【現代語訳】
中将の君にも、
「このような人を尋ね出したので、気をつけて親しく訪れなさい」とおっしゃったので、こちらに参上なさって、
「数にも入らない者ですが、このような者もいると、まずはお召しになるべきでございましたよ。お引っ越しの時にも、参上してお手伝い致しませんでしたことが」と、たいそう実直にお申し上げになるので、側で聞いているのも具合が悪いくらいに、事情を知っている女房たちは思う。
筑紫でも思う存分に数奇を凝らしたお住まいではあったが、あきれるくらい田舎びていたのも、比較にならないと思い比べられることだ。お部屋のしつらえを初めとして、当世風で上品で、親、姉弟として親しくさせていただきなさる方々のご様子は、容貌をはじめ、目もくらむほどに思われるので、今になって、三条も大弍を軽々しく思うのであった。まして大夫の監の鼻息や態度は、思い出すのもいまいましいことこの上ない。
豊後介の心根をなかなかできないことだと姫君もご理解なさり、右近もそう思って口にする。いい加減にしていたのでは不行き届きも生じるだろうと考えて、こちら方の家司たちを任命して、しかるべき事柄を決めさせなさる。
豊後介も家司になった。長年田舎暮らしに沈んでいた者としては、急にすっかり変わって、どうして仮にも自分のような者が出入りできる縁などあろうかと思っていた大殿の内を、朝な夕なに親しく出入りし、人を従えて、事務を行う身となることができることを、たいそう面目に思ったのだった。
大臣の君のお心配りが細かに行き届いて、世にまたとないほどでいらっしゃることは、たいそうもったいない。
《中将の君は夕霧、今十四歳です。急に二十歳過ぎの姉が出来たことになりますが、生真面目な人ですから、父に言われたとおりに実の姉と思い込んでの改まった、そして大層へりくだった挨拶です。女房たちは、もし姫の生い立ちや周りの事情をご存じだったらこんな挨拶はなさらないだろうにと、むしろ居心地悪く思うほどでした。
ともかくも、こうして姫の六条院生活が始まります。それは彼ら一党にとってまったく目も眩むような変化でした。
筑紫の屋敷をあれほど立派なものはないと思っていたのに、それさえも比べようもないものでした。また、大弐はもちろん、大夫の監でさえ、大した者だと思っていたのですが、源氏を見、六条院に暮らすようになって、今や、そう思っていたこと自体が忌々しく思えるほどの身の上になりました。
しかし、都の人から見れば、お上りさんで、ついつい侮った扱いをしないとも限りませんから、源氏は専属の家司を任命して身の回りを取りはからわせます。
ここで改めて豊後介の貢献が思い出されます。思えば、彼がもっとも苦しい決断をしたのでしたし、その後の働きも、ひたすら父の遺言を守るだけのために、出立の時以来、それこそ一行に降りかかる艱難辛苦を一人の手でかき分けてきたと言ってもいいでしょう。
源氏もその功を認めて、改めて「玉鬘」姫付きの家司として任用されます。『評釈』が「職場を放棄して上京したのだから、普通なら罰せられるところだが、太政大臣のお声掛かりでその問題は吹き飛んで」しまったのだと言い、なるほどと思います。》


