は、このような心づかいをしきりにお教えになる。

 

《一方源氏は、夕霧がいつまでも一人でいることを気遣って、結婚について教訓を垂れます。夕霧は、雲居の雁に対する考え方について、父に話していないようです。父親と長男の間の関係というのは特別なもので、こうした大切に思われる話も、なかなか話しあうということになりにくいようです。

 源氏は、自分の若かりし頃に帝から諭されたことを思い出して「口をさしはさみにくいが」と、いかにも物わかりのよいふうに語り始めます。年長者の教訓話のパターンです。

まず、「宮中で成人して…」と語り始めるのですが、読者からすれば、到底「慎重にしていた」とは思われない話で、笑って聞き過ごすしかありません。

そして源氏が語る、「ひどく高望みしても…」は藤壺が、また、「けしからぬことに熱中して…」は朧月夜の尚侍が思い出されます(『評釈』は六条御息所だと言いますが、彼女では「けしからぬ」にならないでしょう)。「結婚に失敗したと思いながら…」は末摘花との苦い経験が思い浮かびます。

夕霧は、「何ともお返事申し上げず、恐縮したご様子で」、ただ坐っています。読者からすれば、あなたに言われたくない、という気がしますが、さすがに夕霧にはそういう気持ちではないでしょうが、なかなか微妙な態度です。

途中、「ひどく高望みしても思うようにならず限界があるものだが、ちょっとした浮気心は起こされるな(原文・いみじう思ひのぼれど、心にしもかなはず、限りあるものから、すきずきしき心つかはるな)」の繋がりが、分かりにくく思われます。高い望みが叶わなくても、他に心を移さず願い続けよ、とも聞こえますが、そうではなくて、思いが叶わないからと言って、下手に他にはけ口を求めると、間違いを起こしやすいことを注意しているのでしょう。

『構想と鑑賞』は、「そのいうことはさすがによく、深く世の中のことを考えていて、肯綮に当たっている」と言いますが、男女の愛というのは、そういう枠からはみ出てしまうものであるから、大変なのです。こういう教訓は、結局年をとってからの「のんびりとした所在のない時」の感慨にすぎないものなのではないでしょうか。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第一段 内大臣家の近況

第三章 内大臣家の物語 夕霧と雲居雁の物語

【現代語訳】

 内大臣は、この入内の御準備を、他人事としてお聞きになるのもたいそう気が気でなく、つまらないとお思いになる。姫君のご様子は、女盛りに成長して、もったいないほどにかわいらしい。所在なげに塞ぎ込んでいらっしゃる様子は、たいへんなお嘆きの種であるが、あの方のご様子は、またいつも変わらず平気なので、

「弱気になってこちらから歩み寄るようなのも体裁が悪いし、相手が夢中だった時に、言うことを聞いしまっていたら」などと、一人お嘆きになって、一途に悪いと責めることもおできにならない。
 このように少し弱気になられたご様子を宰相の君はお聞きになるが、ひところ冷たかったお心を酷いと思うと、平気を装い、落ち着いた態度で、そうはいっても他の女をという考えお持ちにならず、自分から求めてやるせない思いをする時は多いが、「浅緑の六位」と申して馬鹿にした御乳母どもに、中納言に昇進した姿を見せてやろうとのお気持ちが強いのであろう。


《玉鬘が、本人や源氏の思惑はともかく、内大臣から見れば立派に片付き、今度は明石の姫君入内のことも順調に進んで、源氏方の姫君は次々に好ましく収まっていくのですが、それに比べて内大臣家の方では、愛娘・雲居の雁(と言っても、ずいぶん長く母・大宮に預けっぱなしだったのですが)が、どうにも収まりのつかない格好になってしまっています。

彼女は今、ちょうど二十歳、「女盛りに成長して、もったいないほどにかわいらしい」年頃で、遅くならないうちに立派な結婚をさせなくてはなりません。本当なら明石の姫君と入内を競わせたいところなのですが、夕霧とのことが起こってしまった以上、それはならないことです。

となるとあとは、夕霧に添わせるしかないのですが、夕霧が所望してくる気配がありません。思えば、自分が腹立ち紛れに二人の間を離してしまったので、必ずしも若い二人のせいばかりとも言えないような気がして、もし添わせるなら自分の方から頭を下げなくてはならいことになっていて、それも面白くない。内大臣はこのことに関して八方塞がりです。

一方の夕霧は、内大臣が焦っているというような情報も入っていて、二人の仲を引き裂かれたことへの意趣返しよろしく、ことさらに知らぬ顔で、内大臣が折れて出てくるのを待っています。

『評釈』が、「夕霧は今、宰相中将、もう一階上がれば中納言となる。中納言は従三位、束帯の袍は紫である」言います。彼には六年前、「浅緑」を軽蔑した乳母たち(少女の巻第五章第五段)を見返したい気持もあるのです。六年も待ったのです。読者としては雲居の雁がかわいそうな気がします(彼女が実際にはどう考えているのか、まったく書かれないのがちょっと残念です)が、夕霧にとっては、あとほんの少しの辛抱で完全勝利なのです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

 

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