源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 玉鬘の物語(一)

第七段 玉鬘の出仕を十月と決定

【現代語訳】

大臣も、
「やはりそうか。このように人は推量するのに、その思ったとおりのことがあったら、まことに残念でおもしろくないことだろうに。あの内大臣に、何とかしてこのような身の潔白なさまをお知らせ申したいものだ」とお思いになると、

「なるほど、宮仕えということにして、はっきりと分からないようにごまかした懸想を、よくもお見抜きになったものだ」と、気味悪いほどにお思いになる。
 こうして御喪服などをお脱ぎになって、
「来月になると、やはり御出仕するには障りがあろう。十月ごろに」とおっしゃるのを、帝におかせられても待ち遠しくお思いあそばされ、求婚なさっていた方々は、皆が皆、まことに残念で、この御出仕の前に何とかしたいと考えて、懇意にしている女房たちのつてづてに泣きつきなさるが、

「吉野の滝を堰止めるよりも難しいことなので、まことに仕方がございません」と、それぞれ返事をする。
 中将も、言わなければよいことを口にしたため、「どのようにお思いだろうか」と胸の苦しいまま駆けずり回って、たいそう熱心に何かとお世話をするふりをしながら、ご機嫌をとっていらっしゃる。簡単に、軽々しく口に出しては申し上げなさらず、体よく気持ちを抑えていらっしゃる。

 

《源氏は、夕霧にはあのように何とか弁明したものの、やはり心配していたように、世間はさまざまに取りざたをしているのだと思うと、ちょっと考え込みました。

源氏としては、一応潔白なのですが、危うい気持は十分にあったのですから、そう威張れたものでもありません。一歩先に進まなかったことを、今になってみると、やれやれ、と胸をなで下ろす気持です。

そしてそういう気持ちを見抜いた内大臣に、負い目を感じました。

さて、出仕の日取りですが、「来月になると…障りがあろう。十月ごろに…」はちょっと分かりにくい言い方ですが、「来月」を九月と考えて、その先の十月にしようということのようです。「九月は結婚を忌む習慣があった。季(この場合は秋)の果てだからであろう」(『集成』)ということがあったようで、九州で玉鬘が大夫の監から言い寄られた時(玉鬘の巻第二章第二段)の乳母の言い訳にも使われた俗信です。

日取りが決まると、あとは粛々と段取りが進むのかと思うと、どうもそうではないようで、かねて思いを寄せ、名乗りを上げていた人々が次々に「この御出仕の前に何とかしたいと考えて」、お付きの女房たちを口説いたと言いますから、驚きです。こういうことには帝の威光は利かないのでしょうか。

朧月夜尚侍と源氏のことは、当時の弘徽殿方が許し難く思ったことから、源氏謫居の誘因となりましたが、こちらは正式なルートを通しての表の話だから構わないということなのでしょうか。恋の道は平等だったのかも知れません。

その後夕霧は、玉鬘については、失敗に懲りたようで、あの口説きを忘れたようなふうに、以前にも増して彼女の世話に務めます。少し遠ざかるのが普通だという気がしますが、このあたりも彼の彼たる所以なのでしょう。》

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第六段 源氏の弁明 

【現代語訳】

「人柄は、宮の夫人としてたいそう適任であろう。今風な感じで、たいそう優美な感じがして、それでいて賢明で、間違いなどしそうになくて、夫婦仲もうまく行くだろう。そしてまた、宮仕えにも十分適しているだろう。器量もよく才気あるようだが、公務などにも暗いところがなく、てきぱきと処理して、主上がいつもお望みあそばすお考えには、外れないだろう」などとおっしゃる本当の気持が知りたいので、
「今までずっとこのようにお育てなさったお気持ちを、変なふうに世間の人は噂申しているようです。あの大臣もそのように思って、大将があちらの方に伝を頼って申し込んできた時にもお答えになりました」と申し上げなさると、ちょっと笑って、
「それもこれもまったく間違っていることだな。やはり、宮仕えでも何でも、お許しがあってそのようにとお考えになることに従うのがよいだろう。女は三つのことに従うものだというが、順序を取り違えて、わたしの考えにまかせることは、とんでもないことだ」とおっしゃる。

