源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 髭黒大将家の物語(一)

第二段 鬚黒、北の方を慰める~その1

【現代語訳】1

 お住まいなどが、とんでもなく乱雑で、飾りもなく汚れて、たいそう引き籠もったお暮らしぶりであるのを、玉を磨いたような所を見て来た目には愛着の湧きようもないが、長年連れ添ってきた愛情が急に変わるものでもないので、心中ではたいそういとおしいとお思い申し上げなさる。
「昨日今日のたいそう浅い夫婦仲でさえ、悪くはない身分の人となれば、皆我慢することがあって添い遂げるものです。たいそう身体も苦しそうにしていらっしゃるので、申し上げなければならないこともお話し申し上げにくくて。
 長年添い遂げ申して来た仲ではありませんか。普通の人と違ったご様子でも、最後までお世話申そうとずいぶんと我慢して過ごして来たのに、とてもそうは行かないようなお考えでお嫌いなさるな。幼い子どもたちもいますので、何かにつけて、粗略にはしないとずっと申し上げてきたのに、女心の考えなさからこのように恨み続けていらっしゃる。ひととおりの事を見届けないうちは、そうかも知れないことですが、もっと信頼して、もう少し御覧になっていて下さい。
 式部卿宮がお聞きになりお疎みになって、はっきりすぐにお迎え申そうとお考えになっておっしゃっているのは、かえってたいそう軽率です。ほんとうに決心なさったことなのか、暫く懲らしめなさろうというのでしょうか」と、ちょっと笑っておっしゃるのは、たいそう憎らしくおもしろくない。

殿の召人といったふうで親しく仕えている木工の君、中将のおもとなどという女房たちでさえ、身分相応につけて、「おだやかでなく辛い」と思い申し上げているのだから、まして北の方は、正気でいらっしゃる時なので、たいそうしおらしく泣いていらっしゃった。
「わたしを、惚けている、頭がおかしい、とおっしゃって、馬鹿にするのは、ごもっともなことです。父宮のことまでを引き合いに出しておっしゃるのは、もしお耳に入ったらお気の毒だし、情けないわが身の縁で軽んじられているようです。私は耳馴れていますから、今さら何とも思いません」と言って、横を向いていらっしゃるのがいじらしい。
 たいそう小柄な人で、日ごろのご病気で痩せ衰え、ひ弱で、髪はとても清らかに長かったが、半分にしたように抜け落ちて細くなって、櫛梳ることもほとんどなさらず、涙にもつれているのは、とてもお気の毒である。
 よく整って美しいといったところはなくても、父宮にお似申して優美な器量をなさっていたが、身なりを構わないでいられるので、どこに華やかな感じがあろうか。

《久し振りに、でしょうか、大将が自邸に帰ってきて北の方を訪ねました。その部屋を見る彼の気持ちは複雑です。

六条院を見てきた目には、雑然としてわびしいその部屋は、見慣れてしまったとは言え、彼のそれでも帰ってきたのだという気持に、改めて冷や水を注ぎます。

一方で、長く連れ添ってきたことから来るいとおしさは、決してなくなってはいるわけではありません。その分、もう少しきちんとしてくれれば、と、期待するところもあるのです。

彼は、式部卿宮の里帰りを勧める言葉に北の方が応じるのではないかと考えて、それを思いとどまらせようとしての話ですが、そういう彼の複雑な気持ちを汲んで読むと、ずいぶん意を尽くしたものに見えます。

『評釈』は、「白々しい」、「ずいぶん勝手な大将だ」、「体面を第一に考えると、こういうことになる」と、大将にひどく批判的ですが、もともと彼は「有名な堅物で、長年少しも浮気沙汰もなくて過ごしてこられた」(第一章第二段)という真面目人間なのですから、玉鬘への浮気ということを除けば、北の方に対する気持自体は、多分真実なのです。少なくとも真面目で一所懸命の話であることは、認めなくてはならないでしょう(そして、実はそう読んでこそ、次の段の事件がより面白く読めるように思うのですが)。

さて、その言葉の後の「たいそう憎らしくおもしろくない」というのは、「北の方の心を書いたもの」(『集成』)と読む(必ずしも作者の評ではないということなのでしょう)のがいいようで、そう言われると、そういう呼吸のように思われます。北の方から見れば、大将がその終わりを「ちょっと笑っておっしゃって」、つまりちょっと冗談めかして言ったのが、父宮を軽んじられたようで、不快だったのでしょう。

北の方の容姿が語られますが、昔は美しかった人が、「もののけ」のせいでしょうか、すっかりやつれて、貧相になっておられるらしい様子がよくわかって、切ない気がします。》

