源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 玉鬘の物語(二)

第二段 柏木、玉鬘と和歌を詠み交す

【現代語訳】

「参内なさる時のご都合を、詳しい様子も聞くことができないでいますので、内々にご相談下さるのがよいでしょう。何事も人目が遠慮されて参上することができず、お話申し上げられないことを、かえって気がかりに思っていらっしゃいます」などと、お話し申し上げるついでに、
「いやもう、馬鹿らしい手紙も差し上げられないことです。いずれにせよ、私の真心を知らないふりをなさってよいものかと、ますます恨めしい気持ちが増してくることです。まずは今夜などのこのお扱いぶりですよ。奥向きといったようなお部屋に招き入れて、あなたたちはお嫌いになるでしょうが、せめて下女のような人たちとだけでも、話をしたいものですね。他ではこのような扱いはあるまい。いろいろと不思議な間柄ですね」と、首を傾けながら、恨みを言い続けているのもおもしろいので、これこれとお取り次ぎする。
「おっしゃるとおり、他人の手前、急な変わりようだと言われはしまいかと気にしておりましたところ、長年の引き籠もっていた苦しさを晴らしませんのは、かえってとてもつらいことが多うございます」と、ただ素っ気なくお答え申されるので、きまり悪くて、何も申し上げられずにいた。
「 妹背山ふかき道をば尋ねずて緒絶の橋にふみまどひける

(姉弟という関係を知らずに遂げられない恋の道に踏み迷って文を贈ったことです)
 よ」と恨むのも、自分から招いたことである。
「 まどひける道をば知らで妹背山たどたどしくぞ誰もふみ見し

(ご存知なかったとは知らず、妙だと思いながらお手紙を拝見しました)」
「どういうわけのものか、お分かりでなかったようでした。何事も、あまりなほど世間を気になさっておいでのようなので、お返事もおできにならないのでしょう。いずれこうしてばかりいられないでしょう」と宰相の君が申し上げるのも、それもそうなので、
「いや、長居をしますのも、時期尚早の感じだ。だんだんお役にたってから、恨み言も」 とおっしゃって、お立ちになる。
 月が明るく高く上がって、空の様子も美しいところに、たいそう上品で美しい容貌で、お直衣姿は趣味がよくはなやかで、たいそう立派である。
 宰相中将の感じや、容姿には、並ぶことはおできにならないが、こちらも立派に見えるのは、「どうしてこう揃いも揃って美しいご一族なのだろう」と、若い女房たちは、例によって、さほどでもないことをもとり立ててほめ合っていた。

 

《中将は、やっと父から用向きを伝えることになりました。出仕の準備の大方は源氏がするのでしょうが、内大臣は何も知らされていないようで、気がもめるのです。源氏に直接聞くのは失礼でできないから、あなたの方から相談の形で教えてほしい、というわけで、無理もない話です。

源氏は内大臣に事情を打ち明けはしたものの、すっぱりと手渡す気はないようで、形だけそういうことにして、良心の呵責を和らげようとした、といった案配です。

中将は、さっき「いやいや、よろしい」と引き上げたばかりですが、伝言のついでに、重ねて恨み言を言わずにはいられませんでした。その恨み言は、取り次ぎの宰相の君を「あなたがた(原文は『君達』です)」と呼び、「お嫌いになるでしょうが、せめて下女のような人たちとだけでも」と、前節の言葉同様に、ずいぶんへりくだった、むしろ嫌みな言い方のように聞こえます。

もっとも『評釈』は、こういう中将について「(彼としては)あと追っかけて冗談と遊ぶつもりだった」と言っていて、『集成』もそれに歩調を合わせるように、「おもしろいので」という宰相の君の反応について「口説き方のうまいのに感心するのである」と言っていますから、そのように読むところなのでしょう。

玉鬘は、そういう弟の誘いに乗りません。「ただ素っ気なく」返事をし、歌を詠み掛けても、とりつく島のない返ししかありません。『評釈』が、玉鬘にしてみれば、「遊ぶ相手には、当代きっての名手、源氏がいる。…それに比すれば中将のごとき、…」ということだと言います。

確かにそういうふうに読むと、ここのあちらこちらぎくしゃくした感じが読み解けますが、そうすると今度は、玉鬘という人がずいぶん嫌みな女性に見えてこないでしょうか。ぽっと出の田舎娘で、確かに美人には違いないようですが、確たる自分というものも持たないままに、たまたま源氏に拾われるという幸運に恵まれたことを笠に着て、中将である実の弟に冷たい対応をする、そんな女性に見えてきます。これまでこの物語にはいなかったタイプの女性ではあります。