「内々でも、立派な方々が長年連れ添っていらっしゃるので、その夫人の一人にはなさることができないので、捨てる気持ち半分でこのように譲ることにして、通り一遍の宮仕えをさせて、自分のものにしようとお考えになっているのは、たいそう賢くよいやり方だと、感謝申されていたと、はっきりとある人が言っておりました」と、たいそう改まった態度でお話し申し上げなさるので、

「なるほど、そのようにお考えなのだろう」とお思いになると、気の毒になって、
「たいそうとんでもないふうにお考えになったものだ。深読みなさるご気性からなのだろう。今に自然と、どちらにしてもはっきりすることがあろう。思慮の浅いことよ」とお笑いになる。ご様子はきっぱりしているが、やはり疑問は残る。

 

《やっと源氏は、夕霧の期待する、今の玉鬘についての話を始めます。

風流人の兵部卿宮夫人になれば美しくしとやかに出来るだろうし、出仕すれば勤めを見事に処理をするだろう、つまりは才色兼備で、それを場面で分けて適切に発揮するだろうと、源氏の評価は大変に高いようです。

しかし夕霧はそれだけの答えでは満足しません。そういう素晴らしい女性を、父はどう思っているのか、その「本当の気持が知りたいので」、「(お二人の間柄を)変なふうに世間の人は噂申している」が、と、ここは単刀直入に再質問です。

もちろん源氏は、本音など言うはずもありませんから、言下に否定し、さらに、玉鬘は内大臣の意向に従うべきだと、『礼記』三従の儀まで持ち出して、自分の気持ちが潔白であることを示そうとします。

夕霧には、あの野分の日の二人の様子がずっと気になっています。彼は、ここまで聞いたのだから、さらにもう尋ねます。それも、自分の不審というのではなしに、「たいそう改まった態度で」、つまり「正義感にあふれ、父の汚名にいきどおって、と感じられ」(『評釈』)るように、内大臣が「捨てる気持ち半分でこのように譲ることにし」たのだと疑っておられるのですが、いかが、と踏み込みます。これは確かに内大臣が抱いた疑問でした(行幸の巻第三章第一段)が、夕霧は、一体誰から耳にしたことなのでしょうか。あるいは本当に世間でそういう噂になっているのでしょうか。

それにしてもずいぶん思い切った質問で、これまで源氏に対しては素直一点張りだったようにみえた息子の、大変な変化とも言えます。源氏がにこやかに、おおらかに答えてくれるので、安心したのでしょうか。

源氏の、「気の毒になって」は、原文は「いとほしくて」です。『辞典』には「じぶんのことについては、困ると思う意。相手に対しては『気の毒』から『かわいそう』の気持に変わり…」とあり、ここは父・内大臣からそういう疑いを掛けられて玉鬘を「気の毒になって」と考えます。対話の流れだけから言えば「困って」が自然とも思われます(『集成』はその訳です)が…。

