源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 光る源氏の物語

第五段 紫の上と中宮和歌を贈答

【現代語訳】

 お手紙を、殿の中将の君から差し上げさせなさった。
「 花園の胡蝶をさへや下草に秋まつむしはうとく見るらむ

(花園の胡蝶をも、下草に隠れて秋を待つ松虫はつまらないと思うのでしょうか)」
 中宮は、「あの紅葉の歌のお返事なのだわ」と、微笑んで御覧あそばす。昨日の女房たちも、「ほんとうに、春の美しさは、とてもお負かしになれないわ」と、花にうっとりして口々に申し上げていた。

鴬のうららかな声に、「鳥の楽」がはなやかに響いてきて、池の水鳥もあちこちとなく囀りわたっているうちに、「急」になって終わる時、名残惜しく面白い。「蝶の楽」は、「鳥の楽」以上にひらひらと舞い上がって、山吹の籬のもとに咲きこぼれている花の蔭から舞い出る。
 中宮の亮をはじめとして、しかるべき殿上人たちが、禄を取り次いで、童女に賜る。鳥の童女には桜襲の細長、蝶の童女には山吹襲の細長を賜る。前々から準備してあったかのようである。楽の師匠たちには、白の一襲、巻絹などを、身分に応じて賜る。中将の君には、藤襲の細長を添えて、女装束をお与えになる。お返事は、
「昨日は声を上げて泣いてしまいそうでした。
  胡蝶にもさそはれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば

(胡蝶にも誘われたいくらいでした、八重山吹の隔てがありませんでしたら)」
とあったのだ。

立派にたしなみを積まれたお二方だが、このような論争は荷がかち過ぎたのであろうか、想像したほどに見えないお詠みぶりのようである。
 それはそうと、あの見物の女房たちで、宮付きの人々には、皆立派な贈り物をいろいろとお遣わしになった。そのようなことは、こまごまとしたことなので話すと煩わしい。
 朝に夕につけ、このようなちょっとしたお遊びも多く、ご満足にお過ごしになっているので、仕えている女房たちも、自然と憂いがないような気持ちがして、あちらとこちらとお互いにお手紙のやりとりをなさっている。

 

《童女たちを連れて使者として来たのは、中将の君(夕霧)でした。紫の上からの歌は、かつて少女の巻末で中宮が送った歌(心から春まつ園はわがやどの紅葉の風をつてにだにせよ)に対抗してのものでした。

歌の「胡蝶」を、送ってきたかわいい童女たちを暗示するものと読んで、『評釈』は「秋待つ松虫は、春はもちろんのこと、その春の胡蝶をもおいやがりあそばしましょうね。しょうがございませんこと」と楽しく巧みに解釈しています。

中宮は、参ったなあと(女言葉では何というのでしょう)御覧になります。実際昨日のあの隣の賑わいには、自分でもさすがだと心引かれたのでしたし、今日もこの自分の催しに花を添えてくれる美しい童女たちを見れば、決して「うとく見る」気持にはなりません。しかし中宮という地位の余裕がありますから、微笑んで、春秋の競い合いの負けを、というより、相手の素晴らしさを認める気持になります。それを察して昨日の女房たちも安心して春の園の素晴らしかったことを申し上げ、語り合うのでした。

春秋優劣論争といいますが、二人は決して争っているわけではありません。そう言いあうことで、遊んでいるわけで、それがこの人たちの文化なのです。文化は、文明と違って、基本的に遊びであり、結局はどうでもいいことに対する、まじめなこだわりなのだと言っていいでしょう。

華やぎの中に、中宮の第一日目が終わります。中宮は、気持ちよく相手の見事さを讃える歌を返します。作者は、二人のファーストレデイにしては歌が下手だと、一応謙遜して見せますが、それもまた、彼女の戯れと見ることもできます。

巻頭でも触れたように、この節もまた、この競い合いをする二人のむつまじさを語ることで、六条院の栄華を描いているのですが、同時に、特にこの二人については、作者の考える全く翳りのない理想的な女性を描いているとも言えそうです。》


