源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第二章 玉鬘の物語(二)

第五段 都に帰着

【現代語訳】
「このように、逃げ出したことが自然と人の口の端に上って伝わったならば、負けぬ気を起こして後を追って来るだろう」と思うと、気もそぞろになって、早船といって特別の船を用意して置いたので、あつらえ向きの風までが吹いて、危ないくらい速くかけ上った。響灘も平穏無事に通過する。
「海賊船だろうか。小さい舟が飛ぶようにしてやって来る」などと言う者がいる。海賊で向う見ずな乱暴者よりも、あの恐ろしい男が追って来るのではないかと思うと、どうすることもできない気分である。
「 憂きことに胸のみ騒ぐ響きには響きの灘もさはらざりけり

(心配事に胸が騒ぎ響いていたので、響灘の響きも何ほどのこともない」
「川尻という所が近づいた」と言うので、少しは生きかえった心地がする。

例によって、舟子たちが、「韓泊より川尻おすほどに(唐泊から、河尻を漕ぎ行くときは)」と謡う声が、無骨ながらも心にしみて感じられる。
 豊後介がしみじみと親しみのある声で、「いとかなしき妻子も忘れぬ(とてもいとしい妻や子も忘れてしまった)」と謡って、考えてみると、
「まったく、皆、家族を置いて来たのだ。どうなったことだろうか。しっかりした役に立つと思われる家来たちは、皆連れて来てしまった。私のことを憎いと思って、妻子たちを追いかけ回して、どんな目に遭わせるだろう」と思うと、

「浅はかにも、後先のことも考えず、飛び出してしまったことよ」と、少し心が落ち着いて初めて、とんでもないことをしたことを思い続けると、気弱に泣き出してしまった。「胡の地の妻児をば虚しく棄て捐てつ(胡の地の妻児をば虚しく棄捐してしまった)」と詠じたのを、妹の兵部の君が聞いて、
「ほんとうに、おかしなことをしてしまったわ。長年連れ添ってきた夫の心に、突然に背いて逃げ出したのを、どう思っていることだろう」と、さまざまに思い続けられる。
「都に帰る所といっても、どこそこと落ち着くべき棲家もない。知り合いだといって頼りにできる人も浮ばない。ただ姫君お一人のために、長い年月住み馴れた土地を離れて、あてどのない波風に身をまかせて、何をどうしてよいのかわからない。この姫君をどのようにして差し上げようと思っているのかしら」と、途方に暮れているが、

「今さらどうすることもできない」と思って、急いで京に入った。

 

《道中、監の追っ手を気にしながらの船旅でしたが、さいわいに船は「危ないくらい速く」走って、響灘(『集成』は今の播磨灘とします)までやって来ました。

 やっと人心地がついて、豊後の介が思うのは、やはり残してきた家族達のことです。何よりも心配なことは、監が腹いせに妻子にひどいことをするのではないかということです。役に立ちそうな郎党は自分が連れてきてしまったので、いっそう心配ですが、もうどうしようもありません。

 「浅はかにも、後先のことも考えず、飛び出してしまったことよ(原文・心幼くもかへりみせで出でにけるかな)」と思い、妹も「ほんとうに、おかしなことをしてしまったわ」と、どうやら二人して後悔の思いを噛みしめているところをみると、やはり強い意志を持ってのことではなかったようです(ここで前節の訂正をしなくてはなりません。妹も姉同様に、夫がいたようです。失礼しました)。

考えてみると、この時代の人に「強い意志」などという近代的な言葉はどうも不似合いのように思われます。彼らは、源氏の女性関係についての意識もそうでしたが、例え自分がしたことであっても、多くのことを運命と捉えていたようです。「さるべき」という言葉がよく使われているように、意志して行ったにしても、そう意志するように仕向けられていた、といったように考え、その結果が思わしくない時は、それは運命だから仕方がないと考えて受け入れるわけです。

 案外それは、正しい認識かも知れないような気もしますが、どうでしょうか。

そういうふうに考えると、そこには厳しい反省というものもでてきません。ただ嘆くだけです。二人は、それ以上自分を責めたりすることなく、「今さらどうすることもできない」と考えるのをやめて、都に入ります。全ては運命・宿命であるわけです。

 

※ そういえば昨日の朝、たまたまテレビで、某企業トップの人が百六十億円の年俸を得ることになったことを話題にしていて、出演者の間で、それだけの価値があるのだろうかということが話になり、あるコメンテーターが司会者から「どうしたらそういう立場になれるのでしょうか、人脈でしょうかねえ」と聞かれて、「運でしょう」と答えて、みんなが困ったように苦笑いをしていました。

