源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 光源氏の物語

第七段 源氏、内大臣、三条宮邸を辞去

【現代語訳】

 夜がたいそう更けて、それぞれお別れになる。
「このように参上してご一緒しては、すっかり古くなってしまった昔の事が、自然と思い出されて、懐しい気持ちが抑えきれずに、帰る気も致しません」とおっしゃって、決して気弱くはいらっしゃらない六条殿も、酔い泣きなのか、涙をお流しになる。

宮は宮でまして、姫君のお身の上をお思い出しになって、昔に優るご立派な様子、ご威勢を拝見なさると、今なお悲しくて涙をとどめることができず、しおしおとお泣きになる尼姿は、なるほど格別な風情なのであった。
 このようなよい機会であるが、中将の御ことは、口にお出しにならないでしまった。一ふし思いやりがないとお思いであったので、口に出すことも外聞悪くおやめになり、あの内大臣はまた内大臣で、お言葉もないのに出過ぎることができずに、そうはいうものの胸の晴れない気持ちがなさるのであった。
「今夜も御邸までお供致すべきでございますが、急なことでお騒がせしてもいかがかと存じます。今日のお礼には、日を改めて参上致します」と申し上げなさると、
「それでは、こちらのご病気もよろしいようにお見えになるので、ぜひ申し上げた日をお間違えにならず、お出で下さるように」ということを、お約束申し上げなさる。
 お二人方のご機嫌も好くて、それぞれがお帰りになる物音はたいそう盛大である。ご子息たちのお供の人々は、
「何があったのだろうか。久し振りのご対面で、たいそうご機嫌が良くなったのは」
「また、どのようなご譲与があったのだろうか」などと勘違いをして、このようなこととは思いもかけなかったのであった。

 

《およそ二十年前になる懐かしい青春時代の昔話に打ち解けて、別れは涙の中で、となります。大宮は、あの愛娘・葵の上が生きていれば、あの頃とは比べものにならぬこの源氏の立派な姿の脇にいられただろうにと、こちらも涙に暮れます。

 そんな中でも、源氏は夕霧の話を出すことはしませんでした。このことについては、やはり内大臣に「一ふし思いやりがない」と、不満に思っているのです。

 一方内大臣の方は、源氏から話がないのに、娘の親である自分から言い出す話ではないと考えて、いや、そう考えているということにして自分を納得させて、やはり言い出しません。

 何のことはない、双方が意地を張っているだけで、立派に振る舞ったこの場の二人にしては、少々子供じみて思われます。

 なまじ、親しい友人だけに、意地の張り合いになるのかも知れません。まことに男というのは厄介なものです。

ただ、「『むすぼほれたる心地(胸の晴れない気持ち)』がするだけ、頭中将(内大臣)の方が引け目を感じている」(『構想と鑑賞』)ということは否めません。それかあらぬか、別れ際に、源氏は腰結いの役の念押しをしながら、ちらりと一言、「こちらのご病気もよろしいようにお見えになるので」と、先日の腰結い役を断って来た時(第一章第五段)の口実に対する皮肉を添えます。からかった、という程度でしょうか。

作者は、あくまで源氏を優位に置いておきたいようです。源氏の方は、「鳴くまで待とう」と悠然と構えている格好ですが、玉鬘のことで、内大臣に言わば恩を売った(買わせた)のですから、ここは下手に出るのが大人の振るまいという気もしますが、…。

親同士は、それはそれでまた面白いのかも知れませんが、かわいそうなのは若いふたりです。

 さて、会談は、大宮を入れた三人だけのものだったようで、機嫌よく別れる二人の様子を見る、内大臣の息子や供人たちは、その様子にまたさまざまな憶測をしてみるのでした。》

