源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第一章 光る源氏の物語(一)

第六段 六条院の正月二日の臨時客

【現代語訳】

 まだ曙のうちにお帰りになった。そんなに急ぐこともないまだ暗いうちなのに、と思うと、送り出した後も気持ちが落ち着かず、寂しい気がする。
 お待ちになっていた方でもまた、何やら面白くないようなお思いでいるにちがいない心の中が憚られなさるので、

「いつになくうたた寝をして、年がいもなく寝込んでしまいましたのを、起こしても下さらないで」と、ご機嫌をおとりになるのも面白く見える。特にお返事もないので、厄介なことだと、狸寝入りをして、日が高くなってからお起きになった。

 今日は、臨時の客にかこつけて、顔を合わせないようにしていらっしゃる。上達部や親王たちなどが、例によって残らず参上なさった。管弦のお遊びがあって、引出物や禄など、またとなく素晴らしい。大勢お集りの方々が、どなたも人に負けまいと振る舞っていらっしゃる中でも、少しも肩を並べられる方もお見えにならないことよ。一人一人を見れば、才学のある人が多くいらっしゃるころなのだが、御前に出ると圧倒されておしまいになるのは、困ったことである。ものの数にも入らぬ下人たちでさえ、この院に参上するには、気の配りようが格別なのであった。ましてや若々しい上達部などは、心中に思うところがおありになって、どなたもむやみに緊張なさって、例年よりは格別の様子である。
 花の香りを乗せて夕風がのどやかに吹いて来て、お庭先の梅が次第にほころび出して、黄昏時なので、楽の音色なども美しく、催馬楽の「この殿」を謡い出した拍子は、たいそうはなやかな感じである。大臣も時々お声を添えなさる「さき草」の末の方は、とても優美で素晴らしく聞こえる。何もかも、お声を添えられる素晴らしさに引き立てられて、花の色も楽の音も格段に映える点が、はっきりと感じられるのであった。

 

《翌朝、曙のうちに、源氏は紫の上のいる南殿に帰ります。普通は「暁」(午前二時頃)に帰る(『評釈』)ものだそうで、「曙」はその次の段階、「夜がほのかに明けようとして、次第に物の見分けられるようになる頃」(『辞典』)で、通常より長居をしたわけです。

源氏は、まったく気の好い浮気男といった趣で、あたふたと帰っていき、恐妻のまえからこそこそと逃れて部屋に引っ込み、「狸寝入り」という常套の防衛に、これ努めます。かつての奔放と言っていい伊達男の面影はありません。が、それをまた、彼自身、楽しんでいるふうはあります。そしてまた、作者も。

ところが、「日が高くなってからお起きになった」について、『評釈』が「昨夜は寝なかったのである」と評しています。失礼ながら、こういう余計な読み加えが、世の読者を誤らせ、無用の挑発をするのです。「狸寝入りをして(原文・そら寝をしつつ)」と書いているではありませんか。この場合、眠くなくても昼まで出て行かないのが、家庭円満の秘訣です。そのくらいのことは評者も御存知のはずなのですが。

源氏は、来客にこと寄せて、なるべく紫の上と顔を合わせないようにしています。

幸いに、次々の来客で、いずれ劣らぬ人々なのですが、その中で得に若い公達たちは、今年は新しい姫君が来ているとあって、いつにも増して気合いの入った振る舞い、物言いです。そういう若者を見ていて、源氏は目論見が当たって楽しくてならない様子です。催し物の催馬楽の演奏にみずからも加わろうかという機嫌のよさです。

ふと、明石の御方を思い出します。彼女は、隣のこの春の邸がこういう賑やかで華やかさに包まれているのをそれとなく感じながら、それとはかけ離れて、ただ一人でひっそりとおくゆかしい暮らしを、毎日続けています。大変な意志の強さを感じます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第五段 冬の御殿の明石御方に泊まる

 

【現代語訳】

 日暮れ方になるころ、明石の御方にお越しになる。近くの渡殿の戸を押し開けるとすぐに、御簾の中から流れてくる風が優雅に吹き漂って、何にもまして格段に気高く感じられる。本人は見えない。どこだろうかと御覧になると、硯のまわりが散らかっていて、冊子類などが取り散らかしてあるのを手に取って何枚か御覧になる。唐の東京錦のたいそう立派な縁を縫い付けた敷物に、風雅な琴をちょっと置いて、趣向を凝らした風流な火桶に、侍従香を燻らせて、それぞれの物にたきしめてあるところに、衣被香の香が混じっているのは、たいそう艶やかな趣きである。手習いの反故が無造作に取り散らかしてあるのも、書風が独特で、たしなみのある書きぶりである。大仰に草仮名を多く使ってしゃれて書かず、ほどよく落ち着いた書きぶりである。
 姫君のお返事を、待ちかねて嬉しく思ったままに、しみじみとした古歌を書きつけて、
「 めづらしや花のねぐらに木づたひて谷の古巣をとへる鶯