実際、実力や能力を発揮するにも、多大な運が必要なのだという気もします。別に、私のことを言っているわけではありませんが。》


にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第四段 玉鬘、筑紫を脱出

【現代語訳】
 乳母が、次男がまるめこまれたのもとても怖く嫌な気分になって、この豊後介をせかすので、
「どのようにして差し上げたらよいだろうか。相談できる相手もいない。たった二人しかいない弟たちは、その監に味方しないと言って仲違いしてしまっている。この監に睨まれては、ちょっとした身の動きも思うに任せられまい。かえって酷い目に遭うことだろう」 と、考えあぐねてしまっていたが、姫君が人知れず思い悩んでおられるのがとても痛々しくて、生きていたくないとまで思い沈んでおられるのが、もっともだと思われるので、思いきった覚悟を決めて、出立する。

妹たちも、長年過ごしてきた縁者を捨てて、このお供をして出立する。あてきと言った娘は、今では兵部の君と言うが、姫に付き添って、夜逃げ出して舟に乗ったのであった。

大夫の監は、肥後国に帰って行って、四月二十日のころに日取りを決めて嫁迎えに来ようとしているうちに、こうして逃げ出したのであった。
 姉のおもとは、家族が多くなって出立することができない。お互いに別れを惜しんで、再会することの難しいことを思うが、長年過ごした土地だからと言っても、格別去り難くもない。ただ、松浦の宮の前の渚と、姉おもとと別れるのが、後髪引かれる思いがして、悲しく思われるのであった。
「 浮島を漕ぎ離れても行く方やいづくとまりと知らずあるかな

(浮き島のように思われたこの地を漕ぎ離れて行くけれど、どこが落ち着き先ともわ

からない身の上ですこと)」
「 行く先も見えぬ波路に船出して風にまかする身こそ浮きたれ

(行く先もわからない波路に舟出して、風まかせの身の上こそ頼りないことです)」
 姫はとても心細い気がして、うつ伏していらっしゃった。

 

《押しかけてきた大夫の監を、とりあえずは何とかごまかして帰したものの、改めて大変な勢いの男と分かって、今度来られたら逆らえそうもなく、おまけに下の息子達は監に「まるめこまれ」ているとあっては、もう打つ手はなく思われて、乳母は頼りの長男に、何とかせよと急き立てます。

長男もいろいろ考えますが、断るいい口実もなく、悲しんでいる姫も気の毒で、遂に「思いきった覚悟を決めて」九州を逃げ出し、都に上ることにします。次節で分かることですが、実は、彼は妻も子供も置いて行くことにしたのです。

そして、姫に同情していた、乳母の二人の娘の妹の方も一緒に行くことにして、こちらも「長年過ごしてきた縁者(夫やその家族でしょうか)を捨てて」、「夜逃げ出して」来て、同行することにしたのでした。

姫一人のために、ここのでの生活の一切を捨てての旅立ちとは、ずいぶん思いきったものです。どうしてここまで献身的にこの姫に尽くそうとするのか、不思議なくらいですが、語り手はそのことを説明してはくれません。『構想と、鑑賞』は「人の誠の心の美しさ」、「義理堅い至情」として、「清涼爽快の感興を呼び起こす」と言い、「当時の意識に立って、献身的至情として感受すべきである」と言います。

しかし、そうであるためには、この決断が彼の発意でなされる必要があるのではないでしょうか。豊後の介の場合は、母に懇願されて思いあぐねた結果に決めたことであり、一方で、物語の上では一言の説明もないままに、男から帰ってくる気持もなく見捨てられた妻子のことを思うと、そうも言い切れない気がして、このあたりの長兄の思いは、よくわからないままです。何か、「義理堅い至情」よりも、母の鞏固な信念に動かされる人の好い優しさといった人柄の方が、強く感じられる設定です。

それでいえば、妹の方が、自分の意志で行動していると言えるわけで、多くは書かれていませんが、姫への同情も彼女の方が強いのではないかと思われます。

それにしても、「長年過ごした土地だからと言っても、格別去り難くもない」は、ずいぶん強い言葉で、若い娘の気持ちとしてはちょっと不自然な気もしますが、姉の方が、「家族が多くなって」とあることからみると、こちらはまだ独り身で、若いだけに都への自分の憧れもあったのかも知れません。また、都人である作者の田舎を軽んじる気持もにじんでいるとも思われます。

