源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第四章 玉鬘の物語(二)

第八段 三月、源氏、玉鬘を思う

【現代語訳】

 三月になって六条殿の御前の藤や山吹が美しい夕映えを御覧になるにつけても、まっさきに、見る甲斐のある様子で座っていらっしゃったお姿ばかりが思い出されなさるので、春の御前の庭を放っておいて、こちらの殿に来て御覧になる。呉竹の籬に自然と咲きかかっている色艶が、たいそう美しい。
「色に衣を(口には出すまい)」などとおっしゃって、
「 思はずに井手の中道隔つとも言はでぞ恋ふる山吹の花

(思いがけずに二人の仲は隔てられてしまったが、心の中では恋い慕っていることだ)
 『顔に見えつつ(いつまでも面影に見えて)』」などとおっしゃっても、聞く人もいない。 

このように、さすがにすっかり離れてしまったことは、今になってお分かりになるのであった。ほんとうに、妙なおたわむれの心であるよ。
 鴨の卵がたいそうたくさんあるのを御覧になって、柑子や橘などのように見せて、何気ないふうに差し上げなさる。お手紙は、「あまり人目に立っては」などとお思いになって、そっけなく、
「逢わない月日も重なったのを、心外なおあしらいだとお恨み申し上げていますが、あなたお一人のお考えからではなく聞いておりますので、特別の場合でなくてはお目にかかることの難しいことを、残念に思っています」などと、親めいてお書きになって、
「 同じ巣にかへりしかひの見えぬかないかなる人か手ににぎるらむ

(私の所でかえった雛が見えないことだ、どんな人が手に握っているのだろう)
 どうしてこんなにまでもなどと、おもしろくなくて」などとあるのを、大将も御覧になって、ふと笑って、
「女性は、実の親の所にも、簡単に行ってお会いなさることは、適当な機会がなくてはなさるべきではない。まして、どうしてこの大臣は、度々諦めずに、恨み言をおっしゃるのだろう」と、ぶつぶつ言うのも、憎らしいとお聞きになる。
「お返事は、私は差し上げられません」と、書きにくくお思いになっているので、
「私がお書き申そう」と代わるのも、はらはらする思いである。
「 巣隠れて数にもあらぬかりの子をいづかたにかは取り返すべき

(巣に隠れて数にも入らない雁(仮)の子を、どちらに取り返そうとおっしゃるので

しょう)
 不機嫌なご様子にびっくりしまして。物好きなようですが」とお返事申し上げた。
「この大将がこのような風流ぶった歌を詠んだのも、まだ聞いたことがなかった。珍しくて」と言って、お笑いになる。心中では、このように一人占めにしているのを、とても憎いとお思いになる。

 

《源氏三十五歳の冬に玉鬘を六条院に迎えてから、丸二年が過ぎた春です。

あの見事な紫の上の春の庭を見ていても、源氏が思うのは玉鬘のことばかり、とうとうまた東北の邸の西の対にやって来ます。もちろんそこには、名実ともに人の妻となってしまった玉鬘の姿はすでになく、庭を眺めて物思いに耽るだけです。『伊勢物語』第四段「月やあらぬ」の風情と言えましょうか。
  彼は思わず「色に衣を」と口にします。引き歌で、珍しく『集成』と『評釈』・『谷崎』の挙げる歌が異なっていますが、いずれにしても山吹の黄色から「梔子(くちなし)」を連想して詠んだもので、「言はで心にものをこそ思へ」、または「思ふとも恋ふとも言はじ」といった気持です。やっと殊勝にも玉鬘を諦めねばならないという気持になってきたようです。

それでもまだ思いが絶えたわけではなく、「鴨の卵(『評釈』が、献上品なのだろうと言います)がたいそうたくさんあるのを御覧になって」、それに色を塗って果物のように見せて贈り、文を添えたのでした。終わりの「どうしてこんなにまでも」は、そんなに厳しくガードしなくてもよさそうなものを、という気持、逢いたい気持をストレートに書いた、親としての手紙なので、大将にも読まれて、笑われてしまいます。安堵の笑いと言いますか、大将から見て、源氏が年寄りに見えた瞬間だったように思われます。