(何と珍しいことか、花の御殿に住んでいる鴬が谷の古巣を訪ねてくれたとは)
 その初便りを待っていましたこと」などとも、
 「咲ける岡辺に家しあれば(これからも便りがいただけよう)」などと、思い返して心慰めている文句などが書き混ぜてあるのを、手に取って御覧になりながら微笑んでいらっしゃるのは、気がひけるほど立派である。
 筆をちょっと濡らして書き戯れていらっしゃるところに、いざり出て来て、さすがに自身の振る舞いは慎み深くて程よい心がけなのを、「やはり、並の人とは違う」とお思いになる。白い小袿にくっきりと映える髪のかかり具合が、少しはらりとする程度に薄くなっていたのも、いっそう優美さが加わって慕わしいので、「新年早々に騒がれることになろうか」と気にかかるが、こちらにお泊まりになった。

「やはり、ご寵愛は格別なのだ」と、他の方々は面白からずお思いになる。南の御殿では、それ以上にけしからぬと思う女房たちがいる。

 

《さて次は明石の御方です。この方についての書き方は、他の人とはひと味違うように思われるのですが、どうでしょうか。読んでいてわくわくする感じがあります。そもそも一カットの部屋の様子にこれほど長い文(『集成』本で一ページ余)を連ねるのは例がないように思います。

邸の入口の戸を開けるとすぐに、ふと薫る、見事に調合された香の匂い、本人姿がないというのが、意表を突く趣向で、期待感を抱かせます。源氏が几帳に入って見ると、趣味のいい舶来の敷物の上に風雅な琴と一緒に無造作にちらばる反故の文字の「たしなみのある書きぶり」、そこに詠まれた、抑制された歓喜のしみじみとにじむ歌、さっきまで主の女性がそこにいた佇まいで、全てこの邸の主の配慮と心根を表す以外のものではありません。

ここに比べると、先の春の邸の書き方さえも、外側から描いた型どおりの称え方といったふうに思えてきます。かの邸の様子は、言ってみれば、環境が整っているということであったのに対して、こちらはほとんど全て、御方自身がそのようにしつらえたことで埋められています。反故がうち捨てられていたことさえ、彼女自身の有様の現れそのもので、読者もこの御方の登場を心待ちする気持になります。

この物語の女君の中で作者の自画像にもっとも近いのがこの人だという見解が多いようですが、こういう書き方もその傍証になるでしょう。春の邸は邸が称えられている感じであるのに対して、こちらは明らかに御方自身が称えられています。

その現れた御方は、「何にもまして格段に気高く感じられる」方ではあるのですが、こうして人の前に出ると、そういう素振りは決して見せないで、逆にそういう人であるだけに「さすがに自身の振る舞いは慎み深くて程よい心がけ」で、奥ゆかしいとはこういう人を言うと感じられます。

いや、鼻持ちならない二重人格、許し難い偽善的態度、という見方もあるでしょうが、彼女のように美しく素養があって誇り高い女性が、高貴の社会に入って明らかに劣る身分を日夜感じさせられながら、なお自分を保とうとすれば、こういう形以外にはあり得ず、その理想的なあり方と言っていいのではないでしょうか。それがまた、作者自身の日常の姿の願わしい姿でもあったのでしょう。

そうなれば、当然ながら、源氏は、明日、紫の上に叱られることを気に病みながら、それでもここに泊まることにならざるを得ません。

なお、東京錦の「東京」は洛陽のことで、長安を西京というのに対する呼び名なのだそうです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第四段 続いて玉鬘を訪問

