源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 光る源氏の物語(二)

第六段 古万葉集と古今和歌集

【現代語訳】

 今日はまた、書のことなどを一日中お話しになって、いろいろな継紙をした手本を何巻かお選び出しになった機会に、御子息の侍従を宮邸に所蔵の手本類を取りにおやりになる。
 嵯峨の帝が『古万葉集』を選んでお書かせあそばした四巻、延喜の帝が『古今和歌集』を、唐の浅縹の紙を継いで同じ色の濃い紋様の綺の表紙をつけ、同じ玉の軸とだんだら染に組んだ唐風の組紐などが優美で、巻ごとに御筆跡の書風を変えながら、あらゆる書の美をお書き尽くてお書きあそばしたのを、大殿油を低い台に燈して御覧になると、
「いつまで見ていても見飽きないものだ。最近の人は、ただ部分的に趣向を凝らしているだけにすぎない」などと、お誉めになる。そのままこれらはこちらに献上なさる。
「女の子などを持っていたにしましても、たいして見る目を持たない者には伝えたくないのですが、まして姫のいない我が家では埋もれてしまいますから」などと申し上げて差し上げなさる。

源氏は侍従に、唐の手本などの特に念入りに書いてあるのを沈の箱に入れて、立派な高麗笛を添えて、差し上げなさる。
 またこの頃は、ひたすら仮名の論評をなさって、世間で能書家だと聞こえたさまざまな人々にも、ふさわしい内容のものを見計らって、探し出してお書かせになる。この御箱には身分の低い者のはお入れにならず、特別にその人の家柄や地位を区別なさっては、冊子、巻物、すべてをお書かせ申し上げなさる。
 何もかも珍しい御宝物類、外国の朝廷でさえめったにないような物の中で、この数々の本を見たいと心を動かしなさる若い人たちが、世間に多いことであった。御絵画類をご準備なさる中で、あの『須磨の日記』は、子孫代々に伝えたいとお思いになるが、「もう少し世間がお分りになったら」とお思い返しになって、まだお取り出しにならない。

 

《書の話が弾んで、ということなのでしょうか、宮から新たに大変な贈り物がされます。嵯峨天皇の書かれた『古万葉集』(いわゆる『万葉集』二十巻)の抄出本四巻、それに延喜天皇の手になる『古今和歌集』、いずれも今なら最高級の国宝間違いなしと思われる珍品です。わざわざ息子を取りに帰らせたというのですから、贈り物として予定していたわけではなくて、話をしながらふと思いついたということなのでしょう。われわれ庶民とは違う感覚です。

「姫のいない我が家では埋もれてしまいます」と言っても、息子がいるのですから、それに譲ればよさそうなものですが、どういうことなのでしょうか。

源氏はさらに多くの書家を探し出して、さまざまなものを書かせました。それらは書の手本であると同時に、「冊子、巻物」を書かせた、とあるところを見ると、写本させたということなのでしょう。

さて、延々と語られてきた仮名文字の話がこれでどうやら一段落です。ここでは、さらにそこに絵画類が加えられて、こうして姫君の入内の準備が着々と進んでいきます。

が、その前にもう一つ残された別の課題がありました。》

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第五段 兵部卿宮、草子を持参

【現代語訳】

あの御依頼の冊子を持たせてお越しになったのであった。その場で御覧になると、さほど上手でもないご筆跡だが、ただ一筋にたいそう垢抜けした感じにお書きになっている。歌も、技巧を凝らして風変わりな古歌を選んで、わずか三行ほどに、文字を少なくして好ましく書いていらっしゃった。大臣は驚いて御覧になった。
「こんなにまで上手にお書きになるとは思いませんでした。まったく筆を投げ出してしまいたいほどですね」と、悔しがりなさる。
「このような名手の中で臆面もなく書く筆跡の具合は、いくら何でもさほどまずくはないと存じます」などと、冗談をおっしゃる。
 お書きになった冊子類を、お隠しすべきものでもないので、お取り出しになってお互いに御覧になる。
 唐の紙でたいそう堅い材質に、草仮名をお書きになっているのを、まことに結構であると御覧になるのだが、高麗の紙できめが細かで柔らかく優しい感じで、色彩などは派手でなく優美な感じのする紙に、おっとりした女手で、整然と心を配ってお書きになっているのが、喩えるものがない。
 御覧になる方の涙までが、筆跡に沿って流れるような感じがして、見飽きることのなさそうなところへ、さらに、わが国の紙屋院の色紙の色合いが派手なのに、乱れ書きの草仮名の和歌を、筆にまかせて散らし書きになさったのは、見るべき点が尽きないほどである。型にとらわれず自在に愛嬌があって、ずっと見ていたい気がしたので、他の物にはまったく目もおやりにならない。