最後の「行く先も」の歌は、後が「うつ伏していらっしゃった(原文・うつぶし臥したまへり)」と敬語になっていますから、姫が返歌として詠んだもので、読者は初めて彼女の言葉に接することになります。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第三段 大夫の監、和歌を詠み贈る

【現代語訳】

 帰る庭へ降りて行く際に、和歌を詠みたく思ったので、だいぶ長いこと思いめぐらして、
「 君にもし心たがはば松浦なる鏡の神をかけて誓はむ

(姫君に万一私が心変わりしましたなら、どのような罰も受けましょうと松浦の神に

掛けて誓います)
 この和歌は、上手にお詠み申すことができたと存じます」と言って、微笑んでいるのも、恋に不慣れな幼稚な歌であるよ。気もそぞろなので返歌をすることができそうに思わないが、娘たちに詠ませるけれども「私は、とても気も遠くなりそうで」と言ってじっとしていたので、あまり時が経ってはと困って、思いつくままに、
「 年を経て祈る心のたがひなば鏡の神をつらしとや見む

(長年祈ってきたことが違ったならば、鏡の神を薄情な神様とお思い申しましょう)」

と震え声で詠み返したのを、
「待てよ。それはどういうことをおっしゃっているのか」と、不意に近寄って来た様子に怖くなって、乳母殿は血の気を失った。娘たちはそれでもなんとか気丈に笑って、
「姫君が普通でない身体でいらっしゃいますから、せっかくのお気持ちに背きましたらなら悔いることになりましょうものを、やはり耄碌した人のことですから、神のお名前まで出して、詠み損ねたのでしょう」と説明して聞かせる。
「おお、そうか、そうか」とうなづいて、

「素晴らしい詠みぶりであるよ。手前らは、田舎者だという評判こそござろうが、詰まらない民百姓どもではござりませぬ。都の人だからといって、何ということがあろうか。皆先刻承知でござる。けっして馬鹿にしてはなりませぬぞよ」と言って、もう一度、和歌を詠もうとしたが、とてもできなかったのであろうか、行ってしまったようである。

 

《この中年男は、自信満々で、自分の申し出が断られるなどということは考えていないようです。今日の会談も思い通りに首尾よく終わったという自信からでしょう、ちょっとした色男を気どり、相手がこの土地の娘なら考えもしなかったでしょうが、都の姫とあって、帰り際、ここは歌を詠むところと立ち止まります。

「だいぶ長いこと思いめぐらして(原文・やや久しう思ひめぐらして)」の間、乳母達はどうしていたのか気になりますが、ともあれ、一首をものにしました。

いや、本当は準備してきていて、即興だというジェスチャーのようにも思われますが、我ながらいい和歌です、と言うだけでも、噴飯ものです(「和歌」は原文でも和歌で、『集成』が「『歌』と言わないで『和歌』と言ったのは、耳慣れない言葉づかいで、無骨な田舎者らしい感じであろう」と言います)が、それをさらに「微笑んで(原文・うち笑みて)」というのが、満足げでなんとも芝居がかっています。

乳母殿は娘たちに返事の歌を詠ませようとしますが、みな震え上がって、息を殺し身を潜めているばかりですので、やむなく自分で急いで返します。それが、慌てたものですから、何と、拒絶の歌になってしまったのでした。「年を経て祈る心」とは当然都に帰らせてほしい、ということであるわけで、さすがに監もそれに気付いて、何だと、とばかりに問い返します。むくつけき大男が「不意に近寄って来た」ので、乳母は血の気も引いて固まってしまいます。

様子を察して、先ほど「気も遠くなりそう」と言っていた娘が、若い力とでも言いますか、「それでもなんとか気丈に笑って」、「年を経て祈る心」は、あなた様のお心のことを言っているうつもりなのでしょうが、分かりにくい言い方になったようで、と言いつくろいます。自信家らしく気の好い監は、「田舎者でも歌ぐらいはわかるんだ」(『評釈』)という態度で、おおように分かったような素振りを見せて折れ合います。その勢いで、もう一首、と今度は本当に即興を披露しようとしますが、うまくいかず、帰っていきました。

乳母と娘たちは、ほっとするやら、おかしいやら、はたまた先への不安やらなにやらで、とりとめのない思いで顔を見合わせて、溜息をついたことでしょう。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第二段 大夫の監の訪問