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第六段 源氏、内大臣と対面

【現代語訳】

「参上しなくてはいけないところでしたが、お呼びがないことに遠慮して、お越しを承りながら参りませんでしたら、お叱り事が増えたことでしょう」と申し上げなさると、
「お叱りを受けるのは、こちらの方です。お怒りだと思うことがたくさんございます」などと意味ありげにおっしゃるので、あのことだろうかとお思いになると、厄介なことに思われて、恐縮した態度でいらっしゃる。
「昔から、公私の事柄につけて心に隔てなく大小のことを申し上げ、承って、羽根を並べるようにして、朝廷の御補佐も致していると存じておりましたが、年月がたちまして、その当時考えておりました気持ちと違うようなことが時々出て来ましたが、内々の私事でしかありません。
 総じてあなたへの気持は少しも変わるところはありません。特に何ということもなく年をとって行くにつれて、昔のことが懐しくなったのに、お目に掛かることも大変まれですので、身分やきまりがあって、威儀あるお振る舞いをなさらなければとは存じながらも、親しい間柄では、そのご威勢もお控え下さって、お訪ね下さったらよいのにと、恨めしく思うことが度々ございます」と申し上げなさると、
「昔は、おっしゃる通りよくお会いして、何とも失礼なまでにいつもご一緒申して、心に隔てなくお付き合いいただきましたが、朝廷にお仕えした当初は、あなたと羽根を並べる一人とは思いもよりませんで、嬉しいお引き立てをば、大したこともない身の上で、このような地位に昇りまして、朝廷にお仕え致しますことに合わせても、有り難いと存じませぬのではありませんが、年をとったせいで、おっしゃる通りつい怠慢になることばかりが、多くございました」などと、お詫びを申し上げなさる。

その折りに、ちらと姫君のことをおっしゃったのであった。内大臣は、
「まことに感慨深く、めったにないことでございますね」と、何よりも先お泣きになって、「その当時からどうしてしまったのだろうと捜しておりましたことは、何の機会でございましたでしょうか、悲しさに我慢できずに、お話しお耳に入れましたような気が致します。今このように、少し人並みにもなりますにつけても、つまらない子供たちが、それぞれの縁故を頼ってうろうろ致しておりますのを、体裁が悪くみっともないと思っているのに添えましても、またそれはそれとして数々いる子供の中では、不憫だと思われる時々につけても、真っ先に思い出されるのです」とおっしゃるのをきっかけに、あの昔の雨夜の物語の時に、さまざまに語った親しい議論をお思い出しになって、泣いたり笑ったり、すっかり打ち解けられた。

 

《ここもまた、実に大人の挨拶、対話という感じです。『評釈』は「源氏の攻撃開始」とか「切り札」「ぎくりとして」と言って、あたかも二人の対決のような鑑賞をしていますが、もちろんそういう一面はなくもないながら、それぞれの立場を維持しながら、言うべきことを悪くない言い回しで語っているように思います。

まずは双方が自分の非から語り始めます。そして源氏が、夕霧と御娘のことは懸案になってはいるが、それは「内々の私事」に過ぎないとして、私の気持ちは変わらないのに、あなたが表向きだけの堅苦しいお付き合いしかして下さらなくて、と恨み言の形で、隔意のない気持ちを表します。

その中で「特に何ということもなく年をとって行くにつれて」という言葉が目を引きます。もちろんその大方は謙遜でしょうが、「年月がたちまして」の原文「末の世となりて」という言葉と合わせてみると、一抹の老境の倦怠が無くもありません。

それに対して内大臣は、源氏が自分を取り立ててくれたことへの謝意を言うことで、敬意を示しながら、自分の態度が年に伴う怠慢だったことにして、詫びを言います。

どちらも傷つかない形でのみごとな大人の和解で、私たちも学ぶべきところの多い態度だと思います。

その話の折りに、「ちらと姫君のことをおっしゃった(原文は「ほのめかし出でけり」とあるだけです)」と言います。読者としては、源氏がどう話したのか知りたいところですが、すでに大宮に話した場面がありますから、作者は重複を避けたのでしょう。おおむねその時と同じように話され、ついては裳着の「腰結い」の役をぜひにと頼んだのだ、と思っておくことにします。

内大臣の反応は、実に率直なものでした。

続けての話題が、ではその玉鬘本人をどうするかというような話ではなく、それは脇に置いて、あの「雨夜の品定め」の時の思い出話に移っていった、というのも、大人同士の含みのある対話で、これもまたなかなかいい感じです。