それでも大将はまだ安心ならず、玉鬘に、独り言のようにしてそれとなく妻の心得を説いて聞かせます。そして玉鬘が返事を書きしぶっているのをさいわいに、自分が代筆しました。「物好きなようですが(原文・好きずきしきや)」を、『評釈』が「男が手紙を男あてに送るのを自嘲して」言ったものか、と言い、明石入道の源氏への手紙にも同じ言葉があった(明石の巻第二章第七段1節)ことを指摘しています。そう言われれば、大人の男同士で具体的な用件のない手紙というのは、どことなくいかがわしい感じもします。

生真面目な大将にしては、洒落た返事だと源氏は笑いますが、心の内は、生まれて初めて恋の競い合いに負けて、だらしなく引っ込むしかない敗北感です。『構想と鑑賞』は「悩んだ末の諦観ともいうべきものがあり、人間的生長がみられる」と言います。昔だったら、なお忍んで行って、思いを遂げただろうに、そうしなかったことを評価するのでしょうが、自分で選択した結末ではないわけですから、「生長」と言えるかどうか…。むしろ、結果的に恋愛ゲームであったということを物語っていると考える方がいいでしょう。もちろん、当時の大宮人には生活の中に必須のゲームだという前提で、ですが。》

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第七段 源氏、玉鬘の返書を読む

【現代語訳】

 手紙を広げて軒の玉水のように涙がこぼれるような思いがなさるのを、「人が見たら、体裁悪いことだろう」と、平静を装っていらっしゃるが、胸が一杯になる思いがして、あの昔の、朧月夜の尚侍の君を朱雀院の母后が無理に逢わせまいとなさった時のことなどをお思い出しになるが、目前のことだからであろうか、こちらは喩えようなく、しみじみと心にかかるのであった。
「色好みの人は、自分から求めて物思いの絶えないのだ。今は何のために心を悩ましたいしようか。似つかわしくない恋の相手であるよ」と、冷静にとお努めになるができなくて、お琴を掻き鳴らして、やさしくしいてお弾きになると、その爪音に、玉鬘の爪音が、つい思い出されておしまいになる。

和琴の調べを、すが掻きにして、『玉藻はな刈りそ』と、謡い興じていらっしゃるのも、恋しい人に見せたならば、感動せずにはいられないご様子である。
 帝におかせられても、わずかに御覧あそばしたご器量やご様子をお忘れにならず、「赤裳垂れ引き去にし姿を(立っても思い坐っても思い)」と、耳馴れない古歌であるが、お口癖になさって、物思いに耽っておいであそばすのであった。お手紙は、そっと時々あるのであった。

玉鬘は、わが身を不運な境遇と思い込みなさって、このような軽い気持ちのお手紙のやりとりも、似合わなくお思いになるので、うち解けたお返事も申し上げなさらない。
 やはり、あの大殿の、またとないほどであったお心配りを何かにつけて深く身に沁みてありがたく思いになったことが、忘れられないのであった。


《源氏の綿々たる思いが続きます。

彼は、若かりし頃の朧月夜の君とのことを思い出し、それと比べて「目前のことだからであろうか、こちらは喩えようなく」胸にしみた、と言うのですが、思い出に比べて現実の方が生々しく心を捕らえるのはあまりに当たり前の話で、それならわざわざ昔のことを引き合いに出す必要がないようにも思われます。

玉鬘よりも朧月夜の方が、はるかにキャラクターが鮮明で、魅力的な人物であるのは間違いないのに、玉鬘の方に源氏の思いが傾いているのでは、源氏の偉大さを損なう書き方と言えるのではないでしょうか。

もちろん、作者としては、藤袴の巻末にあったように、玉鬘を女性の手本になるような人と考えて書いているので、これはあくまでも現代感覚の見方ということになりますが。

ともあれ、そういう気持の中で、気を鎮めようと琴を弾くと、その音がそのまま玉鬘を思い出させるというのですが、このところ、原文で、「御琴掻き鳴らして、なつかしう弾きたまひし爪音、思ひ出でられたまふ」とあって、「なつかしう弾きたまひし」の部分が、源氏の行為であって、同時にそのまま玉鬘のでもあるという、おもしろい流れの表現になっています。

帝もまた、さすがに源氏の子だけあって、連綿としていますが、もう玉鬘の関心は引きません。彼女は、ただ源氏とのことを懐かしく恋しく思っているのでした。
 源氏が、ここで「玉藻はな刈りそ」と口ずさむのは、「なんの意味があるのか、古注も困っている」と『評釈』が言っています。》