【現代語訳】
 三十歳ぐらいの男で、背は高くでっぷりとして、見苦しくないが田舎者と思って見るせいか嫌らしい感じで、荒々しい振る舞いなど、見るだけで怖気だつ気がする。色つやも元気そうで、声はひどくがらがら声でよく分からないことをしゃべる。懸想人は夜の暗闇に隠れて来てこそ、「夜這い」とは言うが、ずいぶんと変わった春の夕暮である。秋の季節ではないが、おかしな懸想人の来訪と見える。
 機嫌を損ねまいとして、祖母殿が応対する。
「故少弍はとても風雅の嗜み深くご立派な方でおられたので、是非とも会ってお話し申したいと思っていましたが、そうした気持ちもお見せ申しませんうちに、たいそうお気の毒なことに、お亡くなりになってしまったが、その代わりにひたむきにお仕え致そうと、気を奮い立てて、今日はまことにご無礼ながら、あえて参ったのです。
 こちらにいらっしゃるという姫君は、格別の血筋のお方と承っておりますので、とても恐れ多いことでございます。ただ、私どもの内々のご主君とお思い申し上げて、頭上高く崇め奉りましょうぞ。祖母殿がお気が進まないようでいられるのは、つまらぬ妻妾たちを大勢かかえていますのをお聞きになって嫌がられるのでございましょう。しかしながら、そんなやつらを同じように扱いましょうか。わが姫君をば后の地位にもお劣り申させない所存でありますものを」などと、とても好い話のように言い続ける。
「いえどう致しまして。このようにおっしゃいますのを、とても幸せなことと存じますが、巡り合わせの悪い人なのでしょうか、遠慮致した方がよいことがございまして、どうして人様の妻にさせて頂くことができましょうかと、人知れず嘆いていますようなので、かわいそうにと思って困っているのでございます」と言う。
「何もご遠慮もなさいますな。万が一、目が潰れ、足が折れていらっしゃっても、私めが直して差し上げましょう。国中の仏神は、皆自分の言いなりになっておられる」などと、大きなことを言っている。
「いついつの日に」と日取りを決めて言うので、

「今月は春の末の月である」などと、田舎めいたことを口実に言い逃れる。

 

《やって来た男は、脂ぎった三十歳前後の中年男(ちなみに源氏は三十二、三歳で朝顔の君や梅壺の女御に心引かれながら、もう自分はそんな歳でもないと、引き下がったのでした)といった様子で、いかにも地方の顔役という風体です。

しかし、「田舎者と思って見るせいか嫌らしい感じで(原文・思ひなしうとましく)」と言いますから、女達の目には様子が分からない不安もあって、恐ろしく見えたのでしょう。おまけに恐ろしげな声で、喋る言葉が方言で理解できませんから、余計に恐ろしく感じられます。

「懸想人は…」は、男が直接乗り込んできて結婚の申し込みをするという、無風流な振る舞いを笑った洒落で、「秋の季節…」は、秋はとりわけ人恋しいと昔の人も言ったが、春なのにこの振る舞いとは、よほど恋しかったと見えると、監を笑ったものと言います。

祖母殿(原文・おばおとど)は乳母のこと、少弐が姫を孫と言っていたのを受けていますが、「おとど」は大殿、乳母が勇気を出して頑張って向き合ったことを、笑いを込めて言ったもののようです。

ところが、案に相違して監の言葉は至ってきちんとしたものでした。まずはこの間まで上司であった少弐を称え、悔やみを言い、やおら姫になかなかの敬語を使って謙虚に、懸命に語ります。そんな中で、突然「頭上高く崇め奉りましょうぞ」という妙な比喩とか、「そんなやつら(原文・すやつばら)」と普段の言葉が飛び出すのが、『評釈』の言うように滑稽で、ご愛敬です。

また、最後に自分のことを語るとなると、「わが姫君をば后の地位にもお劣り申させない」とか、「国中の仏神は、皆自分の言いなりになっておられる」などと、いかにも田舎者らしい世間知らずのほらを吹いて、威勢を示し、果ては結婚の日取りまで決めようとするのでした。

「おばおとど」は、かねて口実にしていたように、「遠慮致した方がよいこと」があるのでと、必死の防戦です。

「今月は春の末の月である」というのは、季節の末の月の縁組みは不吉という俗信があったということのようです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第一段 大夫の監の求婚