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第四段 中宮、春の季の御読経主催す

【現代語訳】

 今日は、中宮の御読経の初日なのであった。そのままお帰りにならず、めいめい休息所をとって、昼のご装束にお召し替えになる方々も多くいた。都合のある方は、退出などもなさる。
 昼のころに、皆そちらの邸に参上なさる。大臣の君を始めとし申し上げて、皆席にずらりとお着きになる。殿上人なども残る人なく参上なさる。多くは大臣のご威勢に後押しされなさって、高貴で、堂々とした立派な御法会の様子である。
 春の上からのお志として、仏に花をお供え申し上げさせなさる。鳥と蝶とに衣裳を着分けた童女八人は、器量などを特にお揃えさせなさって、鳥には、銀の花瓶に桜を挿し、蝶には、黄金の瓶に山吹を、同じ花でも房がたいそうで、世にまたとないような色艶のものばかりをご用意おさせになった。
 東南の御前の山際から漕ぎ出して、中宮の御前の庭先に出るころ、風が吹いて瓶の桜が少し散り交う。まことにうららかに晴れて、霞の間から現れ出たのは、とても素晴らしく優美に見える。わざわざ楽人たちの平張なども移させず、御殿に続いている渡廊を、楽屋のようにして、臨時に楽人の椅子をいくつもご用意なさっている。
 童女たちが御階の側に寄って、幾種もの花を奉る。僧に香を配る人がその花を取り次いで、閼伽棚にお加えさせになる。

 

《「御読経」というのは、大般若経を講ずる日のことで、四日間にわたる行事、高位の人がそれぞれに行う催し、と『集成』が言います。

そして今日はその中宮主催のものが行われ、その初日というわけです。

東南の邸での園遊だけでは、作者としても、また源氏としても均衡を欠くということなのでしょうか、それが終わって今度は西南の邸での賑やかな催しが語られます。

昨日、中宮が屈指の女房たちを紫の上のもとに送ったのに対して、今日は紫の上の方から「鳥と蝶とに仕分けた童女八人は、器量などを特にお揃えさせなさって」、同じように池の船で送られてきます。

その船が「霞の間から現れ出た」という、その広さに、現代人は驚かずにはいられません。そう言えば中宮の女房たちの船が春の邸に入ったとき(第一段2節)にも「あちらこちら霞がたちこめている梢々は錦を張りめぐらしたようで」とあったことを思い出します。広いと言っても百二十メートル四方の邸では、現実には少々無理ではないかと思われますが、作者としては、春の光景を語るのに霞は欠かせないと考えたのでしょう。私たちとしてはまさに絵のような光景を思い描けばいいわけです。

また、初めのところ、「そのままお帰りにならず」とありながら「都合のある方は、退出などもなさる」とあって、変なのですが、一時退出するということで、その人達も含めて「昼のころに、皆そちら(中宮)の邸に参上なさる」ということなのでしょうか。

「都合のある方は…」は、日常的に当然のことで、書き加える意味がほとんどなく、ない方がよほどすんなり読めるのですが、この作者は、こういうところは、大変律儀に考える人のようで、例外の人もいたことを書いておかないと、嘘を書いているようで気がすまなかったのでしょう。

いささか遅いだけにいっそう爛漫と咲いた春の花が優雅優美に届けられた邸では、渡廊いっぱいに並んだ楽人たちが迎えます。「わざわざ楽人たちの平張なども移させず」は、普通ならこういう時は昨夜の東南の邸で楽人用に使われた平張を移してくるのだそうですが、それをしないで、自前で用意したということ、源氏の気配りを表し、あわせて作者としては場面の対照を示しているのでしょう。》

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第三段 蛍兵部卿宮、玉鬘を思う

【現代語訳】

 夜も明けてしまった。朝ぼらけの鳥の囀りを、中宮は築山を隔てて、うらやましくお聞きあそばすのであった。いつも春の光がいっぱいに満ちている六条院であるが、これまでは思いを寄せる姫君のいないのが残念なことにお思いになる方々もいたが、西の対の姫君が何一つ欠点のないご器量で、大臣の君も特別に大事にしていらっしゃるご様子などがすっかり世間の評判となって、ご予想どおりに心をお寄せになる人々が多いようである。
 自分こそ相応しいと自負なさっている身分の方は、それぞれにつてを求めては、ほのめかし、お手紙をお出し申し上げるなさる方もあったが、とても口には出せずに心中思い焦がれている若い公達などもいるのであるであろう。その中で、事情を知らないで、内の大殿の中将などは、思いを寄せてしまったようである。
 兵部卿宮は宮で、長年お連れ添いになった北の方もお亡くなりになって、ここ三年ばかり独身で淋しがっていらっしゃったので、気兼ねなく今は意中をお示しになる。
 今朝も、とてもひどく酔ったふりをして、藤の花を冠に挿して、あだめいてはしゃいでいらっしゃるご様子がたいそうおもしろい。大臣も、お考えになっていたとおりになったと、心の底ではお思いになるが、しいて知らない顔をなさる。
 ご酒宴の折に、ひどく苦しそうになさって、
「内心に思うことがございませんでしたら、逃げ出したいところでございます。とてもたまりません」とお杯をご辞退なさる。
「 紫のゆゑに心をしめたれば淵に身投げむ名やは惜しけき