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第六段 二月、源氏、玉鬘へ手紙を贈る

【現代語訳】

 二月になった。大殿は、
「それにしても、無愛想な仕打ちだ。まったくこのようにきっぱりと自分のものにしようとは思いもかけないで、油断させられたのが悔しい」と体裁悪く、どうにもお心から離れない時とてなく、恋しく思い出されていらっしゃる。
「前世からの縁などというのも、軽く見てはならないものだが、自分のどうすることもできない気持ちから、このように自ら求めての物思いをすることだ」と、寝ても起きても幻のように目に浮かぶ思いがなさる。
 大将のような、おもしろみも愛想もない人に連れ添っていては、ちょっとした冗談も遠慮され、不似合いな気がなさって、我慢していらっしゃるとき、雨がひどく降ってとてものんびりとしたころ、このような所在なさも気の紛らし所としてお行きになって、お話しになったことなどがたいそう恋しいので、お手紙を差し上げなさる。
 右近のもとにこっそりと差し出すのも、一方では、それをどのように思うかとお思いになると、詳しくは書き綴ることがおできになれず、ただ相手の推察に任せた書きぶりなのであった。
「 かきたれてのどけきころの春雨にふるさと人をいかに偲ぶや

(降りこめられてのどやかな春雨に、昔馴染みの私をどう思っていますか)
 所在なさにつけても、恨めしく思い出されることが多くありますが、どのようにして申し上げることができるでしょうか」などとある。
 人のいない間にこっそりとお見せ申し上げると、ほろっと泣いて、自分の心にも、月日の経つにつれて、思い出しておしまいになるご様子を、正面きって、「恋しい、何とかしてお目にかかりたい」などとは、おっしゃることのできない親なので、「おっしゃるとおり、どうしてお会いすることができようか」と、もの悲しい。
 時々、応対に困ったご様子をいやらしいとお思い申し上げたことなどは、この人にもお知らせになっていないことなので、自分ひとりでお思い続けていらっしゃるが、右近は、うすうす感じ取っていたのであった。実際、どんな仲であったのだろうと、今でも納得が行かず思っていたのであった。
 お返事は、「差し上げるのも気が引けるが、ご心配をされようか」と思ってお書きになる。
「 ながめする軒のしづくに袖ぬれてうたかた人を偲ばざらめや

(物思いに袖を濡らして、どうしてあなた様のことを思わずにいられましょうか)
 時が経つと、おっしゃるとおり、格別な所在なさも募りますこと。あなかしこ」と、恭しくお書きになっていた。

 

《ここの冒頭、「『…と油断させられたのが悔しい』と体裁悪く」のところは、原文では「たゆめられたるねたさを、人わろく」と、源氏の思ったことから地の文に流れていっています。現代文だったら必ず書きなおさせられるところです。

さて、源氏は依然として玉鬘に連綿としています。そしてそれは玉鬘も同様です。

『光る』が、「玉鬘十帖」のうち「玉鬘」と「真木柱」を除く巻々は「よくない」として、その理由を「やはり具体的な行動がないからです。要するに受身で、ただ内心で悩んでいるだけなんです」と言っていますが、この巻も、大将の行動はあるものの、源氏は、そのまわりでおろおろしているだけで(そのおろおろの姿も特には描かれず)、ただ連綿としている「気持」だけが語られるので、同様の批判を受けなければならないでしょう。

しかし、作者としては、というか当時の感覚としては、ひょっとしてそのように連綿としているということ自体が、一度心を交わした女性は最後まで見はなさないということの証しとして、価値あることだったのかも知れません。それは例えば末摘花や空蝉に対しては経済的後見という形を取るのですが、この玉鬘の場合は、経済的にはその必要がほとんどなく、必要なのは心の平安だけだったので、こうした精神的な繋がりを持ち続けるという形を取った、と考えるわけです。

現代的には、いつまでうじうじと、という気がしますが、案外身についた誠意だったのだと読むべきところなのかも知れません。

それにしても動きがないのも事実で、ちらりと右近(もと、夕顔の侍女だった人)が出てくると、賢い侍女の姿が思い描かれて、ほっとするような印象です。

また源氏が、恋文を送りたいと思いながら、無骨な大将が側にいることを思うと、迂闊にそれもできないと、何やら得体の知れない者をこわがっているような気配があるのが、二人の対照的な姿が思われて、愉快です。》