【現代語訳】

 大夫の監といって、肥後の国に一族が広くいて、その一円では声望があって、勢い盛んな武士がいた。荒々しい心の中に少しばかり好色な心が混じっていて、美しい女性を集めて妻にしようと思っていた。この姫君の噂を聞きつけて、
「ひどい不具なところがあっても、私は眼をつぶって妻にしたい」と、熱心に言い寄って来たが、とても恐ろしく思って、
「どうかして縁談などには耳をかさないで、尼になってしまおうと言っている」と言わせたところが、ますます気を揉んで、強引にこの国まで国境を越えてやって来た。
 この男の子たちを呼び寄せて、相談をもちかけて言うことには、
「思い通りに結婚出来たら、心を合わせて力を貸す仲になろう」などと持ちかけると、二人はそちらについてしまった。
「初めは、不釣り合いで気の毒だと思い申していたが、我々が後ろ楯と頼りにするには、とても頼りがいのある人物です。この人に憎まれては、この国近辺では暮らして行けるものではないでしょう」
「高貴なお血筋といっても、親に子として扱っていただけず、また世間でも認めてもらえなければ、何の意味がありましょうか。この人がこんなに熱心にご求婚申していられるのこそ、今ではお幸せというものでしょう。そのような前世からの縁があって、このような田舎までいらっしゃったのだろう。逃げ隠れなさっても、何のよいことがありましょうか」
「負けん気を起こして、怒り出したら、とんでもないことをしかねません」と脅し文句を言うので、「とてもひどい話だ」と聞いて、子供たちの中で長兄である豊後介は、
「やはり、とても不都合な口惜しいことだ。故少弍殿がご遺言されていたこともある。何とか手段を講じて、都へ上らせ申そう」と言う。娘たちも悲嘆に泣き暮れて、
「母君が、残念なことにどこかへ行ってしまわれて、その行方をすら知らないかわりに、人並に結婚させてお世話申そうと思っていたのに、そのような田舎者の男と一緒になろうとは」と言って嘆いているのも知らないで、

「自分は大変に偉い人物と言われている身だ」と思って、手紙などを書いてよこす。筆跡などは小奇麗に書いて、唐の色紙で香ばしい香を何度も何度も焚きしめた紙に上手に書いたと思っているが、言葉はひどく訛っている。自分自身もこの次男を仲間に引き入れて、連れ立ってやって来た。

 

《厄介な男が名乗り出てきました。「大夫の監」は太宰府で少弐の次の位の者で、地元の実力者のようです。在所は肥後、乳母たちは肥前に住んでいた(夫の死後に移ったのでしょうか)と前節にありましたから、彼らから見ると、ずいぶん奥まった隣の国です。そういう田舎の「勢い盛んな武士」で「荒々しい心」となると、都育ちの乳母などから見ると最も相手にしたくない男でしょう。そういう者が、姫の美しさを聞いてなんとか自分のものにしたいと申し出てきました。

さすがに賢い者らしく、将を射んと欲すればまず馬を、とばかりに、既にこの地に根を下ろそうとしている息子達に声を掛けてきました。三人のうち長兄は後で「豊後の介」とあって、そちらに赴任していたとすると、ここで呼ばれたのは下の二人だったでしょうか。

「心を合わせて互いに力になろうよ」とは、一方では、もし協力しなかったら、と半ば脅迫に近いでしょう。土地の有力者と、下の二人では、ちょっと役者が違ったのでしょうか、結局彼ら二人は協力することになってしまいます。

もっとも、二人の話は無理もないことで、姫に対する心情の問題を除けば、こちらの方が普通の考え方で、願ってもないチャンスとも言えるでしょう。

しかし長兄は、「何とか手段を講じて、都へ上らせ申そう」と考えます。

物語ではこういう場合、普通には下の子の方がこういういい役を貰うことが多いと思います(例えば『リア王』、「カインとアベル」の話、「海彦山彦」の話など)が、この作者は長子というものに対する敬意があったのでしょうか。

『評釈』は、「家長として父の遺言をおろそかにできないし、齢も重ねていて、弟たちのように割り切ることもできかねる」、一方で彼は「豊後介」とされて、その任地は「(肥後の豪族である)監の勢力圏の外」であって、こういうことが言いやすい立場だったと言い、更に後の方(都に着いたあたり)で、長兄は下の二人よりも都に長くいて「都人の心が強かった」とも言っています。

乳母はもちろん、娘たちはみんな姫の味方のようで、一家は内部分裂、大変なことになりそうです。

そこに大夫の監から、「筆跡などは小奇麗に書いて、唐の色紙で香ばしい香を何度も何度も焚きしめた」という、大変気の利いた手紙が届きますが、中は、洒落たふうな文字で方言が書かれていたという、なんともアンバランスなものでした。

監としては伊達男を気どって自信満々で、埒が明かないとばかりに、とうとう次男を伴って乗り込んで来たのでした。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