【現代語訳】1
お住まいなどが、とんでもなく乱雑で、飾りもなく汚れて、たいそう引き籠もったお暮らしぶりであるのを、玉を磨いたような所を見て来た目には愛着の湧きようもないが、長年連れ添ってきた愛情が急に変わるものでもないので、心中ではたいそういとおしいとお思い申し上げなさる。
「昨日今日のたいそう浅い夫婦仲でさえ、悪くはない身分の人となれば、皆我慢することがあって添い遂げるものです。たいそう身体も苦しそうにしていらっしゃるので、申し上げなければならないこともお話し申し上げにくくて。
長年添い遂げ申して来た仲ではありませんか。普通の人と違ったご様子でも、最後までお世話申そうとずいぶんと我慢して過ごして来たのに、とてもそうは行かないようなお考えでお嫌いなさるな。幼い子どもたちもいますので、何かにつけて、粗略にはしないとずっと申し上げてきたのに、女心の考えなさからこのように恨み続けていらっしゃる。ひととおりの事を見届けないうちは、そうかも知れないことですが、もっと信頼して、もう少し御覧になっていて下さい。
式部卿宮がお聞きになりお疎みになって、はっきりすぐにお迎え申そうとお考えになっておっしゃっているのは、かえってたいそう軽率です。ほんとうに決心なさったことなのか、暫く懲らしめなさろうというのでしょうか」と、ちょっと笑っておっしゃるのは、たいそう憎らしくおもしろくない。
殿の召人といったふうで親しく仕えている木工の君、中将のおもとなどという女房たちでさえ、身分相応につけて、「おだやかでなく辛い」と思い申し上げているのだから、まして北の方は、正気でいらっしゃる時なので、たいそうしおらしく泣いていらっしゃった。
「わたしを、惚けている、頭がおかしい、とおっしゃって、馬鹿にするのは、ごもっともなことです。父宮のことまでを引き合いに出しておっしゃるのは、もしお耳に入ったらお気の毒だし、情けないわが身の縁で軽んじられているようです。私は耳馴れていますから、今さら何とも思いません」と言って、横を向いていらっしゃるのがいじらしい。
たいそう小柄な人で、日ごろのご病気で痩せ衰え、ひ弱で、髪はとても清らかに長かったが、半分にしたように抜け落ちて細くなって、櫛梳ることもほとんどなさらず、涙にもつれているのは、とてもお気の毒である。
よく整って美しいといったところはなくても、父宮にお似申して優美な器量をなさっていたが、身なりを構わないでいられるので、どこに華やかな感じがあろうか。
《久し振りに、でしょうか、大将が自邸に帰ってきて北の方を訪ねました。その部屋を見る彼の気持ちは複雑です。
六条院を見てきた目には、雑然としてわびしいその部屋は、見慣れてしまったとは言え、彼のそれでも帰ってきたのだという気持に、改めて冷や水を注ぎます。
一方で、長く連れ添ってきたことから来るいとおしさは、決してなくなってはいるわけではありません。その分、もう少しきちんとしてくれれば、と、期待するところもあるのです。
彼は、式部卿宮の里帰りを勧める言葉に北の方が応じるのではないかと考えて、それを思いとどまらせようとしての話ですが、そういう彼の複雑な気持ちを汲んで読むと、ずいぶん意を尽くしたものに見えます。
『評釈』は、「白々しい」、「ずいぶん勝手な大将だ」、「体面を第一に考えると、こういうことになる」と、大将にひどく批判的ですが、もともと彼は「有名な堅物で、長年少しも浮気沙汰もなくて過ごしてこられた」(第一章第二段)という真面目人間なのですから、玉鬘への浮気ということを除けば、北の方に対する気持自体は、多分真実なのです。少なくとも真面目で一所懸命の話であることは、認めなくてはならないでしょう(そして、実はそう読んでこそ、次の段の事件がより面白く読めるように思うのですが)。
さて、その言葉の後の「たいそう憎らしくおもしろくない」というのは、「北の方の心を書いたもの」(『集成』)と読む(必ずしも作者の評ではないということなのでしょう)のがいいようで、そう言われると、そういう呼吸のように思われます。北の方から見れば、大将がその終わりを「ちょっと笑っておっしゃって」、つまりちょっと冗談めかして言ったのが、父宮を軽んじられたようで、不快だったのでしょう。
北の方の容姿が語られますが、昔は美しかった人が、「もののけ」のせいでしょうか、すっかりやつれて、貧相になっておられるらしい様子がよくわかって、切ない気がします。》