【現代語訳】
このようなご教訓に従って、夕霧は冗談にも他の女に心を移すようなことは、かわいそうなことだと、自分からお思いになっている。
女君も、いつもより格別に大臣が思い嘆いていらっしゃるご様子に、顔向けのできない思いで、つらい身の上と悲観していらっしゃるが、表面はさりげなくおっとりとして、物思いに沈んでお過ごしになっている。
お手紙は、我慢しきれない時々に、しみじみと深い思いをこめて書いて差し上げなさる。「誰がまことをか(手紙の言葉だけかもしれないとは思っても、この人の他に誰の誠実を信じたらよいのか)」と思いながら、恋の道に馴れた女ならば、むやみに男の心を疑うであろうが、しみじみと御覧になる文句が多いのであった。
「中務宮が、大殿のご内意をも伺って、そのようにもと、お約束なさっているそうです」 と女房が申し上げたので、大臣は改めてお胸がつぶれることであろう。こっそりと、
「こういうことを聞いた。薄情なお心の方であったな。大臣が口添えなさったのに、強情だというので、他へ持って行かれたのだろう。気弱になって降参しても、人に笑われることだろうし」などと、涙を浮かべておっしゃるので、姫君は、とても顔も向けられない思いでいるにつけても、何とはなしに涙がこぼれるので、体裁悪く思って後ろを向いていらっしゃる、そのかわいらしさはこの上もない。
「どうしよう。やはりこちらから申し出て、先方の意向を聞いてみようか」などと、お気持ちも迷ってお立ちになった後も、そのまま端近くに物思いに沈んでいらっしゃる。
「妙に、思いがけず流れ出てしまった涙だこと。どのようにお思いになったかしら」などと、あれこれと思案なさっているところに、お手紙がある。それでもやはり御覧になる。愛情のこもったお手紙で、
「 つれなさは憂き世の常になりゆくを忘れぬ人や人にことなる
(あなたの冷たいお心は、つらいこの世の習いでいつものこととなって行きますが、
それでもあなたを忘れない私は世間の人と違っているのでしょうか)」
とある。「噂のことをそぶりにも仄めかさない、冷たいお方だわ」と、思い続けなさるのはつらいけれども、
「 限りとて忘れがたきを忘るるもこや世になびく心なるらむ
(もうこれまでだと、忘れないとおっしゃる私のことを忘れるのは、あなたのお心も
この世の人心なのでしょう)」
とあるのを、「妙だな」と、下にも置かれず、首をかしげながらじっと座ったまま手紙を御覧になっていた。
《やはり夕霧はまじめな人で、「恋愛遊戯に耽った好色者」(『構想と鑑賞』)の父からの説教をまともに聞いていたようです。そして彼は、今も一途に雲居の雁を思い続けています。
そして雲居の雁の方も、純情に二つ年下の夕霧を思い続けていました。彼女はまた、父が思い悩んでいる姿を見て、自分が過ちを犯したせいだと考えて、期待に添えず申し訳ないと思うような孝行娘でもあります。
そんなところに、内大臣お付きの女房が、夕霧が他の姫と結婚するらしいという噂を持ち込んだりして、父親の心を波立てます。この人も、黙って善処すればよいものを、嘆きのあまりに姫に話したりしますから、姫はますます身の置き所のない思いです。なにやらこの内大臣の舅、源氏と朧月夜の密会を発見した時の右大臣(賢木の巻第七章第二段)のような案配です。
しかし姫は、またその恥じ入っている様子が「かわいらしさはこの上もない」と、作者は絶賛します。
大臣は、やはり自分が頭を下げるしかないかと思いながら、その踏ん切りが付かないまま、出て行き、残った姫は、心変わりしたらしい夕霧を恨んで、一人溜息をついています。
思い乱れている姫の所に、夕霧から手紙が届きました。恨めしいながら、それでも開いてみると、私のあなたへの思いは決して並々のものではないことを分かって下さい、とあって、もちろん例の中務宮の話など書かれてはいません。
姫は、まあ、しらばっくれて、と不愉快に思って、どこが並々でないのでしょうか、じゅうぶん並の浮気なお心であることです、と嫌みな返事を返しました。
なにやら、気持が行き違って、好くない雲行きです。『評釈』は、「二人の話も、片がつきそうな、予感がする」と鑑賞を結びますが、なかなか思わせぶりな夕霧の所作で巻が閉じられます。》