【現代語訳】

そうであるらしいとちらっと聞いて、ここまでお聞き出しになったことではあるが、

「てっきり死んだ人として思い諦めていた人だが、それでは、本当は生きていたのだ」とお思いになると、夢のような気がしてあきれるほどのことなので、抑えることもできずに涙ぐまれなさったのを、僧都が立派な態度なので、

「こんな気弱い態度を見せてよいものか」と反省して、さりげなく振る舞いなさるが、

「このようにお愛しになっていたのを、この世では死んだ人と同然にしてしまったことよ」と、過ったことをした気がして、罪深いので、
「悪霊にとり憑かれていらっしゃったのも、そうなるべき前世からの因縁なのです。思うに、高貴な家柄の姫君でいらしたのでしょうが、どのような間違いで、このようにまでひどい身の上におなりになったのでしょうか」と、お尋ね申し上げなさると、
「一応は皇族の血筋というべきであったでしょうか。私も、初めから特別に重く思っていたわけではありませんで、ふとしたことで世話をするようになりましたが、また一方で、このようにまで落ちぶれてよいような身分の者とは思いませんでした。不思議にも行方も知れずいなくなってしまったので、身を投げたのかなどと、いろいろとはっきりしないことが多くて、確かなことは、聞くことができなくて。
 罪障を軽くしているので、とても良いことだと安心だと私自身は思いますが、その母親に当たる人が、ひどく恋しがって悲しんでいるそうなので、このように聞き出したと知らせてやりたいのですが、何か月も隠していらっしゃったご趣旨に背くようで、何かと騒々しくなりましょうか。親子の間の恩愛は絶ち切れず、悲しみを堪えることができずに、きっと尋ねて来ますでしょう」などとおっしゃって、そうして、
「まことに不都合な案内役とはお思いになりましょうが、あの坂本に下山なさってください。ここまで聞いて、いい加減に見過ごしてよいとは思えない人ですので、夢のようなことも、せめて今なりと話し合おう、と思うのです」とおっしゃる様子は、いかにもつらくお思いのようなので、
「尼姿になり出家をしたと思っていても、髪や鬢を剃った法師でさえおかしな気持の消えない者もいるという。まして、女人の身ではどのようなものであろうか。お気の毒にも、罪障を作ることになりはしないだろうか」と、困った依頼を受けたものだと心が乱れた。
「下山することは、今日明日は差し支えがあります。来月になって、お手紙を差し上げましょう」と申し上げなさる。まことに頼りないが、「ぜひ、ぜひ」と、急に焦れったく思うのも、みっともないので、

「それでは」と言って、お帰りになる。

 

《初めの「ちらっと聞いて」は最初に小宰相から僧都の話を伝えられた時(手習の巻第六章第六段)のことでしょう。それから中宮に会ってさらに情報を仕入れ、そして今、僧都から「ここまで」聞き出したのでした。

彼は浮舟の死については、初めから何か変だという気がしていた(蜻蛉の巻第四章第一段)のですが、こうして僧都の話で、小宰相の言っていたように、実は浮舟が生きていて、しかも物の怪に取り憑かれ、出家までしてしまっているということが確かな事だとなってみると、「夢のような気がしてあきれるほど」で、涙が抑えられません。

 僧都は、信じる道を行った(のだと思いますが)とは言え、そういう薫の様子を見ると、やはり忸怩たる思いが湧きます。

こういう場合言えることは「そうなるはずの前世からの因縁(原文・さるべき前の世の契り)」ということしかありません。それにしても一体どういうことでそういうことにおなりになったのでしょうか、と今度は僧都が訊ねることになりました。

 しかし薫は浮舟失踪の理由をしっかり理解しているわけではありません。実は「適当な処遇は与えるつもりでいた人だ」(『集成』)とほのめかしておいて、「不思議にも行方も知れずいなくなってしまった」と言うしかありません。

 それは世話をしていた高位の貴公子としては、少なからず面目ないことで、これ以上あまり詮索されたくないことでもあり、一方でやはり浮舟に会ってもみたいと思いますから、彼は話を今後の相談の方に向きを変えます。

出家したのなら、それはそれで私は「とても良いこと」だと思うけれども、悲しんでいる母親がかわいそうで、ことの様子を話すだけはしてやりたいと思うが、もし話せば、必ずここにやって来るだろう、それは「ご趣旨に背くようで、何となく騒々しく」なりはしないだろうか、…。

といって、このまま「いい加減に見過ごしてよいとは思えない人」で、私も一度は会わないわけにはいかないし、私が本人と話して、その上で母には私からでも話をした方がいいのではないか、と思うので、「僧侶にはにつかわしからぬ役割」(『集成』)でたいへん済まないが、その者のいるところに私を案内してはくれないか、…。

そう言う薫の姿が「いかにもつらくお思いのようなので」、そうしてあげなくてはならないような気もするのですが、そういう関りのあるこのような貴公子を会わせれば、せっかく覚悟を決めたあの娘の心が、またどんなに乱れないとも限らない、と考えた僧都は、ともかくしばらくのご猶予を、と答えました。

 薫も、ひとえに母親のためにと言った手前からも、そうそう急いでいるように見られては体面が保てませんから、ともかく今日は、事の成り行きが分かったことを収穫として、引き下がることにします。》

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