それもこれも、おそらくはいささか酒が入っているからのことで、酒というのは大変に好いものです。》

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第五段 内大臣、三条宮邸に参上

【現代語訳】

「どのようなことだろうか。この姫君の御ことで、中将の苦情だろうか」とお考えめぐらしになって、

「宮もこのように余命少なげで、このことをしきりにおっしゃり、大臣も穏やかに一言口に出して訴えておっしゃるならば、とやかく反対申すことはとてもできまい。平気な顔をして深く思い悩んでいないのを見るのは面白くないし、適当な機会があったら、相手のお言葉に従った顔をして二人の仲を許そう」とお考えになる。
「お二人が心を合わせておっしゃろうとするのだな」とお思いになると、

「ますます反対のしようのないことだが、また、どうしてすぐに承知する必要があろうか」と躊躇されるのは、じつによからぬあいにくなご性分である。

「しかし、宮がこのようにおっしゃり、大臣も会おうとお待ちになっているとか、どちらに対しても恐れ多い。参上してからご意向に従おう」などとお考え直しになって、ご装束を特に気をつけ整えなさって、御前駆なども仰々しくなくしてお出かけになる。

 ご子息方をたいそう大勢引き連れてお入りになる様子は、堂々として頼もしげである。背も高くていらっしゃるうえに、肉づきも釣り合って、たいそう落ち着いて威厳があり、お顔つきや歩き方も、大臣というに十分でいらっしゃる。
 葡萄染の御指貫に桜の下襲をたいそう長く裾を引いて、ゆったりとことさらに振る舞っていらっしゃるのは、ああ何とご立派なとお見えになるが、六条殿は、桜の唐の綺の御直衣に今様色の御衣を重ねて、くつろいだ皇子らしい姿が、ますます喩えようもない。光輝いていらっしゃるが、このようにきちんと衣装を整えていらっしゃるご様子には、比べものにならないお姿であった。
 ご子息たちはそれぞれ、まことに美しいご兄弟で、みなおいでになっている。藤大納言、春宮大夫などと今では申す方のご子息方も、みな大きくなってお供していらっしゃる。自然とわざわざというわけではなく、評判が高く身分の高い殿上人、蔵人頭、五位の蔵人、近衛の中将、少将、弁官など、人柄が派手で立派な、十何人が集まっていらっしゃるので、盛大で、それ以下の普通の人も多くいるので、杯が何回も回り、みな酔ってしまって、口々に、このように幸福が誰よりも勝れていらっしゃるご境遇を話題にしていた。

 内大臣も、ひさしぶりのご対面に、昔のことを自然と思い出されて、離れていてこそちょっとしたことにつけても競争心も起きるようだが、向かい合い申し上げなさると、お互いにたいそうしみじみとしたことの数々をお思い出しになって、昔の通り心の隔てなく、昔や今のことや長年のお話に、日が暮れて行く。お杯などお勧め申し上げなさる。

《内大臣は、大宮の所に信頼できる人を送って、まずはよろしく、と思っていたところに、大宮から、源氏が会いたいと待っているという手紙を受けて、さてはいよいよ夕霧と雲居の雁のことかと思い、さまざまに思案を巡らします。

本当は、もうあの若い二人の仲について、彼はもうとっくに許してもいいと思っているのです(常夏の巻第一章第七段)。が、源氏は息子のことを頼むという姿勢を示さないし、夕霧も「平気な顔をして深く思い悩んでいない」様子でいるのが面白くなく、意地を張って、それを言い出さないでいるのです。

今度も、出かけるに当たって、そのことを反芻します。

これはどうやら、大宮と源氏が心を合わせて、自分にその話をしようというのであろう、さて、どう返事をしたものか、…。

作者から「少し男らしく事をはっきりさせたがるご気性」(少女の巻第三章第六段)と言われ、源氏からも「何ごとにつけても、はっきりさせ、少しでも中途半端なことを、我慢できずにいらっしゃる」(この巻の冒頭)と思われている内大臣ですが、このことに関しては、そうもいかないようで、結局「参上してからご意向に従おう」と、どっちつかずの気持で、ともかくも大宮の所に赴きます。

気持は曖昧のままですが、その振る舞いはさすがにみごとな殿ぶりです。「仰々しくなくして」出かけたとは言うものの、「下襲をたいそう長く裾を引いて」と言いますから、正装の束帯姿で出かけたのです。太政大臣に会うから、ということでしょうか。

