源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 夕霧の物語(一)

第六段 夕霧、中宮を見舞う


【現代語訳】
 中将は庭に下りて中の廊の戸を通って、参上なさる。朝日をうけたお姿は、とても立派で素晴らしい。東の対の南の角に立って、中宮の御殿の方を御覧になると、御格子を二間ほど上げて、ほのかな朝明けの中に、御簾を巻き上げて女房たちが座っている。
 高欄に幾人も寄り掛かって、若々しい女房ばかりが大勢見える。打ち解けているのは近くに寄ればどうか分からないが、はっきり見えない早朝では、色とりどりの衣装を着た姿は、どれもこれも美しく見えるものでる。
 童女を庭にお下ろしになって、いくつもの虫籠に露をやらせていらっしゃるのであった。紫苑や撫子、濃い薄い紫の色の袙の上に、女郎花の汗衫などのような、季節にふさわしい衣装で、四、五人連れ立って、あちらこちらの草むらに近づいて、色とりどりの虫籠をいくつも持ち歩いて、撫子などのたいそう可憐な枝をいく本も取って参上する、その霧の中に見え隠れする姿は、たいそう優艷に見えるのであった。
 御殿の方から吹いて来る追風は、匂いの薄い紫苑の花のすべてが匂うようで、薫香の香りも、お触れになった御移り香のせいかと、想像されるのもまことにみごとなので、つい緊張されて、御前に進みにくいけれども、小声で咳払いして、お歩き出しになると、女房たちははっきりと目立つような驚いた顔ではないが、皆奥に入ってしまう。
 御入内されたころなどは、夕霧は子供だったので、御簾の中によくお入りになっていたので、女房などもたいしてよそよそしくはない。お見舞いを言上させなさって、宰相の君や内侍などが御簾の中にいる様子がするので、私事も小声でお話しになる。ここでもまた、何といっても、気品高く暮らしていらっしゃる様子を見るにつけ、さまざまなことが思い出される。


《夕霧が使いに立っていきます。台風一過の朝日の中、真っ白い砂の庭を歩く若き貴公子の姿が彷彿とします。ここまでは、東の邸の庭でしょう。

「東の対の」以下は、彼の目に写った西の邸、中宮邸の様子です。

御殿を見ると、朝早くのことで、女房たちがくつろいで居並んでいます。「近くに寄ればどうか分からないが」が、不要の一言とも言えますが、「夜目遠目笠の裡」というわけで、少し滑稽で、また朝ぼらけの中に見える、淡い色彩感だけの光の光景が思い描かれることになります。

「源氏は寝ていたが、秋好む中宮のほうは、女房もいならび、女の童に命じて虫に露を飼う。…さすがに秋を好む御方である」と『評釈』が言います。

以下、詳細で繊細な色の光景、そして香りの世界が語られますが、「御殿の方から吹いてくる追い風は」以下は、「ここは解しにくく、異文も多い」と『評釈』が言い、「何とも言えない芳香が風に乗ってにおってくる。あのかおりのない紫苑の花までが一本残らずにおっているかのようである、と言うのだと解する」としています。

しばらくその様を楽しんだ夕霧は、例によって咳払いで訪れを知らせておいて、歩を進めます。

今、夕霧は十五歳、中宮が入内したのは五年前になり、まだ、当時すでに二十歳を過ぎていた女御の御簾に入ることを許されていた彼には、今も心やすい女房も居たのでした。

こうして久し振りに中宮を訪ねてきた夕霧は、その暮らしを見るにつけて「さまざまなことが思い出される」のでした。

それはきっと、彼の身近で「気品高く暮らしていらっしゃる」紫の上や中宮を、雲居の雁に置き換えて見て、自分も早く二人であのように生活してみたいものだ、彼女はどのように振る舞うだろうか、などと思い、一方で、一体いつになったらそれがかなうのかと、逢うこともままならない恋人に馳せる思いを抱いて、思わず思いに耽ったのでしょう。》

