【現代語訳】

「思いがけない形で亡くなってしまったと思っておりました人が、この世に落ちぶれて生きているように、人が話してくれました。どうしてそのようなことがございましょうか、と存じますが、自分から大胆なことをして離れて行くようなことはしないであろうと、ずっと思い続けていた人でございますので、人の話してくれたような事情でならば、そのようなこともありましょうかと、その人にふさわしいように思われます」と言って、もう少し申し上げなさる。

宮のことを、とても憚りあるように、さすがに恨んでいるようにはおっしゃらないで、
「あのことを、またこれこれとお耳になさいましたら、一途で好色なようにお思いになるでしょう。けっしてそんなふうに生きていたとも知らぬ顔をして過ごしましょう」と申し上げなさると、
「僧都が話したことですが、とても気味の悪かった夜のことで、耳も止めなかったことなのです。宮は、どうしてご存知なことがありましょうか。何とも申し上げようのないご料簡だ、と聞いていますので、ましてその話をお聞きつけなさるのは、まことに困ったことです。このようなことにつけて、まことに軽々しく困った方だとばかり、世間にお知られになっているようなので、情けなく思っています」などと仰せになる。

「とても慎重なお人柄なので、きっと気安い世間話でも、人がこっそりと申し上げたことを、お漏らしあそばすまい」などとお思いになる。

《薫は中宮にあって、浮舟についての自分の側の説明をしながら、探りを入れます。

亡くなったはずの人が生きていたなど「どうしてそのようなことがございましょうか」とは思いますが、考えてみれば、その人は「自分から大胆なことをして離れて行く(自殺してしまう)ようなことはしない」人だと思っていたので、話に聞いたように「けしからぬもの」が取り憑いた(第五章第五段1節)ということなら、「そのようなこと」(自殺することも、またそれが生き返るというようなこと)もそれなりに納得できますし、あの者にふさわしいかも知れません、…。

と、いったんそこで話を措いて、そこで、と話を継ぎます。

ただ、私にそういう人がいたことは匂宮様もご存知なので、これから私がその人を尋ねるとお知りになられたら、愚かしいと思われるかも知れませんので、「知らぬ顔をして過ごしましょう」、…。

「とても憚りあるように」は、、遠慮がちに言ったということになります。この原文は「はづかしげに」で、『集成』は逆に「いかにも毅然とした態度で。匂宮の介入は許さぬといった面持」と注していますが、「愚かしいと思われる」と合わないように思えます。

「知らぬ顔をして過ご」すというのは、だからあなたも黙っておいてくれということで、匂宮の介入をさけたいとほのめかしていることは、同じです。

話を聞いて中宮は、応えます。気味の悪い夜の、気味の悪い話で、どういう話だったか、私はあまりよく覚えていません、もちろん匂宮は知っているはずもありません、それに、あの人に聞かれると、またぞろ悪い虫が騒ぐのではないかと心配ですから、私から話すことなど決してありません、…。

中宮にとっても、薫がその女を確かに薫のものにしてくれれば、匂宮がまたぞろ、という心配も減殺されるわけで、協力的です。

薫にとっては訪ねた甲斐があったわけで、これなら全く自分一人のこととして動くことができると、一安心です。》

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