【現代語訳】

 このようにこまごまとお書きになっている様子が紛れようもないのだが、そうかといって、昔の自分とも違う姿を思いもしないかたちで見つけられ申したときの立つ瀬の無さなどを思い乱れて、ますますやりきれない気持ちは、何とも言いようがない。
 さすがにふと涙がこぼれて、お臥せりになったので、

「まことに世間知らずのなさりようだ」と、扱いかねた。
「どのように申し上げましょう」などと責められて、
「気分がとても苦しゅうございますので、おさまりましてから、すぐに差し上げましょう。昔のことを思い出しても、何も心に浮かぶことがなく、不思議で、どのような夢であったのだろうかと思うばかりで、分からなくて。

少し気分が静まったら、このお手紙なども、分かるようなこともありましょうか。今日は、やはりお持ち帰りください。人違いということもあるでしょうから、とても具合の悪いことでしょう」と言って、広げたまま尼君にお渡しになったので、
「とても見苦しいなさりようですこと。あまり不作法なのは、世話している者たちも咎を免れないことでしょう」などと言って騒ぐのも、嫌で聞いていられなく思われるので、顔を引き入れてお臥せりになった。


《浮舟はその手紙に、薫の優しい気持ちを感じながら、しかし「会いたいけれども、もう私は薫に合す顔のない人間である」(『光る』)と思い、しかもこんな姿を見られることも堪え難く、泣き臥せるしかありません。

 一方、尼君は、こんないい話にどうして応えないのかと、浮舟の気持ちは到底理解できませんから、強く厳しく返事を書くように勧めます。

 浮舟は必至の思いで許しを請います。今は具合が悪くて書けません、「当時の」とお手紙に書いていらっしゃるけれども、何も思い出せませんし、「夢」というのも、何のことか分かりません、気分が落ち着いて、何かわかったらお手紙をするかも知れませんが、今日のところはこの手紙は「やはりお持ち帰りください」、…。

 彼女はその手紙を「広げたまま、尼君に」渡します。「自分への文ではない、と言う」(『評釈』)のです。読んでもらっても、私は構いませんよ、…。

 ほとんど腹を立てたらしい尼君は、私たちまで咎を受けるかもしれないのですよ、それでもお返事しないのですかと、これまでにない方面から迫ります。もちろん、自分の都合を押し付けようというわけではないでしょうが、この娘の考えていることが分からないもどかしさから、ついつい追い詰める調子になってしまいます。

これまで世話になって来た尼君にも類が及ぶと、当人から言われると、もう、浮舟は逃げ場もなく折り場もなく、ただもう、身をすくめて泣き伏せるしかありません。御簾の外では小君が子供心にどうしていいかわからず、こちらも固くなっていることでしょう。場面は膠着してしまいました。

ところで、「さすがにふと涙がこぼれて」が、またよく分かりません。これまで何度も苦戦してきた「さすがに(原文のまま)」です。『辞典』は「①それに矛盾して、②そうはいうものの」と言いますが、ここは、前の「何とも言いようがない」と「涙がこぼれて」は矛盾していません。『評釈』は訳を「それでも」としておいて、注に「頑張りはするが」としています。つながりから言えば、つまりはそういうことなのだろうとは思うものの、この言葉としてどう考えればそういう意味になりうるのか、どうもよく分からない言葉です。「さすがに」と言う前提になる事柄の考え方に、現代とは決定的な違いがあるような気がするのですが、どうなのでしょうか。

さて、物語は次の段で全巻の終わりです。》

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