源氏は、内大臣を笑ってみせることで、夕霧の質問をかわした格好ですが、夕霧には、それでも、という気持ちが残ったようです。》

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第五段 夕霧、源氏に復命

【現代語訳】

「余計なことを言ってしまった」と悔やまれるにつけても、あのもう少し身にしみて恋しく思われた方のご様子を、このような几帳越しにでも、「せめてかすかにお声だけでも、どのような機会に聞くことができようか」と、せつなく思いながら、殿の御前に参上なさると、お出ましになって、ご報告など申し上げなさる。
「この宮仕えを億劫に思っていらっしゃる。兵部卿宮などが、手慣れていらっしゃる方で、たいそう深い恋心のありたけを見せてお口説きなさるのに心をお惹かれになっていらっしゃるのだろうと思うと、お気の毒だ。
 けれども、大原野の行幸に主上を拝見なさってからは、たいそうご立派な方でいらっしゃったと思っておいでであった。若い人は、ちょっとでも拝見しては、とても宮仕えのことを思い切れまい。そのように思って、このこともこうしたのだ」などとおっしゃると、
「それにしても、お人柄は、どちらの方とご一緒になるのが相応しくいらっしゃるでしょうか。中宮がこのように並ぶ者もない地位でいらっしゃいますし、また、弘徽殿女御も立派な家柄でご寵愛も格別でいらっしゃるので、たいそうご寵愛を受けても、肩をお並べなさることは難しいことでしょう。
 兵部卿宮はたいそう熱心にお思いでいらっしゃるようですが、特にそうした筋の宮仕えでなくても、無視されたようにお思いになられるのも、ご兄弟の間柄ではたいそう困ったことだと存じられます」と大人びて申し上げなさる。

「難しいことだ。自分の思いのままになる人のことではないので、大将までが私を恨んでいるそうだ。何事もこのような気の毒なことは見ていられないので、わけもなく人の恨みを負うのはかえって軽率なことであった。

あの母君がしみじみと言い残したことを忘れなかったので、寂しい山里にいるなどと聞いたのを、あの内大臣はやはりお聞きになるはずもあるまいと訴えたので、気の毒に思ってこのように引き取ることにしたのだ。私がこう大切にしていると聞いて、あの大臣も人並みの扱いをなさるようだ」と、もっともらしくおっしゃる。

《夕霧は源氏の許に玉鬘の様子を伝えに行くのですが、ふと紫の上が思い出されて、いつかせめて声だけでも、とひそかな期待を抱くのでした。このことは、後に続く話がないままになりますが、彼の当てもなくふらふらと揺れる多感多情がいかにも若者らしく、その姿が現実味を増すように思われます。彼もいろいろなことを考えているのです。

 夕霧の話を聞いて源氏は、玉鬘が出仕を躊躇っていることを知り、兵部卿のことがあって、そちらを思い切れないのだろうかと、玉鬘からすれば的外れな憶測をしました。彼女は、源氏さえ変な様子を見せなければ、ずっとここにいてもいいと考えているのですが(第一段)。

しかし夕霧は、出仕したら中宮や女御の間にはいることになるので、それは大変だろうと、父に語って、この点ではこちらの方の推測が当たっています。しかもそうなると、兵部卿もいい気持ちはしないだろうが、そのことで源氏との兄弟関係に溝が出来なければいいが、と心配して見せて、さっきの揺れる思いとはうって変わって、「大人びて」と言っていい推察です。

が、今の夕霧には、実はそういうことはどうでもよくて、「どちらの方とご一緒になるのが相応しくいらっしゃるでしょうか」と、姫がどういう人なのか、どんなに素晴らしくうつくしいか、を聞き出したい気持が先なのです。

ところが、源氏は、少なくとも物語の中では、夕霧の言う二つのことは考えたことがありませんでした。おまけに、ことはこの二つだけではなく、あの大将がもう一枚加わります。息子に言われて、源氏は改めて「難しいことだ」ともらします。

彼は、口にはしませんが、なぜこんな厄介を抱え込んだのかと、そもそものことを思い出したのでしょう。「このような姫君がいるのだと、何とか世間の人々に知らせて、兵部卿宮などがこの邸の内に好意を寄せていらっしゃる心を騒がしてみたいものだ」(玉鬘の巻第四章第八段)などという、初めの風流な発想が、ここに至って現実的な落としどころを求められることになったのです。狙いはうまくいっていたのですが、実際にそうなってみると、今度はその「心を騒がせ」られた全ての人を納得させなくてはならなくなった、ということです。