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第五段 源氏、夕霧と語る

【現代語訳】

 御格子をご自身でお上げになるので、あまりに近くにいたのが具合悪く、退いて控えていらっしゃる。
「どうであった。昨夜は、大宮はお待ちかねでお喜びになったか」
「はい。ちょっとしたことにつけても、涙もろくいらっしゃいますので、たいそうお気の毒でございます」と申し上げなさると、お笑いになって、
「もう先も長くはいらっしゃるまい。ねんごろにお世話して上げるがよい。内大臣はこまかい情愛がないと、愚痴をこぼしていらっしゃった。人柄は妙に派手で、男性的過ぎて、親に対する孝養なども、見ための立派さばかりを重んじて、世間の人の目を驚かそうというところがあり、心底のしみじみとした深い情愛はない方でいらっしゃるのだよ。その一方で、物事に思慮深くたいそう賢明な方で、この末世では過ぎたほど学問も並ぶ者がなく、閉口するほどだが。人としてこのように欠点のないことは難しいことだなあ」などとおっしゃる。
「たいそうひどい風だったが、中宮の御方には、しっかりした宮司などはいただろうか」とおっしゃって、この中将の君を使者として、お見舞を差し上げなさる。
「昨夜の風の音は、どのようにお聞きあそばしましたでしょうか。吹き荒れていましたが、あいにく風邪をひきまして、とてもつらいので、休んでいたところでございました」とご伝言申し上げなさる。

 

《ここの始めの様子はいかにもありそうな光景で、父子の振る舞いが見えるようです。

父からすれば、格子を挙げたとたんに、息子は、今は少し離れたところにいるものの、さっきまですぐそこにいたことが明らかな何とはない気配があって、やはり昨日は我が妻の姿を見たのではないかという疑いが蘇ります。

息子は、思いもよらず、父が自ら格子を挙げる気配に、慌てて「退いて控え」るのですが、何食わぬ顔をしてはいても、挙措のぎこちなさは隠せません。

お互いのちぐはぐな気持に気づかぬふりをしながら、鷹揚に、父は息子に三条邸の様子を尋ねます。しかし、父と息子の間の話題は、用件のない限り、しばしば限定的で、特にこういう、父が圧倒的に優位にある場合、話はしばしば父の方のモノローグになります。

彼は、言わずもがなの内大臣評を語りかけますが、もとより夕霧には答える術がありません。息子の方は、内大臣に対しては、その人の娘である恋人について、父が語る事とは全く別の思いを抱いているのです。

話題はすぐに他に飛びます。源氏は、この巻の初めに話題にされた、中宮邸の様子が気がかりで、というより、幾分、敢えて用事を作った感も否めませんが、ともあれ、息子をそちらに使いにやります。

秋の庭が見事だったのですから、この嵐があった以上は、昨日のうちにも訪ねるべきだったのですが、「あいにく風邪をひきまして」と息子に嘘を託しての使いです。息子は、なるほど、こういう時にはそのように言うものか、と学んだことでしょう。》

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第四段 夕霧、暁方に六条院へ戻る

【現代語訳】

明け方に風が少し湿りを含んで、雨が村雨のように急に降り出す。
「六条院では、離れている建物が幾棟か倒れている」などと人々が申す。
「風が吹き巻いている間、広々として幾棟もの高い屋根が連なる六条院で、家司たちは、殿のいらっしゃる御殿あたりには大勢詰めていようが、東北の町などは人少なで心細く思っていらっしゃることだろう」とお気づきになって、まだほの暗い時分に参上なさる。
 道中、横なぐりの雨がとても冷たく車に吹き込んでくる。空模様も恐ろしいうえに、妙に魂も抜け出たような感じがして、
「どうしたことか。更に自分の心に物思いが加わったことよ」と昨夜の思いを思い出すと、「まことに似つかわしくないことだ。ああ、気違いじみている」と、あれやこれやと思いながら、東の御方にまず参上なさると、脅えきっていらっしゃったところなるので、いろいろとお慰め申して、人を呼んであちこち修繕すべきことを命じ置いて、南の御殿に参上なさると、まだ御格子も上げていない。
 いらっしゃる近くの高欄に寄り掛かって見渡すと、築山のたくさんの木を吹き倒して、枝がたくさん折れて落ちている。草むらは言うまでもなく、桧皮、瓦、あちこちの立蔀、透垣などのような物までが散乱していた。
 日がわずかに差すと、憂え顔をしている庭の露がきらきらと光って、空は冷え冷えと霧がかかっているので、何とはなしに涙が落ちるのを拭い隠して、咳払いをなさると、
「中将が合図しているようだ。夜はまだ深いことだろうな」と言って、お起きになる様子である。何事であろうか、お話し申し上げなさる声はしないで、大臣がお笑いになって、
「昔でさえ味わわせることのなかった、暁の別れですよ。今になって経験なさるのは、つらいことでしょう」とおっしゃって、しばらくの間仲睦まじくお語らいになっていらっしゃるお二方のご様子は、たいそう優雅である。女君のお返事は聞こえないが、かすかながら、このように冗談を申し上げなさる言葉の様子から、「水も漏らさないご夫婦仲だな」と、聞いていらっしゃった。

 