【現代語訳】

 まだたいして住み馴れていらっしゃらないわりには、あたりの様子も趣味よくして、かわいらしい童女の姿が優美で、女房の姿が多く見え、お部屋の設備も必要な物だけはあっても、こまごまとしたお道具類は十分には揃えていらっしゃらないが、それなりにこざっぱりとお住みになっていらっしゃった。
 ご本人も、何と美しいと、見るとすぐに思われて、山吹襲に一段と引き立っていらっしゃるご器量など、たいそうはなやかで、どこと言って暗いと思われるところがなく、どこからどこまで輝くように美しく、いつまでも見ていたいほどでいらっしゃる。つらい思いの生活をしていらっしゃった間のあったせいか、髪の裾が少し細くなって、着物の裾にはらりとかかっているのが、いかにもこざっぱりとして、あちらこちらがくっきりと目に立つ様子をしていらっしゃるのを、「こうして引き取らなかったら」とお思いになるにつけても、とてもこのままお見過ごしになることはできないのではあるまいか。
 このように何の隔てもなくお目にかかっていらっしゃるのだが、姫の方はやはり考えて見ると、どこか打ち解けにくいところが多く妙な感じなのが、現実のような感じがなさらないので、すっかり打ち解けた態度ではいらっしゃらないのも、たいそう風情がある。
「何年にもなるような気がして、お目にかかるのも気が張らず、長年の希望が叶いましたので、ご遠慮なさらず振る舞って、あちらにもおでかけなさい。幼い、初めて琴を習う人もいますので、ご一緒にお稽古なさい。気の許せない、軽はずみな考えを持った人はいない所です」とお申し上げなさると、
「仰せのとおりにいたしましょう」とお答えになる。まことに適切なお返事である。

 

《夏の邸の西の対には、玉鬘がいます。ここに住むようになって、まだ二ヶ月足らずですから、部屋の設えは取り立てて言うほどのものはありませんが、「それなりにこざっぱりとお住みになっていらっしゃ」る、と言います。それも立派ですが、なによりも彼女自身が、「どこからどこまで輝くように美しく」並々ではありません。

「つらい思いの生活をしていらっしゃった間のあったせいか、髪の裾が少し細くなって、着物の裾にはらりとかかっている」というのですが、それが「いかにもこざっぱりとして、あちらこちらがくっきりと目に立つ様子をしていらっしゃる(原文・ここかしこいとけざやかなるさましたまへる)」という繋がりが、分かりにくく思われます。

前半は髪が苦労窶れして細くなっているような書き方ですが、その細い髪の黒が衣裳の「山吹襲」(赤みがかった黄色)に映えているのを「けざやか」と言ったのでしょうか。

さて、源氏はそういう姫を見に度々やってくるようですが、姫の方は、実の父ではないので、どうも落ち着きません。

「玉鬘は警戒する。それが源氏にはおもしろい」と『評釈』が言います。どうもいかにも中年らしいいささか退嬰的で頂けない趣味ですが、彼ももう三十六歳です。

『集成』は「たいそう風情がある(原文・いとをかし)」は「源氏の心中の思いが、そのまま草子地と重なる」と言っていて、女性である作者も源氏の側に立って同調しているのが、またいただけない気がします。貴族文化の爛熟の兆し(または側面)といったところでしょうか。

それでも彼は一応父親代わりらしく「あちら」(紫の上のいる春の邸)に来て(ということは、上に挨拶しなさい)ということでしょうか)、姫と一緒に琴を学ぶように勧めてみます。

終わりの「まことに適切なお返事である」は、まあ、この場合そう言うしかないだろう、というような意味で、一転してずいぶん醒めた言い方が滑稽です。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第三段 夏の御殿の花散里を訪問

【現代語訳】

 夏のお住まいを御覧になると、その時節ではないせいか、とても静かに見えて、特別に風流なこともなく、品よくお暮らしになっている様子がここかしこに窺える。
 年月とともにお心の隔てもなく、しみじみとしたご夫婦仲である。今では、しいて男女の仲といったご様子にもお扱い申し上げなさらないのであった。たいそう仲睦まじく世にまたとないような夫婦の約束といったことを、互いに交わし合っていらっしゃる。御几帳を隔てているが、少しお動かしになっても、そのままにしていらっしゃる。
「縹色のお召物は、まったくはなやかでない色合いで、お髪などもたいそう盛りを過ぎてしまったことだ。恥ずかしいと言うほどではないが、かもじを使ってお手入れをなさればよいのに、私以外の人だったら、愛想づかしをするに違いないご様子を、こうしてお世話することは嬉しく本望なことだ。考えの浅い女と同じように、私から離れておしまいになったら」などと、お会いなさる時々には、まずは、

「わたしの変わらない愛情も、相手の重々しいご性格も、嬉しく理想的だ」とお考えになるのだった。

こまごまと、旧年中のお話などを親密にお話し申し上げなさって、西の対へお越しになる。

 

《花散里については、玉鬘が六条院に入った話のところ(玉鬘の巻第四章第六段)で少し詳しく触れましたが、ここで見ると、作者の彼女に対する評価は大変高いものがあり、源氏との間柄も「たいそう仲睦まじく世にまたとないような夫婦の約束といったこと」を交わしていると言います。