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第一段 鬚黒の北の方の嘆き

【現代語訳】
 宮中に参内なさることを心配なことと大将はお思いになるが、その機会にそのまま退出おさせ申そうかとのお考えを思いつかれて、ただちょっとの参内をお許し申し上げなさる。このように人目を忍んでお通いになることも、お慣れにならない感じで辛いので、ご自分の邸内の修理し整えて、長年荒れさせ埋もれ放って置かれたお部屋飾りや、すべてのやり方を立派にしてご準備なさる。
 北の方がお嘆きになるだろうお気持ちもお考えにならず、かわいがっていらっしゃったお子たちにも、目もおくれにならず、やさしく情け深い気持ちのある人ならばあれこれのことにつけても女にとって恥になるようなことには推し量り考えるところもあったが、融通が利かず一徹なご性分なので、人のお気に障るようなことが多いのであった。
 奥方は人にひけをお取りになるようなところはない。お人柄も、あのような高貴な父親王がたいそう大切にお育て申されたというご愛情で世間の評判はけっして軽々しくなく、ご器量なども、たいそう素晴らしくていらっしゃったが、どうしたことか、しつこい物の怪をお患いになって、ここ数年来、普通の人とはお変わりになって、正気のない時々が多くおありになって、ご夫婦仲も疎遠になって長くなったものの、れっきとした正室としては、また並ぶ人もなくお思い申し上げていらっしゃったが、珍しくお心惹かれる方が一通りどころの方でなく、人より勝れていらっしゃるご様子以上に、あの疑いを持って皆が想像していたことさえ潔白の身でお過ごしになっていらっしゃったことなどを、めったにない立派な態度だと、ますます深くお思い申し上げなさるのも、もっともなことである。
 式部卿宮がお聞きになって、
「もはや、あのような若い女を迎えて大切にするだろう片隅で、みっともなく連れ添っていらっしゃるのも、外聞も恥ずかしいだろう。自分が生きているうちは、まことに世間に恥をさらして言いなりにならなくてもお過ごしになられよう」とおっしゃって、宮邸の東の対を掃除し整えて、「お迎え申そう」とお考えになっておっしゃるのを、

「親の御家と言っても、夫に捨てられた身の上で、再び実家に戻ってお顔を合わせ申すのも」と、思い悩みなさると、ますますご気分も悪くなって、ずっと寝付いていらっしゃる。
 生来、たいそう静かで気立てもよく、おっとりとしていらっしゃる方だが、時々気がおかしくなって、人から嫌われてもしかたがないようなことがおありなのであった。

 

《源氏が、なんとか玉鬘を自邸に留めておくために、育ての親という立場から彼女を出仕させて後見する形にしておこうと考え、「ちょっとの間でも」ということで、大将の了解を取り付けたのでしたが、それに対して、大将は、本当は不本意ながら「ちょっとの間」参内させて、退出する折りにそのままその足で自邸に連れて来てしまおうという計画を考えたのでした。

確かに、源氏邸から直接自邸に連れて来るなら、源氏と真正面に話を付けなければならないでしょうから、それよりも、宮中からの方がチャンスがありそうです。そこで彼は、家の大整理をし、生活スタイルを改めるなど、その準備を始めました。

夫婦仲が悪い上に、正室が「しつこい物の怪をお患いになって」いるとあれば、家が「長年荒れさせ埋もれ、放って置かれた」というのも、無理からぬことです。

新しい女性に心引かれた、もともと「融通が利かず一徹なご性分」の大将は、子供たちさえ無視して、改修・改装に没頭します。

北の方は実は容姿も人柄も大変に素晴らしい方だったのですが、しかしただ一つ、「しつこい物の怪」に取り憑かれているという、困ったことがあったのでした、

その物の怪は、ただ体調を悪くしているというのではなくて、どうやら心の病のようで、「普通の人とはお変わりになって、正気のない時々が多く」なるといったもので、そのために「ご夫婦仲も疎遠になって長くなっ」ているのでした。

そうした時に玉鬘と結婚できた彼は、彼女がたぐいまれな美しさであることで熱中してしまったのでしたが、さらに加えて、あれだけ世話になった源氏との間に何事もなかったらしいことに、彼女の賢さを感じて、ますます心を寄せるようになっています。

一方北の方は、ますます心が離れていくらしい大将の様子に、父の式部卿宮がいっそ自分のところに帰ってこないかと勧めるのですが、そんなことはみっともなくてできないと断りながら、心乱れるままに、ますます具合が悪くなって、とうとう寝付くほどになってしまったのでした。》

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