内心で「そもそも」を思い出した源氏は、いささかの後ろめたさから、この姫を引き取ることになったいきさつを夕霧に説明する必要を感じたのでしょう。

と言って夕顔の話はできませんから、おおむねは作り話でごまかします。しかしそこにはもちろん無理が生じました。「あの内大臣は、やはりお聞きになるはずもあるまい」と姫の母が言ったと言いますが、それは変なのであって、「内大臣が子供を求めて、有名なる今姫君まで迎え」(『評釈』)たではありませんか。父親が息子にもっとも対面を取り繕おうとする時、時にこういうことが起ります。》

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第四段 夕霧、玉鬘と和歌を詠み交す

【現代語訳】
 このような機会にとでも考えていたのであろうか、たいそう美しい蘭の花(藤袴)の持っていらっしゃっていたのを、御簾の端から差し入れて、
「この花も御覧になるわけのあるものです」と言って、すぐには手放さないで持っていらっしゃるので、全然気づかないでお取りになろうとするお袖を引いた。
「 同じ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかことばかりも

(あなたと同じ野の露に濡れて萎れている藤袴です、やさしい言葉をかけて下さい、

ほんの申し訳にでも)」
 「道の果てなる(逢いたい)」というのかと思うと、とても疎ましく嫌な気になったが、素知らない様子に、そっと奥へ引き下がって、
「 尋ぬるにはるけき野辺の露ならば薄紫やかことならまし

(もとを尋ねてももとのご縁がもし薄いのなら、薄紫の藤袴によせてのお話は格好の口実なのでしょうが)

 このようにしてお話しする以上に、深い因縁はございましょうか」とおっしゃるので、少し笑って、
「浅くも深くも、きっとお分かりのことでございましょうと存じます。実際は、まことに恐れ多い宮仕えのことを存じながら、抑えきれません思いのほどを、どのようにして分って頂けましょうか。言えばかえってお疎みになろうことがつらいので、ひどく堪えておりましたが、今はもう同じこと、ぜひともと思い余って申し上げたのです。
 頭中将の気持ちはご存知でしたか。他人事のように、どうして思ったのでしょう。自分の身になってみて、たいそう愚かなことだと、一方でよく分りました。かえってあの君は落ち着いていて、結局、ご姉弟の縁の切れないことをあてにして、思い慰めている様子などを拝見致しますのも、たいそう羨ましく憎らしいので、せめてかわいそうだとでもお心に留めてやってください」などと、こまごまと申し上げなさることが多かったが、どうかと思われるので書かないのである。
 尚侍の君は、だんだんと奥に引っ込みながら、厄介なことだとお思いでいたので、
「冷たいそぶりをなさいますね。間違い事は決して致さない性格であることは、自然とご存知になるようなこともありましょうに」と言って、このような機会に、もう少し打ち明けたいのだが、
「妙に気分が悪くなりまして」と言って、すっかり入っておしまいになったので、とてもひどくお嘆きになってお立ちになった。

 


《夕霧に、内密の話があると言われて、まわりの女房たちが身を引いたので、夕霧は、やおら、「わけのあるものです」と意味ありげに言って、用意の藤袴の花を御簾の中にさし入れ、玉鬘がそれを受け取ろうとして伸ばした袖を捉えて歌を詠み掛けました。この巻の名前の所以の歌です。

 「『藤袴』の語を用いたのは、喪服の『ふじごろも』を思わせ」(『評釈』)るもので、「同じ祖母の死を悲しんで喪服に身をやつす私たちではありませんか」(『集成』)という心ということになります。

玉鬘の返歌は、いろいろな訳が考えられるようですが、全体を反実仮想とする『谷崎』の注の解釈が分かりやすいように思われ、それに沿って解釈をしてみました。そんな花などにこと寄せなくても、「こうして源氏の許にいるのだから、実の姉弟にも等しいではないか(『集成』)、というわけです。

思いも懸けないことで、あなたと私は姉弟同様ではないですか、と諭しながら、そっと身を引きます。

夕霧は、そんな言い訳は承知の上、私には通用しません、と「少し笑って」余裕を見せながら(こういうところがかえって生真面目な若者らしい虚勢が感じられて、初々しく思われますが)、口説きの言葉です。