 左衛門督は、仰々しくえらそうな書風ばかりを好んで書いているが、筆法の垢抜けしない感じで、技巧を凝らした感じである。和歌などもわざとらしい選び方をして書いていた。
 女君たちのはろくにお見せにならない。斎院のなどは、言うまでもなく取り出しもなさらないのであった。

葦手の冊子類が、それぞれに何となく趣があった。宰相中将のは、水の勢いを豊かに書いて、乱れ生えている葦の様子など、難波の浦に似てあちこちに入り混じって、たいそうすっきりした所がある。また、ぐっとはなやかに趣を変えて、字体、石などの様子を洒落てお書きになった紙もあるようだ。
「目も及ばぬ素晴らしさだ。これは手間のかかったにちがいない代物ですね」と、面白がりお誉めになる。どのようなことにも趣味を持って風流がりなさる宮なので、とてもたいそうお誉め申し上げなさる。

 

《兵部卿宮は頼まれていた自分の書を冊子にして持って来たのでした。源氏は大歓迎で、さっそく今日は書の談義です。

宮の書は「さほど上手でもないご筆跡だが、ただ一筋にたいそう垢抜けした感じ」だったと言いますが、源氏が「驚いて御覧に」なり、「悔しがりなさる」し、宮自身も自讃するほど、すばらしいものでした。

しかし私たちにはよく分からない言い方で、『評釈』が縷々語っています。「思いきったやり方、一般的に認められないやり方も、生まれのよい人がやると認められ、それで通るのである」と言います。我流でも、味があるという書き方を考えればいいのかも知れません。もっとも「書いていらっしゃった」は原文「書きなしたまへり」ですから、それも宮の本来の書き方ではなくて、源氏の期待がそういうところにあると承知して、敢えてそのように書き、その点において見事に書いて見せたということのようで、そうすると、「さほど上手でもない」のに「筆を投げ出してしまいたい」とまで絶賛する理由が理解できます。

源氏も自分の書いたのを持ち出して宮に見せます。こちらは本格的で、「喩えるものがない」ほどですが、その讃え方について『評釈』が「あとほど次第に大仰になる」と面白い点に注目しています。

宮はすっかり感心して、そこにはすでに依頼した人からのものがいくつか届いていたようですが、「他の物にはまったく目もおやりにならない」のでした。

左衞門督の書も届いていましたが、あまり好いものではなかったようで、作者としては前の二人のものとの比較で、さすがお二人は、というつもりなのでしょうが、かえって彼を選んだ源氏の見識にいささか疑問符がつきます。

「宰相中将、式部卿宮の兵衛督、内の大殿の頭中将など」に注文した「葦手や歌絵」(前段)の方は、それなりの出来だったようです。

「文字を少なくして」も面白いところで、「文字」を漢字ととって、万葉仮名を少なくしているという説と、文字一般ととって、漢字を表意文字として使って、という説(『集成』)とがあるようです。ただ、「漢字を表意文字として和歌に使うことは、つねに稀であった」(『評釈』)ようですから、前者の方かも知れません。》

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第四段 草子執筆の依頼

【現代語訳】

 墨と筆の最上の物を選び出して、例の方々に特別のご依頼のお手紙があると、方々は難しいこととお思いになって、ご辞退申し上げなさる方もあるので、懇ろにご依頼申し上げなさる。高麗の紙の薄様風なのが、はなはだ優美なのを、
「あの、風流好みの若い人たちを、試してみよう」とおっしゃって、宰相中将、式部卿宮の兵衛督、内の大殿の頭中将などに、
「葦手や歌絵を、おのおの思い通りに書きなさい」とおっしゃると、皆それぞれ工夫して競争しているようである。
 いつものように寝殿に独りお籠もりになってお書きになる。花の盛りは過ぎて、浅緑色の空がうららかなので、いろいろ古歌などを心静かに考えなさって、ご満足のゆくまで、草仮名も普通の仮名も女手も、たいそう見事にこの上なくお書きになる。
 御前に人は多くなく女房が二、三人ほどで、墨などをお擦らせになって、由緒ある古い歌集の歌など、どうだろうかなどと選び出しなさる時に、相談相手になれる人だけが伺候している。
 御簾をすっかり上げて、脇息の上に冊子を無造作に置いて、端近くに寛いだ姿で、筆の尻をくわえて考えめぐらしていらっしゃる様子は、いつまでも見飽きない美しさである。白や赤などのはっきりした色の紙は、筆を取り直して、注意してお書きになっていらっしゃる様子までが、情趣を解せる人は、まったく感心せずにはいられないご様子である。