「ご子息方をたいそう大勢引き連れて」以下は、三条院に着いて部屋に向かうところをのことでしょうか。すでに先に差し向けられていた(前段)「藤大納言、春宮大夫」を初めとして「蔵人頭、五位の蔵人、近衛の中将、少将、弁官など、人柄が派手で立派な、十何人」の子息が出迎えて一緒に、ぞろぞろと「盛大」に大宮と源氏の待つ所に出向きます。

迎える源氏は「くつろいだ皇子らしい姿(原文・しどけなきおほきみ姿)」で、「比べものにならないお姿であった」とあり、これまで一度もあったことのない、源氏が人に劣っていたという書き方です。『評釈』は「堂々とおしてくる内大臣を、源氏は軽く迎えようとする」と言います。ただしここは諸本それぞれに違う書き方もあって、それでも源氏が素晴らしかったとなるものもあるようです。

さっそくお持てなしの賑やかな宴となって盃がまわり、人々は口々に、こうした立派なお二人をお子(息子と婿)に持たれた大宮の冥利を讃えるのでした。

酒が入れば、そこはもともと若い時からの友人同士、多少のわだかまりはすぐに忘れられて、昔話に花が咲きます。》

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第四段 大宮、内大臣を招く

【現代語訳】

宮が、
「それは、それは一体どうしたことでございましょうか。あちらでは、いろいろとこのような名乗って出て来る人を、かまわずに迎え取っているようですが、どのような考えで、このように間違えて申し出たのでしょう。近年になってから、お噂を伺って、こういうことになったのでしょうか」と、お尋ねになるので、
「それには訳がございます。詳しい事情は、あの大臣もきっと自然とお聞きになるでしょう。ごたごたした、身分の低い女との間によくあるような話ですので、事情を明かしたりしましても、喧しく人が噂するでしょうから、中将の朝臣にさえ、まだ事情を知らせておりません。人にはお漏らしになりませんように」と、お口止め申し上げなさる。

 内大臣もこうして三条宮に太政大臣がお越しになっているということをお聞きになって、
「どんなに人少なの状態で、威勢の盛んな御方をお迎え申されているのだろう。御前駆どもを接待し、お座席を整える女房も、きっと気の利いた者はいないだろう。中将はお供をなさっていることだろう」などと、お驚きになって、ご子息の公達や親しく出入りしているしかるべき廷臣たちを、差し向けなさる。
「御果物や御酒など、しかるべく差し上げよ。私自身も参上しなければならないが、かえって大騷ぎになるだろう」などとおっしゃっているところに、大宮のお手紙がある。
「六条の大臣がお見舞いにいらっしゃっているが、人少なな感じが致しますので、人目も体裁も悪く、もったいなくもあるので、仰々しくこのように申し上げたようにではなく、お越しになりませんか。お目にかかって申し上げたいこともあるそうです」と、申し上げなさる。

《源氏の思いがけない話を聞いて、大宮は、先頃変な娘を迎えたばかりの息子に、またぞろ怪しげな話が湧き上がったと、呆れてしまいました。「かまわずに迎え取っている(原文・厭ふことなく拾ひ集めらるる)」という言い方が、息子に対しての、なんとも厳しい批判になっています。

大宮は、何で今ごろになって、と当然の質問を源氏に向けますが、源氏としては、まさか夕顔の話などすることはできず、話しづらいところですから、口を濁して、一人の娘に二人の父などという話の一部だけが世間に広まっては、どんな噂になるとも知れませんから、取りあえずは口止めをしました。

一方、内大臣の所には、大宮の所に源氏が来ているという情報が入りました。突っ張り合っているとは言っても、友人であり、何と言っても太政大臣が直々に来ているというのですから、それなりのもてなしが必要です。若い頃なら、すぐにでも自ら出かけたところなのですが、このところのわだかまりがあって、そうもいきません。彼なりにいろいろな配慮をして、ことさらめいたことにならないように、しかし大宮が恥を掻くことがないように、大宮や源氏に親しく、そして有能な世話役をどっと送り込みます。