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第五段 玉鬘、鬚黒邸に退出

【現代語訳】

 そのまま今夜あの邸にとお考えになっていたが、前もってはお許しが出ないだろうから、打ち明け申されずに、
「急にひどい風邪で気分が悪くなったものですから、気楽な所で休みます間、よそに離れていてはたいそう不安でございますから」と穏やかな口実を申し上げなさって、そのままお移し申し上げなさる。
 父内大臣は、急なことで、「格式に欠けるようではないか」とお思いになるが、「あえて、そのくらいのことで反対するのも、気を悪くするだろう」とお思いになるので、
「どのようにでも。もともと私の自由にならないお方のことだから」と、申し上げなさるのであった。
 六条殿は、「あまりに急で不本意だ」とお思いになるが、どうしようもない。

女君も、「塩やく煙の(思いがけない方に流れていく)」身の上を情けないとお思いになるが、大将は、盗んで来たとしたらこんな気持ちもしようかと、たいそう嬉しく安心した。
 あの、帝が局にお入りあそばしたことを大将がたいそうお恨み申し上げなさるのも不愉快で、やはりつまらない人のような気がして、夫婦仲は疎々しい態度で、ますます機嫌が悪い。
 あの宮家でも、あのようにきつくおっしゃったものの、たいそう後悔なさっているが、いっこうに訪れもない。大将は、ただ念願が叶ったお世話に毎日いそしんでお過ごしになる。

 

《初めから新妻を宮仕えに出すことには消極的だった大将は、男性たちの早速のモーションに危険を感じて、今夜のうちに新妻を自邸に引き取ってしまおうと考えました。もともと、六条院から引き取るのは難しそうだから、宮仕えから退出する機会に、と考えていたことではありました(第二章第一段)。

 大将は、玉鬘が「急にひどい風邪で気分が悪くなった」として、自邸に「そのままお移し申し上げ」てしまったのでした。

 「穏やかな口実を申し上げなさって」は、やむを得ないと思われる理由を付けたことを言うのですが、実はこれは大変異例のことのようで、「当時は女が男の家に移るのは大事であった。簡単に行ったのでは身分が低い女とみられる。行くには『儀式』が必要」(『評釈』)のだそうです。

そういうことを無視した大将のこの果断な行動に対する内大臣と源氏の反応が対照的で、なかなか面白いところです。

 内大臣は実の親として娘の扱いの格式を第一におもんばかります。しかし、このくらいのことで目くじら立てるのは、かえって値打ちを下げると、異を唱えるのを抑えました。この人の考え方は多くこのように現実的であり、さらに功利的であるように思われます。

一方、源氏は、自分の屋敷に置いておいて、あわよくば、と考えていたのですが、そのやましい心がある分だけ、実力行使の前には、手を拱くしかありません。

いずれにしても、権勢並ぶ者のない二人ですが、自分の都合で、案外なところに弱みを持っていたのでした。

その結果、大将の行動は彼の思惑どおりに運びました。彼は、玉鬘に対しては直情径行ですが、その結婚までの下準備の時もそうであった(この巻の冒頭)ように、その行動はなかなかよく要点を押さえて緻密に準備されているようです。

「盗んで来たとしたらこんな気持ちもしようかと」(『集成』訳)のところ、原文は「盗みもていきたらましとおぼしなずらへて」ですが、よく解りません。『伊勢物語』第六段、二条の后を盗み出した男の話を意識した言い回しのようです。「盗みもていきたらまし」と思ったあの男の気持に「おぼしなづらへて」、というふうにでも考えるのでしょうか。「自分が『昔物語』色好みの典型になった気持」(『評釈』)で、悦に入っている図のようです。

当の「盗み出」された妻の方は、せっかく帝に親しくお会いできていたのに、このように無理矢理退出させられて、まったく収まらない気持ちでいるのですが、彼はひたすら「お世話」にこれ務めて、もはや式部卿家の方はすっかりご無沙汰となってしまいました。》