(あなたにゆかりのある方に思いを懸けていますので、淵に身を投げても名は惜しく

もありません)」
と、大臣の君に同じ藤の插頭を差し上げなさる。たいそうにやにやなさって、
「 淵に身を投げつべしやとこの春は花のあたりを立ち去らで見よ

(淵に身を投げるだけの価値があるかどうか、今年の春は、花の近くを離れないでよ

く御覧なさい)」
と無理にお引き止めなさるので、お帰りになることもできないで、今朝の御遊びは、いっそう面白くなる。

 

《華やかで賑やかな夜が明けました。隣の邸で中宮は、夜通しその様子を感じていたのでしょうか、うらやましくお思いだったと言います。彼女自身も、これは参ったとお思いだったようです。

さて、「これまでは思いを寄せる姫君のいないのが残念なこと」だけが、唯一の不足だった六条院が、玉鬘のお披露目が終わって(初音の巻第三章第一段)、新たな賑わいの場となります。

早速、何人かの公達がモーションを起こし始めるのを、源氏は、我が意を得たりと、にやにやしながら窺っています。

まずは蛍兵部卿宮が、名乗りを上げました。この人について『人物論』所収・田坂憲二著「蛍宮をめぐる諸問題」から、少し長いですが、引いておきます。

「(絵合の巻で)当代を代表する風流人として蛍宮はその姿を現すのである。そしてこれ以降もこの傾向は一貫して変わらず、…源氏と肩を並べる風流人としての姿を余すところなく披露する。…しかしてその役割は、…物語の前半部分においては頭中将が果たしていたものであった。しかし頭中将は澪標巻の権中納言時代から、はっきりと源氏と政治的立場を異にするようになり、…かつて頭中将の担っていた役割が蛍宮に振り当てられたと考えるべきであろう」。

その兵部卿宮は、今朝は、玉鬘を十分に意識しながらでしょう、まずは粋人らしく「ひどく酔ったふりをして、藤の花を冠に挿して、あだめいてはしゃいでいらっしゃる」のですが、その姿がさすがに「たいそうおもしろい(原文・いとをかし)」のでした。ここを『谷崎』は「そのおかしさ。」と訳していますが、そういう気持ちも含めて、見ている者も楽しくなるような、粋な振る舞いだったということでしょう。

源氏は、知らぬ振りをしながら、その様子をかねての期待どおりだ(玉鬘の巻第四章第八段)と満足しながら、盃を勧めます。

宮は、それを辞退しながら、「思うことがあるのですが、飲み過ぎて苦しく、帰らねば。実は血縁のおありの方のことが気になって」と杯を返します。心得て、源氏は「本気なら、もう少しいてみなさいよ」と引き留めて、今朝の遊びもまた、ひときわ引き立つことになったのでした。

源氏の目論見が思い通りに功を奏したという格好です。》

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第二段 船楽、夜もすがら催される

【現代語訳】

 日が暮れるころ、「皇麞」という楽が、たいそう面白く聞こえる中を、心ならずも釣殿に漕ぎ寄せられて降りた。ここの飾りはたいそう簡略な造りで、優美であって、紫の上と中宮双方の若い女房たちが自分こそは負けまいと心を尽くした装束、器量が、花を混ぜた春の錦に劣らないように見渡される。世にも珍しい楽の音をいくつも演奏する。舞人など、特に選ばせなさって、見物の方々が満足なさるように、技の限りをお尽くさせなさる。
 夜になったのでたいそうまだ飽き足りない心地がして、御前の庭に篝火を燈して、御階のもとの苔の上に、楽人を召して、上達部、親王たちも、皆それぞれの弦楽器や、管楽器などでお得意の演奏をなさる。
 音楽の師匠たちで、特に優れた人たちだけが、双調を吹いて、階上で待ち受けて合わせるお琴の調べを、とてもはなやかにかき鳴らして、「安名尊」を合奏なさるころは、「生きていた甲斐があった」と、何も分からない身分の低い男までも、御門近くにびっしり並んだ馬、牛車の立っている間に混じって、顔に笑みを浮かべて聞いていた。
 空の色も楽の音も、春の調べと響きは、他所とは格別に優れている違いを、ご一同はお分かりになるであろう。一晩中遊び明かしなさる。返り声に「喜春楽」が加わって、兵部卿宮が、「青柳」を繰り返し美しくお謡いになる。ご主人の大臣もお声を添えになる。

 

《やって来た女房たちは、今度は船を下りて釣殿に招かれます。彼女たちはバタバタしないであのまま聞いていたかったので、「心ならずも(原文・心にもあらず)」という気持です。そこでは前段に「東の釣殿に、こちら方の若い女房たちを集めさせなさる」とあったこちらの女房たちが居並んで、一行を迎えました。

