【現代語訳】2 

 門を打ち叩かせなさると、何も事情を知らない者が開けたので、お車を静かに引き入れさせて、惟光大夫が妻戸を叩いて合図の咳払いをすると、少納言の乳母が察して出て来た。

「ここに、おいでになっています」と言うと、

「若君はお寝みになっております。どうしてこんな暗いうちにおいでになったのですか」と、どこかからの帰りがけと思って言う。

「宮邸へお移りになるそうですが、その前にお話し申し上げておきたいと思って」とおっしゃると、

「何事でしょう。きっとしっかりしたお返事をなさることでしょう」と言って笑っている。源氏の君がお入りになると、とても困って、

「くつろいで、見苦しい年寄たちが寝ておりますので」とお制し申し上げる。

「まだお目覚めではないでしょうね。どれ、お目をお覚まし申しましょう。このような素晴らしい朝霧を知らないで、寝ていてよいものですか」とおっしゃって、ご寝所にお入りになるので、「もし」とも、お止めできない。

 姫は何も知らないで寝ていらっしゃったが、源氏の君が抱いてお起こしになるので、目を覚まして、父宮がお迎えにいらっしゃったと、寝惚けてお思いになった。

 お髪を掻き繕いなどなさって、

「さあ、いらっしゃい。父宮さまのお使いとして参ったのですよ」とおっしゃる声に、違う人だったと、びっくりして恐いと思っているので、

「なんと情けない。わたしも同じですよ」と言って、抱いてお出になるので、大輔や少納言の乳母などは、「これは、なんとしたことでしょう」と申し上げる。

「ここには常に参られないのが気がかりなので、気のおけぬ所にと申し上げたが、残念なことに、宮邸にお移りになるそうなので、ますますお話もしにくくなるだろうから。誰か一人付いて参られよ」とおっしゃるので、気も動顛して、

「今日は、まことに都合が悪うございましょう。宮さまがお越しあそばした時には、どのようにお答え申し上げましょう。自然と年月を経てそうなられるご縁でいらっしゃれば、どうにでもなられましょうのに、何とも考える暇もない急な事でございますので、お仕えする者たちもきっと困りましょう」と申し上げると、

「よし、後からでも女房たちは参ればよかろう」と言って、お車を寄せさせなさるので、驚きあきれて、どうしたらよいものかと困り合っている。

 姫も様子が変だとお思いになってお泣きになる。少納言の乳母はお止め申し上げるすべもないので、昨夜縫った姫のお召し物を手にして、自分も適当な着物に着替えて、車に乗った。



《ここの冒頭、すぐに乳母が出てきたことにしても話に問題はないのですが、まず「何も事情を知らない者」が出て来ることによって、この訪問が、まだ人が動き出さない早朝の、屋敷内がひっそりとした時間であったことを感じさせます。

 乳母の「何事でしょう。…」の軽口が効果的で、静から動へ、ここから「お制し申し上げる」、「お止めできない」、「「これは、なんとしたことでしょう」、「気も動顛して」と一気に、テンポよく展開していく作者の手際がいかにも自然に鮮やかで、最後の「車に乗った」まで、息もつかせず読み進まされます。

源氏の行動ももちろんそれにそって、優しく穏やかな言葉と権威による強引な振る舞いによる、一気呵成の果断なものです。女房たちが遠慮しながらも懸命に止めようとして、あたふたとしている中で、源氏が、彼自身気がせかれて急いでいるという、この場の様子が、大変よく描かれています。

最後の、乳母の少納言が覚悟を決めてお召し物を抱えて車に飛び乗ったという結び方が、車の中での様子も彷彿とさせて、大変印象的です。

物語の読者である女房たちの中には、このように、自分をうむを言わさず掠って行ってくれるすてきな男性が現れるのを夢に描いている者がいたに違いありません。
 いや、こういう強引な「白馬の王子」の登場は、古今東西、変わるところのない女性の内奥の願望なのではないでしょうか。しかし、現代のような民主主義、個人主義の時代には、男性の方が相手の人権を考えると怖くて、そういう振る舞いができなくなってしまったのだ、などと余計なことを考えてしまいます。
 「むかしの若人は、さるすけるもの思ひをなむしける。今の翁まさにしなむや」(『伊勢物語』第四十段)》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