【現代語訳】3

 二条院は近いので、まだ明るくならないうちにお着きになって、西の対にお車を寄せてお下りになる。姫君をとても軽々と抱いてお下ろしになる。

 少納言の乳母が、
「ほんとうにまるで夢のような心地がしますが、どういたしましたらよいのでしょうか」と、ためらっているので、

「それはあなたの考え次第でしょう。ご本人はお移し申し上げてしまったのだから、帰ろうと思うなら、送ってあげようよ」とおっしゃるので、仕方なくて下りた。急な事で驚きあきれて、胸の波立ちも収まらない。

「宮さまがどんなにかお叱りになられるだろう、姫君はどうおなりになるお身の上だろうか、とにもかくにも、身内の方々に先立たれたことが本当にお気の毒」と思うと、涙が止まらないのだが、さすがに不吉なので、じっと堪えている。

 こちらはご使用にならない対の屋なので、御帳などもないのであった。惟光を呼んで、御帳や御屏風などをここかしこに整えさせなさる。御几帳の帷子を引き下ろし、ご座所などをちょっと整えるだけで使えるので、東の対にご寝具類などを取り寄せに人をやって、お寝みになった。

 姫君はとても気味悪くて、どうなさる気だろうと、ぶるぶると震えていらっしゃるが、さすがに声を出してお泣きにはなられない。

「少納言の乳母の所で寝たい」とおっしゃる声は、まことに幼い。

「今からは、もうそのようにお寝みになるものではありませんよ」とお教え申し上げなさると、とても悲しくて泣きながら横におなりになった。

少納言の乳母は横になる気もせず、何も考えられず起きていた。

 

《源氏が少納言に言った「帰ろうと思うなら、送ってあげようよ」という言葉は、日ごろの彼の言葉とは思えない、冷たく強い言い方です。自分のしたことをさすがにいいこととは思えず、十八歳の少年の気持が高ぶっているのでしょうか。

言われた少納言の「何と言っても不吉なので」という思いは、これが姫の新しい生活、つまり結婚生活の門出だと考えていることを示すようです。

「寝殿を隔てて向こうの東の対から、蒲団の類を持って来させたとあるから、源氏はいつもは東の対で寝るのであろう。きょうからは、この若君と、西の対で寝るつもり」(『評釈』)であるようです。

姫が「少納言の所で寝たい」と訴えますが、源氏は許さず、自分の傍で寝させます。

どうやら、この場の人々はみんな、これを姫の形の上では結婚だと考えているようで、以後、私たちもそういうつもりで読むことになります。

『評釈』が、こうした一連の流れを、「あえて男が行えば、もう女には打つ手がない。…(姫は)この運命を甘受せねばならない。…いったんゆるした女は、ひたすら弱くなるのみである」と、女性という存在の悲哀として、いささか浪花節的に語っています。

確かにあるいは乳母の少納言はそういう気持ちを抱いたのかもしれませんが、しかし読者は源氏がどういう人かをすでによく承知していますから、もう少し楽観的で、姫が窮地から救い出された、というのは言い過ぎにしても、それに近い気持ちで読まれるように思います。

実際問題としてこの姫をいきなり、こわそうな継母や、馴染めるかどうか分からない異母姉妹の中に連れて行って、肩身狭く気遣いしながら過ごさせることを思えば、将来は分からないにしても、当面は大事にされるであろう源氏の許にいてもらう方が、読者としてしばらくは安心できるというものです。

やはり読者にとってここの源氏は「白馬の王子」であり、兵部卿宮の方が悪役なのです。

それにしても少納言はそうは考えられないのが当然で、その夜一晩、横にもならずにつくねんと起きたまま過ごしていたという一言は、ここまでの彼女の振るまいとあわせ考えて、その置かれた状況と心中を見事に現し、彼女の実在感を感じさせます。》


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