にもかかわらず、「今では、しいて男女の仲といったご様子にもお扱い申し上げなさらないのであった(原文・今は、あながちに近やかなる御ありさまも、もてなしきこえたまはざりけり)」ということになっていると言うのですが、大変奇異に感じられます。

あの源氏が、それほどに評価しながら、なぜ「男女の仲」とならないのかと言えば、彼女の場合、「容貌の不備という物語の女人としては致命的な欠陥」(前掲『人物論』所収論文「花散里の君~虚心の愛」)による以外に、理由が見あたりません。

「縹色のお召物」は暮れに源氏が贈った物です(玉鬘の巻第五章第一段)が、それが「まったくはなやかでない色合い」だったとは、「これは、この人を引き立てていない」(『評釈』)ということのようで、紫の上と源氏が二人して選んだ物が似合わない以上、それはそれほどに本人の造作が悪いということなのでしょうか。

しかし、人柄に惚れ込めば、容貌のことは自然と関心から薄れていくし、容貌がどうしても気に入らなければ、これほど「変わらない愛情」を持ち続けるのは難しいというのが普通ではないだろうかと、不思議で、容貌への不快と人柄への愛が双方とも高いレベルのままで同居するというのは無理ではないかという気がします。

ただ、彼女自身のあり方は、先の所であった「涼やかな透徹した明るさ、心温かさが生命」という評が妥当なのだろうということは、ここの話でも垣間見えると言えます。

やはり、そういう女性を存在させるために、源氏が必要だったのだ、というふうに考えたくなります。

さて、源氏はこの邸の西の対、つまり玉鬘の姫の所に向かいます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 明石姫君、実母と和歌を贈答

【現代語訳】

 姫君のところにお越しになると、童女や下仕えの女房たちなどが、お庭先の築山の小松を引いて遊んでいる。若い女房たちの気持ちも、じっとしていられないように見える。北の御殿から、特別に用意した幾つもの鬚籠や、破籠などをお差し上げになっていた。素晴らしい「五葉の松の枝に移り飛ぶ鴬」も、思う子細があるのであろう。
「 年月をまつにひかれて経る人にけふ鶯の初音聞かせよ

(長い年月会えるのを待ち続けている私に、今日は初便りを聞かせて下さいください)
 『音せぬ里の(鶯の声の聞こえない所にいる私に)』」とお申し上げになったのを、「いかにも、かわいそうに」とお感じになる。正月に縁起でもない涙だが、堪えきれない様子である。
「このお返事は、ご自身が申し上げなさい。初便りをお控えになるべき方でもありませんよ」とおっしゃって、御硯を用意なさって、お書かせ申し上げなさる。

たいそうかわいらしくて、朝な夕なに拝見する人でさえ、いつまでも見飽きないとお思い申すお姿を、今まで会わせないで年月が過ぎてしまったのも、「罪作りで、気の毒なことだ」とお思いになる。
「 ひきわかれ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや

(別れて何年も経ちましたが、私は生みの母君を忘れましょうか)」
 子供心に思ったとおりに、くどくどと書いてある。

 

《ここで先に言ってしまいますと、『構想と鑑賞』が、この巻について「要するにこの巻は女人曼荼羅の中心に、源氏が菩薩として座を占めているようで、めでたい世界の描写である」と言っています。というわけで、読者は源氏とともにその曼荼羅巡礼に出かけることになります。

まずは近いところで、明石の姫君のところを訪ねます。彼女は今や、源氏にとって、その将来への希望を最も強く担っている人です。

行ってみると、子の日の遊び、小松引き(小松を根ごと引き抜いて持ち帰り、長寿を祝う風習だそうです)をしてかわいらしく楽しんでいました。

見ると、実母の明石の御方からの贈られた「特別に用意した幾つもの鬚籠や、破籠など」があり、それに五葉の松に止まった鶯の細工物が添えられていました。「思う子細があるのであろう」は御方から託された思いがあろう、の意味でしょうか。

その松には文が結ばれて来ていたのであって、源氏はそれを見ました。母の娘を恋う歌です。御方にしてみれば、「三歳に冬に姫を手放して満四年を過ごしての新春」(『評釈』)なのでした。巻の名はこの歌に由来します。

その切ない歌に、源氏は、我がした事ながら涙をこぼさずにはいられません。みずから硯を差し出して返事を書かせます。その書く様子のかわいらしい姿を見ながら、いっそう御方に対してすまない気持ちになります。

「くどくどと書いてある」は草子地で、『集成』は姫の歌に対する評と見ているようですが、歌に添えて書かれた、他の内容を言っているのではないでしょうか。

めでたさと華やぎに満ちたこの六条院の世界の中の、ただ一つの悲哀の影です。》

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