「兵部卿の宮がお越しになりました」と申し上げたので、驚いて御直衣をお召しになって、御敷物をもう一つ持って来させなさって、そのまま待ち受けて、お入れ申し上げなさる。この宮もたいそう美しい姿で、御階を形よく歩いて上がっていらっしゃるのを、御簾の中からも女房たちが覗いて拝見する。丁寧に挨拶して、お互いに威儀を正していらっしゃるのも、たいそう美しい。

「することもなく邸に籠もっておりますのも、辛く存じられますこの頃ののんびりとした折に、ちょうどよくお越し下さいました」と、歓迎申し上げなさる。

 

《姫が手習いの手本とするように、たくさんの人に書を依頼するのですが、極上の墨や筆を送ってそれで書いてもらうようです。

ついでに若者たちにもやらせてみようと思いつきました。彼らにとっては、名誉なこととは言え、気骨の折れることで、いい迷惑でもありますが、それぞれもちろん断ることなどできません。

彼らが苦戦している間、晩春のうららかな一日、ご当人は悠然と「寝殿」の自室にひとり籠もって、自分も書に耽ります。

そこで書く源氏のその書はさすがに見事なものですが、春の日射しのうららかな中、部屋を開けはなって広い庭を眺めながら物憂げにくつろいで筆を執っている、または書く歌を案じている貴公子の姿が、何とも言えず美しく絵になる光景、と作者は、例によってほれぼれと語ります。

そこに兵部卿宮がやって来ました。庭から上がってくるようで、階を上がるその姿からして見事なものですが、二人の改まった挨拶が、これまたそのまま絵になるようです。女房たちは自分たちの選ばれてある果報の喜びも合わせて、胸を弾ませて眺めています。

ところで、源氏は「寝殿に独り離れて」籠もったとあり、『評釈』が、「源氏が寝殿を利用するのは、一人だけの時なのだ」と言います。やはり、ここではすでに二人ははっきりと対の屋を居所としているわけです。》

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第三段 源氏の仮名論議

【現代語訳】

「すべての事が、昔に比べて劣って浅くなって行く末世だが、仮名だけは現代は際限もなく発達したものだ。昔の字は、筆跡が定まっているようではあるが、ゆったりした感じがあまりなくて、一様に似通った書法であった。
 見事で上手なものは、近頃になってこそ書ける人が出て来たが、平仮名を熱心に習っていた最中に、難点のない手本を数多く集めていた中で、中宮の母御息所が何気なくさらさらとお書きになった一行ほどの無造作な筆跡を手に入れて、格段に優れていると感じたものだ。
 そういうことで、とんでもない浮名までもお流し申してしまったことよ。残念なことと思い込んでいらっしゃったが、それほど薄情ではなかったのだ。中宮にこのように御後見申し上げていることを、思慮深くいらっしゃったので、亡くなられた後にも見直して下さることだろう。
 中宮の御筆跡は、こまやかで趣はあるが、才気は少ないようだ」と、そっと申し上げなさる。
「故入道宮の御筆跡は、たいそう深味もあり優美な手の筋はおありだったが、なよなよした点があって、はなやかさが少なかった。
 朱雀院の尚侍は、当代の名人でいらっしゃるが、あまりにしゃれすぎて欠点があるようだ。そうは言っても、あの尚侍君と、前斎院と、あなたは、上手な方だと思う」と、お認め申し上げなさるので、
「この方々に仲間入りするのは、恥ずかしいですわ」と申し上げなさると、
「あまりひどく謙遜なさるな。柔らかな点の好ましさは、格別なものなのに。漢字が上手になってくると、仮名は整わない文字が交るようですがね」とおっしゃって、まだ書写してない冊子類を作り加えて、表紙や紐など、たいへん立派にお作らせになる。
「兵部卿宮、左衛門督などに書いてもらおう。私自身も一揃いは書こう。自信がおありでも、並ばないことはあるまい」と、自賛なさる。

 

《これまでこの物語ではいろいろな物の品評がなされてきました。女性についての品評は場所を選びませんが、その他にも、紅葉賀の巻の舞い、絵合の巻の絵、少女の巻の庭、玉鬘の巻の衣、この巻の薫き物、また随所にあった歌や管弦などいろいろですが、ここは書についての品評です。

もちろんそれらは物語の中での品評ですから、もとはと言えば、すべて作者の批評眼による品評です。このように書いて、多くの人に読まれたということは、その批評が支持されたということでしょうから、作者の見識はあらゆる分野に優れていたということなのでしょう。驚くべきマルチぶりです。

