【現代語訳】

 御物忌は二日と嘘を伝えていらっしゃったので、ゆっくりできるのにまかせて、お互いに一途に愛しいとお気持ちが深くおなりになる。右近は、いろいろと例によって言い紛らして、お召物などを差し上げた。今日は、乱れた髪を少し梳かせて、濃い紫の袿に紅梅の織物などを、色合いもよく着替えていらっしゃった。侍従も、見苦しい褶を着ていたが、美しいのに着替えたので、その裳をお取りになって、女君にお着せになって、御手水の世話をおさせになる。

「姫宮にこの女を出仕させたら、どんなにか大事になさるだろう。とても高貴な身分の女性が多いが、これほどの様子をした女性はいないのではないか」と御覧になる。

みっともないほど遊び戯れながら一日お過ごしになる。こっそりと連れ出して隠そうということを、繰り返しおっしゃる。

「その間に、あの方に逢ったら」と、厳しいことを誓わせなさるので、

「ずいぶん無理なこと」と思って、返事もできず、涙までが落ちる様子に、

「まったく目の前にいるときでさえも私に愛情が移らないようだ」と胸が痛い気がなさる。恨んだり泣いたり、いろいろとおっしゃって夜を明かして、夜深く連れてお帰りになる。例によって、お抱きになる。
大切にお思いの方は、このようにはなさるまいよ。お分かりになりましたか」とおっしゃると、お言葉のとおりだ、と思って、うなずいて座っているのは、たいそういじらしげである。右近が、妻戸を開けてお入れ申し上げる。

そのまま、ここで別れてお帰りになるのも、あかず悲しいとお思いになる。

 

《この隠れ家の第二日目ですが、いろいろとよく分からないことがあります。

いきなり初めの「お互いに一途に愛しいとお気持ちが深くおなりになる」が変な言い方で、「お互いに(原文・かたみに)」とありながら「深くおなりになる(原文・深くおぼしまさる)」と敬語があり、『集成』は「宮は」と傍注をいれています。浮舟には普通は敬語が付かないから、ということでしょうが、そうすると「お互いに」の行き場所がなくなります。

ここは「お互いに」を尊重して、二人ともに愛しい気持ちが深くなるのであって、匂宮が含まれるので敬語表現になった、と考えたい気がしますが、そういう言い方はあるのでしょうか。

 右近から浮舟と侍従の着換えの衣が届きました。匂宮は、侍従が脱いだ「褶(しびら)」(「腰につける小さな裳。主人の前に出る時着用する」・『集成』)を浮舟に着させて、洗面の世話をさせます。「身近に世話をさせて玩弄したい気持ち」(同)と言います。あまりいい感じではないように思われますが、『評釈』は「(匂宮は)この女は、女房クラスと踏んだのだ」と言います。

 しかし、それは、匂宮が初めて宇治に浮舟を訪ねた翌朝、手水を使う時に「匂宮は女君を女房あつかいすることを気にし」た(第二章七段)という『評釈』自身の解釈とは違うことになります。二度目で様子が分かって、宮の考えが変わったということでしょうか。

 そこで「姫宮」(女一宮のことだそうで、宮の姉です)のところに女房として差し出したら大事にされるだろうと考えます。「これが、この女君への評価である」(『評釈』)のです。

 それと合わせて、「みっともないほど(原文・かたはなるまで)遊び戯れながら一日お過ごしになる」とあることを思うと、このことは恋しさの余りというよりも、やや浮舟を軽んじている気配が感じられないでしょうか。例えば、源氏が紫の上を遇するやり方とは全く異なった、退廃的な雰囲気があります。

さらに匂宮は、「その間に、あの方に逢ったら(許さない)」と、浮舟にうんと言えるはずのない注文を出します。愛おしさが時にこういう小さな嗜虐性を伴うことは想像できることですが、ここは単純な甘い戯れとは少し違うように感じられます。

『光る』が「大野・ここで匂宮が浮舟をどう見ているかの記述がありますが、作者の事態に対する全体としての受け取り方を知る上で非常に重要なポイントです」と言います。

ともあれ、こうして「恨んだり泣いたり、いろいろとおっしゃって」夜になるまで過ごして、しかし、さすがに明日の朝までには京にいなければならないと、「夜深く」浮舟を屋敷に送り届けました。

そこに「例によって、お抱きになる」と妙な一文が入りますが、舟の乗り降りの際のことなのでしょうか。

次の「大切にお思いの方は、このようにはなさるまいよ」は、その抱いたことを言っているように見えますが、そうすると浮舟が「お言葉のとおりだ」と思ったというのが解せません。薫が彼女を三条の隠れ家から宇治に連れ去る時も「抱き上げてお乗せになった」とありました(東屋の巻第六章第五段)。あの時は車で、ここでは舟だから、というのは「詭弁」(『評釈』)に類しますから、するとこの二日間全部のことを言っているのでしょう。

 さて、屋敷では右近が「妻戸を開けて」浮舟を迎え入れるのですが、原文は「妻戸放ちて」で、こっそり入れねばならないにしてはちょっとオープン過ぎる感じです。まさか、怒って迎えた、というのでもないでしょうが、…。

匂宮は、浮舟を右近に引き渡して、夜の明けないうちに都に着くようにと、そのまま部屋に上がることなく、大急ぎで発たねばならず、ただもう後ろ髪を引かれる思いです。》

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