頭中将(内大臣の嫡男)は、初め玉鬘に思いを寄せていたけれども、事情を知って心を落ち着け、今は姉として迎えることに満足しているけれど、自分は行ってしまわれると失うばかり、「せめてかわいそうだとでもお心に留めてやってください」、…。

もうそこから先は書かない方がよさそうだと、草子地が入りますが、実際はもう少し書いて、結局夕霧の計画は、失敗してしまったようです。

ところで、ここで玉鬘が「尚侍の君」と呼ばれていますから、彼女のためらいはそれとして、任命自体はすでになされたことであるようです。『評釈』が「夕霧が除服について源氏の予定を伝えた(前段)のも、尚侍として出仕するためであった」と言いますが、すると、あの話は嘘の伝言をそれらしく次々と続けて」(前段)には入らなかったのでしょうか

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第三段 夕霧、玉鬘に言い寄る

【現代語訳】
 嘘の伝言をそれらしく次々と続けて、こまごまと申し上げなさる。主上のご執心が並大抵ではないのをご注意なさい、などというようなことである。ご返事のしようもなくて、ただそっと溜息をついていらっしゃるのが、ひっそりとしてかわいらしくとても慕わしいので、やはり我慢できず、
「ご服喪も、今月にはお脱ぎになることになりますのに、日が吉くありませんでした。十三日に河原へおいでになるようにとおっしゃっていました。わたしもお供致したいと存じております」と申し上げなさると、
「ご一緒くださると事が仰々しくございませんか。人目に立たないほうがよいでしょう」とおっしゃる。このご服喪などの詳細なことを、世間の人に広く知らせまいとしていらっしゃる配慮は、たいそう行き届いている。中将も、
「世間の人に知られまいと、隠していらっしゃるのが、たいそう情ないのです。私も恋しくてたまらなく存じました方の形見なので、脱いでしまいますのも、たいそう辛うございますのに。それにしても、不思議にご縁のありますことが、また腑に落ちないのです。この喪服の色を着ていなかったら、とても分からなかったことでしょう」とおっしゃると、
「何も分別のない私には、ましてどういうことか筋道も辿れませんが、このような色は、妙にしみじみと感じさせられるものでございますね」と言って、いつもよりしんみりしたご様子で、たいそう可憐で美しい。


《夕霧は生真面目な人と言われてきましたが、こういうことになると、ちょっと小才が利くようで、父の伝言に尾ひれを付けて、「嘘の伝言をそれらしく」話すことで、何とか近づこうと頑張ります。

「主上のご執心が並大抵ではない」と言われると、それは中宮や女御との関係の問題は「玉鬘も心配していたこと」(『評釈』)ですから、耳を傾けざるを得ません。

しかし、あまりに恐れ多い話ですから返事も出来ず、溜息をつくばかりで、対話になりません。

もう少し軽い話題を、と考えて、除服の時のことを話します。「十三日に、(賀茂の)河原へ」という具体的な予定は、「我慢できずに」言ったところを見ると、おそらく源氏の伝言の中にはなく、とっさの思い付きではないでしょうか。

さいわい、姫は反応してくれて、対話が出来ました。しかも姫は、めだつのはまずいのではないかと、意見を言います。するとそれにまた反応できます。

夕霧はお祖母さん子で育ちましたから、除服は大変つらいことで、それを目立たない中で行うのは賛成できない、と反論します。

と言ってみて、彼は、この姫と大宮の関係を改めて思い出し、兼ねての疑問が湧きます。それにしても、なぜ、この姫は内大臣の娘でありながら、今こうして源氏の世話を受けている(「不思議にご縁のあります」)のか…。

玉鬘は「(あなたにお分かりでないのに)まして(私には)どういうことか筋道も辿れません」と、夕霧にとってはよく意味の分からない返事をしますが、こういう場合は、そういう返事が案外有効です。そうしておいて、衣服の色という女性らしい話題へ、ひらりと体をかわしました。なかなかの巧者、夕霧に比べて、年の功と言うべきでしょうか。》

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