【現代語訳】

「おっしゃるとおり、まことに恐れ多いお使いだ。隠そうとしても、こうして珍しい事件の様子は、自然とお耳に入ろう」と思って、
「どうして、少しでも、誰かがお隠し申し上げなさったのだろうかと思い寄るようなことがあったら、こんなにも皆が泣き騒ぐことがございましょうか。

日頃、とてもひどく物を思いつめているようでしたので、あの殿が、厄介なふうにそれとなくおっしゃってくることなどもありました。
 お母上でいらっしゃる方も、このように大騷ぎする乳母なども、初めから知り合った方のほうにお引っ越しなさろうと準備していて、宮とのご関係をただもう誰にも知られないようにして、恐れ多くもったいないとお思い申し上げていらっしゃいましたので、お気持ちも乱れたのでしょう。とんでもないことですがご自分からお命をお縮めになったようなので、このように心の迷いに、愚痴っぽく言い続けてしまうのでしょう」と、さすがにありのままにではなくほのめかす。合点が行かず思われて、
「それでは、落ち着いてから参りましょう。立ちながら話しますのも、まことに簡略なようです。いずれ、宮ご自身でもお出でになりましょう」と言うと、
「まあ、恐れ多い。今さら人がお知り申すのも亡きお方のためにはかえって名誉なご運勢と見えることですが、お隠しになっていた事なので、他にお漏らしにならないで、終えて下さることが、お配慮というものでございましょう」
 こちらでは、このように異常な形でお亡くなりになった旨を人に聞かせまいといろいろと紛らわしているのに、

「自然と事件の子細も分かってしまうのでは」と思うので、そのように言って帰らせた。

 

《時方の説得によって侍従も話をする気になりました。こんな事件はいずれ宮のお耳に入ると思ったのです。

 侍従の答えの初めは、時方が「誰かがお隠し申し上げなさったのか」と聞いた(前段)ので、そこからの話です。「誰か」と言いますが、もちろん薫を想定しての質問で、三条の家から宇治に連れて来た時のように(時方は知りませんが)、いきなり行先もしかとは言わずに連れ去ったのかと聞いたわけですが、それならこんなにまで泣き騒ぐこともないでしょうから、時方にしてみれば誘い水というところでしょうか。

 侍従は、薫が「厄介なふうに」浮舟を問い詰めるようなことを言ってきたこともあったと、あの「波越ゆるころとも知らず…」の歌(浮舟の巻第六章第五段)のことを話して、浮舟が薫と匂宮の間で悩んでいたことを話しました。

 そして、母君や乳母は一途に薫のところに行くとばかり思って、その準備をしている一方で、浮舟自身は宮のことを「恐れ多くもったいないとお思い申し上げて」いて、誰にも言えずにひとり苦しんでいて、それで、「とんでもないことですが、ご自分から身をお亡くしになったよう」なのだと語ります。

 「愚痴っぽく言い続けてしまう」は、乳母の様子(前段)を言ったものののようです。

 「ありのままにではなくほのめかす」と言いますが、時方は初めからの経緯、事情を知っているのですから、こういうふうに言えば、失踪とか死とかという直接的な言葉を使わなかっただけで、ほぼ大筋を話したのと同じことになっているでしょう。

時方の「合点が行かず思われて」は、「侍従の返事自身にも、わからないところがある」(『評釈』)というのではなくて、彼には「ご自分からお命をお縮めになった」ということが姫君の行動として不可解だったということを言っているのだと考えるのがいいように思いますが、どうでしょうか。

 必要なことだけは話した侍従は、時方に口止めをして、彼がこうして長居をしてくれては「自然と事件の子細も(周囲に)分かってしまうのでは」と思うので、早々に引き揚げさせます。》

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