《三条邸に泊まった夕霧は、六条院がたいへんな被害だと聞いて、花散里が気に掛かって、また六条院にやってきました。行ったり来たりと、たいそうまめな人はいいのですが、早朝、「まだ夜がほの暗い時分」に、というのが驚きです。

 道中、横殴りの雨が冷たく、「空模様も恐ろしい」中、彼は「妙に魂も抜け出たような感じ」で、昨夜に続けて、昨日の紫の上のことを強く思い出しています。『評釈』が「空飛ぶ黒雲のさまに、わが身も空に迷う気持がする」と言いますが、うまい解説です。

彼は自分がそういう状態になったことを「まことに似つかわしくないことだ」と思いました。これも『評釈』が言うように、「紫の上を恋うことはふさわしくないことであるというのではなく」、自分がこういう放心状態になること自体からして、「似つかわしくない」と考えているようです。ただそれは、『評釈』の言うように「(そう考えることによって)自分を支えている」というマイナス思考ではなくて、彼は自分が冷静な実務型リアリストであることに自信と誇りを持っているということではないでしょうか。彼は、雲居の雁のことでは内大臣に対してさえ張り合う気持でいるのですから(常夏の巻第一章第七段)。

彼は、「東の御方」の所に行くと、一転しててきぱきと必要な措置を命じておいて、しかし、やはり東南の邸にご挨拶に赴きます。彼としては、行かないことが礼を失することになるという気持なのでしょう。挨拶も実務のうちです。もちろん奧には紫の上の様子を知りたいという気持があったことは否めません。

咳払いをして来たことを知らせた彼は、我知らず(こういうことは彼にとって不本意なはずですが)、部屋の中の気配に耳をそばだてます。中からむつまじく語らい合う源氏夫妻の声がとぎれとぎれに聞こえて来て、中の幸せな雰囲気が大変によく感じられる、名場面の一つと言っていい場面です。夕霧は、「水も漏らさないご夫婦仲だな」と、自分などの入り込む余地のないことを、冷静に理解するのでした。》

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第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く~その2


【現代語訳】2

 大宮は、たいそう嬉しく頼もしくお待ち受けになって、
「こんな年になるまで、いまだこのように激しい野分には遭わなかった」と、ただ震えに震えていらっしゃる。
 大きな木の枝などが折れる音も、たいそう気味が悪い。御殿の瓦まで残りそうもないほどに吹き飛ばすので、
「よくぞおいでになって下さったこと」と、脅えながらも挨拶なさる。

あれほど盛んだったご威勢も今はひっそりとして、この君一人を頼りに思っていらっしゃるのは、無常な世の中である。今でも世間一般のご声望が衰えていらっしゃることはないけれども、内の大殿のご態度は、かえって疎遠のようであったのだ。

中将は、一晩中激しい風の音の中でも、何となくせつなく悲しい気持ちがする。心にかけて恋しいと思っていた人のことはさしおかれて、先程の御面影が忘れられないのを、
「これは、どうした気持なのだろう。だいそれた料簡を持ったら大変だ。とても恐ろしいことだ」と、自分自身で思いを紛らわして、他の事に考えを移したが、やはり思わず面影がちらついては、
「過去にも将来にも、めったにいない素晴らしい方でいらっしゃったことだ。このような素晴らしいご夫婦仲に、どうして東の御方が夫人の一人として肩を並べなさったのだろうか。比べようもないことだ、ああ、お気の毒な」とつい思わずにはいられない。大臣のお気持ちをご立派だとお分かりになる。
 人柄がたいそう誠実なので、不相応なことを考えはしないが、「あのような美しい方とこそ、同じ結婚をするなら妻にして暮らしたいものだ。限りのある寿命も、少しはきっと延びるにちがいない」と、自然と思い続けられる。


《大宮は、待っておられました。「あれほど盛んだったご威勢も」は大宮のことで、彼女の所には、歳とともにもうあまり立ち寄る人もなく、嫡男・内大臣も、あの夕霧と雲居の雁の一件(少女の巻第四章第一段)以来なのでしょうか、「疎遠のよう」なので、心細い限りだったのです。

こちらは、「御殿の瓦まで残りそうもないほどに吹き飛ばす」といった具合で、嵐の被害が、六条院とは比較にならないほど、甚大のようです。今ここでこれが書かれるということは、やはり夕霧が源氏に言った、三条邸から来たという話は、このまじめな人の、とっさの嘘だったようです。