戯れそこなった中将は、すごすごと帰るのかと思いきや、その後ろ姿を玉鬘の女房たちはほれぼれとして見送るのです。さすがと言ってしまえば、その通りですが、作者の視点がどこにあるのか、いまひとつすっきりしないように思います。

『光る』が、この巻について「丸谷・長編小説の真ん中へんは、小説家はひどいことになって、わけがわからなくなってくる。…紫式部は(この辺で)必ず十二指腸潰瘍をやっていたにちがいない」と言います。同じギャグを繰り返す(胡蝶の巻第二章第一段で一度話しました)のはこの大御所らしくありませんが、言っていることは当たっているのではないか、という気がします。》

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第一段 柏木、内大臣の使者として玉鬘を訪問

【現代語訳】
 実のご兄弟の公達は近づくことができず、「宮仕えの時のご後見役をしよう」と、それぞれ待ちかねているのであった。

頭中将が、心の底から恋い焦がれていたことはすっかり途絶えてしまったのを、「てきめんに変わるお心だこと」と女房たちがおもしろがっているところに、殿のお使いとしていらっしゃった。いまだに、表向きにはしないでこっそりとお手紙なども差し上げていらっしゃったので、月の明るい夜、桂の木の蔭に隠れていらっしゃる。これまでは手紙を見たり話を聞いたりしなかったのに、すっかり変わって南の御簾の前にお通し申し上げる。
 ご自身からお返事を申し上げなさることは、やはり遠慮されるので、宰相の君を介してお答え申し上げなさる。
「私を選んで差し向け申されたのは、直に伝えよとのお便りだからでございましょう。このように離れていては、どのように申し上げたらよいでしょう。私など、物の数にも入りませんが、切っても切れない縁という喩えもあるようです。どうでしょうか、古風な言い方ですが、頼みに存じておりますよ」と言って、おもしろくなく思っていらっしゃる。
「お言葉通りこれまでの積もる話なども加えて申し上げたいのですが、ここのところ妙に気分がすぐれませんので、起き上がることなどもできずにおりまして。こんなにまでおとがめになるのも、かえって身内の情をかけて下さらない気持ちが致します」と、たいそう真面目に申し上げさせなさる。
「ご気分がすぐれないとおっしゃる御几帳の側に、入らせて下さいませんか。いやいや、よろしい。なるほど、このようなことを申し上げるのも、気の利かないことでした」と言って、大臣のご伝言の数々をひっそりと申し上げなさる態度などは、誰にも引けをおとりにならず、まことに結構である。

 

《内大臣家の若君たちは、これまで玉鬘に思いを寄せていたのに、姉弟とわかって(玉鬘は嫡男・中将の二歳ほど年上になるようです、『評釈』は中将を「兄」と言いますが)、そのまま源氏の屋敷にいるのでは、かえって近づきにくくなりました。宮仕えに出られたら、と待っています。

そんな折り、頭の中将(後に柏木と呼ばれる人)が内大臣の使いでやって来ます。これまでいくどか話題にはなりましたが、実際に読者の前に姿を現したのは、事実上ほとんど初めてと言っていいでしょう。

彼は、玉鬘が姉とわかった後は「(手紙が)すっかり途絶えてしまった」ので、玉鬘の女房たちは「おもしろがって」いるのでしたが、実は「こっそりとお手紙なども差し上げていらっしゃった」ので、その習慣からなのでしょうか、父上の使いで来たこの時も、「こっそりと」人目を憚っている態です。「桂の木」は月夜だったことからの文飾とされます。

以前の中将からの恋文には、身内と知っていた玉鬘は見向きもしなかったのですが、今日は晴れてその身内の訪問ですから、正面の座敷に通しました。

挨拶が交わされますが、さすがに玉鬘は侍女を介しての応対です。中将はぜひ直接に、と言うのですが、玉鬘が、不調を理由に、かえって身内なら気を使ってほしいと断ると、中将は、いったんさらに「御几帳の側に、入れさせて下さいませんか」と言っておいて、思い返したのでしょうか、「いやいや、よろしい」と引き上げます。これもまた別の意味で、どういうことだろうと気になりますが、作者は「まことに結構である(原文・いとめやすし)」と感心しています。作者がそういうのですから、中将の態度は素晴らしかったのだと思うしかありませんが、言うだけいって、さっと引く、というのが、お見事ということでしょうか。

それにしても、ここの中将は、恋文を出さなくなったと思ったら、陰では送っていた、とか、「桂の蔭に隠れていらっしゃる」かと思うと、直接に話をしてほしいと言い、「御几帳の側に、…」と言ったと思うと「いやいや、よろしい」と引き上げたりで、初めての登場にしては、よく分からない振る舞いのように思われます。夕霧とはまた違った、何か複雑な人物の匂いがします。》

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