書についての源氏の(作者の)蘊蓄について『構想と鑑賞』が、「(先にあった)薫物のことは今日は分からず、興味も起こらない」とずいぶん乱暴に一蹴する一方で、「(源氏の)書道論は今日も生命がある」と言い、「古人の筆蹟は法則に協っているようでも、伸び伸びした豊かな気分がなくて、皆一様であるというが、これは書道史からいってただしい」と保証しています。

しかし私たちには、そういうことよりも、この時にもう十五年も前の話になる六条御息所とのことを思い出して、妻に反省や弁解をしている、どことなく後ろめたそうな姿の方が、よほど気になり、おもしろく思われます。ここにはぜひ紫の上の一言がほしいところですが、残念ながらなにもないままに通過してしまいます。作者はただ書の品評として挙げただけで、反省や弁解は義理で付け加えただけなのでしょう。

「左衛門督」は、これもまた、「ここだけに出る。系図に見えない人」(『集成』)のようです。特に入れる必要のない所だと思うのですが、どうして入っているのでしょうか。作者の頭の中では、きっと具体的な人物が思い描かれていたはずなのですが。》

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第二段 明石の姫君の入内準備

【現代語訳】

 東宮の御元服は、二十日過ぎの頃に行われたのであった。たいそう大人でおいであそばすので、娘たちを競って入内させることを希望していらっしゃるというが、この殿がご希望していらっしゃる様子がまことに格別なので、かえって中途半端な宮仕えはしないほうがましだと、左大臣などもお思い留まりになっているということをお耳になさって、
「じつにもってのほかのことだ。宮仕えの趣旨は、大勢いる中で、僅かの優劣の差を競うのが本当だろう。たくさんの優れた姫君たちが家に引き籠められたならば、何ともおもしろくないだろう」とおっしゃって、御入内が延期になった。

その次々にもと差し控えていらっしゃったが、このようなことをあちこちでお聞きになって、左大臣の三の君がご入内なさった。麗景殿女御と申し上げる。
 こちらの御方は、昔の御宿直所の淑景舎を改装して、ご入内が延期になったのを、東宮におかれても待ち遠しくお思いあそばすので、四月にとお決めあそばす。ご調度類ももとからあったのにさらに加えて整えて、御自身でも道具類の雛形や図案などを御覧になりながら、優れた諸道の専門家たちを呼び集めて、こまかに磨きお作らせになる。
 冊子の箱に入れるべき冊子類を、そのまま手本になさることのできるのを選ばせなさる。昔のこの上もない名筆家たちが、後世にお残しになった筆跡類も、たいそうたくさんある。

 

《明石の姫君の裳着の儀式から十日ほど後、東宮の元服の儀が行われました。入内を受ける準備ができたわけで、さていざ姫君の入内という運びになるはずなのですが、すぐにはそうはいきませんでした。

入内の希望者が何人かいたのですが、明石の姫君が源氏の権勢を背負ってあまりに有力で、他の人たちが次の機会を待とうと、みんな尻込みしてしまったのです。ああ、そうかとそのまま明石の姫君の入内となってもよさそうなものですが、源氏は、入内を延期して対抗馬を待ちます。多くの姫たちが宮中で妍を競うことが大切なのだという考え方で、それによって宮廷の文化のレベルが保たれるのだということのようです。大所高所からの配慮ですが、もちろん自分が負けるはずがないという自信からの発想ですし、対抗馬を打ち負かすことでいっそう箔が付く、という点も見逃せません。

そういう意向が察せられると、候補者は出さないわけにはいかないのでしょう、左大臣(これは「系図なき人」と呼ばれる人で、出自の分からない人だそうです・『評釈』)が、三女の姫を入内させます。『集成』は「元服の副(添)伏である。権勢のある公卿の娘が選ばれ、皇妃の中では重い地位を占める」と言います。一番は期待できないので、せめて二番手の立場を、ということでしょう。

それを見てやおら明石の姫君の入内です。部屋が淑景舎に決まりました。帝の居所の清涼殿から最も遠い部屋で、ちょっと意外ですが、桐壺の別名があり、あの源氏の母・桐壺の更衣が住み、源氏も結婚する前はここを居所とした、懐かしい部屋です。源氏にそういう気持ちがあって希望したのでしょう。

源氏は、もちろん先の姫の入内に劣らないように(もちろん、そういう気遣いなどしなくても劣るはずはないのですが)準備をします。しかし、言わば後出しじゃんけんですから、ずいぶん気楽な作業です。源氏はのんびりと、嫁入り道具にする名筆家の書の選択を楽しんでいます。》

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