さて、夕霧はその晩、祖母をこの嵐の中を一人にしておくことはできないと考えたのでしょう、そのままこの三条邸に泊まりました。

そして、ひとり、恋人の雲居の雁のことを思うことも忘れて、継母のあの素晴らしい様を思い出して、「何となくせつなく悲しい」思いに耽ります。

源氏の若い日、藤壺を思ったのと同じ関係が起こりそうですが、しかし、こちらは「人柄がたいそう誠実なので、不相応なことを考えはしない」で、むしろ自分の世話役をしてくれている花散里を「お気の毒な」と思ったり、そういう彼女を大事にする源氏を偉いと思ったりと、至って冷静です。彼は、模範的な夫婦のあり方を父から学んだ、といったところのようです。と言うか、作者が、夕霧の目を通したかたちで、三人の関係を改めてそのように語っているわけです。

したがって、もちろん夕霧の思いがここから進んでいくなどということはありません。》

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第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く~その1

【現代語訳】1
 家司たちが参上して、
「たいそうひどい勢いになりそうな風でございます。東北の方角から吹いて来ますので、こちらのお庭先は静かなのです。馬場殿や南の釣殿などは危なそうです」と申して、あれこれと作業に大わらわとなる。
「中将は、どこから参ったのか。」
「三条邸におりましたが、風が激しくなるだろうと、人々が申しましたので、気がかりで参上いたしました。あちらではここ以上に心細く、風の音をも今ではかえって幼い子供のように恐がっていらっしゃるようなので。おいたわしいので、失礼いたします」とご挨拶申し上げなさると、
「なるほど、早く行って上げなさい。年をとるにつれて、再び子供のようになることは、まったく考えられないことだが、まったく、老人はそうしたものだ」などと、ご同情申し上げなさって、
「このように風が騒がしそうでございますが、この朝臣がお側におりましたらばと、存じまして代わらせました」と、お手紙をお託しになる。
 道中、激しく吹き荒れる風だが、几帳面でいらっしゃる君なので、三条宮と六条院とに参上して、お目通りなさらない日はない。内裏の御物忌みなどで、どうしてもやむを得ず宿直しなければならない日以外は、忙しい公事や、節会などの、時間がかかり、用事が多い時に重なっても、真っ先にこの院に参上して、三条宮からご出仕なさったので、まして今日は、このような空模様によって、風より先に立ってあちこち動き回るのは、孝心深そうに見える。

 

《父が息子に妻を覗き見られたのではないかという疑いを抱き、息子はその美しさへの感嘆と覗き見た罪悪感を持ったまま父と向き合っているという、いささか気まずいところに、折りよく家司がやって来ました。

「東北」と言えば花散里邸の方角、馬場殿はその邸の東北の端にあり、釣殿は東南の邸の東南にある釣殿かと言いますから、風は六条院の東側、馬場に添って吹き抜けたということになります。そうするとますます最初に西南の中宮邸から書き起こされたのが不思議ですが、やはり、秋は何と言っても中宮邸から、ということなのでしょうか。

源氏は夕霧に、「どこから来たのか」と声を掛けました。何気ない問いかけですが、またこちらの方がのぞき込めたかどうかの一応の確認の意味も込めています。

三条邸は内大臣の屋敷、夕霧の祖母・大宮のいるところです。

夕霧は、幼時、長く大宮のもとで育てられてきたのでしたが、大学入学と決まった時から、「(大宮が)いつまでも子供のようにばかりお扱い申していらっしゃるので、あちらでは勉強もおできになれまいと考えて」、二条院東院に引き取られ、大宮の所にはかろうじて「一月に三日ぐらい」行くことを許されていたのでした(少女の巻第二章第四段)が、後に出てくるようにこの頃では、毎日、出仕の前に尋ねるようになっていたようです。禁が何時解かれたのか、書かれてありませんでしたが、引き取られて翌年(今からちょうど二年前)、五位に進み侍従に任ぜられたのですから、その時あたりに解禁となったのでしょう。

嵐の被害は三条邸の方がひどく、大宮がすっかりおびえている、ということで、こちらが大丈夫そうなので、すぐ引き返すことにします。真偽はともかく、彼としては、この場は早く退散した方が安心です。

源氏の方も、ゆっくりされて、また危ういことが起こっても困るので、それがよいと、見舞いの手紙をことづけました。

「道中、激しく吹き荒れる風だが」以下終わりまでの文章は、ちょっと妙な格好です。「几帳面でいらっしゃる君なので」は、こんな嵐の中にもかかわらず、という気持で書き始められたのでしょうが、その言葉から日ごろの夕霧の生活が想起されて筆がそちらに流れて、「三条宮からご出仕なさったので」まで行き、その後、現在に帰って来るという案配です。『評釈』は「耳に聞く文章として構成されている」と言いますが、作者の意識の中で、今の夕霧と普段の夕霧のイメージがダブったところだろうと思われます。》

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