「花を混ぜた春の錦(原文・花をこきまぜたる錦」は、諸注、『古今和歌集』「見わたせば柳桜をこきまぜて都の春の錦なりける」(素性法師)を引きます。もともと選りすぐって集められているに違いない六条院の中の女房たちの中で、さらに卓越した女房たちが一堂に会して向き合って、見る者にはあたかも都の春をここに集めたかのごとき光景ができあがりました。

そこに舞人、楽人がその秘術を尽くして奉仕します。

昼の催しは、その終わることの名残惜しさに、夜になって篝火のもとでのまた新たな趣向となって、優麗な宴がいつ果てるともなく続くのでした。

そして、作者は「空の色も楽の音も、春の調べと響きは、他所とは格別に優れている違いを、ご一同はお分かりになるであろう」と付け加えます。

薄雲の巻第五章第三段、少女の巻末で源氏が焚きつける形で語られた、中宮と紫の上の間の春秋優劣論争は、ここに至って春がまさるという結論に至ったわけです。その優位は、また六条院における紫の上自身の中宮に対する優位でもあるのです。

「兵部卿の宮は今日の第一席の客である。それが自ら歌い、あるじの太政大臣が合唱する。これがフィナーレ」(『評釈』)です。》

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第一段 三月二十日頃の春の町の船楽~その2

【現代語訳】2

 中島の入江の岩蔭に漕ぎ寄せて眺めると、ちょっとした立石の様子も、まるで絵に描いたようである。あちらこちら霞がたちこめている梢々は錦を張りめぐらしたようで、紫の上の御前の方は遥々と遠くに望まれて、色濃くなった柳が枝を垂れているし、花も何ともいえない素晴らしい匂いを漂わせている。他の所では盛りを過ぎた桜も、今を盛りに咲き誇り、渡廊を回る藤の花の色も、紫濃く咲き初めているのであった。それ以上に池の水に姿を写している山吹が岸から咲きこぼれてまっ盛りである。水鳥たちが、番で離れずに遊びながら、細い枝をくわえて飛びちがっていて、鴛鴦が波の綾に紋様を交えているのなど、何かの図案に写し取りたいくらいで、ほんとうに斧の柄も朽ちてしまいそうに面白く思いながら、一日中暮らす。
「 風吹けば波の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎

(風が吹くと波の花まで色を映して見えますが、これが有名な山吹の崎でしょうか)」
「 春の池や井手の川瀬にかよふらむ岸の山吹そこもにほへり

(春の御殿の池は山吹で名高い井手の川瀬まで通じているのでしょうか、岸の山吹が

水底にまで咲いて見えますこと)」
「 亀の上の山もたづねじ船のうちに老いせぬ名をばここに残さん

(蓬莱山まで訪ねて行く必要もありません、この舟の中で不老の名を残しましょう)」
「 春の日のうららにさしてゆく船は棹のしづくも花ぞ散りける

(春の日のうららかな中を漕いで行く舟は、棹のしずくも花が散るようです)」
などというような、とりとめもない歌を、思い思いに詠み交わしながら、行く先も帰るところも忘れてしまいそうに、若い女房たちが心を奪われるのも、もっともな池の面の美しさである。

 

《女房たちの乗ってきた船は「龍頭鷁首」とありましたが、「龍頭」「鷁首」は別々の二艘の船なのだそうです。

「中島の入江の岩蔭に漕ぎ寄せ」られた、唐風の豪華な拵えの船の「若い女房たちで、きっと喜びそうな人々」の目に、庭の光景が入ります。作者はその様子を、霞が立ちこめ、柳は色濃く、桜が満開で、藤の花が咲き始め、山吹が咲き誇り、と言葉を極めて描き出そうとします。

冷静に考えると、一つの屋敷の庭の「あちらこちら(原文・かなたこなた)」に春霞が掛かっているというのは、いくら何でも庭が広すぎるでしょうし、それぞれの花の時期は少しずつずれているのが普通で、これらすべてをいちどきに見るのは無理ではないかと思われるのですが、今ここでそんなつまらぬ理屈を言っても始まりません。

何と言ってもそこは、女房たちにとって「斧の柄も朽ちてしまいそうに(つまり、見ていて時が経つのをすっかり忘れてしまったほど)に面白く」思われた美しさであり、「蓬莱山」もかくや、と思われるほどであり、「行く先も帰るところも忘れてしまいそう」なほどの美しさだったのです。

女房たちは、ご挨拶代わりに、ということでしょうか、それぞれに賛嘆の歌を詠みます。

全ては、六条院の栄耀栄華を物語るものであり、そして催しはまだまだ続きます。》

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