と、そこへ大宮から、あなたもいらっしゃい、お話があると待っておられると、手紙が届いたのでした。》

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第三段 源氏、大宮に玉鬘を語る

【現代語訳】

「実は、あの方がお世話なさるはずの人を、思い違いがございまして、思いがけず捜し出しましたが、その当座はそうした間違いだとも明かさないでおりましたので、しいて事情を詮索することもしませんで、ただそのような子どもが少ないので、向こうが言うだけのことであっても構うものかと大目に見まして、ろくに親身な世話もしませんで年月が過ぎましたが、どのようにしてお聞きあそばしたのでしょうか、帝から仰せになることがございました。
 尚侍について、お仕えする者がいなくてはあの役所の仕事は取り締まれず、女官なども御用を勤めるのに頼り所がなく、仕事が滞るようであったが、現在、帝にお付きする老練の典侍二人と、他に適当な人々が、それぞれに申し出ていますが、立派な人をお選びあそばそうとなさる求めに、その適任者がいません。やはり、家柄も高く世間の評判も軽くはなく、家の生活の心配のない人が、昔からなってきています。仕事ができて賢い人という点での選考ならば、そういった人でなくとも、長年の功労によって昇任する例もありますが、それに当たる者もいないとなると、せめて世間一般の評判によってでもお選びあそばそうと、内々に仰せられましたが、内大臣は似つかわしくないことだなどと、どうしてお思いになるでしょう。
 宮仕えというものはそういうものですが、どういう人でもご寵愛を期待して、出仕するというのが、理想が高いというものです。お役に就いて、そうした所の役所を取り仕切り、公事に関する用向きを処理するようなことは、何でもない、重々しくないように思われていますが、どうしてまたそのようなことがありましょうか、ただ、自分自身の心がけ次第で、万事決まるようでございましょう、というふうに、気持ちが傾いてきました機会に、年齢などを尋ねましたところ、あの大臣がお引き取りになるはずの人であることが分かりましたので、どうしたらよいことかと、はっきりとお話し申し上げたいと存じております。

何かの機会がなくてはお目にかかることもございません。続けてしかじかのことがと打ち明けて申し上げるべく手立てを考えて、お手紙を差し上げたのですが、ご病気のことをおしゃって、お心が進まぬふうに辞退なさいましたのは、なるほど時期も悪いと思い止まっていたのですが、ご病気もよろしくいらっしゃるようですから、やはりこのように思い立ちました機会にと存じます。そのようにお伝え下さいませ」と申し上げなさる。

 

《源氏は一息に話をしました。

初めの段落は、源氏と姫との関係についてで、事実関係は読者が知っていることとは違いますが、一応理解できる内容だと思います。ただ、最後の帝からお話があったというのは、読者には初耳です。源氏が、話に重みを付けた、付け足しでしょう。

二つ目の段落は、尚侍を求めているという内裏側の事情です。『集成』が「『尚侍』は内侍所(後宮十二司の一)の長官。定員二名。従五位相当。…のちに従三位相当、女御に準ずる地位にもなった。それで、『宮仕へする人なくては』という事態も起こってくるのである。現在、一人は朧月夜の尚侍で、後の一人の任命について、…(「お選びあそばそう」まで)帝の仰せの要旨を伝える」と注しています。

その内容を『評釈』がまとめています。「長官がいなくては、下級官吏が執務しにくい。現在の次官(典侍)のうち古参の二名、その他(他に適当な人々)…が希望者」だが、合格者がいない、「そこで、希望者からでなく指名しようとお考えになる」、その場合、家柄と世評と家庭の内情とが問題ない者のうち、年功のある者が選ばれるのだが、今回は年功のある者がないので、結局「世評」が決め手になる。そこで、源氏の娘ということになっている玉鬘を指名すると「内々に仰せられました」、となると、内大臣も、それを自分の娘として迎えることを、「似つかわしくないことだなどと、どうしてお思いになるでしょう」というわけです。

第三段落は、宮仕えというのは、人前に出ることで、高貴の娘のすることではないと思われている面はあるが、そこで帝の寵愛を得ることになれば、それはまた別格、要はその人の心掛け次第だと思って、出仕させようと、年齢など細かく訪ねているうちに、内大臣の娘だと判明したのだ、という話です。

そこで、最後の段落、玉鬘の腰結いの役目を内大臣に頼んで、その機会にこのことを話そうと思ったのだが、そうとは知らない内大臣に断られてしまったので、どうか大宮から伝えてほしいというわけです。

長い話で、こうした話はしばしば折れ曲がってよく分からないところが不生まれることが多いように思いますが、ここは大変分かりやすい、なかなか筋の通った話になっています。きちんと準備してきたのでしょうか。》


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