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第四段 玉鬘、帝と和歌を詠み交す

【現代語訳】

 大将は、このようにお越しあそばしたのをお聞きになって、ますます心が落ち着かないので、せき立てなさる。ご自身も、「分不相応なことも出て来かねない身の上なのだ」と情けなくて、落ち着いていらっしゃることができず、退出させなさる段取りを、もっともらしい口実を作り出して、父大臣などがうまくお取り繕いになって、御退出を許されなさったのだった。
「そういうことならば。これに懲りて、二度と出仕をさせない人があっては困る。たいそうつらいことだ。誰より先に望んだ私の思いだが、人に先を越されて、その人の御機嫌を伺うことよ。昔の誰やらの例も、持ち出したい気がする」と仰せになって、ほんとうに残念だとお思いになっていらっしゃった。

お聞きになっていたよりも実際に見ると格段に美しいのを、初めからそのような気持ちがなくてもお見逃しになれないだろうに、なおさらたいそう悔しく残念にお思いになる。
 けれども、まったく一時の気持からのことと疎んじられまいとして、たいそう愛情深いさまにお約束なさって、親しませようとなさるのも恐れ多く、「私は私だ、と思っているのに」とお思いになる。
 御輦車を寄せて、こちら方やあちら方のお世話役の人々がやきもきし、大将もたいそううるさいほどお側を離れずせき立てなさるまで、お離れになることがおできにならない。「こんなに厳重な付ききりの警護は不愉快だ」とお憎みあそばす。
「 九重に霞隔てば梅の花ただかばかりも匂ひ来じとや

(幾重にも霞が隔てたならば、梅の花の香は宮中まで匂って来ないのだろうか)」
 格別どうという歌ではないが、帝のご様子や物腰を拝見している時は、結構に思われたのであろうか。
「『野原を懐かしみ』でこのまま夜明かしをしたいが、そうさせたくない思いでいる人が、自分の身につまされて気の毒に思う。どのようにお便りしたらよいものか」と心を傷めていらっしゃるのも、「まことに恐れ多いこと」と、見申し上げる。
「 かばかりは風にもつてよ花の枝に立ち並ぶべきにほひなくとも

(香りだけは風におことづけください、美しい花の枝に並ぶべくもない私ですが)」
 やはり冷たくはあしらわない様子をいとしくお思いになりながら、振り返りがちにお帰りあそばした。


《兵部卿宮が便りをよこし、帝が訪ねて来るとなると、大将としては不安が募ってきます。玉鬘自身も、重ねて話題になるようなことが起らないとも限らないし、そうなると「異母姉妹の弘徽殿の女御などの思惑もある」(『集成』)だろうと、自らを情けなく思って、夫の退出の催促に同意しました。後は、大将との結婚をただ一人喜んでいる父大臣が上手に取りしきって、早々の退出のお許しを得ることができました。

 前段と同じ、その日の夜のことなのでしょうか、いよいよ退出となるのですが、どうやらその時も側に帝がいらっしゃるようです。

読者としては、帝のご執心がずいぶん強いのにちょっと不思議な感じを持ちます。『評釈』は、「押せるだけ押してみるのが男のしかたである」と言いますが、「誰より先に望んだ私の思いだが」という独り言は、必ずしも単にゲームをしているだけというようには聞こえません。いや、形式を重んじて彼らにとっては、こうしたあるルールに則ったゲームのような振る舞い自体が恋そのものであるのかも知れません。何しろ彼らは、相手の顔を見る前から相手を恋することのできる人たちなのです。

 そこから見ると、大将の玉鬘に対する直情径行の恋は、まったく通常の理解を超えた、手の施しようのない、自然の猛威のような迫力を持っていたのかも知れません。

 玉鬘の「私は私」は、『集成』が「髭黒の妻になった私は、もう昔の私ではない、…の意。前引の女の返歌(『後撰集』の平定文のはなしにある)の言葉によるか」と言います。
 大将は、ぴったりと玉鬘に寄り添うという、通常見たこともない、あり得ないガードを固めていて、帝さえも近づくことができません。

やむなく歌を交わして、帝は、この場を去るしかありませんでした。

こうしたあたり、妙に民主的というか、対等で、帝の権限を持ってしても女性の意志を無視して思い通りにすることはできないようです。周囲の見る目という監視が利いているわけですし、家臣もそれを信じて行動することができているわけです。》

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